西日本シティ銀行
西日本シティ銀行本店
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| 種類 | 株式会社 | ||||||
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| 市場情報 |
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| 略称 | 西日本シ銀、西日シ銀、西銀 | ||||||
| 本社所在地 | 〒812-8687 福岡県福岡市博多区博多駅前3丁目1番1号 |
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| 設立 | 1944年(昭和19年)12月1日 (西日本無尽株式会社) |
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| 業種 | 銀行業 | ||||||
| 金融機関コード | 0190 | ||||||
| SWIFTコード | NISIJPJT | ||||||
| 事業内容 | 預金業務、貸付業務、為替業務ほか | ||||||
| 代表者 | 代表取締役会長 本田正寛 代表取締役頭取 久保田勇夫 |
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| 資本金 | 857億45百万円 | ||||||
| 発行済株式総数 | 7億9,673万2,552株 | ||||||
| 純利益 | 単体525億87百万円 連結533億84百万円 |
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| 純資産 | 単体3,175億66百万円 連結3,514億80百万円 |
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| 総資産 | 単体7兆1,591億76百万円 連結7兆4,017億49百万円 |
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| 従業員数 | 単体3,628人 | ||||||
| 決算期 | 3月31日 | ||||||
| 主要株主 | 日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口)12.14% 日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口4)6.19% 日本マスタートラスト信託銀行(信託口)3.99% 日本生命保険 2.57% |
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| 主要子会社 | 株式会社長崎銀行 NCBターンアラウンド株式会社 NCBビジネスサービス株式会社 NCBオフィスサービス株式会社 NCBモーゲージサービス株式会社 Nishi-Nippon City Preferred Capital(Cayman)Limited Nishi-Nippon Finance(Cayman)Limited 株式会社NCBリサーチ&コンサルティング 九州債権回収株式会社 九州カード株式会社 西日本シティTT証券株式会社 西日本信用保証株式会社 株式会社エヌ・ティ・ティ・データNCB |
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| 外部リンク | http://www.ncbank.co.jp/ | ||||||
| 西日本シティ銀行のデータ | |
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| 店舗数 | 208店 |
| 貸出金残高 | 5,016,423百万円 |
| 預金残高 | 6,253,206百万円 |
| 特記事項: 2011年3月31日現在 |
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株式会社西日本シティ銀行(にしにっぽんシティぎんこう、英文表記:THE NISHI-NIPPON CITY BANK, LTD.)は、福岡県福岡市博多区に本店を置く地方銀行である。
目次 |
概説[編集]
2004年(平成16年)10月1日に、地方銀行の西日本銀行と第二地方銀行の福岡シティ銀行 が合併し発足した。
本店(旧福岡シティ銀行本店、竣工当時は福岡相互銀行)の設計は磯崎新。
コーポレートスローガンは「ココロがある。コタエがある。」。
経営環境[編集]
