スキー

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アルペンスキー

スキー: Skiing)は、2本の専用の板を足に固定し、の上を滑らせて歩行し、あるいは斜面を滑走して移動する方法、およびその板(スキー板)のこと。またスポーツとしてのスキーを指す。

目次

[編集] 概要

元々は狩人が獲物を追って雪の山野を移動する手段であったが、19世紀中頃からノルウェー南部のテレマルク (Telemark) 地方を中心にスポーツや、登山者の山麓での移動手段として進化を遂げた。やがてスキー自体を楽しむ人々が増えるにつれスキーの練習に適した斜面のある山麓に練習場(ゲレンデ)が出来、やがてもとの目的から独立したスポーツ・レジャーの場としてスキー場と呼ばれるようになった。日本では積雪期にも宿屋が営業する温泉地に愛好者が集まりやがてスキー場として発展した(山形県の五色温泉や長野県の野沢温泉がその奔り)。

ヨーロッパアルプス地方で普及したアルペンスキーを楽しむ人口が多いが、クロスカントリースキーテレマークスキーのような、アルペンスキーより先にスカンジナビア半島で発展したノルディックスキーも現在まで根強い人気がある。

1本の専用の板に正面を向いた状態で両足を揃えて固定するモノスキーというものもある。

[編集] 歴史

スカンジナビア半島では、紀元前2500年ごろの壁画に狩りをする人がスキーを履いた姿が描かれているのが確認されている。また、10世紀から11世紀にかけて、バイキングがスキーを軍用に用いたという記録が残っている。

1825年にテレマルク地方に生まれたソンドレ・ノルハイムによって「歩く、飛ぶ、滑る」といった現代まで残るスキー技術がスポーツとして確立され、1860年代には、スキー板とスキー靴を固定するビンディングが考案される。これが近代ノルディックスキーの始まりである。1879年には、ノルウェーのオスロにて、初の大規模なスキー大会が開催された。

1907年、ハンネス・シュナイダー (Johannes Schneider) によって、オーストリアサンクト・アントンなどにスキー学校が設立される。シュナイダーによって、アルプスの急峻な山々の滑降に対応したシュテムなどの技術が体系化された。これは「リリエンフェルター・シーラウフ・テヒニック」と呼ばれ、アルペンスキーの根源となるものである。また、踵を固定して滑降時の安定を図る、リリエンフェルト・ビンディングも考案された。

1924年フランスシャモニーにて国際スキー連盟(FIS)が結成される。同年、初の冬季オリンピック大会(シャモニーオリンピック)が開催される。この大会ではクロスカントリースキー、ノルディック複合スキージャンプがスキー競技として採用されている。アルペン競技は第4回のガルミッシュパルテンキルヒェンオリンピック1936年)から採用されている。

1990年代後半から、カービングスキーやショートスキーなど、ターンのしやすい新しいスキー板が普及し始めている。

[編集] 日本への伝来

日本におけるスキーの伝来は明治時代後期で、1911年(明治44年)に新潟県中頸城郡高田町において、オーストリア陸軍少佐のテオドール・エードラー・フォン・レルヒがスキー技術を伝授したことが、日本に於けるスキー普及の第一歩とされている[1]

レルヒは、日本陸軍の中将である長岡外史が率いる陸軍第十三師団の御用商人でもあり、高田町を本拠にする実業家である五十嵐彌五八(後に辰豊と改名)の経営する旅館「高陽館」に寄宿し、高田歩兵第五十八連隊に着任した。

また、五十嵐は自身が経営する「報国商会」を介して、スキーの製造・宣伝活動・スキー音頭や高田小唄を作り高田芸鼓連にスキー踊りを教えるなど、「スキー」の全国認知に積極的に活動した。特に信越・関東・東北・北海道のスキーの普及に大きく貢献したといわれる。

[編集] 必要な用具

スキーで雪上を滑走するために、一般的には以下のような用具が必要である。

[編集] スキー競技

[編集] 関連団体

[編集] 脚注

  1. ^ 日本スキー発祥100周年公式ホームページ

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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