北都銀行
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北都銀行本店営業部
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 本店所在地 | 〒010-8677 秋田県秋田市中通3丁目1番41号 |
| 設立 | 1895年(明治28年)5月3日 (増田銀行) |
| 業種 | 銀行業 |
| 金融機関コード | 0120 |
| SWIFTコード | HOKBJPJT |
| 事業内容 | 預金業務、貸出業務、有価証券売買業務・投資業務、為替業務など |
| 代表者 | 代表取締役頭取 斉藤永吉 |
| 資本金 | 110億円 |
| 純資産 | 368億円 |
| 総資産 | 1兆2,160億円 |
| 従業員数 | 855名 |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 | フィデアホールディングス100% |
| 外部リンク | 公式サイト |
| 北都銀行のデータ | |
|---|---|
| 店舗数 | 82店 (秋田県内79店、県外3店) |
| 貸出金残高 | 7,202億円 |
| 預金残高 | 1兆1,193億円 (譲渡性預金含む) |
| 特記事項: 2012年3月末現在 |
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株式会社北都銀行(ほくとぎんこう、The Hokuto Bank, Ltd.)は、秋田県秋田市に本店を置く地方銀行。
目次 |
概要 [編集]
1895年(明治28年)に、現在の横手市で増田銀行として設立され、1922年(大正11年)に改称した地方銀行の羽後銀行が、1993年(平成5年)に第二地方銀行であった秋田あけぼの銀行を合併して発足した銀行である。
荘内銀行と経営統合し、現在はフィデアホールディングスの子会社。秋田県横手市、にかほ市などの指定金融機関。
経営 [編集]
荘内銀行との経営統合 [編集]
2009年(平成21年)10月1日、荘内銀行とともに株式移転によって同日設立される仙台市青葉区に本社を置く金融持株会社、株式会社フィデアホールディングスの傘下に入った[1]。
詳細は「フィデアホールディングス」を参照
公的資金注入 [編集]
2010年(平成22年)3月、フィデアホールディングスに整理回収機構から優先株方式の資本注入が行われ、それを元資に、北都銀行が新たに発行する優先株[† 1] をすべてフィデアHDが引き受ける形で間接的に公的資金が導入された[2]。
他銀行との関係 [編集]
フィデアHD傘下入り前は、筆頭株主にみずほコーポレート銀行(従来は、第一勧業銀行)が名を連ねていたほか、秋田銀行同様、三菱東京UFJ銀行も主要株主の1社であった。
CI・キャラクター [編集]
CI導入は、1993年(平成5年)4月1日の合併時、シンボルマークは行内外から募集した50数点の候補の中から凸版印刷の作品に決定した。 シンボルマークやロゴのデザインを始めとした VIシステムおよび通帳や名刺などのアプリケーションの開発デザイナーは末広峰治デザイン室(現・パワーデザイン)の末広峰治。
シンボルマークの中心の大きな正円は自然の宝庫である秋田の豊かな大地、また大地に根付いた地域の金融機関でありたいという願いを。 周りの6つの楕円は東北6県と移り変わる東北の四季を、また価値の増大と、今後変わりゆく時代環境に順応していく同行の姿を表す。
合併当初の店舗看板サインの背景はワームグレーだったが、近年では緑色に変更されている。なお、合併後15年以上経った今でも、前身の「羽後銀行」と呼ぶ秋田県民もある程度存在する。
キャラクターとして羽後銀行時代においては、創業地である平鹿郡増田町(現・横手市)出身であり、同行の元行員であった矢口高雄原作の釣りキチ三平や犬の「ころちゃん」が長く親しまれてきた。当行に移行後は、秋田犬をモチーフにしたオリジナルのほっくんが採用されている。
行名にまつわるエピソード [編集]
合併行の名称を決定する際、「こまち銀行」とすることが有力視されていた。しかし、秋田新幹線の名称も「こまち」となり、県立球場に代わって新たに建築された秋田県立野球場の名称も「こまちスタジアム」となり、さらに湯沢地域のJAの名称もJAこまち(こまち農業協同組合)となり、「秋田にはこまちしか名付ける頭しかないのか」という批判の声が内外から出るようになった経緯もあり、「北都銀行」で決着した。
