山田線

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JR logo (east).svg 山田線
山田線の路線図
盛岡駅(赤線の左端)-宮古駅-釜石駅(赤線の右下端)
路線総延長 157.5 km
軌間 1067 mm

山田線(やまだせん)は、岩手県盛岡市にある盛岡駅から同県宮古市宮古駅を経由し同県釜石市にある釜石駅までを結ぶ東日本旅客鉄道(JR東日本)の鉄道路線地方交通線)である。

盛岡駅 - 宮古駅間は閉伊街道(現国道106号線)沿いを走る山岳区間である。宮古駅 - 釜石駅の区間は三陸海岸沿いを走り、気仙沼線大船渡線三陸鉄道などとともに「三陸縦貫鉄道」を構成する。後者の区間は2011年(平成23年)3月に発生した東日本大震災以来不通になっている。釜石線営業所の管轄下である浪板海岸駅から釜石駅までの各駅には、釜石線同様エスペラントによる別名が付けられている。

路線データ[編集]

  • 管轄(事業種別):東日本旅客鉄道(第一種鉄道事業者
  • 区間(営業キロ):盛岡 - 釜石 157.5 km
  • 軌間:1067 mm
  • 駅数:30駅(起終点駅含む)
    • 山田線所属駅に限定した場合、起点の盛岡駅(東北本線所属[1])が除外され、29駅となる。なお、終点の釜石駅は山田線所属[1]である。
  • 複線区間:なし(全線単線
  • 電化区間:なし(全線非電化
  • 閉塞方式
    • 盛岡 - 宮古間 連査閉塞式(盛岡 - 上米内 - 区界 - 川内 - 茂市 - 宮古 、ただし盛岡 - 区界の併合の時間帯がある)
    • 宮古 - 釜石間 特殊自動閉塞式(電子符号照査式)
  • 最高速度:85 km/h
  • 運転指令所
    • 盛岡 - 宮古間 盛岡総合指令室(運転取扱は盛岡駅、上米内駅、区界駅、川内駅、茂市駅、宮古駅)
    • 宮古 - 釜石間 宮古CTC

全線盛岡支社の管轄である。

運行形態[編集]

運行系統としては、盛岡駅 - 宮古駅間の山岳区間と、宮古駅 - 釜石駅間の三陸海岸区間に分かれており、両区間を直通する定期列車はない。また、線路名称上の起点は盛岡駅であるが、列車運行上は釜石駅で接続する釜石線などとあわせて盛岡駅に向かう列車が下り扱い(列車番号が奇数)となっている。ワンマン運転は行われていない。

盛岡駅 - 宮古駅間[編集]

運行本数は少なく、特に、全区間を直通する列車は1日に4往復のみとなる。そのうち1往復半(下り2本、上り1本)は、主要駅停車の快速リアス」である。また、盛岡側では盛岡駅 - 上米内駅間の区間列車、宮古側には川内駅 - 宮古駅間、茂市駅 - 宮古駅間の区間列車がある。盛岡から区界の峠越えの後、宮古までは片勾配の下り坂となり、平津戸駅 - 腹帯駅間で 55 km/h 以下の速度制限が続く。

106急行バスと併走する山田線列車(2000年7月24日 106急行バス車内より)

この盛岡駅 - 宮古駅間に人的輸送需要が無いわけではなく、山田線にほぼ並行している国道106号には盛岡駅前 - 宮古駅前間直通の「106急行バス」が頻繁に(ほぼ1時間に1本)運行されており、山田線は極めて不利である。この状況に対して、JR東日本盛岡支社は、車両の置き換えによる車内居住性向上や新幹線との接続強化による首都圏との到達時間短縮などを行っており、2007年にキハ5258系気動車からキハ110系気動車(キハE130系が投入された水郡線からの転属車両)に置き換えられ、非冷房車は姿を消した。

