百十四銀行

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株式会社 百十四銀行
The Hyakujushi Bank, Limited
百十四銀行のロゴ
百十四銀行の本店
百十四銀行本店
種類 株式会社
市場情報
東証1部 8386
略称 114、百十四
本社所在地 日本の旗 日本
本店
760-8574
香川県高松市亀井町5番地の1
設立 1924年(大正13年)3月30日
(株式会社高松百十四銀行として設立)
創業1878年(明治11年)
(第百十四国立銀行として創業)
業種 銀行業
金融機関コード 0173
SWIFTコード HYAKJPJT
事業内容 普通銀行業ほか
代表者 代表取締役頭取 渡邊智樹
資本金 373億2,200万円
(2014年3月31日現在)
発行済株式総数 3億1,007万6千株
(2014年3月31日現在)
純利益 連結:112億30百万円
単独:110億97百万円
(2014年3月31日現在)
純資産 連結:2,568億51百万円
単独:2,383億35百万円
(2014年3月31日現在)
総資産 連結:4兆4,932億11百万円
単独:4兆4,780億26百万円
(2014年3月31日現在)
従業員数 連結:2,457人
単独:2,132人
(2014年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口)5.89%
日本生命保険 3.06%
日本ハム 2.72%
三菱東京UFJ銀行 2.14%
太平洋セメント 1.91%
タダノ 1.89%
三井造船 1.88%
日本興亜損害保険 1.85%
百十四銀行従業員持株会 1.67%
三菱重工業 1.54%
(2014年3月31日現在)
主要子会社 #関連会社参照
外部リンク http://www.114bank.co.jp/
特記事項:1924年3月30日に株式会社高松百十四銀行(初代)と株式会社高松銀行との合併より、新たに株式会社高松百十四銀行(2代目)として設立。
1948年6月22日に株式会社百十四銀行に商号変更。
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株式会社百十四銀行のデータ
店舗数 122店
貸出金残高 2兆6,213億95百万円
預金残高 3兆7,756億69百万円
特記事項:
(2014年3月31日現在)
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株式会社百十四銀行(ひゃくじゅうしぎんこう)は、香川県高松市に本店を置く地方銀行

略称は以前は行名と同じ漢数字表記の百十四を使用していたが、現在はアラビア数字表記の114を使用している。

会社概要[編集]

国立銀行条例に基づいて1878年(明治11年)11月1日に創立した第百十四国立銀行を発祥とし、国内で現存する数少ないナンバー銀行の一つである。香川県の他、高松市などの指定金融機関であり、一貫して香川県内最大の銀行として存在する。

本店所在地である香川県を基盤に瀬戸内地方各県に展開する広域地銀であり、店舗数は香川県86店舗、岡山県11店舗、大阪府愛媛県に各5店舗、兵庫県4店舗、徳島県3店舗、高知県広島県東京都に各2店舗、愛知県福岡県に各1店舗の計11都府県123店舗である[1]

香川県内の企業がメインバンクとする銀行は百十四銀行が5,610社(構成比45.5%)であり、次点の香川銀行2,422社(同19.6%)に対して倍以上の圧倒的なシェアを有している[2]

沿革[編集]

歴代代表者[編集]

氏名 期間 備考
1 宮本園丸 1878年11月1日 - 1885年8月13日
2 鎌田房次 1885年8月20日 - 1920年10月30日  在職中に死去
3 井上耕作 1920年10月30日 - 1922年7月30日 専務取締役
4 中村新太郎 1922年8月8日 - 1933年7月23日 専務取締役
5 宮武耕造 1934年6月8日 - 1935年11月15日 専務取締役
6 塩田伊三郎 1944年2月8日 - 1945年10月31日 塩田以降は頭取が代表者
7 里見信三 1945年10月31日 - 1952年4月8日 在職中に死去 享年66
8 綾田整治 1952年4月9日 - 1975年12月23日 現相談役綾田修作の実父
9 中條晴夫 1975年12月23日 - 1979年12月21日 1995年5月17日死去 享年89
10 三野 博 1979年12月21日 - 1989年6月29日 1994年4月8日死去 享年72
11 松本恭輔 1989年6月29日 - 1995年6月29日 2005年9月4日死去 享年78
12 綾田修作 1995年6月29日 - 2004年6月29日 現相談役
13 竹崎克彦 2004年6月29日 - 2009年6月26日 現会長
14 渡邉智樹 2009年6月26日 -

