鶴見線

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JR logo (east).svg 鶴見線
鶴見線で運用される205系1100番台電車(弁天橋駅 2004年12月23日)
鶴見線で運用される205系1100番台電車
(弁天橋駅 2004年12月23日)
鶴見線の路線図
路線総延長 9.7 km
軌間 1067 mm
電圧 1500 V 架空電車線方式直流

鶴見線(つるみせん)は、以下の路線から構成される東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線幹線)である。

概要[編集]

東京地区の電車特定区間E電)の路線の一つであり、鶴見から横浜・川崎市内の京浜工業地帯へ向かう短い路線である。後述の路線データに示す3つの路線から構成されている。沿線は工場が多く、旅客列車はそれらの工場への通勤客が主に利用する。また旅客列車のほか、貨物列車が日本貨物鉄道(JR貨物)によって運転されている。

ラインカラー黄色)で、車体色や旅客案内に使用されている。

全線全駅が旅客営業規則における大都市近郊区間の「東京近郊区間」、および特定都区市内制度の「横浜市内」(浜)の駅に、またIC乗車カードSuica」の首都圏エリアに含まれている。

路線データ[編集]

  • 路線距離(営業キロ):9.7km(支線含む)
    • 東日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者
      • 鶴見駅 - 扇町駅間 7.0km
      • 浅野駅 - 海芝浦駅間(海芝浦支線) 1.7km
      • 武蔵白石駅 - 大川駅間(大川支線) 1.0km
        • 大川支線の正式な起点は武蔵白石駅だが、武蔵白石駅には大川支線のホームはなく、乗り換えは安善駅
    • 日本貨物鉄道第二種鉄道事業者):
      • 浅野駅 - 扇町駅間 (4.0km)
      • 浅野駅 - 新芝浦駅間 (0.9km)
      • 武蔵白石駅 - 大川駅間 (1.0km)
  • 軌間:1067mm
  • 駅数:13(起終点駅を含む)
    • 鶴見線所属駅に限定した場合、東海道本線所属の鶴見駅と、東海道本線支線所属の浜川崎駅[1]が除外され、11駅となる。
  • 複線区間:鶴見駅 - 浜川崎駅間、浅野駅 - 新芝浦駅間
    • このほか、浜川崎駅 - 扇町駅間は鶴見線の電車線と貨物線が並行する双単線(単線並列)区間である。
  • 電化区間:全線(直流1500V)
  • 閉塞方式:(複線)自動閉塞式
  • 保安装置:ATS-PN
  • 最高速度:85km/h
  • 運転指令所:鶴見営業所(鶴見駅 - 安善駅間、浅野駅 - 海芝浦駅間:CTC
    • 安善駅 - 扇町駅間の運転取扱は安善駅、浜川崎駅、扇町駅が行い、武蔵白石駅の信号設備は安善駅から制御される。

全線がJR東日本横浜支社の管轄である。

沿線概況[編集]

鶴見線の線路および沿線の概況について記す[2]

本線[編集]

鶴見駅の鶴見線ホームは京浜東北線が発着する地平ではなく、西口側の高架上にある。鶴見駅を出ると高架上を進む。鶴見大学曹洞宗大本山総持寺入口付近では、線路中央に旧本山駅のホーム遺構がある[要出典]。左にカーブし横須賀線・京浜東北線・東海道線東海道貨物線京急本線を跨ぎ、国道15号第一京浜)を跨いだところで国道駅に到着する。同駅の高架下は戦前の駅開業当時の雰囲気がそのまま残っている[要出典]ため、映画・テレビドラマのロケに数多く使用されている[要出典]。国道駅を出るとすぐに鶴見川を渡り、右カーブで高架から地上に降りたところで鶴見小野駅に至る。同駅近隣には市立横浜サイエンスフロンティア高校がある。鶴見小野駅を出て、首都高速神奈川1号横羽線産業道路の高架下をくぐると、住宅街から工場群の中へ移る。左にカーブすると弁天橋駅に至る。構内北側の鶴見小野駅方には、鶴見線乗務員が所属し、運用車両が常駐する鶴見線営業所(旧弁天橋電車区)が所在する。弁天橋駅南側は旭硝子京浜工場・ジャパン マリンユナイテッド横浜事業所鶴見工場などがある。