沿革 [編集]
- 1895年(明治28年)5月 - 株式会社増田銀行として平鹿郡増田村(現在の横手市)に設立
- 1922年(大正11年)
- 3月 - 株式会社羽後銀行に商号変更
- 5月26日 - 秋田支店を開設[3]
- 1928年(昭和3年)
- 1932年(昭和7年)4月 - 植田銀行を事業譲受
- 1936年(昭和11年)10月30日 - 安田銀行横手支店を事業譲受[4]
- 1937年(昭和12年)3月27日 - 川尻支店を廃止し、岩手殖産銀行(現在の岩手銀行)に事業譲渡[3]。
- 1949年(昭和24年) - 本店を平鹿郡横手町(現在の横手市)に移転。 秋田無尽、秋田市に設立(旧・秋田あけぼの銀行)
- 1951年(昭和26年) - 秋田無尽、秋田相互銀行に改称(旧・秋田あけぼの銀行)
- 1962年(昭和37年)12月10日 - 中央支店を開設[3][5]。本店機能の一部を移転。
- 1964年(昭和39年)5月1日 - 本店を秋田市に移転[3][6]。中央支店を廃止。
- 1965年(昭和40年) - 東京事務所を開設
- 1977年(昭和52年) - 本店新館竣工
- 1978年(昭和53年) - オンラインシステム稼働
- 1980年(昭和55年) - 財団法人久米田羽後奨学会設立 くらしと経営の相談所開設
- 1983年(昭和58年) - 羽後信用保証株式会社(現・北都カードサービス)設立
- 1985年(昭和60年) - 外国為替取扱業務開始
- 1987年(昭和62年) - 公共債フルディーリング業務開始
- 1989年(平成元年) - 普通銀行化にともない、秋田相互銀行が秋田あけぼの銀行に改称
- 1990年(平成2年) - 東北地方の地銀では初となるサンデーバンキング開始。「うぎんユーシーカード」(後の北都クレジット、現在の北都カードサービス)を設立
- 1991年(平成3年) - 「うぎんディーシーカード」(後の北都カードサービス)を設立
- 1993年(平成5年)4月 - 秋田あけぼの銀行と合併、株式会社北都銀行に商号変更
- 1994年(平成6年) - 長期ビジョン「北都21世紀ビジョン」策定
- 1995年(平成7年) - 創業100周年を迎える
- 1996年(平成8年) - コルレス包括承認銀行認可取得。旧山王グラウンド跡地に事務センター竣工
- 1997年(平成9年) - 新オンラインシステム稼働
- 1998年(平成10年) - 「北都銀行倫理憲章」制定。外為業務全店取扱開始。投資信託窓口販売業務開始
- 1999年(平成11年) - 「すまいるローンプラザ」休日営業開始
- 2000年(平成12年) - 第三者割当増資を実施(資本金126.69億円)
- 2001年(平成13年) - インターネット・モバイルバンキング開始。山本支店を開設
- 2002年(平成14年) - テレホンバンキング開始。生命保険窓口販売業務開始
- 2003年(平成15年) - システム運用部門のアウトソーシング開始
- 2004年(平成16年) - 「決済用預金」取扱開始
- 2005年(平成17年) - 創業110周年を迎える。長期ビジョン「Our Future」策定。証券仲介業務開始。秋田西支店を開設
- 2006年(平成18年) - 勘定系システムをPROBANKに移行。本荘御門支店を廃止
- 2007年(平成19年) - 秋田北支店を開設
- 2008年(平成20年)
- 2009年(平成21年)
- 1月19日 - 荘内銀行とATM相互無料開放開始
- 3月 - 盛岡支店を廃止して大曲支店へ統合
- 8月10日 - 秋田市南部の支店を一部再編し、秋田南支店を中核とする体制に変更
- 10月1日 - 株式会社フィデアホールディングス設立にともない、同社の子会社となる
- 10月10日 - イオン大曲ショッピングセンター内に、大曲プラザ支店を開設。
- 10月16日 - ほっくんプラザ・秋田駅前支店仲小路出張所ATMコーナーに「北都 ほけんの相談窓口」を開設
- 2010年(平成22年)
- 2月15日 - 荘内銀行・イオン銀行とのATM相互入金提携(終日無料)を開始
- 3月23日 - 東京支店を近隣ビル(ヒューリック日本橋室町ビル2F)に移設
