新潟市

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にいがたし
新潟市
Niigata montage 2.jpg
Flag of Niigata, Niigata.svg
新潟市旗
Niigata Nigata chapter.JPG
新潟市章
1908年明治41年)3月4日制定
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
甲信越地方
都道府県 新潟県
団体コード 15100-9
面積 726.10km²
総人口 810,415
推計人口、2013年5月1日)
人口密度 1,120人/km²
隣接自治体 聖籠町新発田市阿賀野市
五泉市田上町加茂市
三条市燕市弥彦村長岡市
(海上を隔てて隣接)
佐渡市
市の木 ヤナギ
市の花 チューリップ
市の歌 新潟市歌
新潟市民歌『砂浜で』
新潟市役所
所在地 951-8550
新潟県新潟市中央区学校町通一番町602番地1
新潟市役所(本館)
外部リンク 新潟市

新潟市位置図(新潟県)

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町 / ― 村

新潟市行政区画図

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新潟市(にいがたし)は、新潟県北東部(下越地方)の都市で、同県の県庁所在地であり、本州日本海側では唯一の政令指定都市である。

目次

概要[編集]

朱鷺メッセより新潟島を望む。
新潟県庁より都心方面。

2005年広域合併によって人口が81万人を突破し、2007年平成19年)4月1日に、本州日本海側では初めての政令指定都市に移行した。市域には北区東区中央区江南区秋葉区南区西区西蒲区の8行政区が設けられ、市役所をはじめとする市政の中枢機能は中央区に置かれている。

市の中心部にあたる信濃川河口部には、古くからが開かれ、幕末日米修好通商条約開港五港の1つとなった。現在でも水陸の交通の要衝である。

1950年代まで、信濃川左岸の新潟島中心部にはが張り巡らされ、それに沿ってが植えられていた。そのため、「水の都」「柳都(りゅうと)」などの異名を持つ。また、多数の漫画家を輩出していることや、バイパス網が発達していることで知られる。 萬代橋NEXT21朱鷺メッセ新潟スタジアムがシンボル的存在となっている。

市名の由来[編集]

市の名前である「新潟」という地名については永正17年(1520年[1]に記録として残っているものの、地名の由来についての記録は残っていないため、由来については諸説ある。

  • 元々信濃川河口部に「新潟」と呼ばれる潟があったという説
  • 信濃川の中州の間に新しい内湾、すなわち新しい潟が形成されたことにちなむ。という説[2]
  • 信濃川河口部の地形の変化により新しくできた島などにできた集落を「新方」(にいかた)と読んでいたのが「新潟」(にいがた)に訛ったという説
  • 元々は新潟島の海岸部にある村だったのが現在の古町のあたりに移転したときに、海岸部の村に対して移転先を「新方」(にいかた)と読んでいたのが(にいがた)と呼ばれるようになり、「方」に「潟」の字を当てて「新潟」(にいがた)となったという説

市章[編集]

新潟市旗

制定[編集]

新潟市の市章は、1908年明治41年)3月4日に制定された。

市章の意味[編集]

同日に告示された「市徽章設定ノ件」には、以下のとおり記されている。

新潟市ハ五港ノ一トシテ最モ多ク世ニ知ラルルニヨリ、其ノ意ヲ表ハスコトトセリ。
即チ
1 錨ハ港ノ意
2 五ハ五港ノ意
3 雪環ハ越後ノ意
以上越後ノ五港ヲ意味シ新潟ヲ表ハスモノナリ。

すなわち、港を表す「」、1858年日米修好通商条約により指定された「五港」の「」、そして越後の象徴「雪環」を組み合わせ、開港五港の一つである新潟市を表している。

人口[編集]

Demography15100.svg
新潟市と全国の年齢別人口分布(2005年) 新潟市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 新潟市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
新潟市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 631,923人
1975年 681,108人
1980年 730,733人
1985年 759,568人
1990年 776,775人
1995年 796,456人
2000年 808,969人
2005年 813,847人
2010年 812,192人
総務省統計局 / 国勢調査

健康[編集]

  • 平均年齢:43.3歳(2000年
  • 男性平均年齢:41.5歳(2000年)
  • 女性平均年齢:44.9歳(2000年)

地理[編集]

地形[編集]

新潟の地は越後平野に位置している。信濃川阿賀野川日本海に流れ込む場所で、河川の流域には低湿な平野と数多くの潟湖が、また海岸線に沿って砂丘が形成されている。郊外には湿田や潟湖を干拓した広大な水田が広がる一方、現在でも鳥屋野潟佐潟福島潟などの潟湖が残されている。このうち佐潟については1997年(平成9年)に、ラムサール条約登録湿地となっている。

平野部[編集]

とりわけ現市域の内陸部は低平な輪中地帯で、1950年代前半まではその大半が湿田であった。

特に、現在の中央区東地区・南地区と江南区のほぼ全域にあたる鳥屋野潟を中心とした「亀田郷」は約11km四方、約10,000haにも及ぶ広大な湿田で、かつては「地図にない湖」とも呼ばれた地域である。農民は舟を使って腰まで水に浸かりながらの農作業を強いられ、生産性が低く且つ命懸けの作業環境にさらされていた。しかし、過酷な環境下で造られた米は鳥ですら口にしないことから「鳥跨ぎ」とも呼ばれるなど、著しく品質が低かった。さらには信濃川や阿賀野川で洪水が発生するたびに堤防が切れて大規模な被害を受け、三年に一度しか米が作れないことから「三年一作」とも揶揄されたほどであった。この間、信濃川では大河津分水路の通水によって下流域の水量が減少し、阿賀野川でも大規模な河道改修が実施されたことにより、治水能力は改善された。また鳥屋野潟から信濃川に通じる栗ノ木川の分水路として新栗ノ木川が通水したものの、亀田郷の排水は遅々として進まなかった。

こうした湿田は亀田郷だけでなく、現在の北区のほぼ全域にあたる福島潟を中心とした「新井郷」、現在の秋葉区のほぼ全域にあたる「新津郷」、現在の南区白根地区と加茂市須田地区にあたる「白根郷」、現在の西蒲区東部にあたる鎧潟を中心とした「鎧郷」など、現市域の内陸部の大半を占めていた。

亀田郷では1948年、戦前から進められていた農地整備事業の一環として、鳥屋野潟東端部から栗ノ木川を通じて機械による強制排水を行う「栗ノ木排水機場」が稼働を開始した。合わせて域内には土地改良区が組織され、農地を統一規格に整備することとなり、用排水路など疏水の整備も進められた。こうした策によって亀田郷の排水は急速に進捗し、1955年頃には水田の区画化がほぼ完了。牛や馬、機械による農作業が可能となって舟農業からの脱却を果たし、亀田郷では1957年に乾田化が宣言された。米をはじめとする農産物の生産性が大幅に改善された上に、品質も大きく向上した。これと併せて鳥屋野潟周辺に多数存在した小規模湖沼の干拓と埋立ても進められ、都市開発が急速に進捗した。

その他の地域でも1950年代から1970年代にかけて強制排水による干拓・乾田化が進められ、鎧潟は湖面の全域が、福島潟も湖面の一部を残して干拓され、農地に転換された。なお鳥屋野潟についても、かつては全面干拓の構想があり、それを見越した投機目的の湖底地売買が行われたものの、実現には至らなかった。

現在もこれらの地域には基幹排水路や排水機場が設けられ、強制排水によって治水が維持されている。

丘陵部・山岳部[編集]

北区から、西蒲区の角田山北麓にかけての海岸沿いには砂丘が形成されている。

秋葉区南東側から田上町にかけての地域には新津丘陵が続く。

西蒲区南西部には弥彦山脈の一部である角田山と多宝山がそびえ、隣り合う弥彦山国上山と共に佐渡弥彦米山国定公園の区域に指定されている。

地盤[編集]

越後平野の信濃川・阿賀野川下流域は、かつてはその多くが湿地帯で、現在も水田やその埋立地が多いという背景から、地盤が軟弱な箇所が多い。

新潟市周辺の地下には、含水層に水溶性天然ガスが豊富に含まれ、市街地化の進捗や生活様式の近代化が進んだ1950年代にはこの天然ガスを採取するため、地下水の揚水量が急増した。そのため軟弱な地盤上にある市域周辺では地盤沈下が深刻化し、海岸決壊など多くの被害が及んだことから、1959年以降に相次いで規制措置が取られた。県内陸部の市町村では、積雪時に道路上に地下水を散水する消雪パイプを敷設しているところが多いが、新潟市周辺では前述の事情から、公道上に消雪パイプを敷設している箇所はごく少ない(天然ガスの採取に関しては鉱業の細項を参照)。

また軟弱な地盤ゆえ、仮に大規模な地震が発生した際には揺れが大きくなりやすく、液状化現象が発生する可能性が非常に高い。

内閣府が2005年に発表した「表層地盤のゆれやすさ全国マップ」によると、新潟市付近の表層地盤は軟らかいため、非常に揺れが増幅し易いという調査結果が出ている(沿岸部の都市は総じて揺れ易い傾向にある)。また、これとは別に、大地震が発生した際には、関東平野濃尾平野大阪平野庄内平野秋田平野などと並んで、長周期地震動によって揺れが増幅し易い箇所であるとの研究結果もある。

新潟市(沖合上空から)

隣接している自治体[編集]

※北から東回り順に。

※この他佐渡市とは海を隔てて接しており、航路により結ばれている(詳細は佐渡汽船を参照)。

気候[編集]

新潟地方気象台(1980年-2010年)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 (°F) 15.3
(59.5)
21.3
(70.3)
25.1
(77.2)
30.7
(87.3)
32.9
(91.2)
35.0
(95)
38.5
(101.3)
39.1
(102.4)
37.1
(98.8)
33.3
(91.9)
27.2
(81)
23.6
(74.5)
39.1
(102.4)
平均最高気温 (°F) 5.5
(41.9)
6.0
(42.8)
9.7
(49.5)
16.0
(60.8)
21.0
(69.8)
24.5
(76.1)
28.2
(82.8)
30.6
(87.1)
26.2
(79.2)
20.3
(68.5)
14.2
(57.6)
8.7
(47.7)
17.6
(63.7)
日平均気温 (°F) 2.8
(37)
2.9
(37.2)
5.8
(42.4)
11.5
(52.7)
16.5
(61.7)
20.7
(69.3)
24.5
(76.1)
26.6
(79.9)
22.5
(72.5)
16.4
(61.5)
10.5
(50.9)
5.6
(42.1)
13.9
(57)
平均最低気温 (°F) 0.2
(32.4)
0.1
(32.2)
2.3
(36.1)
7.3
(45.1)
12.7
(54.9)
17.6
(63.7)
21.7
(71.1)
23.4
(74.1)
19.2
(66.6)
12.8
(55)
7.0
(44.6)
2.7
(36.9)
10.6
(51.1)
最低気温記録 (°F) −11.7
(10.9)
−13.0
(8.6)
−6.4
(20.5)
−2.5
(27.5)
2.0
(35.6)
6.7
(44.1)
11.4
(52.5)
14.5
(58.1)
7.9
(46.2)
3.0
(37.4)
−1.8
(28.8)
−9.5
(14.9)
−13.0
(8.6)
降水量 mm (inch) 186.0
(7.323)
122.4
(4.819)
112.6
(4.433)
91.7
(3.61)
104.1
(4.098)
127.9
(5.035)
192.1
(7.563)
140.6
(5.535)
155.1
(6.106)
160.3
(6.311)
210.8
(8.299)
217.4
(8.559)
1,821
(71.693)
降雪量 cm (inch) 91
(35.8)
73
(28.7)
19
(7.5)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
2
(0.8)
30
(11.8)
217
(85.4)
平均月間日照時間 57.1 75.1 128.4 181.8 200.2 173.1 169.4 214.9 150.7 144.0 89.9 60.5 1,642.5
出典 1: 気象庁 [3]
出典 2: 気象庁[4]
新潟市
気候表(説明
1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12
 
 
186
 
6
0
 
 
122
 
6
0
 
 
112
 
10
2
 
 
92
 
16
7
 
 
104
 
21
13
 
 
128
 
25
18
 
 
192
 
28
22
 
 
141
 
31
23
 
 
155
 
26
19
 
 
160
 
20
13
 
 
202
 
14
7
 
 
217
 
9
3
気温(
総降水量(mm)
出典:気象庁

日本海側気候のため、湿度が高い。夏はフェーン現象が非常に起こりやすく、生暖かい強風が吹く。これによって異常に気温が上昇することも多い。

太平洋と違い、夏の日本海は好天に恵まれると、波が全くなく、たらいに水を張った状態になる。冬の日本海とは全く性格が異なり、海が碧く美しい。冬は海からのが強く、悪天候時には暴風雪が主に北西から猛烈に吹き付ける。ただし、沿岸部では季節を問わず海からの風は比較的強く、立っていられない程の風が吹くこともしばしばある。

新潟県内は全域が豪雪地帯に指定されているが、新潟市街地は広い平野の海沿いにあって越後山脈から離れているため、雪雲が山にぶつかって大雪を降らせる一般的な日本海側の降雪機序とは異なること、さらに季節風の風上に佐渡島があって壁になっていることから、日本海側の他の諸都市と比べて降雪量が少ない。また、気象台のある中心市街地は沿岸に位置しており、東北地方北海道にくらべて冬季の気温が高く、都市化によるヒートアイランド現象の影響もあることから、厳冬期以外は自然に融解することも多い。こうした立地条件に加え、地盤の細項で前掲した地盤沈下対策による地下水の採取規制などもあって、県内の上越市長岡市などや、県外の金沢市富山市など他都市と比較して、消雪パイプの設置箇所はごく少ない。各地で記録的な大雪となった平成18年豪雪2006年)の際でも、市内の最深積雪は24cmであり例年通りだった。しかし2010年(平成22年)2月に26年ぶりの大雪となる最深積雪81cmを記録した他、2012年2月17日にも71cmの積雪を記録するなど、近年は大雪となる年が続いた。