最近は、車両の変更のほか、部分的ではあるが改修工事が進んでいる。特に無人駅の駅舎建て替え、レールの重量化や長大トンネル内のロングレール化、枕木のPC化などである。2008年3月15日のダイヤ改正では速度査定をキハ110系に変更して計算上のスピードアップを行っている(盛岡 - 宮古間2分弱のスピードアップ)。無人駅の駅舎建て替えについて、盛岡支社管内では、旧国鉄時代に建築され現在不使用となっている駅舎(駅務室スペースや物置など)の建物面積に対する固定資産税が多いためコスト削減の目的で省スペースな待合室のみの駅舎へ建て替えられているケースが多い。

今後、閉塞方式の変更も予定されており、日本で唯一の「連査閉塞式」も廃止されることが予見される。2011年には東日本大震災の影響で、茂市駅 - 宮古駅間の閉塞方式をスタフ閉塞式に変更し臨時ダイヤで運行していた期間もあった。

盛岡市近郊を走る盛岡駅 - 上米内駅間は、通勤輸送として区間列車が朝に2往復(うち1往復は休日運休)の設定があり、200人程度の利用を支えている。年によっては上米内駅近くにある浄水場内の「しだれ桜」の開花時期に臨時列車を設定している。なお、上米内駅より見える高台にある「桜台団地」から朝夕の列車に片接続するバスが走っている。

このことに着目し、盛岡 - 上米内間を(盛岡市内を走るLRTの一路線としての)都市路線として利用すべく提言を行っている団体もある[2]

2013年9月30日から2016年3月末までの約2年半、盛岡市とJR東日本盛岡支社が連携し、盛岡市の都市交通における公共交通機関の利用促進の一環として、盛岡駅 - 上米内駅間の利便性向上を図ることを目的に、最終列車の延長等の社会実験を行うこととなった[3]

宮古駅 - 釜石駅間[編集]

この区間は東日本大震災のため運休中である。下記は震災前の運行形態である。

盛岡駅 - 宮古駅間より本数が多く、1時間から2時間に1本程度の運行になっていた。宮古駅 → 盛岡駅間には釜石線経由で快速「はまゆり」1本が運転されていた。また、三陸鉄道南リアス線北リアス線と相互直通運転を行っており、震災前の時点では1往復が運行されていた。イベント列車として仙台駅 - 八戸駅間に三陸縦貫列車「リアス・シーライナー」が夏季に運転されていた。

かつては、山田線 - 釜石線 - 東北本線を回る盛岡発盛岡行きの循環急行「そとやま」・「五葉」が設定されていた。 また、釜石製鉄所が高炉を24時間体制で操業していた時代には、釜石線とともに夜勤者用に時刻表非掲載の深夜列車が運行されていた。1979年当時のダイヤでは、釜石を深夜の1時25分に発車し、終着の陸中山田には午前2時22分に到着していた[4]

復旧と三陸鉄道への経営移管案[編集]

当区間の復旧にあたっては、JR東日本がBRTでの仮復旧案を提案していたが、地元自治体は鉄路での復旧を求め拒否していた。2014年1月にはJR東日本は自社で140億円を負担して設備を復旧させた上で、当区間を三陸鉄道に経営移管する案を示している[5][6]

2014年1月現在、この経営分離案は地元自治体との合意には至っていないが鉄路での復旧を行う方針は公式に明言されたことになる。また、JR東日本によると経営分離後も赤字を補填する準備があり、南北で分断されている三陸鉄道の2路線がつながり一体運営することで、地域密着型でコンパクトな経営を行い、持続可能性の高い運営形態を実現できるとしている[5][6]

また、鉄路での復旧が明言されたことにより、宮古市は八木沢地区への新駅設置案を示した。ただし、あくまでも経営分離案とは切り離して可能性を模索するとしている[7]

臨時列車[編集]