弁天橋駅を出ると、右側にかつての鶴見川口への支線・旭硝子への入換線の広大な跡地の横を過ぎ、浅野駅に至る。同駅は本線と海芝浦支線との分岐駅であり、扇町・大川方面の電車は1・2番線の島式ホームに、海芝浦方面の電車は浅野駅の手前の弁天橋駅方の渡り線を渡って3・4番線の相対式ホームに発着する。JFEエンジニアリング鶴見事業所の最寄り駅でもある。

浅野駅を出て旭運河を渡ると、間もなく安善駅に至る。この浅野駅 - 安善駅間はJRで最も駅間の短い区間 (0.5Km) の一つである。駅構内は貨物の取扱があるため入換線が広がっている。2004年(平成16年)3月までは同駅近くに県立寛政高校があったが、県立平安高校と統合された。2008年4月には神奈川県立東部総合職業技術校が開校している。安善駅を出ると横浜市鶴見区と川崎市川崎区の境になっている運河の鉄橋を越え、すぐに武蔵白石駅に至る。安善駅 - 武蔵白石駅間も浅野駅 - 安善駅間に次ぎ短い区間 (0.6km) である。武蔵白石駅は大川支線との分岐駅であるが、1996年(平成8年)に大川支線用ホームが廃止・撤去され大川駅発着電車は同駅を通過することとなったため、本線と大川支線の事実上の分岐駅は安善駅となっている(後述)。武蔵白石駅北側には富士電機の川崎工場、駅南側に日本鋳造の本社工場があり、駅前には民家が数軒ある。武蔵白石駅を出て、右手のJFEスチール渡田地区の工場に沿いながら右に緩やかにカーブしていくと、上を川崎貨物駅へ向かう貨物線(廃線)が越してゆき、間もなく浜川崎駅に至る。浜川崎駅は南武線浜川崎支線(南武支線)との接続駅であるが、南武線の駅舎は改札を出て道路を挟んだ反対側にある。当駅はJFEスチール渡田地区の正門側にあるため、跨線橋の一般出入口の反対側にはJFEスチールの社員専用出入口がある。

浜川崎駅を出ると旅客線は単線となり、その左側の貨物線には南武線・東海道貨物線方面からの線路が合流して浜川崎貨物駅が広がる。同貨物駅構内が終わると、鶴見線は見かけ上は複線のようになるが、実際は貨物線と旅客線が単線で並行している形である。右手のJFEスチールの工場に沿って緩やかに右カーブを取り、南渡田運河を渡ると昭和駅に至る。同駅は昭和電工川崎事業所の正門脇にあり、ここから駅名が取られた。昭和駅を出ると緩やかに右カーブを進み、貨物ヤードが広がると、終点の扇町駅に至る。旅客駅の先には貨物ヤードが広がり、三井埠頭や昭和電工の工場からの車扱の貨物列車が仕立てられている。

海芝浦支線[編集]

そのほとんどが、東芝京浜事業所敷地内を走る支線である。浅野駅を出て、事業所の私有道路を横断した後、旭運河沿いをしばらくまっすぐ走ると新芝浦駅に至り複線区間はここまでとなる。駅正面が東芝京浜事業所の正門である。新芝浦駅を出ると、単線となり旭運河沿いを南下、京浜運河の手前で大きく右にカーブし、間もなく終点の海芝浦駅に至る。隣駅の新芝浦駅と共に東芝の敷地内であるが、海芝浦駅のみは社屋に直接面しているため、東芝関係者以外は改札を出ることはできない。ホームは京浜運河に面しており、対岸には東京ガス扇島工場、首都高速湾岸線鶴見つばさ橋などがある。1995年5月、東芝の計らいにより線路の延長上に「海芝公園」が作られ一般に開放されている。

大川支線[編集]

大川駅行きの電車は安善駅を出ると、安善駅と武蔵白石駅の間にある渡り線を経て、本線上り線を逆走して武蔵白石駅直前で大川支線に入線する。武蔵白石駅ホームの右側を大きく右にカーブしながら通過し、右手の日本鋳造本社工場を通過し直進。白石運河を越えると、まもなく終点大川駅に至る。駅正面は三菱化工機の本社、周辺は日清製粉鶴見工場、昭和電工川崎事業所、大川工業団地などの工場が取り囲み、民家や商店は存在しない。