市域内のアメダスは中央区美咲町の新潟地方気象台(新潟観測所)をはじめ、東区松浜町の新潟空港(松浜観測所)、秋葉区小戸下組(新津観測所)、西蒲区巻甲(巻観測所)の計4箇所に設置されている。このうち新潟よりも内陸に位置する新津観測所では、2012年8月31日13時22分に36.6度、同年9月14日正午に35.5度と、それぞれ当日の全国最高気温を記録するなど、夏には厳しい猛暑となる一方で、冬の寒さは沿岸部よりも厳しく、氷点下10度を下回ることもあり、1985年に-15.1度、2003年には-12.1度、2012年にも-10.0度以下を観測している。他方、沿岸部では2000年以降、氷点下5度以下を記録するケースは少ない。このように、市域内でも沿岸と内陸では気候に大きな違いがある。

一般に風物詩と思いがちであるが、新潟を含む日本海側では、夏のみならず、冬の大雪のときも大気が不安定になって雷が鳴るため、「雪降らし」或いは「雪降ろし」「雪起こし」などと呼ばれ、冬の風物詩にもなっている。

主な都市の降雪量・積雪量(平年値)
都市 降雪量累計 最深積雪 1月気温 都市 降雪量累計 最深積雪 1月気温
札幌 630 cm 101 cm -4.1℃ 盛岡 351 cm 36 cm -2.1℃
青森 774 cm 114 cm -1.4℃ 仙台 90 cm 17 cm 1.5℃
秋田 409 cm 41 cm -0.1℃ 福島 235 cm 26 cm 1.4℃
山形 491 cm 50 cm -0.5℃ いわき 14 cm 6 cm 3.6℃
新潟 255 cm 39 cm 2.6℃ 前橋 27 cm 10 cm 3.3℃
上越 746 cm 139 cm 2.2℃ 東京 13 cm 7 cm 5.8℃
富山 433 cm 69 cm 2.5℃ 彦根 131 cm 29 cm 3.6℃
金沢 360 cm 53 cm 3.7℃ 岐阜 52 cm 16 cm 4.3℃
鳥取 263 cm 49 cm 3.9℃ 名古屋 13 cm 7 cm 4.3℃
松江 111 cm 24 cm 4.2℃ 浜松 0 cm 0 cm 5.8℃
降雪量累計:日ごとの降雪量を、シーズン全体で合計した量(平年値)
最深積雪:一度に降る最も多い積雪量(平年値)
1月気温:1月の平均気温(平年値)

地域[編集]

BYR color wheel.svg この項目ではを扱っています。
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行政区[編集]

新潟市の行政区

新潟市は現在、8区の行政区で構成される。市役所本庁の所在地は中央区。なお、各区にはイメージカラーがある[5]

区名 イメージカラー 区名 イメージカラー
北区 ネイチャーグリーン 秋葉区 フローラルグリーン
東区 アクアブルー 南区 ブリーズブルー
中央区 ウォーターフロントブルー 西区 サンセットオレンジ
江南区 スプリンググリーン 西蒲区 ハーベストイエロー
新潟市 8区のイメージカラー コンセプト&カラーガイド(1ページ目) (PDF)
新潟市 8区のイメージカラー コンセプト&カラーガイド(2ページ目) (PDF)
新潟市 8区のイメージカラー ポスター (PDF)

市街地構成[編集]

新潟市の夜景

市域全般においては、前述の干拓・乾田化が開始される前の内陸部は湿地が大半を占めており、可住地が限定されていたこともあって、市内各地の市街地や集落は、海岸や河川、幹線道路や鉄道に沿うように発展した。こうした経緯から現在の市街地は、主に北東から南西にかけて細長く伸びている。しかし干拓・乾田化で内陸部の排水が進捗したことによって、湿田や小規模潟湖の埋め立てが進み、これらも市街地化に充てられるようになったことなどから、市域に占める可住地の範囲は他の地方都市と比較して広くなっている。また新潟市は他都市と比較して人口密度が高い値を示しているが、住宅地が郊外に分散しているため、一箇所への人口集中はそれほど見られない。

郊外農地が多く、海岸沿いの砂丘地帯は畑が多いが、前述の経緯から内陸部は水田が中心となっている(農地構成については農業の細項を参照)。

中心市街地[編集]

新潟市の中心市街地は、大きく分けて古町万代・八千代新潟駅周辺の三つに分けられる。このうち、古町は新潟市が1889年市制を施行する以前に「新潟町」と呼ばれていたころの区域で、市政施行から平成になるまでの中心市街地であった。

万代は、1929年(昭和4年)に3代目萬代橋に架け替えられて以降、大河津分水路の通水によって狭まった信濃川の流路跡が埋立地として開発された。1970年代前半から新潟交通の路線バスの運行拠点跡の再開発事業の一環で「万代シテイ」が整備され、主に若年層向けの商業地になっている。また、新潟駅周辺。特に万代口周辺は1958年の新潟駅移転後は開発が一気に進み、1964年新潟国体までの間に急速に市街地化した。現在では、東大通を中心にオフィスビルが立ち並んでいる。

柳都大橋上流側歩道から見た、新潟市の中心市街地。右側が古町。左側が万代

歴史[編集]

原始から古代
現在の新潟市域における人々の営みの始まりは、約2万年前の旧石器時代に丘陵と山麓を中心に始まった。古墳時代前期にはヤマト王権の勢力下にあり、647年(大化3年)には北方の蝦夷支配の拠点として渟足柵が設置された。
奈良時代が始まる8世紀前半、国―郡―郷を単位とする地方制度が整った。信濃川の河口には蒲原津があり、蒲原津は越後国の国津として人や物資の集まる交通の要所となった。新津丘陵では須恵器や鉄の生産が始まり、信濃川左岸の低地ではサケの漁獲・加工が行われた。また、海岸砂丘地帯では塩が作られた。[6]
中世
戦国時代の1520年(永正17年)に「新潟」という地名が記録に出てくるようになる。新潟津は信濃川河口左岸にあり、蒲原津沼垂湊と合せて、当時「三か津」と呼ばれた。新潟津が現れてから蒲原津は衰え、新潟津が信濃川・阿賀野川河口の中心的な湊となった。
1580年(天正8年)。阿賀北(阿賀野川以北)の武将、新発田重家が新潟津を占拠し、上杉景勝(上杉謙信の後継者)との抗争が始まったが、1586年(天正14年)、新発田方に味方していた新潟・沼垂の町民たちが上杉方へ寝返り、上杉方は新潟・沼垂を制圧することができた。新潟津を失った新発田氏は翌1587年(天正15年)に滅ぼされ、越後国は上杉景勝によって統一された。[6]
近世
1598年(慶長3年)、上杉景勝は豊臣秀吉の命令で会津(福島県)への国替えとなり、新潟湊は長岡藩領、沼垂湊は新発田藩領となった。その後、信濃川・阿賀野川河口部の地形が変化し、新潟湊は1655年(明暦元年)に信濃川左岸の現在地に移転した。同じ時期に越後平野の生産力が増加し。北前船の西回り海運が安定する時期までに移転を終えた新潟湊は、1697年(元禄10年)には、日本海側屈指の湊に発展していた。
1768年(明和5年)、長岡藩による御用金を原因とする一揆である新潟明和騒動が発生。江戸時代後期、新潟湊では唐物(中国製品)と俵物(北海道製品)の密輸が行われていたことから幕府は密輸を摘発。1843年(天保14年)に新潟町を幕府領にした。(新潟上知)
1858年(安政5年)の日米修好通商条約で、開港5港の一つとして新潟湊は日本海側における開港場となった。しかし、1868年(慶応4年)、新政府軍と旧幕府側との間に戊辰戦争が勃発。同年7月の北越戦争で新潟町は戦場になり、戦災で市街地を焼失した状態で明治維新を迎えた。[6]
近代
新潟港は、1869年1月(明治元年11月)に開港。1870年(明治3年)に県庁所在地となり、白山公園の開設や第四銀行の設立、新潟県会の開設など近代化が進められた。また、1870年(明治3年)に長岡藩の支藩の三根山藩は、戊辰戦争で困窮していた長岡藩救援米百俵を贈った。明治30年代に新津油田の機械掘削が本格化。大正期に新津町は「石油の町」として栄えて国内最大の油田となり、新潟市・沼垂町では石油産業が発達した。
1931年(昭和6年)に上越線が全通。翌1932年(昭和7年)には、中国東北部に「満州国」が建国される。新潟港は東京から鉄道で最も近い日本海側の港となり、政府は政府命令航路である新潟発着の日満航路を開設。新潟港は対岸進出の拠点港になった。
1941年12月の真珠湾攻撃によって開戦した太平洋戦争の戦局が悪化し、1945年(昭和20年)8月。原子爆弾が投下されるおそれが高いとして市民に緊急疎開が布告され、市街地は無人に近い状態で終戦を迎えた。[6]
現代
2001年当時の新潟市(青)と、2005年編入の周辺13市町村(緑)
太平洋戦争が終結した1955年(昭和30年)、新潟大火が発生。1964年(昭和39年)6月、マグニチュード7.5の新潟地震が発生した。また、天然ガス採取によって新潟島をはじめとする中心部の地盤が沈下し、阿賀野川流域では有機水銀中毒(新潟水俣病)が発生。1985年(昭和60年)までに690人が患者と認定された。
高度経済成長期は災害からの復興、公害の対策に追われていたが、1963年(昭和38年)に国土開発の一つとし新潟東港の建設が着工。1969年(昭和44年)に開港し、日本海側の貿易中枢港となった。
1973年(昭和48年)に新潟空港にハバロフスク線が開設し、北東アジアを中心に国際線が増加。1982年(昭和57年)に上越新幹線が開通。また、1997年(平成9年)までに関越自動車道北陸自動車道磐越自動車道が全線開通し、高速交通網の日本海側の結節点となった。[6]

行政区域の変遷・市町村合併[編集]

新潟区と関屋村が合併して市制施行。当時の市域は「新潟島」に相当する。以後、信濃川右岸の沼垂町をはじめ周辺地域と編入合併していったが、高度経済成長期以後は合併がなかった。21世紀に入ってすぐ黒埼町を編入。その後、周辺13市町村を編入して2007年4月1日に政令指定都市に移行、行政区が設置された。

行政[編集]

歴代市長[編集]

氏名 就任年月日 退任年月日
1 小倉幸光 1889年5月27日 1891年6月3日
2 鈴木長蔵 1891年6月30日 1897年6月29日
3 1897年7月8日 1899年5月30日
4 八木朋直 1899年7月24日 1902年9月25日
5 萩野左門 1902年11月4日 1904年2月20日
6 吉田吉次郎 1904年4月27日 1910年4月26日
7 1910年5月10日 1916年5月9日
8 桜井市作 1916年12月28日 1919年1月16日
9 渡辺兼二 1919年9月22日 1921年9月10日
職務管掌 村井八郎 1921年9月11日 1922年1月13日
10 柴崎雪次郎 1922年1月14日 1925年5月6日
11 中村淑人 1925年8月26日 1929年8月25日
職務管掌 堀田健男 1929年8月26日 1929年11月15日
12 中村淑人 1929年11月16日 1933年11月15日
職務管掌 稲葉清之助 1933年12月27日 1934年1月29日
13 小柳牧衛 1934年1月30日 1937年7月24日
14 村松武美 1937年12月17日 1938年8月26日
15 井上英 1938年12月5日 1942年12月4日
16 1942年12月5日 1946年11月8日
17 村田三郎 1947年4月7日 1951年4月4日
18 1951年4月25日 1955年4月14日
19 1955年5月2日 1959年5月1日
20 渡辺浩太郎 1959年5月2日 1963年5月1日
21 1963年5月2日 1967年5月1日
22 1967年5月2日 1971年5月1日
23 1971年5月2日 1975年5月1日
24 川上喜八郎 1975年5月2日 1979年5月1日
25 1979年5月2日 1982年12月14日
26 若杉元喜 1983年1月30日 1987年1月29日
27 1987年1月30日 1990年10月9日
28 長谷川義明 1990年11月18日 1994年11月17日
29 1994年11月18日 1998年11月17日
30 1998年11月18日 2002年11月17日
31 篠田昭 2002年11月18日 2006年11月17日
32 2006年11月18日 2010年11月17日
33 2010年11月18日 2014年11月17日(予定)

新潟州構想[編集]

2011年(平成23年)1月25日泉田裕彦新潟知事と篠田昭新潟市長による共同会見で、東京都に倣い、現新潟市を特別区に移行し、他市町村間も更に合併を進め人口規模30万クラスの基礎自治体とする州制移行構想が発表された。また、各特別区、基礎自治体の権限は現行の東京都の23の各特別区が持つ以上のレベルを想定している。

市庁舎の変遷[編集]

1881年(明治14年)から1989年(平成元年)までにかけての108年の間、市役所本庁舎は中央区西堀通六番町に所在していた。

同区学校町通一番町に所在する現在の市役所本庁舎本館は、市制100周年記念事業の一環として1989年に旧新潟県庁舎本庁舎跡地に竣工したもので、旧県庁舎の分館2棟は改修した上で、引き続き市役所本庁舎の分館として使用されている。2006年(平成18年)には市役所から至近の白山浦一丁目に所在する旧国土交通省北陸地方整備局庁舎跡を取得して改修し、同年12月から白山浦庁舎として使用している。