最近運転されている臨時列車としては、主に春のシーズンには「さんりくトレイン」・「岩泉龍泉洞号」といった観光列車のほか、昨今では牛山隆信の作品の影響で「秘境駅」めぐりがブームになったこともあり、同線の大志田駅・浅岸駅、岩泉線押角駅などに停車する「秘境駅号」が盛岡駅 - 茂市駅 - 岩泉駅間に設定されたりもしている。また、夏休み期間・年末年始には、キハ58・28形「Kenji」を使って、盛岡 - 宮古間ノンストップの快速「ふるさと宮古」または、「さんりくトレイン宮古」が運転される。以前は、一般車両を使用した臨時快速「三陸」・「みやこ」も運転されていた。

ハイブリッド車HB-E300系による団体臨時列車の乗り入れもたまに行われている。

車両[編集]

盛岡 - 宮古間はキハ110系気動車(盛岡車両センター所属)が運行されている。

宮古 - 釜石間は、釜石線と共通運用のキハ100形(「快速はまゆり」と間合い運用される列車はキハ110系)気動車と、三陸鉄道南リアス線・北リアス線から乗り入れてくる36形気動車で運行されている。

2007年11月24日をもって盛岡 - 宮古間におけるキハ52形キハ58形気動車の運用は終了し、非冷房車は姿を消した(キハ110系は2007年10月21日から一部運用開始)。なお、キハ58系気動車は機関1台あたりの出力が小さく、山田線のような急勾配線区においては全車2台機関搭載車とせざるを得なかったという事情もあり、最後まで冷房装置の取り付けは行われなかった。

歴史[編集]

盛岡 - 陸中山田間は、盛岡と三陸地方を結ぶ鉄道として、1892年公布の鉄道敷設法にすでに規定されていた区間である[8]。測量調査が行われたものの、盛岡 - 宮古間で標高 1,000 m を超す北上山地(区界峠、標高 751 m)を越えるため、予定線の検討は行われたが、建設は具体化しないままとなっていた。地元岩手県出身の原敬首相となった1920年に至って漸く建設が決定され、1923年から1935年にかけて開業した。

陸中山田以南の区間は、改正鉄道敷設法別表第7号に規定する「岩手県山田ヨリ釜石ヲ経テ大船渡ニ至ル鉄道」の一部で、三陸縦貫鉄道を構成する予定線であったが、釜石までの区間は、前述の区間に引き続いて戦前の1939年までに開業したものの、釜石以南については戦後の建設、開業となり、現在三陸鉄道南リアス線となっている。

盛岡 - 宮古間は大部分の区間が人口希薄な山岳地帯である。俗説では、この路線を敷設するかどうかを帝国議会で審議した際、野党憲政会は猛烈に反対し、同党議員は「こんな所に鉄道を敷いて、首相は山でも乗せるつもりか」と首相の原敬を非難した。これに対し原は「鉄道規則を読んでいただければわかりますが、猿は乗せないことになっております」と、平然と答弁した、と伝えられている。我田引鉄に関わるスタンスの実例としてしばしば引用される逸話である。(だが日本帝国議会議事録には載っておらず、質問した相手も不明でありデマであると推察される)

  • 上記の逸話は、山田線の予算通過の翌月に原と共に盛岡を訪れて講演した元鉄道大臣元田肇が、予算審議の際強硬に反対した貴族院中村是公をやり玉に挙げて『貴族院の中村是公のごときは、「盛岡より山田に至る間はボウボウたる原野にして猿住める国なり、国家は巨費を投じて猿を乗せんとするや」と極端な反対をなせり、余はこれに答えて大森林や鉱山の天与の宝庫である、なんの不利なるや、と反論したのである。』[9]と語った内容に尾ひれが付いて広まったものと考えられる。