大川支線の分岐点について[編集]

大川支線は、かつて武蔵白石駅 - 大川駅間の区間運転であった。武蔵白石駅の大川支線用のホームは急カーブの線形に沿って設置されていて、20m車が入線しようとすると車体がホームに干渉してしまい入線できないので、17m戦前車両のクモハ12形が本線系統からの廃止後も大川支線用に2両残り、1日交代で1両編成で使用された。首都圏最後の旧形電車となったが、その後車両老朽化の面でも限界が近づいてきていたことから、新しい17m級車両を製作しクモハ12形を置き換える案も検討されたものの、結局は武蔵白石駅の大川支線ホームそのものを撤去して通過扱いとすることで20m車が入線できるようにすることになり、1996年3月に103系に置き換えられた。このことから、以後大川支線の電車は安善駅から、武蔵白石駅に停まらずに直接大川支線に入線している。

しかし、大川支線の正式な分岐点は武蔵白石で変更されていない。安善以遠(鶴見方面)から大川までの定期券で武蔵白石で出場できたり、運賃計算の際、武蔵白石または浜川崎方面から大川までの相互間の運賃を計算する場合、武蔵白石駅 - 安善駅間の営業キロを含めずに計算する点などにその名残が見られる。

運行形態[編集]

旅客輸送[編集]

全電車が各駅停車で、ほぼ全電車が鶴見駅を発着する。

弁天橋駅以東の沿線は、安善駅の北側の一部を除くと純然たる工業地帯であり、利用者はほとんどが工場の従業員である。そのため工場通勤客輸送に特化したダイヤが組まれており、朝夕に比べて昼間は利用者も少ない。朝夕は鶴見駅 - 浅野駅間で5 - 10分間隔、浅野駅 - 扇町駅・海芝浦駅間で10 - 20分間隔での運転となっている。日中は鶴見駅発着が平日は20分間隔、土休日が30分間隔で運行されている。かつては日中は鶴見駅 - 扇町駅・海芝浦駅間の電車がそれぞれ1時間あたり1 - 2本運行されていたが、2009年3月14日改正で日中の鶴見駅 - 扇町駅・海芝浦駅間の電車はそれぞれ2時間間隔での運行に減便され、この時間帯は多くの電車が鶴見駅 - 弁天橋駅・浜川崎駅間での運行となった。また、大川支線の大川駅には日中(9 - 16時台)に1本も運行されず、土休日は朝の2往復と夕方の1往復の3往復のみの運行となっている。このため、鶴見線の区間を含むフリー乗車券などには日中や土休日の列車本数が少ない旨が記載されることがある。

2011年3月12日改正ダイヤの平日ダイヤにおける弁天橋16時40分発武蔵白石行きは運行距離が1.7km(所要時間5分)で、これは2011年8月1日現在、JR旅客6社で最も運行区間が短い営業列車でもある(このほか、阪和線支線(羽衣線)鳳駅 - 東羽衣駅間の列車も土休日も含めすべて同区間内1.7kmのみの運転で、同じく最も運行区間が短い営業列車となっている)。

1994年12月3日のダイヤ改正でJR東日本の東京圏のほとんどの路線で「土曜ダイヤ」が「土曜・休日ダイヤ」に統合されたが、鶴見線では利用者の大半は工場への通勤客の輸送であるために、2004年3月13日のダイヤ改正まで長らく「土曜ダイヤ」が残されていた。この改正以降は「休日ダイヤ」と統合され、現在は後述の臨時列車で対応している。

海芝浦駅にある東芝京浜事業所が土曜・休日が出勤日となる際や平日昼間に終業する際に、通常の電車本数では不足するため鶴見駅 - 海芝浦駅間に臨時に電車を増発することがある。この臨時列車は時刻表には掲載されておらず、運行日近くになると各駅の時刻表付近に掲出される。ダイヤ上も臨時列車扱いになっており、103系までは列車番号に「臨」を掲げて運行されていた。

貨物輸送[編集]

沿線が工場の並ぶ京浜工業地帯であるため、化学薬品や石油輸送が盛んである。現在は、扇町駅からの化学薬品輸送、工場燃料用石炭輸送(三ヶ尻行き)、安善駅からの在日米軍横田基地向け石油(ジェット燃料)輸送が行われている。