福岡県には、西日本シティ銀行にとってライバルとなる福岡銀行が存在するが、合併により総資産では福銀の7兆750億円に対して西日本シティ銀の6兆5293億円とほぼ同等の規模となった。しかし、自己資本比率は福銀の9.38%に対して西日本シティ銀は7.24%、不良債権比率は福銀の3.9%に対して9.38%と、財務体質の面で劣る。旧福岡シティ銀行に注入された公的資金も残り350億円あり、経営健全化が急務となっている。店舗の統廃合によるコスト削減・人員削減をすすめるとともに、資本増強への様々な施策が求められている(金額はいずれも2004年3月期。西日本シティ銀行の数値は旧2行の合算)。
2006年(平成18年)6月の株主総会で、前頭取の新藤と同じく大蔵省出身[† 1] で顧問として西日本シティ銀行入りしていた久保田勇夫が頭取に就任。久保田は、旧福岡シティ銀行の四島元頭取とは旧知の仲である。
合併以後は事業の拡大と経営の健全化が進められており、2010年(平成22年)7月には350億円あった公的資金を完済、また東海東京証券との連結子会社である西日本シティTT証券が新たに発足された。
北九州戦略[編集]
西日本と福岡シティは、北九州・遠賀・京築でもある程度店舗展開をしていたこともあり、合併後、北九州市における最大規模の金融機関となった(合併時に、旧西銀側の北九州支店を営業部に昇格させている[† 2])。しかし、市の指定金融機関は、ライバル行で福岡県最大手の福岡銀行と、大都市の指定金融機関を多く手がけた旧富士銀行時代からの流れによるみずほ銀行による2行輪番という構図がそのままとなっていた。
西日本シティは2010年(平成22年)5月14日、北九州における営業強化のため「北九州地区本部」を取締役常務執行役員を長とする「北九州総本部」に改組し[1]、2年前に取締役副頭取(代表取締役)に「北九州・山口代表」の肩書を与えた[2]のに続いて、北九州重視の営業強化策を打ち出した。
加えて、下関支店(山口県下関市)を「重要な拠点」と位置づけ、機能面・設備面の充実を目的として、2013年(平成25年)1月のオープンを目標に店舗の建て替えを行うと発表した[3]。これについて、西日本シティ銀行の久保田頭取は発表の席で「建て替えを急ぐ時期ではないが、いろんな状況を踏まえて判断した。大きな銀行のサービスはいかなるものかを示したい」と語るとともに、北九州市への指定金融機関昇格について「同市への働きかけを強化する」と述べ[4]、これらが下関市に拠点を置く山口フィナンシャルグループ (YMFG) が山口銀行の九州内店舗を分離して、北九州市に本店を置く北九州銀行を2011年(平成23年)10月3日に開業させることに対抗するものであることを暗に示唆している。
因縁[編集]
旧西日本銀行と旧福岡シティ銀行には、戦前から続いた因縁の歴史があった。
戦時中の金融機関の強制統合の際、県下の無尽会社は福岡無尽(後の福岡シティ銀行)を除き西日本無尽(後の西日本銀行)に一本化された。その際、福岡無尽も統合される方向で進んでいたが、福岡無尽の創始者四島一二三が「統合には賛成だが株式の51%を福岡無尽側に渡すこと」と言う条件を出して話し合いは紛糾。統合案が破談になった経緯がある。
また、旧西日本銀行は、昭和50年代後半の相互銀行の普銀転換時に地銀化を目指した。しかし、当時社団法人相互銀行協会会長であった四島司(当時株式会社福岡相互銀行社長。地銀転換後、株式会社福岡シティ銀行頭取[† 3])の猛反発にあい、断念も一時検討された。
その後、宮崎市に本店を置いていた高千穂相互銀行の救済合併を条件に相互銀行から地方銀行に転換した。そのため、地銀化以降の旧西日本銀行の統一金融機関コードは0190である。なお、相互銀行から地方銀行(全国地方銀行協会加盟の普通銀行)への転換は、最初で最後のケースである[† 4]。
また、旧福岡シティ銀行は、福岡銀行との統合を目指したが、福岡県内の勢力図に偏りが生ずるため、金融界の要請に従う形で、旧西日本銀行との統合に方向転換した。
沿革[編集]
旧行も共に、無尽会社として発足し、1951年(昭和26年)の相互銀行法の施行により相互銀行に転換した。 西日本相銀は、1984年(昭和59年)10月に高千穂相互銀行を吸収合併した際に普通銀行に転換、西日本銀行と改称し地方銀行として出発した[† 5]。一方、福岡相銀は他の多くの相互銀行と同じように1989年(平成元年)に普通銀行に転換を図り、第二地方銀行として発足した。
- 2004年(平成16年)10月1日 株式会社西日本銀行と株式会社福岡シティ銀行が合併し株式会社西日本シティ銀行が発足[5]。
- 存続会社は西日本銀行。本店は福岡シティ銀行側に設置され、旧西銀本店は本店別館となり、同本店営業部は福岡支店となった。
- 2005年(平成17年)1月4日 システムは、勘定系・情報系ともに旧西日本銀行のシステムに統合され、支店・ATMなどでのサービスが共通化。これにより旧福岡シティ銀行の通帳(合併から2004年12月30日までの間に旧福岡シティ銀行店舗[† 6]で発行された西日本シティ銀行の通帳を含む)は使用できなくなり、強制切替となった。
