十六銀行

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株式会社十六銀行
The Juroku Bank,Ltd
The Juroku Bank, Ltd. logo.png
Juroku Bank Head Store.JPG
本店
種類 株式会社
市場情報
東証1部 8356
名証1部 8356
本社所在地 日本の旗 日本
岐阜県岐阜市神田町8丁目26番地
設立 1877年(明治10年)10月
(第十六国立銀行)
業種 銀行業
金融機関コード 0153
SWIFTコード JUROJPJT
事業内容 預金業務、貸出業務、有価証券売買業務・投資業務、為替業務など
代表者 代表取締役頭取 村瀬 幸雄
資本金 368億39百万円
(2013年3月31日現在)
発行済株式総数 普通株式:3億7,924万1千株
優先株式:2千万株
(2013年3月31日現在)
純利益 単体:238億2百万円
連結:231億81百万円
(2013年3月31日現在)
純資産 単体:2,864億8百万円
連結:3,133億73百万円
(2013年3月31日現在)
総資産 単体:5兆6,136億43百万円
連結:5兆6,677億99百万円
(2013年3月31日現在)
従業員数 単体:3,152人
連結:3,565人
(2013年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 三菱東京UFJ銀行 10.19%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 5.79%
日本興亜損害保険 3.09%
十六銀行従業員持株会 2.27%
東京海上日動火災保険 2.61%
明治安田生命保険 2.56%
フジパングループ本社 2.40%
三菱UFJ信託銀行 1.56%
日本生命保険 1.55%
日本マスタートラスト信託銀行(信託口)1.52%
(2013年3月31日現在)
主要子会社 十六ビジネスサービス株式会社
十六リース株式会社
株式会社十六ディーシーカード
株式会社十六ジェーシービー
十六コンピュータサービス株式会社
十六信用保証株式会社
株式会社十六総合研究所
ぎふぎん保証サービス株式会社
外部リンク 十六銀行 公式サイト
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十六銀行のデータ
店舗数 146
貸出金残高 36,57358百万円 
預金残高 514975百万円 
特記事項:
(2013年3月31日現在)
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株式会社十六銀行(じゅうろくぎんこう、英称The Juroku Bank,Ltd.)は、岐阜県岐阜市に本店を置く地方銀行

概要[編集]

岐阜県下では預金・貸金残高は市中金融機関中3割前後を占めるリーディングバンクであり、東海3県下に本店を置く地方銀行・第二地銀・信用金庫では最大規模である。

創業時に指導を受けた第一銀行の流れを汲む第一勧業銀行(現みずほ銀行)と親密だったが、1980年代後半より三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)と親密関係となる。また、日本銀行出身者が2代続けて頭取に就任した時代もあるが、1999年(平成11年)6月に日銀及び旧大蔵省出身者の退任以降、いわゆる天下りが取締役(委員会設置会社ではないので執行役制度は無い)には存在しない。また、大手都銀からも同様である[1]

経営[編集]

東海地方の金融機関との競合[編集]

岐阜県内金融機関の近年の傾向として、地盤とする岐阜県は2004年当時、十六銀行・大垣共立銀行岐阜銀行岐阜信用金庫の4行庫で預金40%、貸出金62%の寡占状態であり、また地場産業の低迷から、いずれも愛知県への進出(愛知県に本店を置く地銀協加盟行は存在しない)を強めている。こうしたなか、2000年(平成12年)以降、旧東海銀行の再編参加により、当時一層の勢力猛進が恐れられていたUFJ銀行に対抗する戦略として、十六銀行・名古屋銀行百五銀行の3行で業務提携を締結した。具体的な施策として、名古屋銀行との店舗交換や、3行間でのM&Aの相互紹介・共同商談会等を行い、さらに後述するATM相互開放では愛知銀行を加え、これは、地域金融機関連携のモデルケースとして全国的に注目されてきた。

しかし2005年(平成17年)10月、親密都銀である東京三菱銀行[† 1]の持株会社、三菱東京FGによる、UFJホールディングスの救済合併が実現。追って商業銀行も2006年(平成18年)1月に合併し、対UFJ包囲網として構築された地域銀行業務提携は、その再定義が噂された。