また、海芝浦支線は定期列車が運行されることはないが、新芝浦の東芝向けの特大貨物輸送がまれに行われる。

改札業務[編集]

浜川崎駅に設置された出場用簡易Suica改札機

1971年に大幅な合理化が行われ、鶴見駅以外の各駅の出改札業務がすべて無人化された。そのため、鶴見駅には、同じJR東日本の路線でありながら、京浜東北線と鶴見線の間に中間改札口が設けられており、同駅で京浜東北線から乗り換えて鶴見線の各駅へ向かう場合の運賃精算は同駅で行う形となる。他方、浜川崎駅南武支線に乗り換える場合は、降車駅で精算する。しかし、Suicaシステムの導入により各駅には簡易Suica改札機が設置されたため、当初Suicaイオカードで乗車した場合には鶴見駅の自動改札機のSuicaセンサーに触れないようにとの注意書きがあった。その自動改札機は後に修正が加えられ、Suicaセンサーにタッチしないと改札口が閉まるようになったが、タッチした場合でも自動改札機の画面にはその地点での残額が表示されるだけで入出場などの情報は書き込まれないため、横浜 - 尻手間を鶴見線経由で乗車しても正しく計算・入出場できるようになっている。

一方、浜川崎駅で南武支線と鶴見線をストアードフェア部分を使用して乗り継ぐ場合には簡易Suica改札機にタッチしないように、との注意書きが掲出されている(タッチすると出場扱いとなり、運賃計算が打ち切られる)。

また、鶴見線全駅には近距離の自動券売機が設置されている。これらの券売機はオレンジカードに対応しているほか、Suicaおよびこれと相互利用可能なカード(当該項目を参照)へのチャージ機能も備わっている。ただし、使える紙幣は1,000円紙幣のみ。発売範囲も東京電車特定区間内の550円区間までとなっている。長距離等で前述の発売範囲を超える場合や高額紙幣しか持ち合わせてない場合、券売機が故障や点検等で利用できないときは、そのまま乗車して着駅等で精算になる。

車両[編集]

旅客列車[編集]

現在の使用車両[編集]

205系1100番台(国道駅)

すべて電車で運転されている。弁天橋駅構内に車庫の鶴見線営業所がある。かつては弁天橋電車区と称していたが、1988年に車両配置は中原電車区に統合された。

  • 205系0・1100番台:3両編成9本(27両)
    • 黄色とスカイブルー( )の帯が巻かれている。
    • 先頭車が1100番台で、中間車が0番台である。
    • 鶴見駅発電車の行先LED表示は103系時代の色分けを踏襲しているが、使用できる色の制限から一部が変更されている[要出典]
      • 赤色:弁天橋行き・武蔵白石行き・浜川崎行き・扇町行き
      • 緑色:海芝浦行き
      • 橙色:大川行き(本来は黄色の表示であるが、3色LEDでは、黄色表示ができないため)
    • 2007年から、鶴見駅および国道駅では、時刻表の行き先表示の文字の色もこれらに準じている[要出典]
      • 橙色:各方向からの鶴見行き

過去の使用車両[編集]

ここでは国有化以後の車両を挙げる。鶴見臨港鉄道時代からの車両については「鶴見臨港鉄道の電車」を参照。なお鶴見臨港鉄道時代からの車両のうち1両が1951年銚子電気鉄道へ移籍し、「デハ301」として在籍していたが、架線点検車として使用後、2009年に解体された。

