蒼鷹 (急設網艦)

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蒼鷹
艦歴
計画 1937年マル3計画
起工 1939年5月10日
進水 1940年2月3日
就役 1940年6月30日竣工
その後 1944年9月26日戦没
除籍 1944年11月10日
性能諸元
排水量 基準:1,600t 公試:1,890t
全長 91.0m
全幅 11.3m
吃水 4.0m
主缶 ロ号艦本式混焼缶3基
主機 艦本式タービン2基2軸 6,000hp
速力 20.0kt
航続距離 3,000 NM /14kt
(石炭:206t 重油:53t)
乗員 195名[1]
兵装 40mm連装機銃2基4挺
防潜網6カイリ分
もしくは九三式機雷100個
爆雷18個

蒼鷹(あおたか)は、日本海軍敷設艦初鷹型急設網艦の2番艦。

概要[編集]

1940年(昭和15年)竣工。1941年(昭和16年)、中支南支方面進出。緒戦はケンダリー攻略作戦、マカッサル攻略作戦などに参加。その後はスラバヤからマニラ方面で主に船団護衛任務。1944年(昭和19年)9月26日戦没。

艦歴[編集]

歴代艦長[編集]

※脚注なき限り『艦長たちの軍艦史』211頁に基づく。

艤装員長[編集]

  • 藤村白鷹 大佐:1940年2月5日[2] - 1940年6月30日[3]

艦長[編集]

  • 藤村白鷹 大佐:1940年6月30日 -
  • 能美実 大佐:1940年11月15日 -
  • 宮下頼永 中佐:1941年2月15日 -
  • 小山猛男[4][5] 中佐/大佐:1941年9月12日[4] - 1944年5月1日[5]
  • 太田良直治 中佐:1944年5月1日 - 1944年10月9日[6]

同型艦[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 海軍定員令、昭和14年10月31日付 内令 第759号改定分 「第62表ノ2 敷設艦定員表其ノ5」。
  2. ^ 昭和15年2月5日付 海軍辞令公報 (部内限) 第436号。アジア歴史資料センター レファレンスコード C13072077700 で閲覧可能。
  3. ^ 昭和15年7月1日付 海軍辞令公報 (部内限) 第499号。アジア歴史資料センター レファレンスコード C13072078400 で閲覧可能。
  4. ^ a b 昭和16年9月12日付 海軍辞令公報 (部内限) 第710号。アジア歴史資料センター レファレンスコード C13072082100 で閲覧可能。
  5. ^ a b 昭和19年5月1日付 海軍辞令公報 (部内限) 第1453号。アジア歴史資料センター レファレンスコード C13072098000 で閲覧可能。
  6. ^ 昭和19年10月14日付 秘海軍辞令公報 甲 第1619号。アジア歴史資料センター レファレンスコード C13072125600 で閲覧可能。

参考文献[編集]

  • 雑誌『』編集部『写真 日本の軍艦 第14巻 小艦艇Ⅱ』(光人社、1990年)
  • 外山操『艦長たちの軍艦史』光人社、2005年。 ISBN 4-7698-1246-9

関連項目[編集]