もともと東海地方は、無借金指向の企業が多いため貸出金利が全国平均より低く、また貯蓄率の高さから預貸率が低いため、その資金利鞘の改善が課題となっていた(旧東海銀行の東京進出および新興企業の積極的開拓もこうした歴史的背景からであるが、合併後の行内対立による経営悪化、とりわけ中京圏での弱体化は十六にとって奇貨となった)。今後の生存戦略の一選択として、銀行間の統合を探る動きも見られる。 今後、十六銀行を巻き込んだ構図として考えられるのは、

  1. 3行業務提携から合併経営統合への移行
  2. 十六の3行連携からの離脱と三菱東京UFJ銀行への接近

などである。

1. に関して、特に名古屋銀行とは人事考課システムがほぼ同様なものが採用され、”合併を見越したもの”と噂されている。しかし、合併等で重要なポイントとなる次期勘定系システムの構築において、十六銀行は日本IBMをメインフレームに三菱東京UFJ銀行新システムとの共同運用を採用し、名古屋銀行(ベンダーは富士通)・百五銀行(同日本ユニシス)も其々異なったシステムを構築しつつある。ちなみに、他の東海3県地域銀行のベンダー採用状況は、大垣共立・三重銀行がNEC(三重は旧住友銀行のをパッケージ採用)、第三銀行・中京銀行・岐阜銀行が日立製作所(中京・岐阜は旧東海銀行のをパッケージ採用)、愛知銀行はNTTデータである[2]。また前述の貸出金競争でも、名古屋銀行は貸出金総額を2兆円にすべく大幅な金利引き下げ競争を繰り返し、百五銀行は数年で愛知県内での貸出金をほぼ倍増させ、名古屋銀行の地盤である愛知県西三河地方への進出を強めているなど、3行間の競争は熾烈である。もともとこの業務提携は、愛知県内でUFJ銀行に対抗する為に名古屋銀行が最も積極的であったと言われ、3行間で温度差が前々から指摘されてきた。こうした理由で、3行間の合併・経営統合は東海銀行の合併同様、同床異夢の感もある。
2. に関しては、旧三菱銀行出身者により統治される三菱東京UFJ銀行において、同行の関連会社で旧東海銀行の親密行、中京銀行、岐阜銀行(勘定系システムは旧東海)との関係性変化を見る一部の見方から、両行を加えた「三菱UFJ系地銀」での再編成も考えられる。しかし、その点親三菱3行間、そして旧東海出身者のもと、中京金融界の過度な三菱化を警戒する両行や名古屋財界との関係から、十六銀行が主導的に関与できるとは限らない。また岐阜銀は元々十六系列であったが、その露骨なまでの”子会社扱”に反発し、1999年(平成11年)に旧東海傘下に移った経緯があり、とりわけ十六にとって、すんなり決着できる関係とは言い難い。また、これとは別に、水谷研治中京大学教授ら一部旧東海OBより、旧東海銀行の独立を意図とした「東海三菱銀行」構想(りそなグループの傘下で、埼玉県を中心に営業する「埼玉りそな銀行」のような形態を想定)が出るなど、三菱主導による地域銀行再編も、様々な思惑が絡んでいるのが現状である。

2008年(平成20年)11月28日付の日本経済新聞など各紙の報道では、同年12月1日より十六銀行が、三菱東京UFJ銀行系列で経営再建中の岐阜銀行(岐阜市)に対し資本支援するなど、両行が包括的な資本・業務提携に向けた交渉に入ることが報じられている。 十六銀は数十億円の出資を検討しており、岐阜銀が発行する優先株を引き受ける方法が有力という。三菱東京UFJ銀行の地銀囲い込み戦略が進む中で、東海地方における地元金融機関の生存戦略と十六銀行との関係が注目された[3][4]

2010年(平成22年)7月30日岐阜銀行三菱東京UFJ銀行側からの資本支援を行うことを前提に、十六銀行は岐阜銀行を2010年度に完全子会社化し、2012年(平成24年)9月18日に吸収合併した[5][6][7]

