下松市

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くだまつし
下松市
THE MALL Syunan.jpg
Kudamatsu Yamaguchi chapter.JPG
下松市章
日本の旗 日本
地方 中国地方
山陽地方山陰地方
中国・四国地方
都道府県 山口県
団体コード 35207-1
面積 89.44km²
総人口 55,168
推計人口、2014年6月1日)
人口密度 617人/km²
隣接自治体 周南市光市
市の木 やまもも
市の花 サルビア
下松市役所
所在地 744-8585
山口県下松市大手町三丁目3番3号
北緯34度0分53.9秒東経131度52分13.2秒
Kudamatsu City Hall.JPG
外部リンク 下松市

下松市位置図

― 市 / ― 町

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下松市(くだまつし)は、山口県の南東部に位置する

地理[編集]

周南市光市に挟まれる。沖には、笠戸島を配し、大きな内海を抱えたような地勢を形成している。山口県東部では、経済活動が活性化しつつあるエリアである。

瀬戸内海沿岸には工場が立ち並び、港湾は周南市の徳山港とともに徳山下松港と称され、特定重要港湾に指定されている。

市中部に広がっていた田園地帯は、山口県道41号下松鹿野線のバイパス建設に伴い、商業地域と変化してきた。特にザ・モール周南の進出以降、大型商業施設の出店が相次ぎ、市内の商業面積に占める大型店の占有率は全国の市町村でトップの82%に達している。そのため土地価値が山口県で有数な高値を見せるエリアでもある。

住宅地[編集]

市内の岩徳線沿線には新興住宅地が建設され、多くの住民が生活している。

人口[編集]

平成22年国勢調査(速報値)より前回調査からの人口増減をみると、2.82%増の55,020人であり、増減率は県内19市町中首位。

Demography35207.svg
下松市と全国の年齢別人口分布(2005年) 下松市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 下松市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
下松市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 49,627人
1975年 55,825人
1980年 54,803人
1985年 54,445人
1990年 53,030人
1995年 53,471人
2000年 53,101人
2005年 53,509人
2010年 55,020人
総務省統計局 国勢調査より

行政[編集]

下松市は隣の旧徳山市や旧新南陽市、旧熊毛町、旧鹿野町と3市2町の合併協議会を構成し、合併を協議していたが、2000年の市長選挙で合併を推進してきた河村憐次市長が合併に否定的な井川成正に敗れて以来、下松市における合併の機運は急速に冷め、合併協議会を脱退するに至った。

この方針は2004年の市長選挙で井川が大差で合併推進派新人を破って再選を果たしたことでさらに固定化した。

市役所・市議会[編集]

 ※井川市長は2011年5月2日を以て全国最高齢の市長になった。

    • 副市長 森田康夫 (もりた・やすお)
    • 教育長 相本晃宏 (あいもと・あきひろ)
    • 水道事業管理者 白木正博 (しらき・まさひろ)
  • 議長 浅本正孝 (あさもと・まさたか)=無所属
    • 副議長 高田悦子 (たかた・えつこ)=公明党
    • 議会運営委員長 金藤哲夫 (こんどう・てつお)=無所属
      • 総務教育委員長 松尾一生 (まつお・いっせい)=無所属 
      • 建設経済水道委員長 古賀寛三 (こが・ひろかず)=無所属(民主党)
      • 環境福祉委員長 中村隆征 (なかむら・たかゆき)=無所属

市議会[編集]

会派名 議席数 議員名 太字は代表者、丸数字は当選回数
新生クラブ 9 中村隆征②、磯部孝義①、河内裕文①、古賀寛三②、永田憲男①、広戸一見⑤、松尾一生②、村田丈生②、山本朋由②
鉄(くろがね) 3 金藤哲夫④、中谷司朗④、内冨守③
日本共産党 2 渡辺敏之⑩、城市進⑧
公明党 2 堀本浩司②、高田悦子④
民主クラブ 2 浅本正孝⑦、藤井洋①
無所属の会 2 近藤則昭③、森繁哲也①

一部事務組合等[編集]

歴史[編集]

地名の由来[編集]

「下松」(くだまつ)の由来は、推古天皇のころ(西暦595年頃)鷲頭庄青柳浦の松の木に大星(一説には、北辰星)が降り、七日七夜、光輝き「百済の皇子がこの地へやって来る」とお告げをしたという。それから3年後に百済からやってきた皇子が琳聖太子

人々は社を建て、大星を祭った。このことから、「星が降った松」が「降り松」となり「下松」となったといわれている。

百済と交易する港の意味の「百済津」(くだらつ)からという説もある。

市域の変遷[編集]

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、現市域に都濃郡豊井村、久保村、末武北村、末武南村、米川村、中須村が成立。
  • 1901年(明治34年)3月1日 - 都濃郡豊井村が町制施行、改称し下松町となる。
  • 1929年(昭和4年)4月1日 - 都濃郡末武北村が改称し花岡村となる。
  • 1939年(昭和14年)11月3日 - 都濃郡下松町、久保村、花岡村、末武南村が合併し、下松市として県下7番目に市制施行。
  • 1954年(昭和29年)11月1日 - 都濃郡米川村を編入。
  • 1954年(昭和29年)12月1日 - 都濃郡中須村が同郡須々万村、長穂村と合併し、都濃町(後に徳山市に編入、現:周南市)が発足。
  • 1962年(昭和37年)4月1日 - 都濃郡都濃町のうち大字中須南字滝ノ口を編入。

教育[編集]

下松高等学校

高等学校[編集]

中学校[編集]

  • 下松市立下松中学校
  • 下松市立末武中学校
  • 下松市立久保中学校
  • 下松市立深浦中学校(休校中)

小学校[編集]

警察・消防[編集]

交通[編集]

下松駅

鉄道[編集]

バス[編集]

道路[編集]

産業[編集]

現在は工業と商業が中心。工業は大規模工場を複数擁し、徳山下松港一帯に広がる周南コンビナート瀬戸内工業地域の一部)の一角を担っている。商業は大規模小売店舗立地法の施行以後、周南地区を商圏とするロードサイド店舗が多数進出している。

工業[編集]

商業[編集]

山口県では2009年の4月からスーパーマーケットでのレジ袋の無料配布を中止しているが、西友は独自のレジ袋削減の取り組みを行っているため辞退した。またサンリブ下松は西友が辞退することにより売上が減ってしまうという、環境問題とは全く関係ない理由で辞退した。なお、県内にある他のサンリブの店舗ではレジ袋の無料配布は中止している。

農業[編集]

林業[編集]

漁業[編集]

金融機関[編集]

経済団体[編集]

市内に本社を置く主な企業[編集]

社会・文化[編集]

社会団体[編集]

医療[編集]

  • 周南記念病院 - 2000年に旧徳山記念病院と旧下松記念病院を統合して「ふくしの里」の核施設として開院。
  • 下松病院 -
  • 日立病院 -

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

下松市出身・関連の有名人[編集]

下松市選出県議会議員[編集]

電話・郵便[編集]

市外局番は、0833(40 - 79、90 - 99)となっている。

郵便番号は、以下の通りとなっている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]