なおその後、西堀通の旧市役所立地には1993年(平成5年)にNEXT21が完成した。また2004年(平成16年)に開館した新潟市歴史博物館(みなとぴあ)の本館は、二代目市庁舎をモデルに建設されたものである。

政治[編集]

衆議院[編集]

新潟県議会[編集]

  • 選挙区(議員名及び所属党会派は2012年12月31日現在)
    • 新潟市選挙区(定数15)
    • 北区選挙区(定数2)
    • 東区選挙区(定数2)
    • 中央区選挙区(定数3)
      • 小島隆(自由民主党)
      • 志田邦男(公明党
      • 上杉知之(民主党)
    • 江南区選挙区(定数1)
      • 佐藤純(自由民主党)
    • 秋葉区選挙区(定数2)
      • 小林一大(自由民主党)
      • 内山五郎(民主党)
    • 南区選挙区(定数1)
      • 笠原義宗(自由民主党)
    • 西区選挙区(定数3)
      • 高橋直揮(自由民主党)
      • 大渕健(民主党)
      • 青木太一郎(無所属)
    • 西蒲区選挙区(定数1)
      • 米山昇(無所属)

新潟市議会[編集]

(2012年11月29日現在)

  • 議長:藤田隆(新市民クラブ)
  • 副議長:青木学(市民連合)
会派名
56
新市民クラブ 10
新潟クラブ 10
日本共産党新潟市議会議員団 7
市民クラブ 7
民主にいがた 6
市民連合 5
公明党新潟市議団 4
新風クラブ 4
会派に属さない議員 2
欠員 1

国家機関[編集]

司法機関[編集]

行政機関[編集]

国際機関[編集]

総領事館

名誉領事館

姉妹都市・友好都市等[編集]

日本国内[編集]

新潟市は2012年秋現在、国内には姉妹友好都市として交流している都市は存在しないものの、県内外の多くの都市と災害時の事務協力や観光誘客などに関する連携協定を締結している他、下記の例がある。

新潟市は1858年安政5年)の日米修好通商条約により日本最初の開港地となった、いわゆる「開港五港」のひとつである新潟港を擁するが、1993年平成5年)から、この開港5都市にあたる函館市横浜市神戸市長崎市の行政関係者や市民団体が集い、まちづくり活動等に関して意見交換や交流を行うことを目的に「開港5都市景観まちづくり会議」を開催している。この会議は5都市が持ち回り制で各々5年おきに主催しており、新潟市は1997年(平成9年)、2002年(平成14年)、2007年(平成19年)、2012年(平成24年)に開催地となっている。

また横浜市とは2006年(平成18年)、2008年(平成20年)夏の第34回主要国首脳会議(サミット)の開催誘致を共同で行っている。両市は「開港都市サミット」として横浜で首脳会合、新潟で閣僚会合を開催するとしていたが、結局開催地は北海道となり(北海道洞爺湖サミット)、新潟では労働大臣会合が、横浜ではアフリカ開発会議がそれぞれ開催された。

この他、2005年の編入市域に含まれる4町村が、国内各地の市町村と姉妹都市を締結していたが、編入合併以降は市の交流促進事業の一環に組み込まれ、各地区ごとの交流事業として継承されている。

編入市域における国内友好都市

同村と当時の横越村は、1961年(昭和36年)2月に開かれた青年学級交歓会をきっかけに交流を開始し、その後交流を深め1981年に姉妹村として正式調印した。町制施行後の横越町、編入合併・政令市移行後の江南区横越地区となった今日においても、交流事業は引き続き行われている。
同町と当時の月潟村は、同じ「つきがた」という自治体名の縁から1990年(平成2年)より相互交流を開始し、1992年に友好姉妹町村を締結。編入合併後も、児童交流をはじめとする交流事業が引き続き実施されている。
当時の味方村は「白根大凧合戦」、様似町は「北海道大凧まつり」と、共に凧の祭りが行われているという縁から1991年(平成3年)から交流を開始し、1995年に姉妹都市を締結。編入合併後も交流事業が継続されている。
両町の町名を合わせた「鶴亀」に因んで交流を開始し、2001年に「鶴亀友好都市」を宣言した。のちに両町とも合併したため自治体名は消滅したが、交流事業は継続されている。

海外[編集]

海外の姉妹都市等は下記の通り。

姉妹都市

2005年3月21日、新潟市への編入合併と同時に姉妹関係が継承され、同年8月30日に調印式が行われた。
1999年6月4日に交流協定都市を締結し、2009年に姉妹都市を締結した。

友好都市

交流協定都市

友好交流のある都市

英国大使館の仲介で1963年に交流を開始し、同年に両市で児童画交換展が開催されたのをはじめ、同年から20年にわたってハル側からバラの苗木が市民に贈呈された他、1990年からは使節団の相互訪問などの交流事業が続けられている。なお、協定の締結等は行われていない。

上記のように、環日本海地域との繋がりが深く、市内の案内板では英語中国語の他に朝鮮語ロシア語表記の物が目立つ。また、環日本海地域であることのほかに港町であることや、サッカー・FIFAワールドカップの開催などの共通点がある。

経済[編集]

市内総生産[編集]

市内総生産額
項目 実数
(億円)
構成比
(%)
対前年度
増加率
(%)
市内総生産額
29,682 - △1.7
産業分類別生産額
30,755 - △1.7
第一次産業 420 1.4 △8.2
第二次産業 5,358 17.4 △2.3
第三次産業 24,978 81.2 △1.5
経済活動別生産額
項目 実数
(億円)
構成比
(%)
対前年度
増加率
(%)
第一次産業
420 1.4 △8.2
農業 396 - △9.5
林業 3 - 3.8
水産業 21 - 24.2
第二次産業
5,358 - △2.3
鉱業 99 0.3 3.3
製造業 3,743 12.2 2.0
建設業 1,516 4.9 △11.9
第三次産業
24,978 - △1.5
電気・ガス・水道業 664 2.2 △0.1
卸売・小売業 4,132 13.4 △12.9
金融・保険業 1,804 5.9 △1.2
不動産業 4,444 14.5 1.4
運輸・通信業 2,060 6.7 0.2
サービス業 7,034 22.9 △0.8
政府サービス生産者 4,089 13.3 4.3
対家計民間非営利サービス生産者 750 2.4 10.4


※平成18年度データ、新潟市総務部「新潟市の市民経済計算」より

新潟市の業務管轄地域[編集]

新潟市は、本州日本海側で最大規模の都市である。所属する地方としては、中部地方社会科地理での分類)、北陸地方五畿七道の分類)、関東甲信越地方(経済ブロックの分類)、信越地方(郵政関係)、北信越地方(衆議院比例代表区北陸信越ブロック (PDF))、東北地方国土形成計画法による分類)などが見られ、「北陸地方」または「信越地方」の場合に地方を管轄する業務中枢が置かれている。(→甲信越地方中部地方#地方内の分類新潟県なども参照)。

新潟市の政令市移行後は、歴史的につながりの深い山形県庄内地方置賜地方福島県会津地方などの隣接地域に経済圏をはじめとした影響拡大が起きることが期待されたが、2012年(平成24年)秋、新潟市内の3つの商工会議所(新潟商工会議所、亀田商工会議所、新津商工会議所)は、市域の経済活動について「政令市移行による経済効果を享受しているという実感に乏しい」と指摘し、新潟市に対し経済施策の強化などを引き続き要望している[7]

経済状況[編集]

新潟市は、周辺地域とともに新潟都市圏を形成しているが、2005年(平成17年)3月の合併により、主な通勤・通学圏内の市町村が新潟市へ編入されたため、市域人口と比べて都市圏人口はそれほど大きくない。2000年国勢調査の統計値をもとにした都市圏人口は、都市雇用圏(10%通勤圏)で約95万人、10%通勤・通学圏で約99万人となっている。1.5%都市圏では約135万人。

以上のような定期的な人の移動を基準にした都市圏に対し、不定期的な人の移動、すなわち経済圏人口は約150万人規模と言われている。これらは既存政令市に比べて小さいが、全中核市よりは大きい。

市内にはかつて新潟証券取引所があった。主に県内主要企業の株式の売買が行われていたが、閉鎖。2000年(平成12年)3月に東京証券取引所に統合された。

中央区中心部のオフィスビルは、10階建て前後の中低層ビルが主流であり、高層ビルは31階建、21階建がそれぞれ1棟あるのみである。一方で、中央区中心部でも特に眺望が良い信濃川沿いの地区では、1970年代中盤からマンションが相次いで建設されている。2000年代中盤には当時の景気回復傾向と政令市特需、さらには都心回帰現象もあいまって中心部の各地区で中高層マンションの建設が活発化した反面、入居率は伸び悩んでいる。

第一次産業[編集]

鉱業[編集]

市域周辺には古くから原油油田)、天然ガスガス田)の滞留層が存在することが知られている。

秋葉区新津地区南東部の丘陵周辺には新津油田が存在し、古くから原油の採取が行われ、明治時代からは近代化が進んで機械掘りによる採掘が始まり、旧新津市には大手・中小を含め多くの事業者が油井製油所を置き、大正時代には国内随一の産油量を記録した。しかし戦後は資源の枯渇から撤退が相次ぎ、1996年(平成8年)に全ての採掘を終え生産を停止している。1950年代以降には東新潟油ガス田阿賀沖油ガス田に代表される大型油田の開発が進捗した。また新潟港の西港区には大手2社が大規模な石油精製プラントを置き、県内産原油や輸入原油の精製が行われていた。原油の年間輸入量は1960年代の約400万klをピークに、その後は設備の老朽化やコスト増などによって漸減し、1999年(平成11年)に相次いで精製業務を取り止めている。

また海岸線沿いや水田地帯では、地下水に溶融する水溶性天然ガスを分離して採取する小規模なガス井が稼働し、旧農村部では天然ガスを自家採取して使用する家庭が多く見られた。また新潟交通では戦後のエネルギー供給不足を賄うため、市内を走る路線バスの燃料として自社採取した天然ガスを1947年(昭和22年)から約12年間にわたって使用していた。しかし深刻な地盤沈下の進行によって1950年代後半からはガスの採取規制が執られ、1970年(昭和45年)からは自家用ガス井の使用も原則禁止された(この間、編入市域でも1963年から1978年にかけて規制条例が設けられている)。現在内陸部では県内外の数社が北区松浜・南浜地区、東区木戸地区、中央区関屋地区、西区黒埼地区などにガス井を設けて天然ガスの採取を続けているが、県・市は地盤沈下を防止するため、事業者に対してガス採取後の地下水を帯水層に還元圧入することを義務付けている。

農業[編集]

新潟市は信濃川と阿賀野川の二大河川の下流部に位置し、平地が多く、海岸部には砂丘が発達している。市域の約半分を水田・田畑などの農地が占めており、農業も基幹産業の一つとなっている。

市域内の農家の戸数は13,797戸(2005年)で、耕地面積は34,100ha(2008年)にのぼる。特に水田面積は29,400ha(同)と全国の市町村で最も広く、静岡県鳥取県高知県の各県全体のそれを大きく上回っている。農業産出額は655.3億円(2006年)で全国市町村3位、政令市としてはトップと群を抜いている。また食料自給率は63%(2005年)で、こちらも政令市としては最も高い[8]

こうした背景から新潟市は「田園型政令市」を標榜し、都市の将来像として、高次都市機能と豊かな農業資源とを融合させた「食と花の都 ~日本一豊かでにぎわいのある大農業都市~」を目指している。

市域では様々な農作物が栽培されている。このうち、収穫量もしくは出荷量が全国市町村10位以内に達しているものは下記の通り。

品目 全国
市町村
順位
収穫量
(出荷量)
市内の主な産地 参考
(水稲) 収穫量 1位 144,700t 市内全域 2位: 大仙市秋田県)76,900t
チューリップ(切花) 出荷量 1位 13,300千本 北区、江南区、秋葉区、南区、西区 2位: 深谷市埼玉県)12,900千本
チューリップ(球根) 出荷量 1位 7,390千球 北区、江南区、秋葉区、南区、西区 2位: 砺波市富山県)6,210千球
花木(鉢物) 出荷量 1位 11,800千鉢 東区、江南区、秋葉区 2位: 田原市愛知県)4,410千鉢
枝豆 収穫量 2位 2,560t 秋葉区、南区、西区 1位: 鶴岡市山形県)3,790t
ナシ(日本梨) 収穫量 2位 8,760t 江南区、南区、西蒲区 1位: 福島市福島県)13,200t
ユリ(球根類) 出荷量 3位 1,880千球 江南区、秋葉区 1位: 和泊町鹿児島県)4,130千球
ダイコン 収穫量 5位 28,494t 北区、西区 1位: 三浦市神奈川県)74,603t
カブ 収穫量 6位 2,900t 西区 1位: 柏市千葉県)15,000t
ナシ(西洋梨 収穫量 6位 959t 江南区、南区、西蒲区 1位: 天童市(山形県)3,740t
スイカ 収穫量 7位 12,900t 北区、西区、西蒲区 1位: 植木町[9]熊本県)20,200t
※平成18年 農林水産省 農林水産関係市町村別データより

この他栽培されている農作物のうち、出荷量が多いものは下記の通り。

品目 収穫量
(出荷量)
市内の主な産地 参考
大豆 1,450t 秋葉区、南区、西蒲区  
葉たばこ 971t 北区、西区、西蒲区  
トマト 4,850t 北区、南区、西蒲区  
なす 1,950t 北区、江南区  
きゅうり 4,670t 北区、南区、西蒲区  
食用菊(カキノモト) - t 南区  
1,310t 南区、西蒲区  
2,870t 秋葉区、西蒲区 主に「八珍柿」と呼ばれる平核無柿を栽培。
秋葉区に八珍柿の原木が存在する
ぶどう 1,670t 江南区、南区  
メロン - t 北区、西区、西蒲区  
※平成18・19年 新潟農林水産統計年報より