だが実際には開業後、盛岡 - 宮古間は満員で座ることができず、立ち通しのことも少なくなかったという。もともと、この区間には1906年から乗合馬車の運行が行われ、1913年には盛宮自動車により岩手県では初となる路線バスの運行も開始されており[10]、鉄道開業前から一定の流動は存在した。1950年の釜石線全通以前、山田線は岩手県北部における唯一の海岸部と内陸の直通路線であり、特に1939年の全通後は戦時体制を背景に、釜石製鐵所釜石鉱山を擁した釜石と東北線とを直接連絡する鉄道ルートとして、日夜を通しての貨物輸送に貢献した。

太平洋戦争後の1946年11月、山田線は風水害により平津戸 - 蟇目間が長期運休となった。全線復旧に1954年までの8年間を要した大災害であり、その代替として GHQ の指示により釜石線の改築・全通が促進された。釜石線全通に伴い、釜石から内陸への貨物輸送メインルートは同線に移り、山田線の相対的地位は低下することになった。なお、この災害に際し沿岸側に取り残された機関車を搬出するため、青函連絡船を宮古港に回漕して船積みすることで対処したエピソードがある。

その後も、1980年集中豪雨2008年岩手県沿岸北部地震2011年には東北地方太平洋沖地震東日本大震災)の影響で、一部または全線で不通となっている。詳しくは下述の年表を参照。

年表[編集]

  • 1923年(大正12年)10月10日 【開業】山田線 盛岡 - 上米内 (9.9 km) 【駅新設】上盛岡、上米内
  • 1928年(昭和3年)9月25日 【延伸開業】上米内 - 区界 (25.7 km) 【駅新設】大志田、浅岸、区界
  • 1930年(昭和5年)10月31日 【延伸開業】区界 - 松草 (8.0 km) 【駅新設】松草
  • 1931年(昭和6年)10月31日 【延伸開業】松草 - 平津戸 (8.6 km) 【駅新設】平津戸
  • 1933年(昭和8年)11月30日 【延伸開業】平津戸 - 陸中川井 (21.3 km) 【駅新設】川内、箱石、陸中川井
  • 1934年(昭和9年)11月6日 【延伸開業】陸中川井 - 宮古 (28.6 km) 【駅新設】腹帯、茂市、蟇目、千徳、宮古
  • 1935年(昭和10年)11月17日 【延伸開業】宮古 - 陸中山田 (26.5 km) 【駅新設】磯鶏、津軽石、豊間根、陸中山田
  • 1936年(昭和11年)11月10日 【延伸開業】陸中山田 - 岩手船越 (5.0 km) 【駅新設】織笠、岩手船越
  • 1938年(昭和13年)4月5日 【延伸開業】岩手船越 - 大槌 (11.6 km) 【駅新設】吉里吉里、大槌
  • 1939年(昭和14年)9月17日 【延伸開業・全通】大槌 - 釜石 (12.3 km) 【駅新設】鵜住居、釜石
  • 1943年(昭和18年)11月22日 【貨物線開業】宮古 - 宮古港 (2.0 km) 【駅新設】(貨)宮古港
  • 1944年(昭和19年)3月12日 平津戸 - 川内間で雪崩により鉄橋が流されたため下り貨物列車が転落。機関士死亡。機関助士負傷。(山田線列車転落事故
