みずほ信託銀行
みずほ信託銀行本店
(新呉服橋ビルディング) |
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| 種類 | 株式会社 | ||||||
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| 市場情報 |
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| 略称 | みずほ信、みずほTB | ||||||
| 本社所在地 | 〒103-8670 東京都中央区八重洲一丁目2番1号 |
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| 設立 | 1925年(大正14年)5月9日 (共済信託株式会社) |
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| 業種 | 銀行業 | ||||||
| 金融機関コード | 0289 | ||||||
| SWIFTコード | YTBCJPJT | ||||||
| 事業内容 | 信託業 | ||||||
| 代表者 | 野中隆史(代表取締役社長) | ||||||
| 資本金 | 2,473億03百万円 (2011年3月31日現在) |
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| 発行済株式総数 | 普通株式:50億2,621万6,829株 第一回第一種優先株式:1億5,571万7,123株 第二回第三種優先株式:8億株 |
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| 売上高 | 連結:2,774億79百万円 単独:2,437億73百万円 (2008年3月期) |
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| 純利益 | 連結:148億81百万円 (2011年3月期) |
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| 純資産 | 連結:3,132億73百万円 (2011年3月31日現在) |
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| 総資産 | 連結:5兆9,162億03百万円 (2011年3月31日現在) |
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| 従業員数 | 連結:4,472人 単独:2,964人 (2008年3月31日現在) |
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| 決算期 | 3月31日 | ||||||
| 主要株主 | (株)みずほフィナンシャルグループ 100% (2011年9月1日現在) |
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| 主要子会社 | みずほトラストオペレーションズ株式会社 みずほトラストビジネスオペレーションズ株式会社 株式会社みずほ年金研究所 株式会社都市未来都市総合研究所 みずほトラスト保証株式会社 みずほ信不動産販売株式会社 株式会社みずほトラストシステムズ 日本ペンション・オペレーション・サービス株式会社 日本株主データサービス株式会社 米国みずほ信託銀行 ルクセンブルグみずほ信託銀行 ジャパン ファンド マネジメント みずほトラスト(アルバ) (2011年7月1日現在) |
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| 外部リンク | www.mizuho-tb.co.jp | ||||||
| みずほ信託銀行のデータ | |
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| 店舗数 | 国内本支店36、出張所13、海外現地法人2 (2012年1月23日現在) |
| 貸出金残高 | 4兆218億円 |
| 預金残高 | 3兆5,028億円 |
みずほ信託銀行株式会社(みずほしんたくぎんこう、英称:Mizuho Trust & Banking Co., Ltd.)は、みずほフィナンシャルグループ傘下の信託銀行。
かつては、みずほフィナンシャルグループとその子会社が発行済株式の69.9%を保有しつつも、東証一部と大証一部に上場していた。2011年(平成23年)9月以降、みずほフィナンシャルグループの完全子会社となっている。
目次 |
[編集] 歴史
かつての安田信託銀行を直接的な前身とし、その名の通り安田財閥を源流とする。
信託銀行界では不動産部門に強みを持つとされる一方、リテール展開においては、市川みさこの「オヨヨ」を通帳などのマスコットに採用するなどし業容の伸長を図ってきた。しかし、バブル期にノンバンクや不動産、建設業などに対する過剰な融資が祟り、金融機関の破たんの相次いだ1997年(平成9年)には経営危機に直面。芙蓉グループ各社に増資の引き受けを求め、富士銀行の子会社とされた。それでもなお、富士単独での再建策には限界があり、1999年(平成11年)、既に設立していた富士信託銀行と第一勧業銀行傘下の第一勧業信託銀行を合併、第一勧業富士信託銀行(DKFTB)を新たに設立した。この際には、安田信託銀行の収益性の高い法人部門や年金部門などを分割して第一勧業富士信託銀行へ営業譲渡した。
単独で安田信託銀行を救済し切れなかった富士が、第一勧銀の力を借りた形となり、これがみずほフィナンシャルグループ成立の嚆矢となった。