- 3月31日 - 公的資金100億円の注入を受け入れる
- 9月18日 - イオンスーパーセンター大館店内に大館プラザ支店を開設。
- 2011年(平成23年)
- 2012年(平成24年)
- 2013年(平成25年)
- 3月17日 - 本荘石脇支店をイオンスーパーセンター本荘店内に移転し、インストアブランチと称する店舗に転換。
- 5月13日 - 山王支店を新店舗へ移転し、平日延長営業を開始予定。
- 2014年(平成26年)5月7日 - 勘定系システムをBeSTAcloudへリプレース予定[10]。
歴代頭取・会長 [編集]
歴代頭取 [編集]
| 代 | 氏名 | 期間 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1 | 鈴木辰雄 | 1993年4月 - 1995年6月 | 1988年、羽後銀行頭取就任 |
| 2 | 齋藤隆夫 | 1995年6月 - 2003年6月 | |
| 3 | 加賀谷武夫 | 2003年6月 - 2008年6月 | |
| 4 | 斉藤永吉 | 2008年6月 - | (現職) |
歴代会長 [編集]
| 代 | 氏名 | 期間 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1 | 塩田雄次 | 1993年4月 - 1994年1月 | 1973年、羽後銀行頭取就任 1988年、会長就任 |
| 空席 | |||
| 2 | 町田睿 | 2009年10月 - |
経営環境の変化に於ける背景 [編集]
北都銀行誕生に至る背景 [編集]
1992年(平成4年)当時における秋田県内の銀行の勢力図は、資金量1兆5000億円を誇るトップ地銀の秋田銀行を筆頭に、6000億円の羽後銀行、3000億円の秋田あけぼの銀行が続く一強二弱の体制となっていた。
羽後銀は、1995年(平成7年)に迎える創業百周年にむけ、資金量9000億円の達成のため業容の拡大に取り組んでいたが、自己資本比率規制によりむやみに資産は増やせない状況下にあり、徹底した合理化を図るにせよ資金量は1兆円は欲しいと考えていた。一方、あけぼの銀は1991年(平成3年)には、合理化推進のため実業団野球チームを解散したほか、これからのコンピュータ投資には最低1兆円の資金量が必要であると認識しはじめていた[11]。この資金量1兆円への渇望が、両行が合併に向う大きな誘引となった。また、今後一層の、金融の自由化や国際化が進展し多様化する顧客ニーズに対しても、収益状況に余裕のある段階での合併が最良であると判断もした。
1993年(平成5年)4月1日に誕生した北都銀行は、合併時の店舗合算が131か店となり秋田銀の107か店を上回る体制となったため、これを有効に活用しリテールバンク「大衆金融」に徹し、地元中小企業や、個人事業主に対する資金提供や経営相談に特化する戦略が打ち出された[11]。合併当初は、県内を代表する二大銀行のひとつとして、行内外より歓迎を受け創業百周年にあたる1995年(平成7年)には、盛り上がり業績も順調に伸びていた。この時点では、2005年(平成17年)の創業110周年を目処に、秋田県の企業としては2社目となる東証一部上場を計画していた。
混迷、そしてフィデアホールディングス傘下へ [編集]
しかし、その後の長期不況やデフレーションの進行により秋田県経済も深刻度を増した上、1995年(平成7年)に始まった金融制度改革の荒波にもまれ経営は苦戦を強いられた。北都銀もその渦中には、2003年(平成15年)までには53か店の統廃合や人員削減中心の合理化策を講じるも、2期連続の赤字計上となり効果がうまく生かされなかったほか、行員の不祥事により金融庁から業務改善命令を受け、ついには齋藤隆夫頭取(当時)が引責辞任に追い込まれるほど経営は、混迷を極めた[12]。
そして、収益力の脆弱さを補うべく講じられていた積極的な有価証券運用あるいはデリバティブ取引が、サブプライムローン問題やリーマンブラザース破綻による市場の混乱により、あだとなってしまい、2008年(平成20年)3月末には、120億円超える含み損を抱える事態となり自己資本比率も5.58%に低下するなど非常事態をむかえるにいたった。そこで、顧客に安心感をあたえるため早急な自己資本増強策にせままれた加賀谷武夫頭取(当時)が、親密先であるみずほコーポレート銀行に相談した所、荘内銀行への橋渡しをされたことが、資本提携、フィデアホールディングス傘下入りする端緒となった[13][14]。