店舗政策[編集]

前述のように岐阜県内は、金融機関の寡占状態および地場産業の低迷による新規融資の掘り起しが見込めないため、バブル期には愛知県内に積極的な店舗展開を行った。2014年2月現在、県西部を中心に40店舗以上を配置するとともに、名古屋営業部内に法人融資の部署を設置して、貸出の増強を図っている。1997年(平成9年)の神戸支店(岐阜県)開設以来、新規出店は中止し、岐阜県内店舗を中心に15カ店の支店統廃合を実施した[† 2]。 また三河地区の4カ店(大府支店西尾支店安城支店豊川支店)を名古屋銀行と店舗交換し、名古屋銀行から高山支店大垣支店関支店を譲受した。この三河地区からの一部撤退は、対象店舗がバブル期に出店したため、各支店はキャッシュフローで黒字であったものの償却損を計上していたことから、当時は妥当な判断とされたが、その後のトヨタ自動車関連企業はじめ当地の製造業の好況感から、結果的に失策ではなかったかとの見方もある。

近年の店舗政策としては、店舗網の見直しが一巡したこともあり、愛知県内での営業力強化の一環として、名古屋支店の名古屋営業部への組織変更・岐阜銀行の吸収合併に伴うものを含めた名古屋地区での店舗網拡充、一部部分撤退した三河地区では豊田市刈谷市岡崎市豊橋市にローンセンター(住宅ローン業務の専任部署)を設置、特に豊田支店では2007年(平成19年)には住宅ローン残高が全店1位(これまでは、岐阜県可児支店)になるなど、好調な成果を挙げている。また、岐阜県東加納支店をはじめ、一部フルバンキング店舗を富裕層特化の個人専業店舗に転換する計画である。また、富裕層向けの資産運用などコンサルティング業務に特化した新型店舗「PLAZA JUROKU」を岐阜市と名古屋市中区に開設しているほか、静岡県浜松市にも進出する計画がされている。

営業政策[編集]

法人市場対策[編集]

  • 私募債受託や医療開業融資等に特色がある。
  • 収益的には、預貸金利利鞘は地方銀行でも下位に属するなどその向上が大きな課題となっている。もっとも、この原因は東海地方の貸出金利が名古屋金利と言われるほど、全国平均と比較し低金利であるためであり、これは東海地方の金融機関全体に共通する課題である。
  • 2005年以降、不良債権処理が一段落したことから信用リスクの対価として金利収入を目的とする「ドリームファンド」を500億円設定するなど、預貸金利利鞘の改善を図っている。

地方公共団体取引[編集]

岐阜県指定金融機関を長らく受託してきたが、2015年以降、大垣共立銀行に交代する見通しとなった[8]

岐阜市を始めとした県内の多くの市町村の指定金融機関を受託している。なお、一部の市町村は他金融機関(信用金庫)等との輪番制となっている。

個人市場対策[編集]