  • 11・50系 - 17m車体を持つ戦前形国電と呼ばれた車両で、本線では1972年12月まで、クモハ12形は1996年3月まで使用された。
    • クモハ12形
      • 前記17m戦前形車両に運転室を増設して単行(1両編成)で運転できるように改造された車両。末期には2両が残り、大川支線で武蔵白石駅 - 大川駅間の往復運用についた。これは、武蔵白石の大川支線のホームが急カーブ上にあり、20m車だとホームに干渉してしまうためであった(大川支線の分岐点についても参照)。1996年3月に武蔵白石の大川支線のホームが撤去され、運用から外れた。クモハ12形は国鉄末期からの一時期(1985年 - 1994年ごろ)に昼間や休日の閑散時間帯に単行で鶴見駅 - 海芝浦駅間と鶴見駅 - 大川駅間で使用されたこともあった。大川支線での運用終了後、この2両は東京総合車両センター(旧・大井工場)で保存され、毎年夏の工場一般公開時に公開されることがある。
  • 72系(1972年 - 1980年1月)
  • 101系(1980年 - 1992年5月)
    • この車両から方向幕の色分けがされるようになった。
  • 103系(1990年8月2日 - 2006年3月17日)
    • 最後に残っていたT1編成は、実際には2005年12月16日の鶴見小野駅での故障のため翌17日以降は運用から外れ、それ以降は営業に入ることはなく、さよなら運転もないまま2006年4月26日に廃車回送された[要出典]

1980年には、72系の引退・101系の投入を記念して、鶴見線全線と南武線浜川崎支線が乗降自由となる「鶴見線フリー乗車券」が発売された。価格は大人200円・小人100円で、乗車券は発売日当日のみ有効。鶴見駅・浜川崎駅・川崎新町駅・尻手駅で発売された。

貨物列車[編集]

全線が電化されているが、非電化の側線で入換作業を行うために一部区間はディーゼル機関車が牽引する。

歴史[編集]