営業政策 [編集]
県内店舗 [編集]
- 秋田市
秋田市内においては、2010年(平成22年)10月現在、本支店合わせて、29か店が展開されている[15]。 2005年(平成17年)以降順次、市内店舗のリロケーションと営業体制の見直しがはかられた。その端緒として、同年には八橋支店(旧羽後銀八橋支店)を西支店(旧あけぼの銀西支店)と統合の上、現在地に新築移転し秋田西支店と改称した。
2007年(平成19年)には、港北支店(旧羽後銀港北支店)を飯島支店(旧あけぼの銀飯島支店)と統合、新築移転し秋田北支店と改称。また、翌年には秋田支店を本店営業部に統合(後述の北都銀行秋田支店を参照)[† 2]。さらに、2009年(平成21年)には秋田南支店を現在地に移転させ、旧あけぼの店としては、同市初の中核店に格上げした。 これにより、同市中心部の中核店として本店営業部(副次的に秋田駅前支店および保険相談プラザ)、郊外部を土崎支店と秋田・東西南北各支店が中核店とする体制が確立された。
2010年(平成22年)10月24日には、同市では羽後銀行時代に設置された店舗としては最後の店舗である泉支店を、隣接する駐車場敷地内に新店舗を建設し、新店舗開業と同時に個人専門店に転換し、平日の延長営業と土日営業を開始した[16]。次いで、同年11月22日には、牛島支店(旧・羽後店)を、マルダイ牛島店敷地向かいに移転し、土日の窓口は従来どおり開かれないものの、平日の時間延長の部分のみではあるが、営業内容自体は泉支店同様の営業スタイルの店舗に転換した。
- 横手市
横手市には、前身である羽後銀行が1964年(昭和39年)まで、本店をおいていた。2010年(平成22年)現在、同市においては9か店が開設されている[17]。 また、横手市役所出張所は、北都銀における唯一の有人出張所となっている[† 3]。
エリア営業制 [編集]
- 現在は、秋田市の土崎港地区でエリア営業制を敷いている。このほか、秋田市・大館市・大仙市・湯沢市・三種町の各市町で各1エリア展開している。
- 土崎地区
- 土崎支店(エリアリーダー)
- 土崎南支店(エリアメンバ)
- 高清水支店(エリアメンバ)
- 土崎支店(エリアリーダー)
- 土崎地区
主要拠点事例 [編集]
北都銀行秋田支店 [編集]
本店所在地である秋田市における1号店は、秋田支店であった。これは、当時の増田町に本店を置いていたことから、県都秋田市の基幹拠点として設置したものである。
1922年(大正11年)の設置であるため、戦後の発足である秋田無尽を前身とする旧秋田あけぼの銀行本店だった、旧秋田中央支店よりも歴史が古い。なお、北都銀発足後に、旧あけぼの店である旭南支店を統合している。
本店所在地の都市名の支店が設置されるのは全国的にも珍しいが、北都銀の場合は、上記のいきさつによるものである。なお、秋田支店前の通称「赤れんが館通り」には、秋田銀行秋田支店、荘内銀行秋田支店、みちのく銀行秋田支店、秋田信用金庫本店等が並び[† 4]金融街の様相を呈していた。
しかし、法人顧客の重複などを理由に、2008年(平成20年)11月17日に本店営業部に統合され、店舗外ATM「本店営業部大町出張所」として存続させることになったが、翌年には大町出張所は閉鎖され、2010年(平成22年)2月9日に「だんまや水産秋田大町店」としてオープンした。これにともない、秋田市で最古の拠点は後述の秋田駅前支店となり、戦前に開設された拠点はなくなった。
北都ビルディング(旧:北都銀行別館) [編集]
秋田あけぼの銀行の本店ビルは、合併後北都銀行別館と称されることとなった。これにより、あけぼの銀本店営業部は、秋田中央支店に改称後、本店営業部に統合された。合併当初は、上層部には旧羽後銀行の関連会社等が入居していた。
2011年(平成23年)6月1日、「北都ビルディング」に改称。1Fの「ほくと相談プラザ」スペースの一部には、日本政策金融公庫秋田支店の3部門を同年6月から7月にかけて順次移設した。これに伴い、同庫との連携事業なども行っていく方針としている[18]。
北都銀行分館 [編集]
北都銀行本店に隣接する、旧住友生命秋田分館を買収し、北都銀行分館として利用している。
