スカジ (北欧神話)

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1901年に描かれたスカジ。
ローランス・フレーリクが描いたスカジ。

スカジ古ノルド語: Skaði [ˈskɑðe]英語: Skathi、Skade、Skadi、スカディとも)は、北欧神話に登場する巨人である[注釈 1]

土星の第27衛星スカジエポニムである。

概要[編集]

巨人スィアチの娘で、アルヴァルディの孫。ニョルズ。ある伝承では、フレイの母といわれている[注釈 2]

スカディ(skadi)はドイツ語などによる名称で、古ノルド語アイスランド語ではスカジ(Skaði)という。その名前は「傷つくる者」[1]、「損害、危害、死」[2]を意味する。また、ゴート語の「skadus」(「」の意)、古英語の「sceadu」(「影、暗闇」の意)に関連する名前だという[3]。また、スカンディナヴィアの語源ともいう[注釈 3]

巨人とされるが、本来は山の女神と考えられる。北欧各地に、スカジ(Skaði)にちなんだ「Skædhvi」といった地名が多く残っている[4]弓矢を得意とする狩猟の女神ともされ、山で暮らしている。「スキーの女神」を意味する「オンドゥル・ディース」[5]または「アンドルディース」[6](古ノルド語: Öndurdís)とも呼ばれる。さらに『古エッダ』の『グリームニルの言葉』第11節では「神々の麗しい花嫁」と称される[7]

神話[編集]

『詩語法』[編集]

アース神族の男達の足だけを見せられるスカジ。

スノッリのエッダ』第二部『詩語法』では次のような話が紹介されている。ロキを追ってアースガルズに侵入してしまった父スィアチが神々に殺されると、スカジは仇を討つべくアースガルズに乗り込んだ。アース神族は彼女に和解をもちかけ、アース神族との結婚を勧めた。スカジは神々の中で一番の美男子バルドルを選びたかったが、神々が出した条件によって布を被った男神たちの足だけを見て判断せねばならなくなり、結果、当てがはずれニョルズと結婚させられるはめとなった。

スカジは和解の条件として「自らを笑わせてみよ」とも求めていた。スカジを笑わせるために、ロキが自身の陰嚢と牝山羊の髭とを紐でつないで綱引きをするという余興を行うことで怒りをなだめた。

さらに、オーディンはスィアチの両眼を天へ投げ上げ、2つの星にし、彼女はこれを喜んだ[8][注釈 4]

コリングウッドが描いたスカジとニョルズ。

その後、スカジとニョルズは同居し始めたが、本来彼女は山の守り神としての色が濃く、海の守り神として崇められるニョルズとの結婚がうまくいくはずもなかった。 当初はそれぞれの統治する山と海辺とを交互に往復していたが、彼女にとって海辺の家はカモメの鳴き声が不快でならず、またニョルズにとっても夜に聞こえるの遠吠えは苦痛であった。そのため、自然と両者は別れ、スカジは山にある父の遺した館スリュムヘイムで暮らすようになったという[8]

H.R.エリス・デイヴィッドソン英語版はこの物語に隠された過去の祭礼を見いだしている。すなわち、9日間の祭礼の間に「聖なる結婚」が行なわれ、片方の神が片方の神の奉られた場所へ運ばれたという祭祀が反映しているという解釈である[9]。 また、スカジとニョルズの結婚は、サクソ・グラマティクスが述べるハディングス英語版とレグニルダの結婚とよく似ているため、古くからその類似が論じられている[10][注釈 5]

その他の神話[編集]

『古エッダ』の『ロキの口論』によるとスカジはロキとも関係を持った事を暴露されている[12]が、そのロキが縛られたとき、スカジはロキの顔にがしたたるようにする[13]

別の伝承では、スカジはニョルズと別れた後一人で暮らしていたが、自分と同じように弓とスキーを得意とするウルと出会い、スリュムヘイムで一緒に暮らしたという[14]

ユングリング家のサガ』第8章では、スカジはニョルズと結婚したが理由は不明ながらやはり別れている。その後オーディンと結婚し、セーミング英語版をはじめ多くの息子をもうけたという[15]。 これに関連して、10世紀のノルウェーの〈剽窃詩人〉エイヴィンドは、その詩『ハーレイギャタル英語版』において、彼が仕えていたハーコン大公をセーミングの子孫だと謡っている[16]。スカジとオーディンは、神々の世界であるゴズヘイマル(Goðheimar)[16]またはゴズヘイム(大スヴィーショーズ[17]ではなくマンヘイマル(Mannheimar)[16]またはマナヘイム(スヴィーショーズ)[17]でセーミングをもうけたが、彼がハーコン大公の父方の祖先であるという[17][16]。また、セーミングの子孫とハーコン大公の祖先はノルウェー北部のハーロガランド英語版の人々に属している(詩人エイヴィンドもハーロガランド出身)[16]。スカジの出身地であるヨトゥンヘイム(Jötunheimr)の名は神話の地名であると同時にラップランドの一部(ハーロガランドの北のフィンマルク)も意味していたと考えられ[18]、そしてスカジがスキーと弓での狩りを得意とすることはラップ人と共通するところであり[19]、研究者ヘルマン・パウルソン英語版はスカジとハーコン大公の祖先に関連がみられても「驚くにはあたらない」と指摘している[16]

