ガイウス・プリニウス・セクンドゥス

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ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(大プリニウス)

ガイウス・プリニウス・セクンドゥス(Gaius Plinius Secundus, 22 / 23年79年8月24日)は、北イタリアコムム(現在のコモ市)に生まれた古代ローマ博物学者政治家軍人文人で政治家のガイウス・プリニウス・カエキリウス・セクンドゥス(小プリニウス、62? – 114?)がおり、養子としている。小プリニウスと区別するため大プリニウスと呼ばれる。ローマ帝国の海外領土総督を歴任する傍ら『博物誌』(Naturalis historia)を著した。

地中海艦隊の司令官として南イタリアミセヌムにいたとき、ヴェスヴィオ火山の噴火を目撃した。プリニウスは救助活動のため艦隊を率いてポンペイへ向かったが、その道中で病死した。病死ではなく、火山の観察を続けるうちに避難し遅れて火山性ガスにまかれたのだとも言われている。

[編集] 著作

  • 『馬上からの投げ槍について』(De iaculatione equestri
  • 『ポンポニウス・セクンドゥスの生涯』(De vita Pomponi Secundi
  • 博物誌』(Naturalis historia)、77年

プリニウスの著作は全部で102にもおよぶが、現存するのは77年に完成した『博物誌』のみである。

[編集] 外部リンク

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