営業部隊
  • 上記のように、低資金利鞘を補う手段として、手数料収入が見込まれる投資商品の販売に力を入れている。十六銀行営業部隊のパワーセールス力は、かつて日産生命保険ローン富士エクセレントを始めとするゴルフローンディーシーカード獲得で発揮された。特に、2004年年度は変額保険市場で最もシェアの高いハートフォード生命保険の取扱販売高は、全販売金融機関(都銀・大手証券会社も含めて)第2位であった。最近では、リスクポートフォリオの観点もあり、東京海上日動あんしん生命の保険商品が販売の主力となっている。
  • ただし、この積極的な営業活動の反動で一時期、十六銀行は東海財務局管内での金融機関では、最も苦情受付件数が多く、2000年前後には業務改善命令発動も検討されたことがある。
  • また、2005年年度末決算では東海3県地銀・第二地銀全9行中唯一、総預金残高が350億円減少(投資商品を含む個人預かり資産高自体は増加している)し、急遽キャンペーン金利定期預金等を展開し、預金獲得を図っている。
  • 2007年7月、日本経済新聞社日経リサーチが共同で実施した第3回「銀行リテール力調査」(全国の121行の店頭サービスと金融商品充実度を比べるもの)では、2006年調査の24位から躍進し、地方銀行の中では首位の3位となった(ライバル行の大垣共立銀行は18位)。小島伸夫・頭取はその要因として、ファイナンシャルアドバイザーと呼ばれる資産運用担当者の積極配置と一部成果報酬制の導入、新システム導入に伴う新端末の導入と事務処理のスピードアップが奏功したと語っている。
イメージキャラクター
  • イメージキャラクターとしてトムとジェリーを採用。ボーナスキャンペーン等では、それをあしらったキャラクターグッズが人気を集めている。しかし、最近は経費削減の一環と、J-Pointスタイル(後述)のイメージキャラクターの「フエルーちょ」「タマルーにゃ」の登場により、トムとジェリーの出番は少なくなってきている。
ポイント制度
  • J-Pointスタイル: 取引項目(点数制。給与振り込み・年金受け取り・公共料金支払い・十六DCカード/十六JCBカード利用代金自動引き落とし・住宅ローン利用・住宅金融支援機構の返済口座登録・「じゅうろくバンキングサービス「J-ダイレクト」代表口座・十六DC利用額15万円以上(6か月間))および取引残高によってステージが決定され、特典が受けられる。毎月月末日の取引項目や残高により翌々月のステージが決定される。Jブロンズ・Jシルバー・Jゴールド・Jプラチナの順に上がっていき、毎月J-マイレージポイントが付与され(それぞれ20・30・60・100ポイント)、またJシルバーでは自行およびセブン銀行・イーネットATMの時間外手数料が無料、Jゴールドでは加えて貸金庫使用料が割引(3150円)、Jプラチナではさらに加えて優待券プレゼントのサービスが受けられる。
  • J-マイレージポイント: J-Pointスタイルで付与されたポイントをためることにより、商品やギフトカード、他社ポイント制度への移行ができる。獲得したポイントは当該獲得年度(4月から3月)の2年後の3月末日まで有効。

自動機サービス[編集]

ATMCD取引での他行利用手数料は、2000年(平成12年)以降、近隣他行庫とのATM相互開放を順次拡大していった。

  • 2000年(平成12年)10月 - 十六銀行・百五銀行・名古屋銀行の3行間で相互無料開放
  • 2001年(平成13年)
    • 5月 - 愛知銀行を加えた4行間で相互無料開放
    • 9月 - 十六・百五・愛知の3行(親三菱)と東京三菱銀行の間で相互無料開放
  • 2005年(平成17年)
    • 08月 - 同じく3行とUFJ銀行との間で相互無料開放
    • 10月 - ゼロバンクに対抗し、岐阜県内本拠の全信用金庫(7庫)との間で相互無料開放。
  • 2006年(平成18年)
    • 2月 - 岐阜県下5信組の内、岐阜商工・益田・飛騨3信組との間で相互無料開放。ちなみに、参加しない残り2信組は、職域系の岐阜県医師と民族系のイオ)。
    • 2月 - 三菱東京UFJ銀行の発足に伴い、新たに中京銀行岐阜銀行(旧東海系銀行)との間で相互無料開放。
  • 2009年(平成21年)9月14日 - ATM運行業務を日本ATMに全面委託開始
  • 2011年(平成23年)1月17日 - イオン銀行相互間利用手数料及びイーネットATMの利用手数料を105円引き下げ(平日日中無料化)。

情報処理システム[編集]

1993年(平成5年)に導入した情報処理システムである第三次オンラインは三菱銀行のシステムをパッケージ採用しており、2007年(平成19年)7月より稼動した第四次オンラインも三菱東京UFJ銀行と日本IBM共同で開発に当たったChanceクラウドを採用した[9]これにより、全店舗で外国為替の取り扱いが可能になった。一方、一部既存商品の変更・廃止や共同運用により収納代行等における大口取引先への個別対応が難しくなった。ちなみに十六銀の費用負担分は、累計で約130億円相当とされる。