漁業[編集]

新潟市は日本海に面し、信濃川と阿賀野川の二大河川が流れる地形もあいまって、古くから漁業も盛んである。

海面漁業[編集]

新潟港西港区の万代島には漁港区が設けられ、沿岸漁業沖合漁業の基地となっている他、下越地方の海面漁業の中枢機能が置かれている。その他、市域には下記の4箇所の漁港が所在し、いずれも沿岸漁業を行っている。新潟漁業協同組合は、市域を含む下越全域と中越全域の漁業を管轄している。

  • 第1種漁港(新潟市が管理)
    • 松浜漁港: 北区の阿賀野川右岸河口部、新井郷川放水路河口部
    • 新川漁港(五十嵐新川漁港): 西区の新川河口部
    • 巻漁港 : 西蒲区越前浜
  • 第2種漁港(新潟県が管理)
    • 間瀬漁港 : 西蒲区間瀬
内水面漁業[編集]

一方、内水面漁業は信濃川、阿賀野川の2河川と中央区の鳥屋野潟、西区の佐潟、御手洗潟の3湖沼が主な漁場となっている。年間の漁獲高は150t前後とごく小規模だが、信濃川ではサケの種苗生産を行っており、毎年稚魚の放流が行われている。

第二次産業[編集]

製造業[編集]

機械工業、金属工業、製紙業化学工業、食品製造業など多種多様な工業が盛んであり、北陸工業地域の中核となっている。

「平成20年工業統計調査」によると、新潟市の事業所数(従業者4人以上)は1,281、従業者数は39,603人、製造品出荷額等は1兆1,168億円で、日本海側の市町村では富山市と並ぶ規模を有する。


新潟市に本社を置く主な企業[編集]

特に記載がない企業は中央区に本社が所在する。

小売業

サービス業

運輸業

食品製造

外食産業

製造業

建設業

その他

マスメディア[編集]

新聞

テレビ局

新潟総合テレビ本社

ケーブルテレビ局

ラジオ局

一部地域ではFM長野(美ヶ原局79.7MHz/出力1KW、飯山野沢局81.8MHz/出力30W)、ふくしまFM(会津若松局82.8MHz/出力250W)、秋田放送(秋田936kHz)、北日本放送(富山738kHz)が受信できる。また北海道放送(札幌局1287kHz)、STVラジオ(札幌局1440kHz)、東北放送(仙台1260kHz)やTBSラジオ(954kHz)、ニッポン放送(1242kHz)、ラジオ日本(1422kHz)も微弱ながら日中受信できる。天候によっては北海道放送(函館局900kHz)、東海ラジオ放送(名古屋局1332kHz)、KBS京都(1143kHz)、毎日放送(1179kHz)も受信できることもある。

社会基盤[編集]

下水道[編集]

新潟市の下水道事業は1952年(昭和27年)1月、のちに新潟島となる地域の東部(船見処理区)から整備が着手された。1958年(昭和33年)からは地盤沈下対策の一環として整備区域が拡大され、船見下水処理場は1964年(昭和39年)5月から処理を開始したが、同年6月16日新潟地震で壊滅的な被害を受け、船見処理区の復旧作業は1967年(昭和42年)春にまで及んだ。

新潟市ではこの新潟地震に加え、軟弱地盤という元々の立地条件から整備費が増大し、他都市と比較して下水道網の整備が大きく立ち遅れた。市域内の下水道処理区は1970年代後半まで船見処理区しかなく、1979年(昭和54年)の新潟市の下水道処理人口普及率(全人口に対する下水道処理可能人口の割合)は14.8%と、当時の全国平均28.0%を大きく下回り、鳥屋野潟の水質汚濁が深刻化するなどの問題を引き起こした。

新潟市の旧市域とのちの編入市域では1980年(昭和55年)以降、下水処理場の新規整備が進んだ。また新潟市では1991年(平成3年)、下水道処理人口普及率の年間3%増加を目指した「第7次下水道整備5か年計画」を策定し、急ピッチで下水道整備を進めた結果、13市町村の編入合併前の2003年(平成15年)の下水道処理人口普及率は72.7%と、当時の全国平均66.7%を上回った[10]

しかし編入市域の一部には下水道の整備が進捗していない地域が残存しており、特に南区と西蒲区の普及率は全国平均を大幅に下回っている。両区域は農地が多くを占めるなど、下水道網の整備が困難な地域が点在することから、市では簡易下水道や合併処理浄化槽などの導入も併せて検討し、市内全域の汚水処理化を目指している。

新潟市8行政区の下水道処理人口普及率(2011年度末)
行政区 行政人口(人) 下水道処理人口(人) 普及率(%)
新潟市全域 802,778 631,602 78.7
北区 77,267 51,307 66.4
東区 138,541 136,929 98.8
中央区 174,260 170,842 98.0
江南区 69,570 56,527 81.3
秋葉区 78,365 72,240 92.2
南区 47,151 14,311 30.4
西区 156,303 115,077 73.6
西蒲区 61,321 14,369 23.4
新潟県平均
(2010年度末)
    67.6
全国平均
(同)
    75.1

なお、中央区の中部下水処理場では2013年(平成25年)1月28日から、処理過程で発生するメタンガスが主成分の「汚泥消化ガス」を燃料にした発電システムを稼働している。新潟県内の下水道事業として初の発電施設で、出力560kw、年間総発電量約440万kwh(一般家庭約1400世帯分)を有し、同処理場の消費電力の約4割を賄うことができる[11]

電話[編集]

固定電話の市外局番について[編集]

2011年現在、新潟市内の固定電話には、3つの単位料金区域(MA)が混在し、025・0250・0256の3つの市外局番が存在する。さらに、各MAは周辺市町村の一部または全部を含んでいる。

3つのMAの範囲は以下の通り。[12]

  • 「新潟MA」 025 -2DE、-3DE
    • 北区、東区、中央区、江南区、南区、西区、秋葉区(覚路津)、西蒲区(中之口地区、巻大原、五之上)、聖籠町の一部
  • 「新津MA」  0250 -2E、-3E、-4E、-5E、-6E
    • 秋葉区(覚路津を除く)、江南区(阿賀野[収容局・京ヶ瀬])、北区(十二前の一部[収容局・京ヶ瀬])、五泉市のほぼ全域、阿賀野市の全域
  • 「巻MA」 0256 -7E、-8E、-9E
    • 西蒲区(中之口地区、巻大原、五之上を除く)、西区(木場の一部)、弥彦村の全域、燕市の一部、長岡市の一部

新潟MAは、1986年昭和61年)11月1日に新潟県内で最初に市外局番を3桁化した。電話番号の逼迫対策及びMA内を市外局番をつけずに通話可能とするため、0252-DE・0253-DE・02537-E・02538-E・025385-の地域を「025-CDE」に統一した。また、新津MAは1985年(昭和60年)3月27日、巻MAは1984年(昭和59年)12月12日に市外局番を統一した。

新潟県内には市外局番「025」を使用している地域が複数あるが、このうち市内局番200・300番台が新潟MAに割り当てられている。 また、3桁化当時、市外からの天気予報番号であった「025-177」を「025新潟MA」に設定するために市内局番100番台も新潟MAに割り当てられた。 しかし後から、県内で新潟MA以外の「025区域」が発生したため「025-177」では新潟MAとしての識別ができなくなり、市外からの天気予報番号はかつての「0252-177」に戻された。 この経緯から(新潟MAの「100番台」は現在もNTTの方形区画を表記する 単位料金区域別市外局番等一覧表・東日本一覧表において新潟MAの番号帯として割り当てられているが)、 2011年現在「025-177」をダイヤルすると 「下越・新潟地方 0252-177」「魚沼・南魚沼・十日町地方 0257-177」「上越・糸魚川地方 0255-177」の各番号が通話料無料で音声案内される。

なお、加入電話における各MA間の通話料金距離区分は、新潟MAと新津MA・巻MA間は「隣接区域」(昼間・90秒ごとに税別10円)、新津MAと巻MA間は「20km超30kmまで」(平日昼間・60秒ごとに税別10円)の区分となっている。

市外局番の統一化について[編集]

合併、政令指定都市移行が完了したが、市域の市外局番が3つに別れて市外通話となるのは不便なため、市外局番の早期統一化を求める市民の声が「市長への手紙」などへ寄せられることがある。 市としては、市民からの議論が高まった段階で、事業主体であるNTT・総務省に要望していく旨を、新潟市HP内「市長への手紙」で述べている[13]

2008年10月開催の秋葉区及び西蒲区自治協議会[14][15]において、「電話市外局番の統一に関するアンケート」を実施する旨の報告がなされ、12月に新潟市企画調整課により「電話市外局番に関するアンケート」が実施された。アンケートの対象エリアは秋葉区[16]と西蒲区[17]のみ。これは市外局番の変更による影響を最も大きく受けるであろう、その区域の大半が「0250新津MA」に属す秋葉区、及び「0256巻MA」に属す西蒲区の住民の意見が重要であると市側が判断したため。それぞれ区において、一般家庭1000件、事業所1000件を無作為に選び、両区の合計で4000件分のアンケート調査を実施した。(尚、アンケートに添付された資料には『アナログ回線』=プッシュ回線・ダイヤル回線利用者に対する基本料金・通話料金の変更点のみが記載されていた。基本料金に変更が生じない『ISDN回線』利用者、及び、基本料金・通話料金ともに変更がなく家庭用・事業所用の料金形態も同一である『ひかり電話回線』利用者に対する説明は記載されていなかった。)調査の結果[18][19]、「事業所側において市外局番を統一することに反対」が過半数を超えたため、市としては当面現行の通りとすることが適当と判断した。内訳としては両区とも一般家庭では賛成が過半数を超えたが、事業所では両区とも反対が過半数を超えた。尚、アンケート実施前の新潟日報のインタビュー記事において市は「賛成が過半数を超えたら統一し、過半数に満たなければ統一しないと言うことではない。全体を見てから総合的に判断する。」とし、『過半数』にはこだわらないと述べていた。だが、最終的には『過半数以上が反対』と言うことを判断根拠として市外局番の統一を見送った。

統一化における課題[編集]

  • 0250 - 新津MA区域に関して

2011年現在、新津MA区域には五泉市阿賀野市もその市内通話に含まれている。秋葉区を新潟MA区域に変更すると、「秋葉区」と「五泉市、阿賀野市両市」間との通話は市外通話扱いとなる。それと同時に、旧新津市にある通話料金の距離基点となる基地局を五泉市または阿賀野市に移動する必要も生じ料金体系が変更される。 また、当然の事ながら市外局番の頭から4番目の数字が「0」である新津MA区域は、従来の桁ずらしによる3桁市内局番方式による統一が不可能であり、市内局番の変更が必要となる。千葉県我孫子市柏市(柏MA)などで「04」を採用しているのにならい「02」とする方法も考えられるが論議はなされていない。

  • 0256 - 巻MA区域に関して

これも同様で、現在、弥彦村燕市の一部(旧吉田町、旧分水町 (燕市は全域が市外局番0256であるが、三条MA(旧燕市)と巻MAに分かれている) )、長岡市の一部(旧寺泊町及び旧中之島町の各一部)がエリアに含まれている。こちらは、燕市や長岡市のMA統一と歩調を合わせた調整も考えられる[20]

教育[編集]

新潟市中心部に「学校町」があるが、これは、新潟大学旭町キャンパスにはかつて同大学の全ての学部があり、その周辺には高等学校が三校あったことに由来する。

一方、古町新潟駅周辺などには、専門学校が立ち列ぶ。特にNSGグループの専門学校が多い。

大学[編集]

短期大学[編集]

中等教育学校[編集]

小学校・中学校・高等学校[編集]

小学校、高等学校を併設していない中学校及び中学校を併設していない高等学校については新潟市の小中学校・高等学校一覧を参照。

特別支援学校[編集]

各種学校[編集]

専修学校[編集]

学校教育以外の施設[編集]

  • 職業訓練施設
  • 自動車教習所
    • 新津自動車学校
    • 東新潟自動車学校
    • 新潟自動車学校
    • 新潟中央自動車学校
    • 新潟関屋自動車学校
    • 新潟文化自動車学校
    • 白根中央自動車学校
    • 巻中央自動車学校
    • 蒲原中央自動車学校

施設[編集]

スポーツ施設[編集]

新潟スタジアムと県立野球場は中央区清五郎・長潟にある新潟県スポーツ公園の園地内に位置している。同公園は2009年(平成21年)秋開催の国民体育大会トキめき新潟国体」と全国障害者スポーツ大会トキめき新潟大会」に合わせて整備されたもので、同国体・大会ではそれぞれ11競技が市内各地で実施された。

前述の県立野球場の他に、市域内には硬式野球で使用できる市有の野球場が6球場ある。このうち旧市域には中央区女池南の鳥屋野運動公園野球場と西区小針の新潟市小針野球場の2球場があるが、いずれも築40年以上を経て老朽化が進んでいる。市では編入市域の合併建設計画の一環として2箇所で新たな野球場の整備事業を進め、西区板井(黒埼地区)のみどりと森の運動公園野球場2011年夏から、南区真木(白根地区)の新潟市白根野球場は2013年4月から供用を開始している。

かつて市域内にはスケートリンクが2か所あったものの、新潟アイスリンク(中央区南笹口)が2003年(平成15年)に閉鎖されて以来、現在は1か所も存在しない。このため下越地方のアイススケート競技関係者は柏崎市上越市、或いは県外にまで練習環境を求めざるを得ない状況が長らく続いていた。新潟市では市民や競技関係者からの要望を受けて2011年秋、中央区鐘木地内の新潟市民病院に隣接する市有地を建設地として、国際規格のメインリンクを有する「新潟市アイスアリーナ」(仮称)の整備事業に着手し、2014年の開場を目指して建設計画の策定を進めている[21][22]