開業当時の国道駅
廃止前の本山駅
  • 1926年大正15年)
    • 3月10日鶴見臨港鉄道 浜川崎駅 - 弁天橋駅間(2.2M≒3.54km)・大川支線分岐点 - 大川駅間(0.7M≒1.13km)が貨物線として開業、弁天橋駅・浅野駅・安善町駅・武蔵白石駅(初代)・大川駅開業、省線浜川崎駅に乗り入れ。
    • 4月10日:石油支線分岐点 - 石油駅間(0.6M≒0.97km)が開業。石油駅(のちの浜安善駅)が開業。
  • 1928年昭和3年):8月18日 浜川崎駅 - 扇町駅間(0.7M≒1.13km)が延伸開業。扇町駅が開業。
  • 1929年(昭和4年)3月14日:浅野駅 - 浜川崎駅間に渡田駅開業。
  • 1930年(昭和5年)
    • 4月1日:マイル表示からメートル表示に変更(弁天橋駅 - 扇町駅 2.9M→4.8km、石油支線分岐点駅 - 石油駅間 0.7M→1.0km、大川支線分岐点 - 大川駅間 0.7M→1.4km)。
    • 10月28日:全線電化、鶴見仮停車場 - 弁天橋駅間 (2.0km) が延伸開業。鶴見仮停車場 - 扇町駅間・安善通駅 - 石油駅間・安善通駅 - 大川駅間での旅客営業を開始、弁天橋駅・浅野駅・渡田駅・扇町駅・石油駅・大川駅で旅客営業開始、鶴見仮停車場、本山停留場、国道駅開業、石油支線・大川支線分岐点を駅に変更し安善通駅(現在の安善駅)が開業。
    • 11月15日:武蔵白石駅(初代)廃止届出。
  • 1931年(昭和6年)
    • 2月1日:浜川崎駅 - 扇町駅間に海川崎停留場が開業。
    • 3月20日:海川崎駅 - 扇町駅間に昭和停留場が開業。
    • 5月30日:海川崎停留場を若尾停留場に改称届出。
    • 6月14日:鶴見仮停車場が移転 (+0.1km)。
    • 7月25日:武蔵白石停留場が開業し、大川駅への支線の起点を安善通駅から武蔵白石停留場に変更 (-0.6km)。
    • 8月15日:武蔵白石駅 - 渡田駅間に(臨)海水浴前停留場が開業。
    • 12月8日:安善通駅 - 石油駅間に安善橋停留場が開業。
  • 1932年(昭和7年)
    • 6月10日:芝浦製作所(現在の東芝)の専用線を買収し、浅野駅 - 新芝浦駅間 (0.9km) が開業。末広停留場・新芝浦駅が開業。
    • 6月15日:(臨)海水浴前停留場通年化届出。
  • 1934年(昭和9年)12月23日:鶴見駅 - 鶴見仮停車場間 (0.1km) が開業し、省線鶴見駅に乗り入れ開始。鶴見仮停車場が廃止。
  • 1935年(昭和10年)
    • 3月4日:末広停留場の廃止が認可される。
    • 10月21日:海水浴前停留場が臨時営業化される。
    • 12月1日:貨物支線 弁天橋駅 - 鶴見川口駅間 (1.2km) が開業。鶴見川口駅が開業。
  • 1936年(昭和11年)
    • 3月17日:武蔵白石停留場を駅に変更し武蔵白石駅(2代目)の開業が認可される。
    • 7月16日:(臨)海水浴前停留場を駅への変更が認可される。
    • 12月8日:工業学校前停留場(現在の鶴見小野駅)の開業が認可される。
  • 1938年(昭和13年)12月25日:安善通駅 - 石油駅間の旅客営業廃止。安善橋停留場が廃止。
  • 1940年(昭和15年)11月1日:支線 新芝浦駅 - 海芝浦駅間 (0.8km) が旅客線として延伸開業。海芝浦駅が開業。
  • 1941年(昭和16年)6月25日:(臨)海水浴前駅の廃止が認可される。
  • 1942年(昭和17年)12月11日:本山停留場の廃止が認可される。
  • 1943年(昭和18年)
    • 7月1日戦時買収私鉄に指定され国有化、鶴見線となる。
    • 停留場を駅に変更、工業学校前停留場を鶴見小野駅に、安善通駅を安善駅に、石油駅を浜安善駅に改称。安善町駅・渡田駅・若尾停留場が廃止。鶴見川口駅への支線の起点を浅野駅に変更 (+1.2km) 。安善駅 - 浜安善駅間改キロ (+0.1km) 。武蔵白石駅 - 大川駅間改キロ (+0.2km) 。
  • 1948年(昭和23年)5月1日: 架線電圧が600Vから1500Vに昇圧。
  • 1971年(昭和46年)3月1日:鶴見駅を除く全駅が無人化。
  • 1972年(昭和47年):72系が運行開始。
  • 1979年(昭和54年)12月4日:101系が運行開始。
  • 1980年(昭和55年):72系の運行終了。
  • 1982年(昭和57年)11月15日:貨物支線 浅野駅 - 鶴見川口駅間 (2.4km) が廃止(線路は側線扱いとして1986年10月31日まで存続)。鶴見川口駅が廃止。浅野駅 - 新芝浦駅間の貨物営業が廃止。
  • 1986年(昭和61年)11月1日:貨物支線 安善駅 - 浜安善駅間 (1.1km) が廃止(線路は現存)。浜安善駅が廃止。浅野駅 - 安善駅間の貨物営業が廃止。
  • 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により東日本旅客鉄道(JR東日本)が継承。日本貨物鉄道が浅野駅 - 扇町駅間、浅野駅 - 新芝浦駅間、武蔵白石駅 - 大川駅間の第二種鉄道事業者となる。
  • 1990年平成2年)8月2日:103系が運行開始。
  • 1992年(平成4年):101系の運行終了。
  • 1996年(平成8年)
  • 2004年(平成16年)8月25日:205系が運行開始。
  • 2005年(平成17年)12月17日:前日の鶴見小野駅での車両故障のため103系が運用から外れる(事実上の運行終了)。
  • 2006年(平成18年)3月17日:103系が(名目上)この日限りで運行終了。
  • 2008年(平成20年)10月25日 - 12月7日:駅構内で現代アート展が実施される。
  • 2010年(平成22年)10月30日 - 10月31日:開業(旅客営業開始)80周年記念で全線を走行する臨時列車運行[3]
  • 2011年(平成23年)10月1日 - 2012年(平成24年)1月9日:鶴見線全線・南武線浜川崎支線・他の一部区間が1日乗降自由となる「ぶらり鶴見線パス」が発売。価格は大人400円・小人200円。利用する日は購入時に2012年1月9日までの1日を選択可能。川崎駅・鶴見駅・尻手駅のみどりの窓口および指定席券売機(尻手駅はみどりの窓口のみ)、びゅうプラザ川崎駅・びゅうプラザ鶴見駅で発売された。

駅一覧[編集]