『ユングリング家のサガ』第8章には、スカジに関して前述の〈剽窃詩人〉エイヴィンドが作った詩が紹介されており、そこでスカジは「鉄の森に住む者」、「雪靴の女神」というケニングで呼ばれている[15]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ バーバラ・ウォーカーによればスカアハは北欧神話の女神スカジと同一の神格である(高平 et al. 1998, p. 92)。ただ、この説の初出はバーバラ・ウォーカー著『神話・伝承事典』である。前提として、彼女はアイルランド伝承あるいは北欧神話の研究者ではなく、作家・フェミニストであるため、神話上の裏付けがないものも多分に含まれていることを留意すべきだろう。
  2. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』67頁での説明による。ただし、『エッダ/グレティルのサガ』(松谷健二訳、筑摩書房、)32頁の説明では、ニョルズの妻ではあるがフレイの母ではないとされている。
  3. ^ レジス・ボワイエ『ヴァイキングの暮らしと文化』227頁。および同個所の注39(321頁)。高平鳴海他『女神』(新紀元社、1998年)90-91頁。 ただし、北欧の百科事典の説明するところでは、大プリニウス1世紀に『博物誌』に記したラテン語の「スカディナヴィア」の由来である、スカンディナヴィア半島南端の地名「スコーネ」(Skaane)が、「スカンディア」(Scandia)となったという(百瀬宏熊野聰村井誠人『北欧史』山川出版社、1998年、3-4頁)。学術的にはこちらが主流。
  4. ^ この経緯が、ドナルド・A・マッケンジー『北欧のロマン ゲルマン神話』(東浦義雄、竹村恵都子訳、大修館書店、1997年)105-106頁では前後している。アースガルズに乗り込んだスカジは神々からの和睦の申し出を蹴り、まず「私を笑わせてみよ」と言う。そこでロキが自分の陰嚢と牝山羊の髭とを紐で繋いだ綱引きをし、スカジは笑って怒りを解いた。次にオーディンがスィアチの眼球で星を作り、それからアース神族との結婚をもちかけている。
  5. ^ 『デンマーク人の事績』の「第一の書」は次のようなエピソードを語っている。王女レグニルダが巨人と婚約したことを嫌ったハディングス(ハディング)は、この巨人と戦って斃したものの負傷した。レグニルダは恩人の彼を看病した際、彼の脚の傷口に指輪を隠した。後にレグニルダは、父王が宴会に呼んだ若者達の中から夫を選ぶことになった。レグニルダは彼らの脚に触れていき、指輪を目印にハディングスを探し当てて彼を夫に選んだという。[11]

出典[編集]

  1. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』58頁。
  2. ^ 『生と死の北欧神話』176頁。
  3. ^ 『生と死の北欧神話』146頁。
  4. ^ 『生と死の北欧神話』158頁。
  5. ^ 『生と死の北欧神話』145-146頁。
  6. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』245頁。
  7. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』53頁。
  8. ^ a b 『「詩語法」訳注』3頁、『エッダ 古代北欧歌謡集』58頁。
  9. ^ 『北欧神話』(デイヴィッドソン)171頁。
  10. ^ デュメジル・コレクション 4』48頁。
  11. ^ 『デンマーク人の事績』(サクソ・グラマティクス著、谷口幸男訳、東海大学出版会、1993年、ISBN 978-4-486-01224-5)40-41頁(第一の書)。
  12. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』85頁。
  13. ^ 『エッダ 古代北欧歌謡集』87頁、274頁。
  14. ^ 松村武雄編著 『世界神話伝説大系 30 北欧の神話伝説(II)』 名著普及会、1980年改訂版、8-12頁。ただし原典の説明はなし。
  15. ^ a b 『ヘイムスクリングラ(一)』48頁。
  16. ^ a b c d e f 『オージンのいる風景』227-228頁。
  17. ^ a b c 『ヘイムスクリングラ(一)』49頁。
  18. ^ 『オージンのいる風景』177頁。
  19. ^ 『オージンのいる風景』187頁。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

一次資料[編集]

二次資料[編集]