店舗[編集]

高松支店[編集]

本店所在地の都市名をつけた支店がある銀行は全国的に見ても決して多くはないが、百十四銀行では丸亀町に高松支店が設置されている。ここは創業から1966年まで本店だった場所で、現在地に本店を移転する際に高松支店とした。建物は1926年(大正15年)4月に鉄筋コンクリート造2階建てで落成し、その後1945年(昭和20年)7月4日高松空襲で被災しながらも焼け残り、1951年(昭和26年)9月〜1952年(昭和27年)2月にかけて3階及び塔屋213.91坪が増築されている[28]。1990年代に入り、いわゆる旧市内(1939年以前の高松市の市域)で戦災を生き抜いた建物が相次いで姿を消しているため、現在では貴重な存在となっている。2013年に耐震改修が行われ、今後も継続使用されることとなった。この耐震改修では、隣接する建物を解体した際に戦時中施されていた迷彩塗装が発見されている[29]

本店[編集]

現在の本店が主要テナントとして入居する百十四ビルは、日本橋不動産(百十四銀行100%子会社)が所有し、鉄骨鉄筋コンクリート構造、地上16階・地下2階・塔屋3階、軒高54m(尖端部64m)、延床面積17,485m²、緑青仕上げブロンズ板貼の外装で、設計は日建設計、施工は竹中工務店である。1964年(昭和39年)12月の着工以来、2年の工期を経て1966年(昭和41年)11月15日に竣工し、11月21日に旧本店(現・高松支店)より本店機能が移転した[21]。建物はいずれも中央通りに面する高層棟(本館)と低層棟(別館)の2棟からなり、2棟を隔てる路地の上は3階部分から連絡通路で結ばれている。緑色の外壁は「蔦壁」と呼ばれ、1965年のビル竣工直前に「緑が失われていく街に、安息と四季の彩りを」の趣旨で流政之によってデザインされた。1968年には国内の優秀な建築作品に表彰される第9回BCS賞を受賞している。また、DOCOMOMO JAPAN選定 日本におけるモダン・ムーブメントの建築の一つにも選ばれている[30]。この百十四ビルは1996年にコトデン瓦町ビル(73.0m)が完成するまで30年間、高松で最も高い建物であり、市中心部の象徴的存在であった。

屋上にはNHK高松放送局の情報カメラが設置されている。

関連会社[編集]

連結子会社[編集]

  • 日本橋不動産株式会社
  • 百十四ビジネスサービス株式会社
  • 株式会社百十四人材センター
  • 百十四財田代理店株式会社
  • Hyakujushi Preferred Capital Cayman Limited


サービス[編集]

コンビニATM・インターネットバンキング[編集]

2008年1月7日にE-netとの提携を開始した。2009年1月19日よりイオン銀行とも提携を開始しており、さらに2012年4月にはセブン銀行と提携が開始された。

四国内地銀ATM相互出金無料提携[編集]

2008年11月12日に、百十四銀行と阿波銀行徳島県徳島市)・伊予銀行愛媛県松山市)・四国銀行高知県高知市)とのATM相互出金無料提携を開始した。これにより、4行の顧客が該当各行のATMを利用する場合、平日日中の時間帯による出金については手数料が徴収されない。

格付け[編集]

百十四銀行の格付けは、2011年(平成23年)9月13日現在においては「A / 安定的」となっている。格付け対象は、長期優先債務または長期優先債務に準ずるもの[31]

情報処理システム[編集]

勘定系システム[編集]