陸上競技場・サッカー場

野球場

★=硬式野球で使用可能な施設

体育館

☆=プール併設
  • 北区
    • 新潟市北地区スポーツセンター
    • 新潟市豊栄総合体育館
  • 東区
  • 中央区
  • 江南区
    • 新潟市亀田総合体育館(アスパーク亀田)☆
    • 新潟市横越総合体育館
    • 新潟市横越体育センター
  • 秋葉区
    • 新潟市新津B&G海洋センター☆
    • 新潟市小須戸体育館
  • 南区
    • 新潟市味方体育館
    • 新潟市白根カルチャーセンター
  • 西区
    • 新潟市西総合スポーツセンター(コスポ)☆
    • 新潟市黒埼地区総合体育館
  • 西蒲区
    • 新潟市巻体育館
    • 新潟市漆山体育館
    • 新潟市西川総合体育館
    • 新潟市西川体育センター
    • 新潟市岩室体育館
    • 新潟市潟東体育館
    • 新潟市中之口体育館

プール

  • 北区
  • 東区
    • 新潟市下山スポーツセンター
  • 中央区
    • 新潟市西海岸公園市営プール
  • 秋葉区
    • 新潟市新津プール
  • 南区
    • 新潟市味方B&G海洋センター
  • 西蒲区
    • 新潟市中之口B&G海洋センター
東北電力ビッグスワンスタジアム
HARD OFF ECOスタジアム新潟

その他

  • 北区
    • 新潟市豊栄南運動公園(野球場・屋内ゲートボール場・多目的グラウンド)
    • 新潟市豊栄武道館
  • 東区
    • 新潟市中地区運動広場(庭球場・ゲートボール場)
    • 新潟市庭球場(テニスガーデンにいがた)
  • 中央区
    • 新潟市西海岸公園(少年野球広場)
  • 江南区
    • 新潟市亀田ふれあいドーム
    • 新潟市かわね公園グラウンド
  • 秋葉区
    • 新潟市新津武道館
    • 新潟市小須戸柔剣道場
    • 新津クレー射撃場
    • 新津カントリークラブ
  • 西区
  • 西蒲区
    • 新潟ゴルフ倶楽部
    • 巻射撃場

図書館・図書室[編集]

新潟市内には県立1館、市立18館の図書館がある。これに加え市立の地区図書室が出張所・連絡所・公民館などに計29室設けられている。また新潟大学の附属図書館は学外向けにも開放しており、原則として県内在住者であれば利用登録が可能である。

市立図書館には長らく基幹となる施設がなく、沼垂図書館が実質上の中央図書館的な機能を果たしていたが老朽化が著しく、蔵書の収容施設が不足していた。一部は廃校となった小学校などに所蔵され、そのため保存環境の悪さに起因する蔵書の傷みなどが問題となっていた。こうした問題の解決のため中央図書館の建設計画が立案され、2007年(平成19年)10月1日、旧市立長嶺小学校跡地に新潟市立中央図書館(愛称・ほんぽーと)が開館した。なお中央図書館オープンに伴い、沼垂図書館は2007年(平成19年)5月31日をもって閉館している。

  • 新潟県立図書館
  • 新潟大学附属図書館
    • 中央図書館(五十嵐キャンパス)
    • 医歯学図書館(旭町キャンパス)

新潟市立図書館

★=中央図書館(1館)
☆=区中心図書館(6館)
その他=地区館
  • 北区
    • 豊栄図書館☆
    • 松浜図書館
  • 東区
    • 山の下図書館☆
    • 石山図書館
  • 中央区
    • 中央図書館(ほんぽーと)★
    • 舟江図書館
    • 鳥屋野図書館
    • 生涯学習センター図書館
  • 江南区
    • 亀田図書館
  • 秋葉区
    • 新津図書館☆
  • 南区
    • 白根図書館☆
    • 月潟図書館
  • 西区
    • 坂井輪図書館☆
    • 内野図書館
    • 黒埼図書館
  • 西蒲区
    • 西川図書館☆
    • 巻図書館
    • 岩室図書館
    • 潟東図書館

美術館・博物館[編集]

美術館

その他の文化・芸術施設

  • 中央区
    • 新潟市マンガの家
    • 新潟市マンガ・アニメ情報館(2013年5月開館予定)

博物館

新潟市美術館
新潟市歴史博物館(本館)
新潟県立自然科学館

ホール・ライブハウス[編集]

市域内には県や市及び外郭団体などが運営するホール施設があり、特に中央区の白山公園には公営のホールが3施設集中している。また1980年代以降、中央区などでライブハウスが相次いでオープンし、それぞれコンサートや各種イベントなどをはじめ幅広く利用されている。

主なホール施設

ホールを内包する主な公民館・複合施設 ※=地区公民館を併設している施設

  • 中央区
  • 江南区
    • 新潟市江南区文化会館(アスパーク亀田)※
    • 新潟市亀田市民会館
  • 秋葉区
    • 新潟市秋葉区文化会館(2013年竣工予定)
    • 新潟市新津地区市民会館
  • 西区
    • 新潟市西新潟市民会館 ※
    • 新潟市黒埼市民会館 ※
  • 西蒲区

主なライブハウス

白山公園内に所在する3つのホール施設。左から新潟県民会館、新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)、新潟市音楽文化会館

映画館[編集]

かつて現市域内の映画館は、中心市街地の中央区古町周辺をはじめ江南区亀田地区、秋葉区新津地区、西区内野地区、西蒲区巻地区など郊外にも所在していた。だが、郊外の映画館は映画産業の斜陽化が顕著となった1960年代後半から次第に閉鎖が進み、さらに中心部の映画館も老朽化や集客力の低下などの問題から1980年代以降に相次いで閉鎖された。それに代わって1990年代中盤からはシネマコンプレックスが数多く進出。現在は大手によるシネコン4館と、単館系1館の計5館が営業を行っている。

動植物園[編集]

市域内の動物園水族館植物園は下記の通り。水族館は市が所有する1館の他、下記の植物園および植物の常設展示施設が所在する。

2012年10月にオープンした「新潟市動物ふれあいセンター」は、新潟市保健衛生部保健所環境衛生課動物愛護係が管理する、動物愛護に関する啓発施設である。センター内ではアルパカを飼育している他、野良犬・猫の収容などを行っている。

一方、市内も含めた新潟県内には、前述の動物ふれあいセンターをはじめとする小規模な動物関連の施設は数箇所所在するものの、日本動物園水族館協会に加盟し、ゾウなどの大型動物も含め複数種の動物を飼育する本格的な動物園は所在しない[23]。2012年春現在、動物園が所在しない県は新潟県など6県である。新潟市では元県庁職員らが主体となって、2012年(平成24年)4月に「にいがたに動物園をつくる会」を設立し、新潟市内での動物園整備を求め活動を行っている[24]

動物園・動物愛護施設

  • 中央区
    • 新潟市動物ふれあいセンター

水族館

植物園

  • 東区
    • 新潟市園芸センター
  • 中央区
    • 新潟市食育・花育センター
  • 秋葉区
    • 新潟県立植物園
    • 新潟市小須戸地区花とみどりのシンボルゾーン

遊園地[編集]

現在、市域内には遊園地が1か所も存在しない。かつては西区寺尾(のちに西蒲区越前浜へ移転)の「新潟遊園」や中央区長潟の「鳥屋野苑ファミリーランド」、同区鐘木の「とやのレイクランド」、同区八千代・万代シテイの屋内型アミューズメントパーク「新潟ジョイポリス」などがあったものの、既にいずれも閉園されている。閉園後、新潟遊園のうち寺尾の旧園地の大部分は市が所得し、チューリップ園やバラ園など、かつての施設の一部をそのまま活用した「寺尾中央公園」となっている他、とやのレイクランドは新潟市産業振興センターの臨時駐車場となり、またジョイポリスは商業施設に転換され「ビルボードプレイス2」となっている。他方、オイルショック等の影響を受けて廃業したファミリーランドの跡地は宅地化され、往時の痕跡はほとんど存在しない。

文化[編集]

スポーツ[編集]

新潟スタジアムでアルビレックス新潟の試合を観戦するサポーター

2001年(平成13年)に竣工した新潟スタジアム東北電力ビッグスワンスタジアム)はJリーグ・アルビレックス新潟のホームスタジアム。観客動員数はリーグでもトップクラスである。また2002年(平成14年)には2002 FIFAワールドカップの開催地となり、日本側の開幕戦が行われるなど3試合が開催された。その後もJリーグオールスターサッカーや日本代表戦などが開催されており、サッカー以外にも陸上競技やラグビーなどのスポーツをはじめ、各種イベントが行われている。

また2009年(平成21年)に竣工した新潟県立野球場HARD OFF ECOスタジアム新潟)は、建設構想から約20年の紆余曲折を経て完成した野球場で、BCリーグ新潟アルビレックスBCが月に1 - 2回ホームゲームを開催する。また同年以降、プロ野球公式戦が開催されているほか、2010年(平成22年)にはオールスターゲーム第2戦が開催された。本州日本海側の都市でオールスターゲームが開催されたのは1996年(平成8年)の富山市に次いで2箇所目。この他にも高校野球社会人野球などのアマチュア野球が行われる。

全国的には余り知られていないが、新潟市では戦前から草野球が盛んに行われており、特に市の主催により旧市域を中心に毎年開催されている「早起き野球大会」は全国屈指の規模を有する。この早起き野球は仕事や学業に支障をきたさないよう配慮するため、市内の草野球チームの間で早朝から練習を行う慣例が広がったのが元々の発祥である。1964年(昭和39年)の新潟地震を契機に行政ぐるみで運営に取り組み、1966年(昭和41年)に第1回大会を開催、59チームが参加し「復興のシンボル」とも謳われた。ピークの1981年(昭和56年)には944チーム、約19,000人が参加。これは当時の市の男子人口(約22万人)の1割近くにも及んだ。近年は200チーム前後まで減少しているが、それでも全日本早起き野球協会のデータによれば、参加チーム数は全国28の道府県庁所在地の中で最も多い(早起き野球が行われていない18市と、23区のデータが無い東京都を除く)。また北区や秋葉区、南区、西蒲区など編入市域には照明設備が整備されている野球場・グラウンドがあることから、これら行政区の草野球大会は早朝とナイターとを組み合わせた形式で開催されている。

プロスポーツチーム[編集]

アマチュアスポーツチーム[編集]

芸能[編集]

郷土芸能
Noism

Noismは、前掲の新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)の専属ダンスカンパニーとして2004年(平成16年)に発足したもので、舞台演出家・ダンサーの金森穣が総合プロデュースを手掛けている。同年発足したメインカンパニーのNoism1と、研修生カンパニーのNoism2から成る。

舞踊芸術作品の創作と、新潟のみならず国内はもとより世界各地における公演を通じて、新潟市の文化振興を図ることを目的としている。公共施設が専属の芸術団体を保有する例は、日本国内唯一。Noismの運営資金は、市の外郭団体である公益財団法人新潟市芸術文化振興財団の運営予算と、法人・個人など民間からの協賛金が充当されている。

観光[編集]

新潟市の観光入込客数は約1,562万人(2011年(平成23年)[25])で、都市型観光と祭事やイベントなどによる集客が全体の6割を占める。また、新潟県下越地域の観光入込客数の約55%、新潟県全体では約23%を占める。[26]

新潟市の主要な観光地は、港に関するものが新潟島信濃川周辺に集中する他、農業や自然に関するものが平野部に分散している。

文化財[編集]

新潟市内にある国指定の文化財[編集]

国の重要文化財に指定されている「萬代橋」

重要文化財

重要有形民俗文化財

  • 金刀比羅神社奉納模型和船

史跡

天然記念物


名所・観光地[編集]

公園

博物館・文化施設

その他

祭事[編集]


イベント[編集]

音楽関係

文化関係

食文化関係

その他


名物料理[編集]


特産品[編集]


伝統工芸[編集]

交通[編集]

交通の概要[編集]

新潟市とその周辺は、本州日本海側の交通結節点としての機能を担っている。

鉄道ではJR東日本上越新幹線をはじめ、関東地方北陸地方東北地方近畿地方等とを結ぶ在来線特急急行快速列車が運行されている。また高速道路も新潟市を中心に北陸自動車道磐越自動車道日本海東北自動車道が放射状に広がり、高速バスの路線網が県内外の主要都市とを結んでいる。特に県内線の高速バス路線は市内中心部の繁華街や主要施設に直接アクセスできる利点を活かし、各路線とも高頻度で運行されている。さらに国道・県道などの一般道路においても郊外を経由するバイパス道路網が発達しており、市内外各地への移動や都市間輸送に大きな役割を果たしている。新潟空港は国内外各地に路線網を有し、新潟港は海上交通の要衝として国際拠点港湾中核国際港湾日本海側拠点港のうち総合的拠点港に指定されている。

だが一方、市域周辺の公共交通網は脆弱で、市内中心部と市内外各所、市内相互間を結ぶ公共交通機関はJR在来線以外には新潟交通グループのバスしかない。1999年春までは私鉄が1路線あったが、不採算により廃止された。公共交通が脆弱になってゆく一方で幹線道路の整備が進捗したこともあって、新潟市は日常の交通手段を自家用車に依存する比率が非常に高く、全国の都道府県庁所在地47都市の運輸部門における1人あたりのCO2(二酸化炭素)排出量は茨城県水戸市山口県山口市に次いで全国ワースト3位となっている(2000年国勢調査、国立環境研究所「市町村における運輸部門温室効果ガス排出推計手法の開発および要因分析」によるデータ)。また2010年4月時点における全国の政令市19市の中でも、新潟市の都市交通のうち自動車分担率は約70%と最も高い一方、公共交通分担率は約6%と、静岡市浜松市と並んで低い水準にとどまっている[27]

