フィルギャ

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フィルギャ1古ノルド語: 単数:fylgja、複数:fylgjur)は、北欧神話に登場する、人に付き添う霊的存在。フィルギャは動詞「fylgja(従う)」の動作主名詞で「追随者」という意味である[1]

人の霊魂が動物の形を取るのが本来であり、それを反映する(男性であれば男性らしい)動物の姿で現れた[2]ディース(en) とは異なり祭祀の対象とはならなかったが混合が進んだ結果、氏族の女性守護者「フィリュギャコナ(=女フィリュギャ)」としての性質をも帯びるようになった[1]

武装した少女のイメージをフィルギャに与えたことからワルキューレが生まれただろうと考えられている[3]

フュルギャ[1]、フュルギヤ[3]、フュルギエ[4]、フュルギア[5]とも。

伝承[編集]

ノルンにはさまざまな種族がいるが、特定の人物や一族のために守護霊のように家につく者達がフィルギャとなった。家の人々が先祖からの栄誉を高めつつ新しい事柄を進めていくことで、強力で聡明なフィルギャが家族に従い、家の安泰を見守った[6]

フィルギャは女性の姿で夢や現実世界に現れることがある。たとえば、アイスランド人グルムは、ある夜、巨躯の女性が自分の屋敷にやって来る夢を見た。彼は、ノルウェーにいる一族の長が亡くなったので、彼のフィルギャが一族で第二の地位にある自分のところに来たと考えた。間もなく長が亡くなった知らせが届いた[7]。 また、アイスランドの農民トルギルスは、民会での争いを抱えていた折、民会の会場へ向かう途中で、目的地のほうから来た女から忠告を受けた。直後に女は消えてしまい、トルギルスは彼女が民会の場を去ったことに不安を覚えた。トルギルスは間もなく斬り殺されてしまった。そのようにフィルギャは人の前に現れてたびたび忠告をしたり、危険が近づいていることを教えた[8]

フィルギャについて、誰かの体を離れたその人の考えの外観の姿として理解してもよい。他の人のフィルギャが周囲にいることに気付いた者は、その人の訪問を悟ったり、その人が向けてくる悪意を認識したりする。たとえば、ノルウェー王のオーラブ・トリグヴァソンが生まれて間もない頃、母アストリッドが追っ手を逃れて自分の父の元にいたとき、父が逞しいフィルギャの訪問に気付いた。父は、オーラブの父(アストリッドの夫)を殺した一味が遺児の出生を知ってさらなる追っ手を送ったと考え、アストリッドとオーラブを逃がした。また、オーラブが9歳でホルムガルドにいる母方の伯父の元に向かった際は、彼が到着する前に、際だって強力で賢いフィルギャが人々の前に現れたため、人々は有力な家系の人がやがてこの国へ来るのだと知った[9]

フィルギャはしばしば動物の形態で現れた。たとえば、アイスランド人のトルステインが子供の頃に、ある人にはトルステインの前をフィルギャである白熊が走っているのが見えていた[10]。また、アイスランドの2人の農民が争った折、夜に2人の屋敷から雄が出てきて激しく格闘した。朝、動物はいなくなったが、2人はそれぞれの寝床の中で疲れきって動けなくなっていた[11]

他人のフィルギャに近づいて来られると、人々はしばしば眠くなって寝床に入り、ないしや守護女神の姿を見た。さらに、いくつかのサガは、誰かが覚醒している間にフィルギャが現れたことを死の予兆に関連づける。つまり、誰かのフィルギャを視界にとらえるということは、その誰かの間近に迫った死の兆しなのである。たとえば、大グドムンドが外出していた間に、彼の兄弟が夢の中で、雄牛が屋敷に来て倉庫など全部の建物を覗いた後、高座で倒れて死ぬのを見た。やがて大グドムンドが屋敷に帰ってくると、習慣として倉庫など全部の建物を覗き、それから高座で食事をとろうとしたときに倒れ、急死してしまった[12]。 また、アイスランドのやっかい詩人ハルフレズ(〈難物詩人〉ハルフレッドとも)は、船上で死が間近となった時、武装した女性が波の上を渡っていくのを見て、自分のフィルギャが離れていったと気付いた。彼女がハルフレズの息子のところへ行き、歓迎の言葉をかけられると[13]、彼女は姿を消した[14]

古い神々とキリスト教がせめぎ合う頃には、人々の守護女神であるディシール(ディーシル。(en))が人を殺す出来事もあったとされる。アイスランドの首領の1人、シーデのハル(シーダのハルとも)の息子に、ある夜9人の黒衣の女性が襲いかかりこれを倒した。この時9人の白衣の女性も現れていた。ハルの友人は、彼女たちがハルの一族のフィルギャだと考え、やがてアイスランドに新しい宗教がやって来る予感があること、旧来のディシールはその償いのために息子の命を奪っただろうこと、新しいディシールがそれを防ごうとしたが力が及ばなかっただろうことを話した[15]。やがてオーラブ王が差し向けた宣教師タングブランドがアイスランドへ来ると、ハルは先んじて洗礼を受けた[16]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c F.ストレム、p.205。
  2. ^ F.ストレム、p.219。
  3. ^ a b 『エッダ 古代北欧歌謡集』p.21。
  4. ^ V.グレンベック、p.44-52(講談社、2009年版)。
  5. ^ 「ゲルマン神話」『ブリタニカ国際大百科事典』第6巻(山室静訳、ティビーエス・ブリタニカ、1973年)にみられる表記。
  6. ^ V.グレンベック、p.44-45(講談社、2009年版)、p.32-33(新潮社、1971年版)。
  7. ^ V.グレンベック、p.46-49(講談社、2009年版)、p.33-35(新潮社、1971年版)。
  8. ^ V.グレンベック、p.45-46(講談社、2009年版)、p.33(新潮社、1971年版)。
  9. ^ V.グレンベック、p.51-52(講談社、2009年版)、p.36-37(新潮社、1971年版)。
  10. ^ V.グレンベック、p.49-50(講談社、2009年版)、p.35-36(新潮社、1971年版)。
  11. ^ V.グレンベック、p.50-51(講談社、2009年版)、p.36(新潮社、1971年版)
  12. ^ V.グレンベック、p.52(講談社、2009年版)、p.37(新潮社、1971年版)。
  13. ^ 『スカルド詩人のサガ』p.155-157。
  14. ^ V.グレンベック、p.46(講談社、2009年版)、p.33(新潮社、1971年版)。
  15. ^ 『北欧神話』(青土社)p.288-290。
  16. ^ V.グレンベック、p.167-171(講談社、2009年版)、p.110-112(新潮社、1971年版)。

関連項目[編集]

参考文献[編集]