2007年(平成19年)5月7日に基幹システムが更新された。新システムは三菱東京UFJ銀行のものをベースとし、常陽銀行十六銀行南都銀行との共同利用型勘定系システム「Chance」を採用する[32]

不祥事[編集]

2009年2月24日付各報道機関より、大阪市内にある同行九条支店が、2007年から2008年にかけて回収の見込みのない不動産会社に約10億円を融資し、同行に損害を与えた疑いがあるとして、大阪府警会社法特別背任容疑でこの不動産会社など関係先二十数カ所を一斉に家宅捜索した。この事件を受け四国財務局は、同行に対し業務改善命令を発動した[33]

参考文献[編集]

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  • 『百十四銀行百二十五年誌』 百十四銀行 調查部 歴史資料グループ、百十四銀行、2005年8月
  1. ^ 2014 ディスクロージャー誌 業務等のご案内 (PDF)”. 百十四銀行 (2014年7月31日). 2015年5月3日閲覧。
  2. ^ 第1回香川県内企業のメーンバンク実態調査 (PDF)”. 帝国データバンク高松支店 (2010年8月9日). 2015年5月3日閲覧。
  3. ^ 百十四銀行2005年 38頁
  4. ^ 百十四銀行2005年 142頁
  5. ^ 百十四銀行2005年 82頁
  6. ^ 百十四銀行2005年 700頁
  7. ^ 百十四銀行2005年 701頁
  8. ^ 百十四銀行2005年 149頁
  9. ^ 百十四銀行2005年 702頁
  10. ^ 百十四銀行2005年 705頁
  11. ^ 百十四銀行2005年 707頁
  12. ^ 百十四銀行2005年 153頁
  13. ^ 百十四銀行2005年 708頁
  14. ^ 百十四銀行2005年 711頁
  15. ^ 百十四銀行2005年 712頁
  16. ^ 百十四銀行2005年 713頁
  17. ^ 百十四銀行2005年 714頁
  18. ^ 百十四銀行2005年 195頁
  19. ^ 百十四銀行2005年 716頁
  20. ^ 百十四銀行2005年 223頁
  21. ^ a b 百十四銀行2005年 330頁
  22. ^ 債権の取立不能のおそれ及び平成13年3月期業績予想の修正について”. 百十四銀行. 2001年1月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年4月28日閲覧。
  23. ^ 四国貯蓄信用組合の事業譲受日について”. 百十四銀行. 2001年7月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年4月28日閲覧。
  24. ^ 債権の取立不能のおそれについて”. 百十四銀行. 2001年4月7日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年4月28日閲覧。
  25. ^ “百十四銀行、シンガポールに駐在員事務所 進出企業を支援”. 日本経済新聞. (2013年5月1日). http://www.nikkei.com/article/DGXNZO54596100R00C13A5LA0000/ 2014年12月25日閲覧。 
  26. ^ “債権40億円、回収不能も/百十四銀”. 四国新聞. (2014年5月30日). http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/economy/20140530000105 2014年12月25日閲覧。 
  27. ^ 債権取立不能又は取立遅延のおそれに関するお知らせ (PDF)”. 株式会社百十四銀行 (2014年5月29日). 2014年12月25日閲覧。
  28. ^ 百十四銀行2005年 227頁
  29. ^ “戦時中の迷彩塗装発見/百十四銀、外壁を寄贈”. 四国新聞. (2012年11月14日). http://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/locality/20121114000155 2014年11月20日閲覧。 
  30. ^ 香川の現代建築とアートマップ 『百十四銀行本店』 - 香川県観光協会
  31. ^ News Release (PDF) - (2012年8月11日閲覧)
  32. ^ “日本IBM、地銀向けクラウドを構築”. 日経コンピュータ. (2011年5月12日). http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20110512/360295/ 2014年5月29日閲覧。 
  33. ^ “株式会社百十四銀行に対する行政処分について”. 金融庁. (2009年6月10日). http://www.fsa.go.jp/news/20/ginkou/20090610-1.html 2014年5月29日閲覧。 

外部リンク[編集]