  • 1946年(昭和21年)11月26日 【災害不通】平津戸 - 蟇目(風水害による)
  • 1948年(昭和22年)9月16日 【災害不通】松草 - 蟇目(アイオン台風による土砂災害
  • 1949年(昭和24年)3月5日 【営業再開】蟇目 - 茂市
  • 1951年(昭和26年)7月23日 【仮停車場新設】両石
  • 1952年(昭和27年)2月10日 【駅新設】山岸
  • 1953年(昭和28年)3月25日 【営業再開】腹帯 - 茂市
  • 1954年(昭和29年)
    • 9月1日 【仮停車場 → 駅】両石
    • 11月21日 【営業再開】平津戸 - 腹帯(アイオン台風の被害復旧完了。全線開通。)
  • 1961年(昭和36年)12月20日 【駅新設】花原市、浪板
  • 1970年(昭和45年)2月28日 蒸気機関車 (C58) 運行終了。3月1日から無煙化
  • 1980年(昭和55年)9月2日 【災害不通】宮古 - 津軽石(集中豪雨による土砂災害)
  • 1981年(昭和56年)1月30日 【営業再開】宮古 - 津軽石(全線復旧)
  • 1984年(昭和59年)2月1日 【貨物線廃止】宮古 - 宮古港 (-2.0 km) 【駅廃止】(貨)宮古港
  • 1986年(昭和61年)11月1日 【貨物営業廃止】盛岡 - 釜石
  • 1987年(昭和62年)4月1日 【承継】東日本旅客鉄道
  • 1994年(平成6年)12月3日 【駅名改称】浪板→浪板海岸
  • 1997年(平成9年)10月4日 天皇・皇后の岩手訪問(全国豊かな海づくり大会への臨席など)に伴い、1号御料車編成によるお召し列車を盛岡から山田線経由で宮古へ運転(片道のみ。同月6日には釜石から釜石線経由で花巻へ運転)。DD51 842牽引(予備機:DD51 895)
  • 2008年(平成20年)
    • 7月24日 【災害不通】全線(岩手県沿岸北部地震により、落石で線路が塞がれたため)
    • 7月25日 【営業再開】全線(復旧)
  • 2011年(平成23年)
    • 3月11日 【災害不通】全線(東北地方太平洋沖地震とこれにより発生した大津波による) 津波で織笠、大槌、鵜住居の各駅が流失、陸中山田が津波による大規模火災で焼失
    • 3月18日 【営業再開】盛岡 - 上米内(朝・夕のみ)
    • 3月26日 【営業再開】上米内 - 宮古(盛岡 - 宮古 復旧)
    • 4月8日 【災害不通】全線(4月7日に発生した東北地方太平洋沖地震の余震による)
    • 4月10日 【営業再開】盛岡 - 上米内
    • 4月13日 【営業再開】上米内 - 宮古(盛岡 - 宮古 復旧)
    • 4月20日 【振替輸送】宮古 - 釜石 (バスによる振替輸送開始、岩手県北バス岩手県交通)当初は、岩手船越 - 釜石については、岩手県交通が無料バスを運転していた。