現在は、関連会社のフィデアカード(本社および秋田営業部)や北都銀本体から一部のサービサー業務を分割して設立された北都ソリューションズが入居している[19]。
北都銀行秋田駅前支店 [編集]
2008年(平成20年)11月に本店営業部に統合された秋田支店に次ぎ、秋田市の店舗としては2番目に古い店舗であり、現存店舗としては、旧あけぼの店を含め、秋田市では最古の拠点となる。これは、1956年(昭和31年)に当時の羽後銀秋田支店を母店とする有人出張所(秋田支店秋田駅前出張所)として開設されたのが始まりで、正式には1959年(昭和34年)の改組、支店昇格が当支店発足の原点としている(従って、この時点では未だ、秋田市の現本店は発足していない)。
1969年(昭和44年)には、2代目店舗(秋田信用金庫秋田駅前支店の正面部分を除く周囲を取り囲む形になっていた)に移転し、当行発足後も変わらず同地に所在したが、1996年(平成8年)10月、旧あけぼの銀秋田駅前支店を前身とする中通り支店を統合し、同時に旧中通り支店跡地に移転、現在に至る。
2代目店舗跡地は、取り毀しの後、有料駐車場と「ほっくんプラザ」にリニューアルされ、同所にはしばらく店舗外ATM(秋田駅前支店仲小路出張所)のみが設置されていたが、2009年(平成21年)10月16日より、保険相談プラザ「北都 ほけんの相談窓口」が併設された。これに伴い、「仲小路出張所」の名称が「保険相談プラザ出張所」に改称されている。
インストアブランチ [編集]
御所野支店がイオンモール秋田内、能代支店がイオン能代店内と、スーパーの中に、地域の中核となるフルバンキング支店を設置しているのが特徴である。東北はもとより、全国的にも異例である。しかし、2009年(平成21年)5月5日より、御所野支店が個人に特化したフルバンキング店舗に転換することが決まった。これにより、北都銀行としては初の「インストアブランチと称する店舗」が開設された。
2013年3月現在、「インストアブランチと称する店舗」は、秋田県内に5カ店所在する(能代支店は「称する店舗」ではないため、含まれない)。
インストアブランチと称する店舗の詳細については公式サイトのインストアブランチ参照
県外店舗 [編集]
近年は、経営資源を県内に集中したいという意向から県外店舗は、酒田、仙台、東京の3か所に集約された。
- 酒田支店
秋田県南部沿岸地域と山形県酒田市および周辺部は、古くから人的、経済的交流が活発であったため[3]、旧行とも酒田市に支店を開設していた。現在の酒田支店の所在地は旧行いずれの支店を継承したものではなく、合併後現在地に移転したものである(口座勘定としての酒田支店自体は、旧羽後銀の支店)。また、同支店は、現在では山形県に進出した県外行において唯一の県庁所在地以外に開設された支店となっている。
- 仙台支店
現在の仙台支店の位置(青葉区一番町一丁目に所在するニッセイ仙台ビル)には、かつてあけぼの銀仙台支店(当行の旧仙台一番町支店)が所在したが、合併当初青葉区本町に所在した仙台支店(旧羽後店)が、1997年(平成9年)1月に当地に移転する形で店舗統合・仙台一番町支店が廃止され、現在の形になった。また、宮城野区榴岡のティ・エヌビルにあった仙台東支店(旧羽後店)を統合し、現在に至る。
- 東京支店
フィデアHD傘下入りにともない、東京支店および国際金融部等と荘銀東京支店は、中央区日本橋室町のヒューリック日本橋室町ビル2階に集約され空中店舗化された(北都銀の東京事務所は3Fに別途設置)。ATMは北都銀のみに設置をされ管理をしているために、キャシュカード利用による入出金は可能であるが、通帳と荘銀宛当行振込みは不可能となっている[20]。
かつて開設されていた県外店舗 [編集]
太字は旧羽後店、細字は旧あけぼの店。
- 青森県 青森支店、青森南支店、弘前支店…青森南支店は青森支店に統合。その後、青森支店・弘前支店ともに大館支店が継承。
- 岩手県 盛岡支店、盛岡本町支店…盛岡本町支店は盛岡支店に統合され、同時に盛岡本町支店跡地に統合店を設置。その後、盛岡支店は大曲支店が継承。
- 宮城県 仙台東支店、仙台一番町支店…前述の内容を参照
- 山形県 山形支店、山形駅前支店、酒田中町支店…山形駅前支店は山形支店に、酒田中町支店は酒田支店にそれぞれ統合(統合後の酒田支店は、旧両支店と別立地)。その後、山形支店の業務は仙台支店が継承。
- 新潟県 新潟支店…廃止され、東京支店が継承。