- 2008年(平成20年)9月30日この日を最後に西日本シティバンクカードの取り扱いを終了。
- 2009年(平成21年)9月7日 e-Tax(国税電子申告・納税システム)に申告した税務申告データを電子データのまま金融機関に送信できる「e-Tax申告データ受付サービス」の取扱いを開始した。
- 2013年(平成25年)1月4日 勘定系システムを、NTTデータ地銀共同センターへ移行。九州では初の稼動行。
ATM提携サービス[編集]
詳細は「ATM提携サービス」を参照
インストアブランチ[編集]
詳細は「いつでもプラザのご案内」を参照
ローン営業室・NCBローンプラザ[編集]
詳細は「ローン営業室・NCBローンプラザのご案内」を参照
地域貢献活動[編集]
主な活動
- 九州山口経営者顕彰財団 - 旧福岡シティ銀行の四島司元頭取がベンチャー企業育成を目指して私財を拠出して設立。顕彰者には、現在の九州の有力企業が名前を連ねる。
- 福岡シティ劇場 - 旧福岡シティ銀行がミュージカル専用劇場として、劇団四季を誘致してキャナルシティ博多の中に出来た劇場。
CMキャラクター[編集]
福岡銀行などに対抗するため、合併後から積極的にCMに取り組む。太字は現行。
- 久保田勇夫…企業CM(頭取就任直後)
- 松原夏海…AKB48メンバー。2011年度フレッシャーズキャンペーン
- HKT48…2012、2013年度フレッシャーズキャンペーン[† 8]
- ケイタク…ローン商品(2012年春まで数年起用された)
ギャラリー[編集]
-
田島支店
ダイエー笹丘店に併設
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 正確には、大蔵省から国土庁に転向しているため、地銀協などでは国土庁出身となっている。
- ^ 北九州市における旧シ銀側の中核店舗は小倉支店で、現在も西日シ銀の小倉支店として存続。
- ^ 合併にともない西日本シティ銀行会長就任が内定していたが、政府優先株無配の責任を取り合併前に頭取を退任。後継の頭取となった本田正寛]が合併後に会長に就任、その後の頭取交代時にも再任され、現在に至る。
- ^ この8年前に、同じく地銀転換を目指していた旧・弘前相互銀行の場合は、元から地銀だった旧・青和銀行を存続会社として合併(→みちのく銀行)したため、地銀転換ではなかった。
- ^ 厳密には、同年12月の全国地方銀行協会への加盟を以って、地方銀行となっている。
- ^ 旧銀行識別マークとして青い丸の中に「C」のステッカーが貼られていた。なお旧西日本銀行は赤い四角の中に「N」。
- ^ 2000年5月26日に旧西銀・NTTデータ両者が発表(参考リンク(地方銀行6行が「NTTデータ地銀共同センター」への加盟を決定))
- ^ 但し2013年は“NCB選抜”の以下のメンバーである(順不同)。穴井千尋(チームH主将)、多田愛佳、中西智代梨、兒玉遥、松岡菜摘、宮脇咲良、森保まどか、村重杏奈、朝長美桜、田島芽瑠
出典[編集]
- ^ “本部組織改正のお知らせ” (PDF) (プレスリリース), 西日本シティ銀行, (2010年5月14日) 2011年9月29日閲覧。
- ^ 役員一覧 (PDF) - 西日本シティ銀行公式サイト内
- ^ “下関支店の建替について” (PDF) (プレスリリース), 西日本シティ銀行, (2011年9月28日) 2011年9月29日閲覧。
- ^ “西日本シティ銀:下関支店、建て替え 山口FGのおひざ元「サービスで対抗」”. 毎日jp「オッショイ!九州」 (毎日新聞西部本社). (2011年9月29日) 2011年9月29日閲覧。
- ^ “西日本シティ銀行の概要#沿革”. 西日本シティ銀行. 2012年3月3日閲覧。
- ^ “基幹系(情報系・勘定系)システムの更改について (PDF)”. 西日本シティ銀行 (2009年5月28日). 2009年6月15日閲覧。
関連項目[編集]
- 西日本シティ銀行NCBインターネット支店
- 志、情熱企業(RKB毎日放送で放送されている西日本シティ銀行提供番組)
- アジアへの扉(テレビ西日本で放送されている西日本シティ銀行提供番組)
- 九州リースサービス - 旧福岡シティ銀行系。元日本リース系列で、上場会社。現在はオリックス傘下の関連リース会社。
- 福岡地所 - キャナルシティ博多等の開発で知られる旧福岡シティ銀行系列の九州最大の不動産会社(デベロッパー)。
外部リンク[編集]
- 西日本シティ銀行
- 「ナイスクイック.jp(714919.jp) ローン専用サイト」(西日本シティ銀行)
- 西日本シティ銀行ATM提携サービス(西日本シティ銀行)
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