建設

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巨大な建設工事

建設(けんせつ、construction コンストラクション)は、建築(architecture)と土木(civil engineering)その他農分野の林業造園の工事などや、海洋分野やプラント、「電設」という言葉(社団法人日本電設工業協会や住友電設株式会社などでいう電気設備の建設という意味での「電設」)や通信分野のインフラストラクチャーなどの基盤構築の分野の総称。ほか、言葉的には「建設的な意見」などのように積極、能動的なニュアンスが含まれながら使用される。

建築工事業と土木工事業の分野をあわせたものには、「土建」(どけん)という言葉がある。

歴史と変遷[編集]

建設の語の周辺[編集]

建設と言う言葉自体は、明治時代外来語を翻訳した時に中国由来の言葉から出来た和製熟語であるとされる。

過去に、土建の意味で使用されているのは普請作事で、徳川幕府の場合では職制として御普請奉行、小普請奉行、作事奉行、召黒鍬頭などが置かれ、それぞれが城郭や石垣、濠堤や水路橋などの建設工事を担当していた。基本的に普請が土木事業で、作事が建築であるが、「普請」は鎌倉時代禅宗が使った仏教語が語源である。仏閣の堂塔宇を建設するために、信徒たちが寄進行為として労役に従事することを意味している。「普」は全てを意味し「請」は保証して引きうけることを意味する。「保証する」とか「必ず守る」という意味で「請け合う」という言い方が昭和30年代まで日常の会話に使われていた。その請は工事の完成を保証すること、つまり「請負」であり、普請の原義は全ての工事を請負うこと、である。江戸時代に使われた普請の語は、村人たちが協働で作業にあたった名残りと学者の間で指摘されているが[要出典]、現在でも道普請、屋根普請、安普請という具合に使用されている。このことから建設(修繕、模様替も含まれる)とは端的にいえば互助活動相互扶助、自治として社会基盤の整備の労力や資金の提供を求める事をさした。

明治に入り政府は太政官のもとに内務省を設置し、土木寮を置く。土木寮は土木局に改称され 第二次大戦後、内務省土木局は後に置かれた都市計画局と合併し国土局と再改称されていた。その後内務省が解体されて独立した国土局が、「建設省」(現・国土交通省の前身の一つ)の看板をかけ、組の改名から建設会社、続いて建設業、建設業界の表現も生まれる。このときあたりから「建設」に土木と建築を併せ持つ概念が定着した。

ほかに建設のつく名称、用語は、建設事業、建設工事、建設技術、建設法規、建設会社、建設部、建設事務所、建設マネジメントなどと広がり、月刊誌「建設物価」誌の発行元は「建設物価調査会」である。

漢字の宗主中国では、本来建設には土木や建築の意味はなく、白川静の著作によると「建」は国をたて都をつくる意味を持つ字で「設」は神前に誓う意味と指摘がある[要出典]。辞書には「建設」は破壊と反対の意味を持つ「新たにつくりあげること」の意というように、精神性がある言葉と捉えられている。このため、国家建設や建設的意見などの表現には、人は土木や建築をイメージしていない。業態としての「建設」に土木・建築で、その設計・施工のイメージのほうがなじまれている。

土木も建築も設計も施工も古くから存在し、法隆寺四天王寺も土木・建築・設計・施工で建設されているのであるが、記録に建設の表現はないことが知られているし、神社仏閣の堂塔宇は建立、創建と表現される。ただし建築と土木は当初から職制が分かれていて、最古の官制である大宝(養老)律令では、土工寮、木工司という職制があり、土工寮は土木工事、木工司は建築を扱っていることが知られている。一般に土木の語については、平安時代から用いられていたという指摘があるが[要出典]、土木の文字は中国の春秋時代の歴史割当記された「今土木勝」が初めての例といわれ、これが土木の語源になったとの説であることが指摘されている[要出典]

「××建設」会社名の由来[編集]

近代からは請負という表現を請と同じ意味、すなわち完成を約束することに用いるので、請を結んで工事を行う業者を請負人、請負師と呼んでいる。請負人や請負師は「組」を組織し、棟梁や頭(かしら)は社長、屋号は社長の名字を社名に冠し杉井組、高島組などと名乗り、請負師や組の表現は第二次大戦後までは多く用いられていた。

しかし戦後、組から建設へと改名が相次ぐ。当時武装解除された日本軍から武器の一部が暴力団に流れた際に占領軍総司令部GHQの命令で手入れが行われ、暴力団から拳銃・鉄砲などの他機関銃まで出てきた際「暴力団の××組に機関銃があるくらいだから大手請負師の○○組には大砲や戦闘機があるに違いない」と占領軍の係官が言ったなどと新聞が報道し、社名につけていた組が会社のイメ-ジを下げていることを関係者は非常に気にしていたという[要出典]

また、占領軍が占領政策に掲げた財閥解体もその流れを作る。大倉財閥の大倉土木は、社名に冠した大倉を大成に改める際、大成は創設者大倉喜八郎の戒名「大成院殿礼本超湛鶴翁大居士」から採り、下半分の土木も変更の対象になるが妙案が出なかったため、席上役員が「アメリカでは土木や建築をなんと言うのか」と問うと「コンストラクション」と一人が答えたため、役員は英和辞典でconstructionの項をひき訳語に「建設」の文字があったことから、建設の採用を決定、新しい社名は「大成建設」に決まる。この名称変更について多くが倣って後に続き、請負人や請負師は建設会社と呼ばれるようになる。

建設事業[編集]

建設事業とは、工事を伴う社会基盤の整備をさす。現在において、建築工事と土木工事は、企業や管轄行政、法律において重複したり区分が違う場合がある。

斜長橋鉄塔などである高さが備わるもの、ダムなどに備わるエレベーターシャフト排水機場の施設建屋、衛生管理処理施設(汚水処理場など)、樋門の管理建屋など、また地下街など、屋根がついていて、人が中に入ることができる工作物に関しては、建築基準法による「建築物」にあたるため、工事区分や行政の取り扱いは土木工事であっても、また土木構造物の範疇であっても一定の規模なら建築確認申請が必要になり、建築士が設計に当たる必要がある。土木構造物の設計自体は建設コンサルタントが担当する。工事区分や行政の取り扱いは土木工事である。また基礎工事は建築、土木ともに重要でありほとんど全ての工事に伴うが、工事区分としては土木工事である。

建設業法による建設工事区分[編集]

建設業#建設工事の業種一覧参照

関連事項[編集]