- 埼玉県 大宮支店…同上。
- 東京都 上野支店…東京支店に統合。
地方公共団体取引 [編集]
- 指定代理金融機関
- 公営企業収納代理店
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- 秋田県企業局(本店営業部)
なお、収納代理金融機関等に指定されていない支店等で納付する場合は、取次手数料が発生する。
自動機サービス [編集]
- ドライブスルーATM
- 秋田市の手形支店では、旧あけぼの銀行手形支店時代から引き継いで、ドライブスルーATMを設置していた(現在は稼働停止)。東北では、きらやか銀行などが数店舗に設置している例があるが、秋田県内では唯一の設置例であった。
- ICキャッシュカード
- 2007年(平成19年)12月10日から生体認証対応のICキャッシュカードを発行が開始された。普通預金・貯蓄預金・カードローンの各カードが対象で、指認証を採用し、同時に各支店にIC・生体認証対応ATMが設置された。
- 発行・切替手数料は無料だが、生体認証の登録に手数料がかかる。また、法人向けカードへの生体認証登録はできない。有効期限は発行から5年間となる(ただし、2012年8月以降に有効期限が刻印されているカードは、有効期限が撤廃されているため、刻印の年月以降も利用可能。2012年8月以降に発行するカードは、有効期限年月の刻印がされない)。
- これ以降に発行されるカードはすべてICカード化され、店舗統合に伴う差しかえのカードなども自動的にICキャッシュカードとなる。
- キャラクターのほっくんデザインのカードは、個人向け普通預金のカードのみ発行(総合口座の普通預金は、原則ほっくんデザインだが、IC導入前のカードがほっくんデザインでない一般デザインから差し替えられる場合は、希望しない限り一般デザインとなる場合があり、店舗統合に伴う差し替えの場合は、旧カードがICではない一般デザインの場合は一般デザインに差し替えられる)となり、貯蓄預金(デザインは、ほっくんデザインを希望しない場合の普通預金カードと共通だが、「貯蓄預金用」という文字が入っている)、カードローン用や法人向けカード(普通預金・カードローン用の各々)はそれぞれ別のデザインとなる。
- コンビニATM
- 2012年5月28日より、セブン銀行との接続を開始する。入金は取扱時間の範囲内は無料となるが、出金については、時間内も手数料が課される(時間外手数料も別途加算)。なお、北都銀キャッシュカードでの振込み取り扱いは行わない[23]。
- ATM相互無料開放(地銀間)
- 北都銀・荘内銀行・みちのく銀行の3行間でATM相互無料開放を実施しており、いずれかの個人・法人カードで3行のATMを利用した場合、各行所定の平日時間内のカード出金における手数料が徴収されない。ただし、北都・荘内・みちのく以外が幹事行となる共同ATMならびに、荘内銀行・みちのく銀行が参加しているローソンATM・セブン銀行では対象外となる。
情報処理システム [編集]
勘定系システム [編集]
前身である羽後銀は富士通、あけぼの銀はIBMの勘定系システムをそれぞれ採用していたが、合併の翌年明け当初に実施されたシステム統合の際には、副会長であった本山剛の主導の下、羽後銀の富士通のシステムに一本化された[25]。2006年(平成18年)の5月連休明けからはPROBANKを採用した(当初は、2003年(平成15年)10月からの移行としていた)[26][27]。
フィデアHD傘下以後についてはフィデアホールディングス#システム参照
チャネル系システム [編集]
- 個人向けインターネットバンキング
- 個人・個人事業主向けには、「《HOKUTO》マイバンク・ネット」を提供しており、導入当初は富士通のシステムをベースにしていたが、後に、NTTデータのANSERベースのシステムに変更された。サービス開始当初利用時においては、手数料が徴収(残高照会機能のみの契約に限り無料)されていたが、システム変更を機に、現在は無料化されている。
- 個人向けテレホンバンキング
- 個人・個人事業主向けに、「《HOKUTO》テレホンバンキングサービス」を提供している。無料での利用が可能となっている。代表口座の他、貯蓄預金や他支店口座を登録可能で、定期預金預入・都度振込を含む資金移動や住所変更など、一通りの手続きは可能である。
支店関連 [編集]
支店コードの法則性 [編集]