岐阜銀行を吸収合併することにともなうシステム変更は原則行わず、合併と同時に片寄せした。

沿革[編集]

単独で存続する銀行としては国内2番目に古い銀行である[† 3]。当時、岐阜県下では三井銀行岐阜出張所が金融の重鎮を担ってきたが、民間業者への融資には慎重であった。そこで、岐阜町界隈の商工業者が中心となり、澁澤榮一率いる第一銀行(当時は第一国立銀行)の指導の下、1877年(明治10年)10月第十六国立銀行として開設された。

同時期に設立された国立銀行は在郷士族による出資が多かったが、第十六国立銀行は平民の出資94.4%にて設立された。以後、1896年(明治29年)に株式会社十六銀行となり、明治・大正・昭和期において岐阜県下大小19の金融機関を吸収合併し、今日に至る。

  • 1877年(明治10年)10月 - 第十六国立銀行として営業開始
  • 1896年(明治29年)12月 - 株式会社十六銀行として発足
  • 1912年(大正元年) 8月 - 三井物産手形詐欺事件
  • 1921年(大正10年) 4月 - 不正融資事件(名古屋事件)を原因とする経営危機に第一銀行の支援を仰ぐ
  • 1945年(昭和20年) 7月 - 国策に従い、大垣共立銀行との合併交渉を進めるも岐阜・大垣空襲により中断、そのまま立ち消えに。
  • 1947年(昭和22年) 2月 - 愛知県葉栗郡木曽川町(現・一宮市)に24年ぶり県外支店開設。以後、愛知県中心に積極的店舗展開
  • 1948年(昭和23年) 3月 - 戦後混乱期の処理策として赤字決算となる
  • 1951年(昭和26年)11月 - 大蔵省検査の結果、同省の決算事前承認銀行となる(1955年08月まで)
  • 1959年(昭和34年) - 『十六銀行のあゆみ』を発行(十六銀行企画調査部・編、149ページ)。
  • 1969年(昭和44年)10月 - 名証二部上場
  • 1970年(昭和45年) 8月 - 名証一部上場
  • 1972年(昭和47年)
    • 7月 - 東濃信用組合営業譲受
    • 9月 - 東証一部上場
  • 1973年(昭和48年)3月 - 第一次オンライン稼動
  • 1977年(昭和52年)4月 - 新本店新築
  • 1978年(昭和53年)3月 - 『十六銀行百年史』を発行(十六銀行・編、1007ページ)。
  • 1982年(昭和57年)
  • 1984年(昭和59年)11月 - 東海3県の地銀として初めて、ニューヨーク駐在員事務所開設(1990年05月に支店昇格)
  • 1986年(昭和61年) 6月 - キャラクターに「トムとジェリー」採用
  • 1987年(昭和62年)
    • 01月 - 香港駐在員事務所開設(1989年01月に支店昇格)
    • 10月 - 岐阜中央信用組合営業譲受
  • 1990年(平成 2年) 9月 - ロンドン駐在員事務所を開設
  • 1991年(平成 3年) 9月 - 香港の現地法人、十六国際財務有限公司を開設
  • 1993年(平成 5年)
    • 3月 - 地銀として初めて、上海駐在員事務所を開設
    • 5月 - 第三次オンライン稼動
  • 1994年(平成 6年) 3月 - 名古屋支店ビル竣工(現在同行の手形用紙にはこのビルが背景に描かれている。)
  • 1997年(平成 9年) 5月 - 土岐信用組合営業譲受
  • 1998年(平成10年) 3月 - 『十六銀行百二十年史』を発行(十六銀行・編、359ページ)
  • 1999年(平成11年) 4月 - ニューヨーク支店・ロンドン駐在員事務所の廃止を発表
  • 2000年(平成12年)
    • 7月 - 名古屋銀行と業務提携締結
    • 7月 - 十六国際財務有限公司を清算
  • 2003年(平成15年)
    • 3月 - 大口融資先である大日本土木の経営破綻による大幅損失計上
    • 5月 - 次期システムについて東京三菱銀行を中心に共同運用する事で合意
    • 9月 - 香港支店を駐在員事務所に変更。BIS規制国内基準行となる
  • 2004年(平成16年) 4月 - 営業地域を、15ブロックに編成し母店長に権限委譲する「ブロック制」施行
  • 2005年(平成17年) 3月 - 決算において2年連続過去最高益を計上
  • 2007年(平成19年) 7月 - 第四次オンライン稼動
  • 2012年(平成24年)4月2日 - 名古屋支店を名古屋営業部へ組織変更。本部機能の一部を持つことになり、格上げとなる
  • 2013年(平成25年)9月26日 - 堀江博海頭取を全会一致で解任。後任には村瀬幸雄専務が昇格[10][11][12]

