薄雲 (吹雪型駆逐艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
Usugumo II.jpg
艦歴
発注 大正15年度計画(昭和2年度艦艇補充計画
起工 1926年10月21日
進水 1927年12月26日
就役 1928年7月26日
その後 1944年7月7日戦没
除籍 1944年9月10日
性能諸元
排水量 基準:1,680t
公試:1,980t
全長 118.5メートル
全幅 10.36メートル
吃水 3.19
機関 艦本式タービン2基2軸
艦本式ロ号専焼缶4基
50,000馬力
最大速 38.0ノット
航続距離 5,000/14ノット
兵員 219人
兵装 12.7cm50口径連装砲×3
7.7mm機関砲(機銃)×2
61cm魚雷発射管×9 他

薄雲(うすぐも)は日本海軍駆逐艦。特型(吹雪型)の7番艦である。当初の艦名は、第41号駆逐艦。この名を持つ日本海軍の艦船としては東雲型駆逐艦「薄雲」に続いて2隻目。

艦歴[編集]

東京石川島造船所で建造。一等駆逐艦に類別された。1928年(昭和3年)8月1日、「第41号駆逐艦」を「薄雲」と改名。同年12月1日、第2艦隊第2水雷戦隊第12駆逐隊に編入された。

日中戦争に際しては1940年(昭和15年)以降、華南での沿岸作戦に参加した。同年8月15日、華南の南日水道で触雷大破し、同年10月から1942年(昭和17年)7月30日まで呉工廠舞鶴工廠で修理を行った。

太平洋戦争では、修理完了後に北方で海上護衛、哨戒活動に従事した。1944年(昭和19年)7月7日、船団護衛中に択捉島北方で米潜水艦「スケート」 (USS Skate, SS-305)の雷撃を受け戦没した。

歴代艦長[編集]

艤装員長[編集]

艦長[編集]

  • 後藤英次 中佐:1928年7月26日 -
  • 木幡行 中佐:1928年12月10日 -
  • 伊藤長 中佐:1929年11月15日 -
  • 池田久雄 中佐:1930年11月15日 - 1931年12月1日 同日より第二予備艦
  • 江戸兵太郎 中佐:1932年12月1日 -
  • 田村劉吉 少佐:1933年4月1日 -
  • (兼)秋山輝男 中佐:1934年11月1日 -[1]
  • 瀬戸山安秀 少佐:1934年11月15日 -
  • 北村昌幸 中佐:1936年12月1日 - 1937年8月16日[2]
  • (兼)山本岩多 中佐:1937年10月20日 -[1]
  • 島居威美 中佐:1937年12月1日 -
  • 宮崎俊男 少佐:1938年12月15日 -
  • 新谷喜一 少佐:1939年10月10日 - ※1940年10月15日より第四予備艦
  • 種子島洋二 少佐:1940年12月10日 -
  • 小山猛夫 中佐:1941年2月10日 -
  • 池田周作 少佐:1942年6月20日 -
  • 若杉次一 少佐:1943年11月8日 - 1944年7月7日戦死

脚注[編集]

  1. ^ a b 『日本海軍人事手帳(?)』による。
  2. ^ 『日本海軍史』第10巻、24頁。

参考文献[編集]

  • 雑誌「丸」編集部『ハンディ版 日本海軍艦艇写真集16 駆逐艦 吹雪型[特型]』光人社、1997年。
  • 外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年。 ISBN 4-7698-1246-9
  • 海軍歴史保存会編『日本海軍史』第7巻、発売:第一法規出版、1995年。
  • 日本海軍人事手帳(?)