この名残は、支店コードが200番台かそうでないかで明確に分かれている(200番台があけぼの店。なお、あけぼの時代の支店コード011-072が、合併により211-272に変更されている。羽後銀店はそのままで、北都銀となった年に開設された御所野支店以降にできた支店はその続き番号となっている)。
旧羽後銀行店の支店コードは、地域ごとに区別されており、
- 秋田市…00x、01x、12x
- 男鹿市・潟上市・能代市・南秋田郡・山本郡…02x
- 大館市・北秋田市…03x
- 鹿角市…04x(ただし、04x番台で旧羽後銀時代からある支店は現存しない(041は、旧羽後銀鹿角支店を前身とする、旧花輪支店が使っていた)。042の毛馬内支店は、北都銀になってから開業しているため、この番号帯が存続している)
- 大仙市・仙北市…05x
- 横手市…06x
- 湯沢市・雄勝郡…07x
- 由利本荘市・にかほ市…08x
- 秋田県外…09x
となっている(ただし、これらの自治体には、支店自体がない郡、および旧あけぼの店の支店しかない郡は記載されていない)。
秋田市内のコードは従前の番号の2桁台では足りなくなったため、121-124の間が旧羽後銀時代に符番されている。合併後に開店した御所野支店以降は125以降が割り振られている(秋田市以外は、それぞれの地域の羽後銀のコードの続き番号)。なお、旧河辺郡に旧羽後店・合併後にできた支店はない(河辺支店は旧あけぼの店)。本店営業部を除き、旧羽後店と北都銀発足後の開設順に番号が割り振られている(従って、秋田市に限れば、旧秋田支店の002が最初で、次に開設された秋田駅前支店が003という順番となっている)。
秋田市を例にすると、次のようになる(統合された店舗のうち、太字は旧羽後店。特記のないものは、合併後の統合歴のない店舗となる)。秋田市の場合は、2008年に秋田支店が統合されたため、現存店舗はすべて戦後の設置である。
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010(手形北支店)と020(男鹿支店)以外のxx0は原則符番されない。
なお、旧あけぼのの支店は、地域に関係なく旧秋田相互銀行時代からの開店順の並びとなっている。従って、272の太田支店が秋田あけぼの銀行として最後に開店した支店となっている(なお、秋田市内は271の旧飯島支店。現存する店舗では、261の土崎南支店)。現存する旧あけぼの店の最古の支店は212の能代駅前支店(秋田相互銀行能代支店として、同行2号店として開店した。合併後は、羽後店だった能代南支店と統合した際にも存続し、現在に至る)である。上記の理由から、273以降は、符番されていない。
通帳関連 [編集]
発行冊子 [編集]
通常、個人の顧客には総合口座通帳(貯蓄預金が組み込むことができる)が発行されるが、同一の支店に2つ目の普通預金口座を開設する場合、2つ目以降は、普通預金通帳の冊子で発行される。店舗統合で、統合先に既存の口座がある場合は、廃止後の強制切替で廃止店側の口座の冊子は総合口座通帳の冊子にはされず、普通預金の冊子となる。当然、貯蓄預金をセットしている場合は、強制分冊となる。ちなみに、キャッシュカードについても、この2つ目の普通預金口座に該当する場合は、ほっくんデザインの発行はできないとしている。
現在、勘定系リプレースが2014年5月に控えているため、取引支店判断により、通帳冊子形態を含めて一部の商品の新規提供を見合わせている場合がるため、希望の取引ができないとされる場合がある。
利息付与時期 [編集]
普通預金は、2月・8月の第2土曜日の翌月曜日付で付与される。貯蓄預金は毎月第2土曜日の翌月曜日付で付与される(いずれも、当該月曜日が祝日(たとえば、2月11日の建国記念の日など)の場合であっても同日付与となる)。
注釈 [編集]
- ^ 既存の優先株は、フィデアホールディングス設立前に、資本提携の一環として荘内銀行がいったん引受た上で、設立後にフィデアHDへ引受先が移転している。
- ^ 同年には、大曲北支店を大曲支店に統合もしている。
- ^ ただし、同出張所所在地は、現在の横手市役所北庁舎・南庁舎のいずれでもなく、新設合併以前の旧市時代の市役所本庁舎である、現在の市横手庁舎内に所在する。