地域社会への貢献[編集]

十六銀行女子卓球部[編集]

十六銀行女子卓球部は1980年(昭和55年)創部以来、日本卓球リーグ実業団連盟に加盟し、徹明支店(2005年10月11日店舗統廃合により廃店)2階を練習拠点に活動している。数年前、経費削減策の一環として、費用対効果の観点から、廃止が議論されたものの、実業団で有数の強豪であることから、当時の首脳部の強い意向により、存続が決まった。2004年(平成16年)度後期日本卓球リーグ山梨・甲府大会において優勝し、前期優勝と合わせて年間での日本リーグ完全制覇を達成した[† 4]

里山保全[編集]

名古屋市天白区平針地区の里山開発事業に対して、開発業者に対し融資引き上げを示唆することで、COP10開催中にも関わらず間接的に里山開発を促したことが知られている。

主な出身者[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 同行との地銀親睦会「好日会」会員。同様に愛知銀行も「好日会」に加盟、百五銀行はより親密度の高い「火曜会」に加盟している。
  2. ^ しかし、さらなる岐阜県内店舗の統合には、地域の人的地盤との強い結合や愛知県における旧UFJ銀行の失敗例を踏まえ慎重である。
  3. ^ ちなみに国内最古の銀行は新潟第四銀行である。
  4. ^ 2004年11月24日-28日、於:山梨県緑が丘スポーツ公園体育館

出典[編集]

  1. ^ 1999年5月27日付岐阜新聞「役員全員生抜に/日銀・大蔵OB退任」
  2. ^ 「金融機関向けIT化がピークに/大手各社入り乱れてのデットヒート」Finance Watch impress
  3. ^ 2004年7月15日中部経済新聞「消えゆく旧東海銀行-UFJが三菱東京に支援要請」
  4. ^ 2004年8月12日中部経済新聞「UFJ統合交渉本格化-三菱東京の環太平洋戦略」
  5. ^ 47NEWS 十六銀、155店舗体制スタート 岐阜銀と合併」 『岐阜新聞』2012年9月19日
  6. ^ 十六銀が岐阜銀合併へ 年度内に子会社化 岐阜新聞Web:2010年7月31日(2010年8月4日時点のアーカイブ
  7. ^ 岐阜銀行との合併のお知らせ 株式会社十六銀行 2012年9月18日
  8. ^ “岐阜県、指定金融機関交代へ 十六銀行から大垣共立銀に”. 共同通信. (2013年10月9日). http://www.47news.jp/CN/201310/CN2013100901001601.html 2013年10月10日閲覧。 
  9. ^ “日本IBM、地銀向けクラウドを構築”. ITpro. 日経コンピュータ. (2011年5月12日). http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20110512/360295/ 2013年10月10日閲覧。 
  10. ^ 代表取締役異動に関するお知らせ (PDF)”. 株式会社十六銀行 (2015年9月26日). 2013年12月17日閲覧。
  11. ^ “十六銀頭取 交代は「解任」 取締役会、全会一致”. 東京新聞. (2013年12月16日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2013121602000124.html 2013年12月17日閲覧。 
  12. ^ “当行に関する一部報道について”. 十六銀行. (2013年12月15日). http://www.juroku.co.jp/16bank/release/new/20131215_1.shtml 2013年12月17日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]