市は2007年(平成19年)春の政令市移行を機に、公共交通の振興や道路交通の円滑化など市内全域の交通施策を体系的に進めながら、多核連携型のまちづくりを促すための短中期計画「にいがた交通戦略プラン」を2008年(平成20年)3月に策定した。その一環としてオムニバスタウンの指定を受けるため、市は新潟交通などと共同で2006年(平成18年)7月から計画策定に着手し、2007年(平成19年)6月4日に国から指定を受けた。この「新潟市オムニバスタウン計画」では、同年11月1日にいがた基幹バス(りゅーとリンク)運行開始をはじめ、市内の路線網再編やバス停の環境整備、非接触式ICカード乗車券「りゅーと」の導入など、主に市内中心部のバス交通の利便性向上を目指しており、計画は2012年度末まで6箇年をかけて進められる予定である(詳細はオムニバスタウン・新潟市の施策を参照)。さらに政令市移行を前後して、中央区を除く市内7区では市及び各区によるコミュニティバス「区バス」が運行されている。またJR線や路線バス、前述の高速バスを活用したパークアンドライドも実施されており、これら駅やバス停には専用駐車場が設けられているところがある。またJR線においても、新潟駅周辺の在来線約2.5kmを高架化する「新潟駅連続立体交差事業」と、それに伴う周辺環境整備を目的とした「新潟駅周辺整備事業」が2007年度から行われており、立体交差化は2021年度中、周辺整備を含めた事業全体は2020年代半ばの完成を目指している。なお立体交差化は当初2015年度中の完成を目標としていたが、工期の遅れなどから2012年春の段階で目標値が6年延期された。その他詳細は新潟駅の在来線連続立体交差化を参照。

その一方で政令市移行を前後して、一部の市民の間からは新潟駅など主要駅から繁華街、公共施設へ直接アクセスできる公共交通手段の整備を求める声が上がり、また近年は古町・本町・万代シテイなど中央区の中心市街地の活性化を目指す動きと連動して、市と関係機関では中心市街地の輸送手段として新たな公共交通システムが導入できるか否かについて研究に着手し、2010年(平成22年)夏からは「新たな交通システム導入検討委員会」を開くなど議論をすすめた結果、まずBRT(バス・ラピッド・トランジット、バス高速輸送システム)の早期導入を目指す方針が決定し、現在検討が進められている。これに関してはBRT構想の細項にて詳述する。

また市の検討委員会とは別に、県と市が共同で組織する「新潟空港アクセス改善検討委員会」においては、新潟駅と新潟空港の間を連絡する路線バスの運行体系見直し、県内線高速バスの乗り入れ、駐車場の無料化など現状のインフラを活用したアクセス改善策を進めているのと併せ、長期的な検討課題として上越新幹線の乗り入れ案をはじめとした空港連絡鉄道についても議論を進めている。また前述の「交通戦略プラン」においては、市内中心部から近郊・郊外4方面へ至るバス路線を「骨格幹線バス路線」に指定し、人口集積地においてJR線を補完する役割や、軌道系の交通機関がない地域の基幹交通手段として位置付けている。対象は松浜・河渡方面(国道113号沿線、東区北部・北区北部)、下木戸・一日市方面(新潟県道3号新潟新発田村上線沿線、東区中部・北区中部)、大野・白根方面(国道8号沿線、西区黒埼地区・南区)、内野方面(国道402号西大通り沿線、西区北部)で、各路線では運行ダイヤの見直しや各種インフラの整備などによる運行体系の高度化が順次図られている。加えてこれらの施策に付随して、ルート内の駅・停留所に交通結節点を設け、フィーダーバスコミュニティバスなどで郊外各方面へのアクセス効率向上を図る案もある。

新潟市周辺では前掲のような具体策が出る以前にも、軌道系交通システムの設置構想が何度となく浮上したものの、いずれも立ち消えとなっている。これらの構想はいずれも長期的な視点に基づくものであり[28]、実際に新規の公共交通システムの整備を行う場合は中心市街地など沿線周辺のみならず、こうしたシステムの恩恵を直接受けにくい中央区以外の7行政区も含めた市内全域の市民からコンセンサスを得ることが不可欠で、また仮に導入した場合には充分な需要喚起やコストの低減が求められることになる。また物理的にも、前述の新潟駅周辺整備事業において駅舎高架下東側に整備される「交通広場」はバスターミナルとしての整備を前提としているため、LRT等を経由させる場合には更なる設計変更が必要となる。さらに冬場の積雪・着雪・強風など悪天候への対策も不可欠で、また地下鉄などは多大な導入コストが必要であり、地下鉄以外のシステムを採用する場合においても路線を地下へ経由させる場合には市域の多くが軟弱な地盤であることから、工費や工法に関する問題が大きなネックとなる可能性がある。このように新たな軌道系交通システムを導入する場合には、採算面や物理面に関する問題が山積している。市の都市交通政策課は今後の公共交通網の整備について、政令市移行前後は「まずは現状のインフラを活用する形で公共交通の振興を図り、その上で15 - 20年程度掛けて新たな軌道系の交通システムが導入可能か否かを判断したい」と長期的な展望を示していたが、その後は中心市街地活性化の一環として早期具体化を目指し、前述の通り2014年度中を目途にBRTの運行を開始する方針を示している。

鉄道[編集]

新潟駅は、現在駅舎の建て替え、及び周辺道路の整備が進められている。

また、新津駅信越本線羽越本線磐越西線の合流点に当たり、新潟市内第二のターミナル駅となっている。また寝台列車あけぼの」「トワイライトエクスプレス」「日本海」などは新潟駅を経由しないため、中心市街地へ向う場合には新津駅が乗換え駅となる。

尚、市役所や古町へは、新潟駅よりも白山駅の方が若干近い。

上越新幹線[編集]

JR新潟駅は、上越新幹線の終着駅でもある。1982年(昭和57年)11月15日に大宮駅 - 新潟駅間が開通。最速列車は東京駅 - 新潟駅間をノンストップで、所要時間1時間40分前後で運転している[29]。その他の定期列車は日中毎時1本 - 3本の頻度で運行している。データイムの運行間隔は概ね60分間隔だが、政令市に所在する新幹線駅の運行間隔としては最も長い。新潟駅の東側には引込線が伸び、新潟新幹線車両センターへと続く。ここでは、新幹線車両の日常の点検・整備が行われる。

上越新幹線の新潟以北については、先述の新潟駅周辺の連続立体交差化事業とリンクする形で、羽越本線高速化の一環として新幹線と在来線(羽越本線方面)の特急列車との間を同一ホームで乗り換えできる設計が取り入れられた。またバブル景気期には上越新幹線を新潟空港へ直接乗り入れる構想も浮上していたが、現状では建設は困難と見られており、こちらは具体化には至っていない。

在来線[編集]

現在は東日本旅客鉄道(JR東日本)一社のみが運営しており、新潟駅をターミナルに三路線が走っている。新潟都市圏の鉄道利用者は、本州日本海側で最も多い。また運転頻度も地方としては高いため、鉄道通勤・通学の割合は地方都市としては比較的高くなっている。

JR新潟駅万代口・改札口。2004年11月27日、自動改札機の運用を開始した

また、2004年(平成16年)秋に新潟駅を中心に、信越本線・東三条駅、白新線・新発田駅、越後線・吉田駅の区間各駅に自動改札機が設置され、2006年(平成18年)1月21日からはSuicaのサービスも開始された。その後のエリア拡大によって、現在では新潟市内のJR在来線は全区間が大都市近郊区間に含まれている(新幹線区間である上越新幹線は除く。その他詳細は東日本旅客鉄道新潟支社の項を参照)。

市内には貨物専用駅が一箇所ある。東新潟駅構内に隣接する新潟貨物ターミナル駅がそれにあたる。一部の長距離貨物列車がここを経由するが、関西と北海道を直通する一部の列車は水原駅を経由しており、この駅は経由しない。また、トラックを直接列車に積み込むピギーバック輸送も、新潟ではいち早く取り入れられた(1996年まで運転)。

また、かつて「鉄道の街」として栄えた秋葉区の新津地区にある新津駅周辺も古くから交通の要衝であり、現在でも県内のJR線の要衝として機能している。駅構内にはJR東日本新潟支社管内の気動車の基地である新津運輸区が置かれ、駅南西側にある新津車輌製作所では、JR東日本をはじめとする首都圏鉄道各社の車輌が製造されている。この他、新津東町には新潟市新津鉄道資料館があり、新津と鉄道にまつわる様々な資料を閲覧することができる。

前述の通り、現在新潟駅周辺では在来線の連続立体交差化事業が進められている。また白山駅内野駅巻駅では橋上化や自由通路の開設など駅舎の改築計画が進められている。

私鉄線[編集]

市域内には私鉄公営交通路面電車モノレール新交通システムなど鉄道以外の軌道系交通機関を含め、JR線以外の鉄道路線は存在しない。なお2012年4月時点の政令市20市のうち、JR線以外の軌道系交通機関が一切存在しないのは、新潟市が唯一である。

かつては新潟交通が運営する新潟交通電車線があり、白山前駅 - 白根駅 - 月潟駅 - 燕駅間を結んでいたが、1999年(平成11年)を以って全線廃止となっている。廃線敷の一部は中ノ口川の堤防拡幅、公園・自転車道・歩道などの整備に充てられるなどして姿を変えつつあり、その他も既に線路や架線、駅舎等は大部分が撤去されて更地化された。このうち月潟駅だけは駅舎を保存した上で周辺部を公園として整備し、敷地内にはかつて運行されていた車両が保存され、美空ひばりの『越後獅子の唄』の歌碑も建立されている。また映画『愛してよ』では、撤去前の焼鮒駅がロケーションに使用されている。

廃線から10年を経過した現在も廃線敷の多くは一部を除き更地のままとなっている。このうち公有地・私有地を除く大部分は新潟交通が所有していたことから、新潟市は自転車・歩行者道などとして整備することを目的に無償譲渡を求めてきた。しかし新潟交通は経営状況の悪化を理由に有償での譲渡を主張し続けたため、開発着手に目途が立たない状況が長らく続いた。しかし2009年(平成21年)、新潟市が廃線敷のうち西区内の約6.2kmを有償で取得した上で自転車・歩行者道として整備する方針が決まり、2010年度(平成22年度)から一部工程に着工、北側約3.0kmの区間は2013年度中の竣工を予定している(その他詳細は新潟交通電車線のページを参照)。

市内の鉄道路線・駅[編集]

※上り・下りに関係なく、新潟駅を中心に掲載する。

バス[編集]

新潟市内の路線バスは、新潟交通と同社の地域子会社である新潟交通観光バスが運行している。新潟交通グループは戦時統合によって1943年(昭和18年)末に発足した企業だが、1920年(大正9年)に現市域で最初の路線バス事業が勃興して以来、事業を担ってきたのは全て私企業であり、市営バスなど公営交通の事業実績は現在に至るまで皆無である。

中央区中心部を起点として市内や近郊、郊外とを結ぶ路線網が発達しており、各路線は新潟駅(万代口・南口)、万代シテイバスセンター古町、新潟市役所前の4箇所を主要発着地として運行されている。バスセンターの前身「新潟交通バスステーションビル」(1951年竣工、現新潟テレコムビル立地)は、新潟県内初の本格的なバスターミナルだった。

しかし概要でも頭書した通り、新潟市は他の地方都市と同様、路線バスに関しては近年厳しい運営状況が続いており、新潟交通グループも採算の低い路線を徐々に廃止・削減するなど事業規模は縮小の一途を辿っている。このため郊外線の一部には、行政や住民組織などの助成金によって運行が維持されている路線・区間も多い。こうして市域周辺では同社のバス路線網が脆弱化したことによって公共交通の空白域が徐々に増加し、日常の足を自家用車のみに頼らざるを得ない地域も数多く点在しており、子供やお年寄りなど交通弱者の日常生活にも少なからず影響を及ぼしている。こうした事から市や新潟交通グループなどでは頭書の「オムニバスタウン計画」によって路線網再編や各種インフラの整備を6箇年計画で進めながら、バス交通の振興を図っている。

路線バス[編集]

新潟交通のノンステップバス・第1期導入車両(新潟駅万代口)

新潟市内のバス路線のうち、新潟駅万代口から古町、市役所前を通り、国道116号新潟市道曽和インター信濃町線を経由して新潟大学・内野方面に向かう「西小針線」と、市役所前から古町を通り(一部新潟駅万代口発着)東港線国道113号を経由して松浜・新潟競馬場太郎代浜方面に向かう「松浜線」の2路線は利用客が特に多い。この2路線には都市新バスシステムが導入されており、主要バス停にはバスロケーションシステムによる位置案内表示装置が設置されている。これはバス車内の案内放送と無線を介して連動し、表示と音声を用いてバスの接近を知らせるものだが、県内の一般路線バスでこの都市新バスシステムを採用した例は結局この2路線だけにとどまった。

だがその後、県内バス会社は国土交通省と共同で路線バス・高速バスのリアルタイム位置案内サービス「にいがたバスi」の運用を2001年(平成13年)春から段階的に開始し、新潟市域内では2007年春までに市内・近郊の主要一般バス路線と県内外の高速バス全路線への導入が完了した(但し一般路線バスのうち、新潟交通観光バスが管理する一部区間は対象外)。このサービスではインターネットと携帯電話でバスの運行情報や現在の走行位置などを確認することができる。なお、前述2路線の都市新バスシステムによるバスロケは既に導入から20年以上を経過して老朽化が進んだため「バスi」のシステムへ順次入れ替えが進められ、加えてその他の路線の主要停留所でも「バスi」のシステムによる位置表示装置の導入が進められている。