  • 全駅神奈川県内に所在。また、全駅が特定都区市内制度における「横浜市内」(浜)に属している。
  • ◆・◇:貨物取扱駅(◇は定期貨物列車の発着なし)
  • 全電車各駅停車(全駅に停車する)。ただし、大川駅発着の電車は武蔵白石駅を通過する。支線発着の電車はすべて本線(鶴見・弁天橋方面)と直通運転。
  • 線路 … ∥:複線区間、|:単線区間(列車交換不可)、∨:ここより下は単線
駅名 駅間営業キロ 鶴見からの営業キロ 接続路線・備考 線路 所在地
本線
鶴見駅 - 0.0 東日本旅客鉄道京浜東北線[* 1]
京浜急行電鉄本線京急鶴見駅
横浜市鶴見区
国道駅 0.9 0.9  
鶴見小野駅 0.6 1.5  
弁天橋駅 0.9 2.4  
浅野駅 0.6 3.0 東日本旅客鉄道:鶴見線海芝浦支線
安善駅 0.5 3.5 東日本旅客鉄道:鶴見線大川支線(乗換駅)
武蔵白石駅 0.6 4.1 (大川支線との実際の分岐駅だが、乗り換えはできない) 川崎市川崎区
浜川崎駅 1.6 5.7 東日本旅客鉄道:南武線支線・東海道本線貨物支線(東海道貨物線
昭和駅 0.7 6.4  
扇町駅 0.6 7.0  
海芝浦支線
浅野駅 - 3.0 東日本旅客鉄道:鶴見線本線 横浜市鶴見区
新芝浦駅 0.9 3.9  
海芝浦駅 0.8 4.7  
大川支線
安善駅 - 3.5 東日本旅客鉄道:鶴見線本線 横浜市鶴見区
武蔵白石駅 - 4.1 (大川駅発着の列車は通過) 川崎市川崎区
大川駅 1.6 5.1  
  1. ^ 鶴見駅は正式路線名称上は東海道本線の駅であり、同線からは貨物線(東海道貨物線・品鶴線南武線支線・武蔵野線)も分岐しているが、鶴見線とは線路が繋がっていないため表中では記していない。

浅野駅 - 安善駅間は、東北本線(系統上は山手線京浜東北線西日暮里駅 - 日暮里駅間や仙石線あおば通駅 - 仙台駅間、境線博労町駅 - 富士見町駅間とともに、JRの旅客駅間で最も営業キロの短い駅間 (0.5km) の一つである。

駅名について[編集]

鶴見臨港鉄道の開業当時この路線は埋立地上にあり、沿線には地名が存在しなかった。このため、鶴見線の駅のほとんどは実業家や土地所有者、周辺の工場などから取られた名前が付けられている。鶴見小野は地元大地主の小野信行、浅野は浅野財閥創設者で鶴見臨港鉄道の設立者でもある浅野総一郎、安善は安田財閥次郎、武蔵白石は日本鋼管(現在のJFEスチール)の白石元治郎、大川は製紙王の大川平三郎から取ったものである。扇町も浅野家の家紋が扇であったことに由来する。その他の駅でも、国道15号が近くを走るから「国道」、昭和電工扇町工場の近くにあったことから「昭和」、東芝石油精製所の近くにあったことから「石油(後の浜安善)」、芝浦製作所(現在の東芝)の工場に隣接するから「新芝浦」「海芝浦」、曹洞宗の大本山である総持寺の近くにあったことから「本山(廃駅)」など、あまりにそのままな命名がされた例ばかりである。

廃止区間[編集]

() 内は起点からの営業キロ

鶴見川口駅への支線は、浅野駅を出ると鶴見小野駅まで本線と並走し、同駅隣でスイッチバックを行い南方へ至る線形となっていた。

廃駅[編集]

廃止区間にある駅を除く。(貨)は貨物専用駅、(臨)は臨時駅を表す。

  • 本線(括弧内は鶴見駅起点の営業キロ)
    • 本山停留場1942年廃止、鶴見駅 - 国道駅間 (0.5km)
    • (貨)安善町駅:1943年廃止、安善駅 - 武蔵白石駅間 (3.8km)
    • (貨)武蔵白石駅:1930年廃止、安善駅 - 現在の武蔵白石駅間 (4.4km)
    • (臨)海水浴前駅:1941年廃止、武蔵白石駅 - 浜川崎駅間 (4.7km)
    • 渡田駅:1943年廃止、武蔵白石駅 - 浜川崎駅間(5.2km、現在の浜川崎駅鶴見線ホーム)
    • 若尾停留場:1943年廃止、浜川崎駅 - 昭和駅間 (6.0km)
  • 海芝浦支線
    • 末広停留場:1935年廃止、浅野駅 - 新芝浦駅間(浅野駅起点 0.2km)
  • 石油支線
    • 安善橋停留場:1938年廃止、安善駅 - 浜安善駅間(安善駅起点 0.4km)

