東亜建設工業

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東亜建設工業株式会社
TOA CORPORATION
種類 株式会社
市場情報
東証1部 1885 1961年9月4日上場
札証 1885 1969年1月上場
略称 東亜建
本社所在地 日本の旗 日本
163-1031
東京都新宿区西新宿三丁目7番1号 新宿パークタワー31階
設立 1920年大正9年)1月23日
(東京湾埋立株式会社)
業種 建設業
事業内容 総合建設業
代表者 松尾正臣(代表取締役社長)
資本金 189億7666万円
発行済株式総数 2億2494万6290株
2011年3月31日現在)
売上高 連結:1647億円
単独:1504億円
(2011年3月期)
営業利益 連結:57億円
単独:54億円
(2011年3月期)
純利益 連結:14億円
単独:11億円
(2011年3月期)
純資産 連結:622億円
単独:552億円
(2011年3月31日現在)
総資産 連結:1691億円
単独:1524億円
(2011年3月31日現在)
従業員数 連結:1922名 単独:1580名
(2011年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 太平洋セメント(株) 4.75%
明治安田生命保険相互会社 3.43%
東亜建設工業鶴株会 3.21%
(2011年3月31日現在)
主要子会社 東亜地所(株) 100%
(株)東亜エージェンシー 100%
鶴見臨港鉄道(株) 100%
外部リンク www.toa-const.co.jp
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東亜建設工業旧本社。東京都千代田区

東亜建設工業株式会社(とうあけんせつこうぎょう、TOA Corporation)は、日本の建設業者

概要[編集]

日本のゼネコンでは中堅の規模を誇る。設立時の経緯もあり、海洋土木に強みを持つ。かつての浅野財閥の流れを汲む企業の1つ。

静岡県御殿場市に同名の総合建設業があるが、関連はない。

沿革[編集]

  • 1908年明治41年) - 浅野総一郎が港湾機能を持つ工業用地を造成するため、鶴見川崎地区(現在の神奈川県横浜市および川崎市)の海面埋立てを目的とした「鶴見埋立組合」を組織(東亜建設工業の実質的な創業)。
  • 1914年大正3年)3月4日 - 「鶴見埋築会社」を創立、鶴見埋立組合の事業を引き継ぐ(組織としての東亜建設工業の創立)。
  • 1920年(大正9年)1月23日 - 株式会社に移行し、社名を「東京湾埋立株式会社」とする。
  • 1924年(大正13年) - 鶴見地区埋立地への貨物輸送を担う子会社鶴見臨港鉄道を設立。
  • 1932年(昭和7年)11月1日 - 請負工事部門を分離した別会社「港湾工業」を設立。
  • 1944年(昭和19年)4月30日 - 港湾工業と東京湾埋立会社が合併し、「東亜港湾工業株式会社」に社名変更。
  • 1944年(昭和19年)7月1日 - 鶴見臨港鉄道の営業全線が国に買収され、国鉄鶴見線となる。
  • 1973年昭和48年)12月1日 - 留岡組から営業譲渡を受けたのを契機に社名を現在の「東亜建設工業株式会社」に変更。同時に、イメージキャラクター「東亜坊や」(中島潔作)を作成。
  • 2002年平成14年) - 中堅ゼネコンの安藤建設と業務提携。
  • 2010年(平成22年) - 本社を東京都新宿区新宿パークタワーに移転。
  • 2011年(平成23年) - 鶴見臨港鉄道を完全子会社化。

主な施工物件[編集]

関連項目[編集]

  • 日本の企業一覧 (建設)
  • 浅野財閥 - 芙蓉グループ
  • 渋沢栄一安田善次郎 - 創業のきっかけとなった埋立事業で協力。現在の社章である“三羽の鶴”は、創業の地「鶴見」に掛けたと同時に、浅野・渋沢・安田の3名を象徴したものという。
  • 京浜工業地帯
  • 鶴見線 - 開業時の運営主体であった鶴見臨港鉄道は、東亜建設工業の関連企業(現在は不動産業が主体)として現存。
  • ブレイズ熊本 - 東亜建設工業サッカー部として創設されたサッカークラブチーム。(その後スポンサーから撤退、社会人チームも解散したため、現在は本記事の東亜建設工業とは無関係)

外部リンク[編集]