蒸気機関車の復活運転[編集]

1987年7月から、廃線となっていた宮古 - 宮古港間の貨物線を利用して、蒸気機関車の復活運転が実施された。これは、地元の「甦れSL C10-8運営協議会」が宮古市のラサ工業株式会社の専用線で使用されていたC10形蒸気機関車 (C108) に貨車改造の客車2両を連結し、SLリアス線「しおかぜ号」として1989年までの夏休み期間及び9 - 10月の休日に運行したものである。鉄道事業ではなく遊戯施設扱いであったが、宮古市役所前のはまぎく駅からうみねこ駅までの1.4kmで、途中にミニ浄土ヶ浜公園前駅が設けられていた。

また、1992年にも「三陸・海の博覧会」に協賛して、市役所前 - 白浜丸発着所間の約 0.5 km で機関車のみの展示運転を実施している。この展示運転に使用されたC108は、1994年大井川鉄道に譲渡され、2011年現在も動態保存機として本線上で列車を牽引している。

駅一覧[編集]

  • 停車駅
    • 普通…すべての駅に停車
    • 快速…●印の駅は全列車停車、▲印の駅は一部の列車が停車、|・↓印の駅は全列車通過(↓は矢印の方向のみ運転)
  • 線路(全線単線) … ◇・∨・*:列車交換可(*は、閉塞併合時の交換は不可)、|:列車交換不可
  • 全駅岩手県内に所在
  • 駅名欄の背景色がである駅(「不通区間」の表のうち磯鶏駅 - 両石駅)は東日本大震災により営業休止中の駅であることを示す(2011年4月13日現在)。
盛岡駅 - 宮古駅間
駅名 駅間
営業
キロ
累計
営業
キロ
快速
リアス
接続路線 線路 所在地
盛岡駅 - 0.0 東日本旅客鉄道東北新幹線秋田新幹線東北本線田沢湖線
IGRいわて銀河鉄道いわて銀河鉄道線(東日本旅客鉄道花輪線乗り入れ列車を含む)
盛岡市
上盛岡駅 2.8 2.8  
山岸駅 2.1 4.9  
上米内駅 5.0 9.9  
大志田駅 9.3 19.2  
浅岸駅 8.4 27.6  
区界駅 8.0 35.6   宮古市
松草駅 8.0 43.6  
平津戸駅 8.6 52.2  
川内駅 9.3 61.5  
箱石駅 4.2 65.7  
陸中川井駅 7.8 73.5  
腹帯駅 9.1 82.6  
茂市駅 4.4 87.0  
蟇目駅 4.5 91.5  
花原市駅 2.7 94.2  
千徳駅 4.6 98.8  
宮古駅 3.3 102.1 東日本旅客鉄道:山田線(釜石方面)
三陸鉄道北リアス線

不通区間[編集]

宮古駅 - 釜石駅間
駅名 駅間
営業
キロ
累計
営業
キロ


はまゆり
接続路線 線路 所在地 エスペラントによる
愛称と意味
宮古駅 - 102.1 東日本旅客鉄道:山田線(盛岡方面)
三陸鉄道北リアス線
宮古市  
磯鶏駅 2.0 104.1    
津軽石駅 7.2 111.3    
豊間根駅 6.2 117.5   下閉伊郡
山田町
 
陸中山田駅 11.1 128.6    
織笠駅 2.2 130.8    
岩手船越駅 2.8 133.6    
浪板海岸駅 6.4 140.0   上閉伊郡
大槌町
Ondokrestoj(オンドクレストイ:波頭)
吉里吉里駅 1.8 141.8   Reĝolando(レジョランド:王国
大槌駅 3.4 145.2   Lumoturo(ルーモトゥーロ:灯台
鵜住居駅 4.0 149.2   釜石市 Plaĝo(プラージョ:砂浜
両石駅 2.2 151.4   Fiŝhaveno(フィッシハヴェーノ:漁港
釜石駅 6.1 157.5 東日本旅客鉄道:釜石線
三陸鉄道:南リアス線
La Oceano(ラ・オツェアーノ:大洋

過去の接続路線[編集]

  • 茂市駅:岩泉線 - 2014年(平成26年)4月1日廃止。
  • 宮古駅:貨物支線(宮古臨港線) - 1984年(昭和59年)2月1日廃止。

廃止駅[編集]

  • 貨物支線:宮古港駅 - 1984年(昭和59年)2月1日廃止。

山田線が登場する作品[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  2. ^ 盛岡にLRTを走らせ隊
  3. ^ JR山田線「盛岡〜上米内間」の社会実験 - 盛岡市
  4. ^ 石野哲『時刻表名探偵』日本交通公社、1979年、pp.77、79。このダイヤは盛岡鉄道管理局の運転時刻表が出典と記されている。
  5. ^ a b 山田線の被災不通区間、三陸鉄道への運行移管を提案 JR東が岩手県などに - 産経新聞、2014年1月31日。
  6. ^ a b 移管前の山田線復旧明言 JR東社長「140億円負担」 - 岩手日報、2014年2月5日。
  7. ^ 宮古市が八木沢地区に新駅 JR山田線の運休区間 - 岩手日報、2014年2月5日。
  8. ^ この区間の登録の背景には地元出身の自由党議員、伊東圭介の党幹部への働きかけがあった。
  9. ^ 岩手日報大正9年8月26日付
  10. ^ 鈴木文彦「岩手のバス いまむかし」p12

関連項目[編集]