- ^ かつてこの地には、富士銀行秋田支店や三和銀行秋田支店、日本勧業銀行秋田支店(現在のみずほ銀行秋田支店)、大和證券秋田支店(現在の大和証券秋田支店)、野村證券秋田支店、日興證券秋田支店(現在のSMBC日興証券秋田支店)、玉塚證券秋田支店(現在のみずほ証券秋田支店)、秋田郵便局が所在した。
- ^ 酒田支店が指定代理金融機関になっているのは、秋田県指定金融機関(秋田銀行)が山形県内にないため。
- ^ ただし、秋田市の公営企業である秋田市上下水道局については収納事務取扱金融機関、市立秋田総合病院については秋田銀行への取り次ぎとなっている。従って、市立秋田総合病院の支払については取次手数料が発生する。
出典 [編集]
- ^ 「フィデアホールディングス株式会社」設立のお知らせ (PDF) フィデアホールディングス株式会社 平成21年10月1日
- ^ 第三者割当による優先株式発行の払込完了のお知らせ (PDF) フィデアホールディングス株式会社 平成22年3月31日
- ^ a b c d e f 『羽後銀行80年史』株式会社羽後銀行 1975年12月1日発行
- ^ 「安田銀行横手支店 羽後銀行へ譲渡 昨日一切の手続完了」『秋田魁新報』1936年11月1日付朝刊
- ^ 「きのう店開き 羽銀秋田中央支店」『秋田魁新報』1962年12月11日付朝刊
- ^ 「本店業務きょうから 羽銀の秋田中央支店」『秋田魁新報』1964年5月1日付朝刊
- ^ 子会社間の合併契約締結について〜北都銀行と北都総研の合併〜 (PDF) フィデアホールディングス株式会社 平成23年12月22日
- ^ 子会社間の合併契約締結について〜荘銀カードと北都カードサービスの合併〜 (PDF) フィデアホールディングス株式会社 平成23年12月22日
- ^ セブン銀行とのATM利用提携について 株式会社北都銀行 2012年3月30日
- ^ 金融機関向け基幹系サービス「BeSTAcloudTM」提供の決定およびフィデアホールディングスとの基本合意締結について 株式会社NTTデータ 2011年10月6日
- ^ a b 「羽後銀行・秋田あけぼの銀行 合併」『週刊金融財政事情』 1992年11月19日
- ^ 「編集長インタビュー 加賀谷武夫・北都銀行頭取 合併スタートから10年、「信用と信頼」を再構築する」『近代セールス』2003年09月01号
- ^ 「荘内銀と北都銀が統合協議 地域金融機関の再編加速も」『共同通信』 2008年5月13日
- ^ 「地銀動乱--追い込まれる下位行、入り乱れる陣取り合戦」『東洋経済オンライン』 2008年9月1日
- ^ 本支店案内 秋田地区 株式会社北都銀行
- ^ 「泉支店」の新築移転について 株式会社北都銀行
- ^ 本支店案内 横手地区 株式会社北都銀行
- ^ 北都ビルディング(旧北都銀行別館)への呼称変更とリニューアルの実施について 株式会社北都銀行 2011年5月30日
- ^ DBJの投融資事例「株式会社北都ソリューションズ」 株式会社日本政策投資銀行
- ^ 東京支店の移転について
- ^ a b c 「都市別店舗状況 - 秋田県」『日本金融名鑑 2012年版 下巻』日本金融通信社 2011年
- ^ 「〈北都〉ブライトワンカード」の取扱開始について 株式会社北都銀行 2011年03月31日
- ^ セブン銀行とのATM利用提携開始について (PDF) 株式会社 北都銀行 平成24年5月24日
- ^ ATM提携の開始について (PDF) 株式会社イオン銀行 2008年10月31日
- ^ 日本金融通信縮刷版 2001年
- ^ 次世代勘定系システム「PROBANK」が北都銀行様で稼働 富士通株式会社 2006年5月8日
- ^ 「富士通のPROBANK使った勘定系システムが稼働」『日経コンピュータ』2006年5月8日
参考文献 [編集]
- 羽後銀行編 『羽後銀行80年史』 羽後銀行、1975年。
- 『ニッキン縮刷版』 日本金融通信社、2001年、38版。
参考資料 [編集]
- 『秋田魁新報』 1936年11月1日朝刊。
- 『秋田魁新報』 1962年12月11日朝刊。
- 『秋田魁新報』 1964年5月1日朝刊。
- 『週刊金融財政事情』 1992年11月19日号。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
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