2000年(平成12年)、富士銀・第一勧銀・興銀が経営統合。みずほホールディングスが設立され、興銀傘下である興銀信託銀行を第一勧業富士信託銀行が吸収。(旧)みずほ信託銀行(旧・みずほTB)として発足した。一方、安田信託銀行はみずほアセット信託銀行(みずほAT)と商号変更した。当初は信託2行体制で、旧TBがホールセールを、ATがリテールを担う計画であったが、「さらなる効率化」を模索して再び2行を合併。上場維持を理由としてみずほATを存続会社として現在のみずほ信託銀行が2003年(平成15年)発足した。これにより、一時分割された旧安田信託は再統合された形となった。
上場銘柄としては、「安田信」 → 「みずほAT」 → 「みずほ信」と変遷された。
2011年(平成23年)9月1日に、株式交換によりみずほフィナンシャルグループに完全子会社化された[1]。これに伴い、先立つ同年8月29日に上場廃止となった。今後、みずほ銀行との統合も検討されている。
[編集] 業務の特色
旧安田信託銀行の流れを汲む不動産事業のほか、遺言や資産流動化、年金資産運用などに強みを持つ。子会社のみずほ信不動産販売はセゾングループの西洋環境開発より「ハウスポート」事業を譲受し、個人向け媒介事業を拡充した。
みずほグループの総合力を活かし、銀行業務はみずほ銀行、みずほコーポレート銀行に移行する一方で、みずほ信託自身は信託業務への特化に動いている。このため、利益に占める信託報酬などの手数料収入比率が、融資業務による資金利益比率の2倍近くに達しており、これは大手信託銀行で最も大きい[2]。
みずほフィナンシャルグループの三本柱の内の1つ、「グローバルアセット&ウェルスマネジメントグループ」の中核会社と位置づけられており、みずほ銀行の営業網を生かした富裕層向け資産管理や中小企業経営者の事業継承ビジネスを推進している。 さらに、損害保険ジャパンとは「保険金定期払い信託」を開発、第一生命保険とは遺言関連業務に関する信託代理店契約を締結するなど、みずほグループ親密先と連携し業務拡大を図っている。
個人向け金銭信託商品の開発に積極的で、予定配当率を明示し安全性を重視した運用を行う「貯蓄の達人」、世界主要先進国の国債で運用する毎月分配型の「世界の賢人」などを販売している。
[編集] 店舗・代理店
近年は、グループ傘下であるみずほコーポレート銀行、みずほ銀行、みずほインベスターズ証券との銀行・信託・証券による共同店舗化が進められている。
また2012年(平成24年)1月、みずほ銀行を所属行とする銀行代理店業務を開始したほか、同年3月までに自行キャッシュカードと自行ATMの廃止を行い、さらに同行口座においてみずほ信託銀行のサービスが利用可能となった[3]。
詳細は「店舗・ATMのご案内」を参照
[編集] ダイレクトバンキングサービス
従前は、テレホンバンキングサービスのみ提供してきたが、2008年(平成20年)11月4日から、「テレホンバンキングサービス」を「みずほ信託ダイレクト」に改称した。また同年11月25日からは、このみずほ信託ダイレクトにインターネットバンキングを追加された。
[編集] システム
日本IBMの勘定系システムを利用しているが、みずほ銀行が採用している富士通のシステムとの共同化を模索している。2012年(平成24年)1月より、みずほ銀行と普通預金・ATMサービスの共通化を予定している[4]。
[編集] 沿革
- 1925年(大正14年)5月9日 - 共済信託株式会社設立。
- 1926年(大正15年)2月12日 - 共済信託株式会社が安田信託株式会社と商号変更。
- 1948年(昭和23年)8月2日 - 安田信託株式会社が中央信託銀行株式会社と商号変更。
- 1951年(昭和26年)6月1日 - 中央信託銀行株式会社が安田信託銀行株式会社と商号変更。
- 1995年(平成7年)
- 10月 - 興銀信託銀行株式会社設立。
- 11月 - 第一勧業信託銀行株式会社設立
- 1996年(平成8年)6月 - 富士信託銀行株式会社設立。
- 1999年(平成11年)
- 2000年(平成12年)10月1日 - 第一勧業富士信託銀行株式会社を存続会社として興銀信託銀行株式会社を合併し、(旧)みずほ信託銀行株式会社と商号変更。
- 2002年(平成14年)4月1日 - 安田信託銀行株式会社がみずほアセット信託銀行株式会社と商号変更。
- 2003年(平成15年)3月12日 - みずほアセット信託銀行株式会社を存続会社として(旧)みずほ信託銀行株式会社を合併し、(新)みずほ信託銀行株式会社と商号変更。
- 2006年(平成18年)4月10日 - 信託銀行としては初(厳密には新銀行東京が初)となるICキャッシュカードを発行開始
- 2007年(平成19年)
- 4月2日 - 生体認証対応型ICキャッシュカード発行開始(指静脈認証を採用)
- 7月17日 - 仙台支店を仙台ファーストタワー7階に移転し空中店舗化。
- 2008年(平成20年)
- 11月4日 - テレホンバンキングサービスの名称を「みずほ信託ダイレクト」に改称。
- 11月25日 - 「みずほ信託ダイレクト」に、インターネットバンキングの機能を追加。
- 2011年(平成23年)
[編集] エピソード
- 山一證券破綻(1997年(平成9年)11月)の際に、山一と関係の深かった安田信託へも信用不安が生じたことから、本店や各支店に預金者が殺到した。安田信託側は店外まで列が並ぶと印象が悪くなることを懸念して、行内の会議室等へ客をすべて入れ、各マスコミもこの「取り付け騒ぎ」を報道するのを控えた[5]。
[編集] 脚注
- ^ a b みずほフィナンシャルグループによるみずほ信託銀行の株式交換による完全子会社化に関するお知らせ (PDF)
- ^ 「信託4行 独自路線上々」読売新聞、2006年12月4日
- ^ みずほ信託銀行でのみずほ銀行普通預金口座開設の申込受付(予定)、みずほ銀行ATMの設置(予定)、およびみずほ信託銀行ICキャッシュカードの廃止について (PDF)
- ^ みずほ銀行とみずほ信託銀行との普通預金・ATM共通化について (PDF)みずほ銀行/みずほ信託銀行・2011年9月1日
- ^ 朝日新聞、2007年10月20日
[編集] 外部リンク
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