基幹バス

新潟市のオムニバスタウン事業の一環として運行されている基幹バス。

観光循環バス
新潟市観光循環バス「ドカベン号」

2004年(平成16年)4月24日からは、新潟市中心部の観光施設を経由する観光循環バスが運転されている。2003年(平成15年)7月から9月にかけて試験運転し、好評だったことから定期運転化されたもの。小型ノンステップバス2両を採用し、それぞれの車体には新潟市出身の漫画家によるキャラクターが描かれており、外回り(白山公園先回り)の車両は水島新司の「ドカベン号」、内回り(朱鷺メッセ先回り)の車両は高橋留美子の「犬夜叉号」となっている(検車等により、一般の小型車輌で運行する日あり)。なお、かつては市近郊の観光名所を巡る定期観光バスが運行されていたが、不採算のため2002年(平成14年)に全廃された。

乗車方法[編集]

乗車方法は後乗り前降り後払い方式で、運賃は整理券方式の多区間制である。中央区中心部のうち新潟駅万代口・万代シテイ周辺には「ワンコイン区間」(大人100円)が、その外郭部には「市内均一区間」(大人200円)がそれぞれ設定されている。プリペイドカードとして磁気カードのバスカードが利用可能である。また新潟交通では2011年(平成23年)4月24日から、市内の路線バスの一部を皮切りにIC乗車カードりゅーと(RYUTO)」のサービスを開始し、その後サービスエリアの拡大を順次進め、新潟市中心部を発着地とするほぼ全ての一般路線バスで利用できるようになった。なお2013年(平成25年)3月23日から、りゅーとのサービスエリアにおいてSuicaをはじめとする全国10種類の交通系ICカードが利用可能となっている。

BRT構想[編集]

新潟市では政令市移行前後から中央区中心部の再興を図る動きの一環として「新たな交通システム」の導入を目指す動きが活発化している。

2010年(平成22年)夏に市が設置した「新たな交通システム導入検討委員会」において検討を進めた過程において、導入する手段はライトレール(LRT)、小型モノレール、現在運行されている前述のにいがた基幹バスを基にシステムを高度化したバス・ラピッド・トランジット(BRT、バス高速輸送システム)の3種類の新交通システムのうち1つとし、導入ルートは新潟駅を縦貫して、北側は万代シテイ・古町・新潟市役所白山公園付近を経由して白山駅へ、南側は山潟地区を経由して新潟県スポーツ公園鳥屋野潟公園新潟テルサ新潟市産業振興センター新潟市民病院などが立地する鳥屋野潟南部方面へそれぞれ至る都心軸区間のAルート、白山駅から千歳大橋付近や新潟県庁舎などを経由して鳥屋野潟南部に至るBルート(このA・B両ルートを環状線として整備する構想もある)、新潟駅と県庁舎を最短距離で結ぶCルート、新潟駅と万代島を結ぶDルートの、いずれも中央区内の計4経路について検討を進めた。

その結果、同委員会では当面BRTの早期導入を目指し、前述4経路の中でもAルートのうち都心軸に該当する新潟駅 - 古町 - 市役所間を最優先に整備すべきとの意見を記した「新たな交通システム導入に関する提言書」を2011年(平成23年)5月10日に市へ提出した。委員会の提言を受けて新潟市は検討を進め、2012年(平成24年)2月13日、BRT路線の導入をはじめとする市内中心部の交通網整備の指針「新たな交通システム導入方針」を公表し、「新潟駅 - 古町 - 市役所 - 白山駅間」をBRTの第1期導入区間として2014年度(平成26年度)中に運行を開始し、「新潟駅 - 長潟 - スポーツ公園 - 新潟市民病院間」を第2期導入区間(運行開始時期は未定だが、当面は「新潟駅付近連続立体交差事業」完了後の2022年度以降を目標とする)として整備計画を進める方針を示した[30][31]

運営方式

BRTの運営方式は、車両やBRT駅などは新潟市が整備し、運行業務は民間が行うこととなり、運行事業者の第一提案権は新潟交通に付与され、同社が10月22日に提出した「BRT第1期導入区間運行事業計画書」では、BRTの運行区間を市の方針から更に延伸し、新潟駅 - 古町 - 市役所 - 白山駅 - 青山(現在のイオン新潟店付近、青山駅南側)間とする計画案を示した他、BRT路線と運行区間が重複する路線を中心とした路線網の再編案や、BRT路線を含む市内6方面の路線を「幹線区間」と位置付け、駅などを結節点としたフィーダー路線の開設などを提案した。新潟交通側はBRT区間の延伸について「現状、市街地と青山の間は多くの既存バス路線が並走しており、青山を結節点とすることで利用者の約半数が直通で移動できる点」「白山駅発着では運行の効率化が図れないこと」「都心部と生活圏が直接結ばれること」「青山周辺は住宅地で大型商業施設も所在し、パークアンドライドの需要が期待できること」などを挙げている。なお運行時間は上越新幹線の発着に合わせて早朝・深夜にも拡大し、全区間の所要時間は約25分、運賃は「大人200円均一」とする意向を示している。

導入計画

新潟市では第1期導入区間の運行開始に合わせ、現在進捗している「新潟駅付近連続立体交差事業」と「新潟駅周辺整備」の一環として、新潟駅の万代口広場にBRT専用乗降場の先行整備を計画するなど整備を急いでいる。加えて連続立体交差事業が進捗し、新潟駅の高架下バスターミナル「交通広場」が竣工する際には、BRTの運行設備をLRTに転換するか否かについても検討するとしている。

また新潟市では新潟駅万代口 - 寄居町間(延長約2km)について、車線中央部に専用走行路及びBRT駅を設置する方向で調整を進めていたが、車線減少による自動車交通への影響や、BRTの乗降客の安全確保に関する問題に加え、信号処理や冬季間の除雪等に関する問題について道路管理者や新潟県警察との調整が難航したことなどから、運行開始当初からの専用走行路の設置は見送ることとなった[32]

一方、かねてから市議会等においては、第2期導入区間のへの早期導入を求める意見が多い。この区間は公共施設や商業施設が集中して立地している上、都市開発進捗によって交通量が年々増加しており、慢性的に渋滞が発生している。また第1期区間は既存の路線バスの運行本数が1日約2500本と多いものの、第2期区間の既存路線は土曜・休日には一部で60分間隔となるなど非常に少なく、公共交通・自動車交通のいずれにおいても利便性が確保されているとはいえない状況下にある。また、新潟スタジアムや県立野球場、産業センターなど鳥屋野潟南部地区の公共施設における各種イベント開催時には交通手段が脆弱で、加えて鳥屋野潟公園周辺では県や市による複数の公共施設の整備事業が現在も進捗しており、公共交通の確保が喫緊の課題となっている。

コミュニティバス[編集]

また、市内にはコミュニティバスが運行されているところがある。

南区白根地区では既存のローカル路線が廃止されたのに伴って、2004年(平成16年)12月中旬から当時の白根市が事業主体となり、新潟交通西(現在の新潟交通観光バス)が運行を受託する「循環バス」の運行が開始された。この白根地区循環バスは現在の南区区バス(レインボーバス)の前身にあたる。

また住民組織による、いわゆる「住民バス」が2005年(平成17年)4月から西区赤塚地区で、同年11月から江南区亀田地区で、2007年(平成19年)7月から中央区の新潟島北部(下町=しもまち)で、2008年(平成20年)4月から西区坂井輪地区で、2010年(平成22年)4月からは後述の区バスを引き継ぐ形で北区濁川・松浜地区と南区味方・月潟地区で、同年11月から江南区横越地区で、それぞれ運行されている。また新潟交通グループの路線バスの一部区間を「住民バス」として運行するケースもあり、2005年10月から寺尾線の西新町 - 上新町間、松浜・太夫浜線の新潟医療福祉大学入口 - 太郎代浜間、亀田・酒屋線の亀田上町 - 酒屋車庫間、鳥屋野線の曽川 - 酒屋車庫間、一日市・大江山線の一日市 - 大江山連絡所前間、東明線の岡山 - 大江山連絡所前間、鵜ノ子線の南長潟 - 大江山連絡所前間は、新潟市と地域住民が運行経費の一部を補助した上で、新潟交通の運賃体系に基づいて運行が維持されている。

また2007年(平成19年)春からは中央区を除く市内7区で「区バス」と呼ばれるコミュニティバスが運行されている。いずれも市が事業主体となって各行政区が運営業務にあたり、運行業務は新潟交通グループなど民間が受託する形式により運行されている。前述の南区で2004年から事業化されたのを皮切りに、2007年の政令市移行を前後して北区、東区、秋葉区、西区、西蒲区で相次いで事業化された。また江南区では2007年度に社会実験を2度実施した後、2008年から正式に事業化されている。なお、元々新潟交通グループの路線バスの運行体制が充実している中央区については区バスの事業予定は無いが、区域内には東区と江南区、西区から、それぞれ区バスの乗り入れが行われている[33]

高速バス[編集]

新潟市は、新潟駅万代口をターミナルに、県内各地ならびに県外各地を結ぶ高速バスの路線網が全国的に見ても発達している地域である。

各路線は新潟交通グループと越後交通頸城自動車蒲原鉄道阪急バス西武バス名鉄バス日本中央バス会津乗合自動車福島交通JRバス東北北陸鉄道富山地方鉄道長電バスの各バス会社が発着地に応じて共同で運行している。

太字は県外の都市を表す。

昼行高速バス路線

夜行を含む高速バス路線

道路[編集]

一般道路[編集]

新潟市を始点・終点とする国道の道路元標は、柾谷小路と本町通が交差する、本町通七番町・本町十字路(本町交差点)に設置されている。また、信濃川に架かる萬代橋は、国道の橋としては東京都中央区日本橋に続く全国二例目の重要文化財に指定されている。

市内各地でバイパス道路網の整備が進捗している一方、それ以外の一般道路は片側3車線以上の広幅員の区間が少ない上、旧来の幹線道路では車線の増強など道路施設の整備が行き届いていない箇所も数多く、市内各地には慢性的に渋滞が発生する区間が点在する。

中央区中心部の新潟島地区には一方通行となっている区間が多く、これは他の都市と比べても高い割合と言われている。特に古町周辺の柾谷小路を中心とする地域では1966年(昭和41年)、西堀通り・東堀通りをはじめとする一部幹線道路が一方通行化され、それまで慢性的に発生していた渋滞の解消が図られた。だが一方で、これら一方通行の沿道を目的地とする場合、立地によっては大きく迂回する必要があるため、特に市外・県外からの観光客がタクシーを利用した場合には苦情が出ることも少なくなかった。

しかし2002年(平成14年)に新潟みなとトンネル柳都大橋が開通し、その後も道路の整備が進んだことから信濃川右岸側と新潟島とのアクセス効率が次第に向上し、慢性的に渋滞していた萬代橋も交通量が若干減少するなど交通の円滑化が図られた。また2008年(平成20年)7月24日から西堀通り・東堀通りなどの一方通行規制が42年ぶりに解除され、古町周辺の交通も円滑化が図られつつある。しかしいずれも、日中(7時から22時)は柾谷小路からの右折禁止措置が継続されている上、昨今の道路交通法改正による駐車規制の強化もあって、車から店舗などへの荷物の搬入やタクシーの乗降がしづらくなるなどの課題が生じた。このため、新潟市と古町・本町商店街の関係者で組織される「新潟島中心部交通政策検討会」では道路の有効活用を目的に、2010年(平成22年)3月8日から3月24日にかけ、西堀通り・東堀通りの各一部区間で片側1車線の通行を規制して荷捌きスペースを設置する社会実験を実施した。この結果を踏まえ、今後の施策に反映させる予定である。

バイパス道路[編集]

新潟市近郊バイパス道路網
新潟バイパス

市内の国道は、市内を北東から南西に縦貫する国道7号・8号・116号の新潟バイパス(含新新、新潟西バイパス)をはじめ、南北に横断する国道7号・国道49号・403号の栗ノ木バイパス亀田バイパス(含横雲バイパス)・新津バイパス(含新津南バイパス)、秋葉区新津地区を東西に横断する国道460号の新津東バイパス、西蒲区巻地区を南北に貫く国道116号の巻バイパスなど、連続立体交差方式によるバイパス道路網が発達している。このうち新潟バイパス等は「新潟東西道路」、栗ノ木バイパス・亀田バイパス等は「新潟南北道路」として地域高規格道路に指定されている。

このうち新潟バイパスは特に交通量が多く、とりわけ女池IC - 竹尾IC間は全国の一般道の中で最も交通量の多い区間とされている。しかしながら立体交差で車線数も多いため、交通は円滑に流れている。これらの連続立体交差のバイパス道路網は元来、都市間輸送路を郊外に移して市中心部の交通を円滑化する目的で建設されたものであるが、現在はそれにとどまらず、市民の生活道路として重要な役割を果たしている。現在、各バイパスでは区間の延伸や設備の改良などが順次進められているが、このうち栗ノ木バイパスでは一部区間を連続立体交差化する事業が進められている。これは都市計画道路「万代島ルート線」および前掲の新潟南北道路の整備事業の一環として行われているもので、将来的には東港線柳都大橋を経由して新潟島の中心部まで直通するバイパス道路として整備される計画である。

またバイパス道路網の役割を補充する道路として、市内を半同心円状に結ぶ外環状道路が幾つかある。県道2号県道16号新潟中央環状線、国道460号などがそれにあたる。このうち中央環状線と国道460号では現在、新設区間の建設が進められている(いずれも全線竣工の時期は未定)。