鶴見駅と国道駅の間にある東海道本線を跨ぐ橋梁より鶴見駅方にホーム跡があり、これが廃止となった本山駅の跡である。ホーム跡の高架下は旧鶴見臨港鉄道のバス事業を源流の一つとする川崎鶴見臨港バスの車庫として利用されており、以前は横断距離が長いことで有名だった総持寺踏切もあった。

過去の接続路線[編集]

文化に見る鶴見線[編集]

文学[編集]

  • 土屋文明の歌集『山谷集』に「鶴見臨港鉄道」と題する連作が収められている。1933年の作品。

    貨物船入り来る運河の先になほ電車の走る埋立地見ゆ

    などの一連の作品が、これまでの日本にはなかった巨大工場地帯の実相を捉えようとしている。
  • 宮脇俊三が著書において取り上げ(『時刻表2万キロ』第2章など)、都会でありながらローカル線に似た特異な路線として描写している。宮脇の著書以来、この路線を旅行目的で訪れる旅客が増えたという。[要出典]
  • 笙野頼子芥川賞受賞作「タイムスリップ・コンビナート」は、主人公が夢の導きで海芝浦駅まで行く話であり、主人公はその途中に浅野駅で下車してアンダカシーを買い、ソーキそばを食べる。

テレビ番組[編集]

  • 横浜市鶴見区のケーブルテレビ局「YOUテレビ」で放送されているドキュメント番組『横浜ミストリー』の中で、鶴見線の歴史や魅力をリポートするシリーズ「鶴見線物語」が2005年4月からの1か月間放映された。
  • テレビ東京1991年に旅番組『列車でいい旅』の中で同じシリーズが放映されている。
  • 日本テレビ系のバラエティ番組『鉄腕!DASH!!』(『ザ!鉄腕!DASH!!』の前身番組)でTOKIOが鶴見線の電車とリレー対決をする企画が放送された。
  • TVKで2010年10月31日に鶴見線旅客営業80周年特別番組『タンコロがつないだ街』が放送された。
  • 2011年2月24日にテレビ東京の情報バラエティ番組『空から日本を見てみよう』の「秘境の鉄道スペシャル」で鶴見線が紹介された。

ゲーム[編集]

  • lightが2007年に発売したPCゲームソフト『潮風の消える海に』で、主人公達が活動するのが鶴見線だった。そのため、ゲーム内での背景CGに海芝浦駅や国道駅、浅野駅など鶴見線の駅が登場する。また、OPで海芝浦を発車する205系電車、会話の中で浜川崎駅や安善駅なども登場している。
  • 電車でGO!プロフェッショナル2』において本線が収録され103系で運転できる。また、隠しダイヤとしてクモハ12も登場、運転ができる。ただし、ゲーム中では武蔵白石駅の大川支線のホームは撤去された後のグラフィックであり、鶴見→大川のダイヤでは武蔵白石にて、まず扇町方面のホームに停車した後、スイッチバックを繰り返して大川支線に入線するものとなっている。また、車両図鑑では南武支線用の101系が見られる。103系実車の加速度は2.2km/h/sで、マスコンは4ノッチ最大だが、電車でGO!では3.5km/h/sくらいに設定され、5ノッチ仕様になっている[4]

脚注[編集]

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  1. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年 ISBN 978-4533029806
  2. ^ 線形、平行・交差する鉄道・道路、周辺の地形・建造物についての出典:Google マップ 地図および航空写真(2011年)
  3. ^ 南武支線80周年記念号 来月18、19日運転 JR横浜支社がびゅう商品発売 - 交通新聞社 2010年11月25日
  4. ^ 電車でGO!旅情編コントローラ使用時は4ノッチになる

参考文献[編集]

関連項目[編集]