なお、市内には道の駅が3箇所設けられている。このうち道の駅豊栄は、日本で初めて一般道路に設けられたパーキングエリアで「道の駅 発祥の地」に認定されている。

高速道路[編集]

「高速道路」の表記

新潟中央JCTは、北陸自動車道日本海東北自動車道磐越自動車道の3路線が分岐する要衝となっている。

このため、新潟中央JCT周辺のICを案内する道路標識には、インター名と合わせて「○○自動車道」か「○○道」のような路線名が併記されておらず、右写真のように「高速道路」という表記を使用している。

南へは北陸自動車道を通じて信越地方北陸地方近畿地方の各地へ、北へは日本海東北自動車道を通じて旧出羽国(東北日本海側)の各地へ、東へは磐越自動車道を通じて会津地方中通り浜通りの各地へと至る。日本海東北自動車道は新潟市を通過する部分は既に開通済みで、村上市朝日まほろばICまでの区間が開通している。なお新潟市内の高速道路は、磐越道の新潟PA以東、日本海東北道の豊栄SA以北が暫定2車線(対面通行)となっているのを除き、4車線で供用されている。

また、市域内にはスマートインターチェンジが3か所整備されている。西区にある北陸道の黒埼パーキングエリア(黒埼スマートIC)は2006年10月1日から(長岡方面、鶴岡方面、会津若松方面の三方とも流入流出可能)、北区にある日本海東北道の豊栄サービスエリア(豊栄スマートIC)は2007年4月1日から(但し長岡方面と会津若松方面への流入流出のみで、鶴岡方面への流入流出は不可)、それぞれ社会実験を経て正式供用を開始している。いずれも利用できるのは午前6時から午後10時までである。また秋葉区にある磐越道の新津西スマートICは、市内のスマートICでは初の本線直結型で2011年12月17日から供用を開始した(但し新潟中央方面への流入流出のみで、会津若松方面への流入流出は不可)。こちらは24時間利用可能である。さらに、東区の日本海東北道・西野バスストップ付近では2013年度中の供用開始を目指して新潟東スマートインターチェンジ(仮称)の整備計画が進められており、これにより市域内のスマートICは計4か所となる予定である。

市内を走る主な道路[編集]

高速自動車国道

自動車専用道路

一般国道

(※括弧内は重複区間となっている路線)


県道(主要地方道、一般県道)

→県道については各区の項を参照。

主な一級幹線市道

道の駅

その他、道路に関する項目


空港[編集]

東区松浜町地内の阿賀野川河口左岸側に所在する新潟空港からは、国内線6方面7路線とコミューター1路線、国際線3か国4路線が就航している。新潟駅から車で約20分の地点に立地し、市街地からのアクセスは比較的良好である。

国内線の路線網は新千歳空港成田国際空港名古屋中部国際空港名古屋小牧空港)、大阪国際空港福岡空港那覇空港の計7路線である。かつては前掲以外の国内各地への路線も就航していたものの、搭乗率の伸び悩みなどもあって休廃止が相次いだ他、近年は既存路線でも減便や機材の小型化、さらには路線の存廃が論議されるなど、利用者数の開拓が懸案である。なお、2008年(平成20年)秋以来休止していた佐渡空港とを結ぶコミューター路線は、2011年夏に新日本航空によって運航が再開された[34]

国際線の開設は地方空港の中では早く、1973年(昭和48年)に日本航空およびアエロフロート・ソ連航空(当時)によりハバロフスク空港線が開設されたのを端緒に、現在は韓国仁川国際空港中国ハルビン太平国際空港上海浦東国際空港グアムグアム国際空港の計4つの定期路線が運航されており、地方空港としては路線数が多い。2011年(平成23年)夏まで運航されていたウラジオストク空港線、ハバロフスク空港線の極東ロシア方面2路線は開設当初、日本国内では新潟からしか運航していなかった。この極東ロシア路線は運休以前、ウラジオストク航空が運航していた[35]。しかし2010年(平成22年)春、両空港と成田国際空港を結ぶプログラムチャーター便(のちに定期化)の運航が開始されると、新潟便は週各2便から各1便に減便され、搭乗率も低下[36]。加えて2010年(平成22年)10月末から3月末までの間、路線開設以来初の冬季休航が決定するなど路線の規模縮小が相次いだことから、新潟県・市は経済・文化交流などの面から懸念を示していた。その後11月下旬、ウラジオストク航空に対して県が最大7000万円、市が最大3000万円を支援する旨を申し出たことから、両路線とも冬季休航を中断して12月下旬から順次運航を再開。だが2011年3月11日に発生した東日本大震災の影響で搭乗者数が大幅減となったため、両路線とも同月下旬から休航となり、ウラジオストク線のみ同年夏に一時再開したものの再び休航となるなど、近年の極東ロシア路線の運航体制は紆余曲折をたどっており、両路線とも運航再開の目途は立っていない。

県と市では国内線・国際線の路線網拡充をはじめ、県内外各方面から空港へのアクセス改善、航空貨物輸送の活性化など空港の利便性向上を図る活性化策を進め、利用喚起を継続している。その他詳細は新潟空港の項を参照。

港湾・水運[編集]

新潟港[編集]

新潟港西港区(山の下みなとタワーから信濃川上流側を望む)
新潟港東港区国際海上コンテナターミナル(北区横土居)

市域には新潟港があり、本州日本海側の海上交通の要衝の一つになっている。特定港特定重要港湾、日本海側の港湾として唯一の中核国際港湾に指定されているほか、日本海側拠点港のうち全国5港の総合的拠点港の一つに、部門別では国際海上コンテナと液化天然ガスの2部門の拠点港に指定されている。

新潟港は、中央区・東区の信濃川両岸を港域とする河口港湾の西港区(新潟西港)と、北区・北蒲原郡聖籠町に跨る堀込み港湾の東港区(新潟東港)の2港域から成っている。西港区は古代から平安時代にかけて開かれた港で、1858年日米修好通商条約では開港五港の1つとして指定されるなど、国際港として古くからの歴史を持つ。一方の東港区は、西港区が手狭となった上、構造的な問題により大型船舶の入港が困難であったことなどから機能拡充のため整備され、1969年(昭和44年)に開港した。現在西港区は旅客と貨物の双方を、東港区は貨物を取り扱っている。

東港区には本州日本海側では最大の取扱個数を有する国際海上コンテナターミナルが設けられている。西港区は佐渡汽船新日本海フェリーの佐渡・北海道・敦賀航路などが発着する他、以前国際旅客ターミナルには北朝鮮の貨客船「万景峰号」も入港していた。但し2006年(平成18年)7月5日から対北朝鮮経済制裁措置の一環として、同国籍の船舶は日本国内の港湾への寄港が禁止されており、この制裁措置はその後段階的な延長を経て2013年(平成25年)4月まで継続している。

漁港[編集]

#漁業を参照

水上バス[編集]

中心部を流れる信濃川を経由する水上バスが、信濃川ウォーターシャトルにより定期運航されている。市内の観光資源としての役割は元より、鉄道とバスに続く第三の通勤・通学の足として定着させることを目指している。

  • 定期航路
    • みなとぴあ - 朱鷺メッセ - 萬代橋西詰 - 県庁前 - ふるさと村

新潟市を舞台にした作品[編集]

唱歌 大和田建樹作詞の「鉄道唱歌」では、第4集北陸篇において新潟は5番を割かれて歌われている。日本海側の都市で、日米修好通商条約における開港指定五港に認定され、大きく栄えていたことなどが関係していると見られる。なお、歌が作詞された当時は新潟駅は存在せず、沼垂駅がこの地のターミナルになっていた。

  • 42.もみじは新津秋葉山 桜は亀田通心寺 わするな手荷物傘鞄 はやここなるぞ沼垂は
  • 43.おるればわたる信濃川 かかれる橋は万代の 名も君が代とときわにて 長さは四百数十間
  • 44.川のかなたは新潟市 舟ゆく水の便(たより)よく わたせる橋をかぞうれば およそ二百もありとかや
  • 45.春は白山公園地 一つににおう梅桜 夏は涼しき日和山(ひよりやま) 鯛つる舟も目の前に
  • 46.汽船の煙海を染め 商家の軒は日をおおうげにも五港の一つとて 戸数万余の大都会

映画

小説

漫画

  • あぶさん(1973年)(作者:水島新司。出版社:小学館)
  • 柳都物語(2007年)(原作:倉科遼 作画:和気一作。出版社:日本文芸社)

歌謡

出身人物[編集]

   50音順の一覧は「Category:新潟市出身の人物」を参照

   出身地、分野別の一覧は「新潟市出身の人物一覧」を参照

新潟市在住[編集]

名誉市民[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『知っておきたい新潟県の歴史』2010年3月 新潟日報事業社
  2. ^ 角川日本地名大辞典 編纂委員会:『角川日本地名大辞典 15 新潟県』、1989.10.8、(株)角川書店
  3. ^ 平年値(年・月ごとの値)”. 気象庁. 2012年1月26日閲覧。
  4. ^ 観測史上1~10位の値(年間を通じての値)”. 気象庁. 2012年1月26日閲覧。
  5. ^ 区イメージカラー(新潟市政策企画部シティプロモーション推進課) : 色の選考は、区民アンケートや専門家のアドバイスを参考にして、市民の代表と区長による「イメージカラー調整会議」で決定し、2007年(平成19年)9月26日に発表された。
  6. ^ a b c d e 新潟市のあゆみ (パンフレット)』新潟市、2009年
  7. ^ 平成25年度 新潟市の政策に対する要望書 - 新潟商工会議所(2012年10月)- 2012年11月6日閲覧
  8. ^ 政令市の食料自給率2位は、浜松市の12%である。
  9. ^ 植木町は2010年3月23日、熊本市に編入合併している。
  10. ^ 新潟市下水道中期ビジョン - 新潟市(2009年3月刊行パンフレット)
  11. ^ 「消化ガス」利用 発電施設が稼働 - 新潟日報(2013年1月29日付Web版)同年2月2日閲覧
  12. ^ 新潟市議会 平成17年 9月定例会本会議 -09月16日-03号
  13. ^ 新潟市-市長への手紙「遅すぎる 市外局番の統一」
  14. ^ 第7回秋葉区自治協議会
  15. ^ 第7回西蒲区自治協議会 会議録4 - 7ページ (PDF)
  16. ^ あきは区役所だより 2008年12月7日発行 (PDF)
  17. ^ 区役所だより「にしかん」2008年12月7日発行 (PDF)
  18. ^ 新潟市政策調整課-電話市外局番のアンケートの結果について
  19. ^ 2008年度第10回秋葉区自治協議会資料 (PDF)
  20. ^ 市外局番0256はどうなるの?(燕・吉田・分水合併協議会だより第7号) (PDF)
  21. ^ (仮称)新潟市アイスアリーナ整備事業 - 新潟市
  22. ^ 新潟市にスケート場をつくる会
  23. ^ 新潟市内に所在する動物飼育施設のうち、日本動物園水族館協会に加盟しているのはマリンピア日本海のみである(2012年12月現在)。
  24. ^ 新潟市に動物園を 市民が署名活動 - 新潟日報(2012年6月21日付Web版、22日付朝刊)- 2012年6月22日閲覧
  25. ^ 新潟市 文化観光・スポーツ部 観光政策課 所管データ”. 2013年5月24日閲覧。
  26. ^ 新潟県:平成23年新潟県観光入込客統計”. 2013年5月24日閲覧。
  27. ^ 新潟市の分散ネットワーク型都市構造と都市交通の現況評価 報告書(2009年7月17日)- 新潟市 (PDF)
  28. ^ 過去には新潟駅周辺のJR線を廃止し全て新交通に置き換えるという構想が出たこともある。
  29. ^ 下り(東京発)は1時間37分、上り(新潟発)は1時間40分。
  30. ^ 新たな交通システム(新潟市)
  31. ^ 新潟市、BRTを14年度内導入へ- 新潟日報、2012年2月11日
  32. ^ 新潟市、BRT専用路先送り - 新潟日報(2013年1月25日付Web版)- 同日閲覧
  33. ^ 東区バスと江南区バスは、区バス路線として中央区内へ乗り入れている。一方、西区バスについては、中央区内では新潟交通の路線バス「大堀線」として運行されている。
  34. ^ 当初2010年度(平成22年度)中の運航再開を予定していたが、新日本航空の事業計画再整備が遅れたため、再開は2011年7月に繰り下げられた。
  35. ^ ウラジオストク線、ハバロフスク線は元々アエロフロートが運航していたものをウラジオストク航空とダリアビア航空の2社へ移譲させたものだが、その後ダリアビア航空が運航停止となった為、2路線ともウラジオストク航空が運航していた。またイルクーツク空港への路線も運航されていたが、2006年を最後に休航している(運航開始当初はアエロフロートが、後年はシベリア航空が運航)。
  36. ^ 新潟空港発着の極東ロシア2路線が搭乗率低下に至った理由としては、成田線の開設によって首都圏からのビジネス利用客が漸減した事が最も大きいとされる。加えて利用客の中でも大きなウェイトを占めていた、極東ロシアからの中古自動車バイヤーの搭乗数が減少した事も要因として挙げられる。極東ロシアでは1990年代以降、日本からの輸入中古車が重宝されていたが、ロシア政府が2009年(平成21年)1月に中古輸入車の関税引き上げ策を施行した事によって、新潟市周辺の中古車業者との商談・車両調達を目的に来日していた彼らの搭乗数も減少。結果、日ロ間の輸出総台数は引き上げ策施行前の1割程度まで激減している。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]