河北新報

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株式会社 河北新報社
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本
〒980-8660
宮城県仙台市青葉区五橋1-2-28
電話番号 022-211-1111
設立 1897年明治30年)
業種 情報・通信業
事業内容 新聞出版・販売
代表者 代表取締役社長 一力雅彦
資本金 2億円
売上高 255億円(2006年12月期)
従業員数 610名
外部リンク http://www.kahoku.co.jp/
  

河北新報(かほくしんぽう)は、仙台市に本社を持つ河北新報社が発行する日刊新聞で、一般に東北地方ブロック紙として扱われる。発行部数は約50万5千部(朝刊・2005年)。仙台都市圏ではセット版(夕刊)、他は統合版(朝刊だけ)。

目次

[編集] 概要

一力健治郎らが経営難の「東北日報」を引き継ぎ、明治維新の際に薩長から「白一山百文」と蔑まれた東北の意地を見せるべく「河北」と改題して1897年明治30年)1月17日に創刊した(宮城県を流れる「北上川」の称ではない)。なお、明治10年頃、在地の民権派が好んで広域的な「東北」という地名を各地の紙名に用いていたが、河北新報創刊の頃にはこの傾向は衰え、大正時代には河北新報以外に広域的な名称の新聞は東北地方から消えている[1]

東北6県で販売されており、特に地元・宮城県内での世帯普及率は70%に迫る高さである一方、宮城県以外の各県での世帯普及率は低い。そのため、全般的に宮城県の県紙としての性格が色濃いが、東北地方全体の政治経済および各地域の話題を俯瞰できるため、宮城県外では主に職場で読まれる傾向がある。なお、ごく初期には、東北地方諸藩からの開拓移民が多かった北海道でも販売されていたが、明治期に販売競争に敗れ撤退している。

現在のコーポレート・スローガン「『東』は未来」。1993年から使われている河北新報社のシンボルマークは、グラフィックデザイナーである永井一正氏の作品。

印刷は泉パークタウン内にある河北新報印刷センターで行っている。同センターは超高速タワー型オフセット輪転機を備えている。聖教新聞など他の新聞の印刷業務も引き受けている。

2007年4月1日付より、朝刊1部売りの価格を110円から130円に値上げした。なお、月ぎめ価格(セット版3,925円、統合版3,007円)と夕刊1部売り価格(50円)は変わらない。

[編集] 経営陣

[編集] 紙面

1997年には米の栽培と人間生活を扱った連載企画「オリザの環」で新聞協会賞を受賞。又、社会問題化していたスパイクタイヤを全廃に追い込んだのは、河北新報の記事が発端であった事は特筆すべき事項でもある。

東北地方に関する記事だけでなく、首都圏の知識人や文化人を独自に取材した記事を多く掲載している。

三大ブロック紙(北海道・中日・西日本)などとの記事の交換も行っている。また、近年では東北6県の他県紙(東奥日報岩手日報秋田魁新報山形新聞福島民報福島民友)との連携企画も増えている(東北電力が協力している場合は新潟日報も加わる)。

東北地方に販路と総局をもっているが、実際には仙台市・宮城県からの視点で書かれた記事も多い。宮城県以外の5県では、それぞれの県内の地方紙の勢力が強く、河北新報のシェアは高くはないが、役所、職場等では広く読まれている。

スポーツ関連では、東北楽天ゴールデンイーグルスベガルタ仙台仙台89ersをはじめとした仙台のスポーツに関連した記事を多く取り扱っている。場合によって(勝利試合など)はスポーツ面のみでなく1面や社会面、ローカル面でも話題が取り上げられることもある。また数ページを使用した特集記事も時折掲載される。

紙面の論調は、一般的な地方紙と同様に原則として革新側に軸足を置き(共同通信からの配信記事が革新側の傾向が強いためその影響が反映されてしまうという事情もある)、東北の立場での主張を主軸としている。

宮城県外向けとなる早版(13版、14版)の締切時刻は、国政選挙や統一地方選挙の翌日など特別な場合を除き、午後11時頃である。そのため、選挙の開票状況(最終確定票)が紙面に反映されないことが多い(統合版でもあるため、開票結果は翌々日の紙面に掲載される)。選挙が行われた当該地域では、河北新報から配信された速報ファクスを販売店が独自にコピーして、開票翌日の新聞に折り込んで配ることがある。

河北新報社本社(2009年4月)

[編集] 沿革

  • 1897年1月17日 - 一力健治郎により創刊。
  • 1952年 - 「河北文化賞」創設。
  • 1957年 - 創刊60周年。
  • 1987年 - 創刊90周年。
  • 1993年 - CI導入。
  • 1997年 - 創刊100周年。
  • 2007年 - 創刊110周年。

[編集] 事業所

本社
支社
総局
支局

[編集] 4コママンガ

2007年7月1日より連載開始。北海道新聞東京新聞中日新聞中国新聞西日本新聞などでも掲載。
2007年6月30日までは「あんずちゃん」(田中しょう)が掲載されていた。
  • 夕刊 現在は掲載なし。
題字が縦書きだった2003年9月30日までは「ロボットけんちゃん」(藤井レオ)が掲載されていた。

[編集] 関連会社

創業者の一力一族が今でも経営している関連会社が多い。

[編集] テレビ・ラジオ欄(番組表

(掲載順。特記のないものはフルサイズ)

掲載地域 第一テレビ面(最終面) 第二テレビ面(中面)
宮城版

NHK総合テレビ(仙台放送局)
NHK教育テレビ(仙台放送局)
TBCテレビ
仙台放送
ミヤギテレビ
東日本放送
衛星放送(アナログ・小サイズ)

宮城版には第二テレビ面がない

南版
(山形・福島)

NHK総合テレビ(福島放送局)
福島テレビ
福島中央テレビ
福島放送
テレビユー福島
テレビユー山形
山形放送
山形テレビ
さくらんぼテレビ

NHK教育テレビ(福島放送局)
TBCテレビ
仙台放送
ミヤギテレビ
東日本放送
衛星放送(アナログ・ハーフサイズ)
秋田放送(ハーフサイズ)
秋田テレビ(ハーフサイズ)
秋田朝日放送(ハーフサイズ)

北版
(青森・岩手・秋田)

NHK総合テレビ(盛岡放送局)
NHK教育テレビ(盛岡放送局)
IBCテレビ
テレビ岩手
めんこいテレビ
岩手朝日テレビ
衛星放送(アナログ・小サイズ)
TBCテレビ(1/4サイズ)
仙台放送(1/4サイズ)
ミヤギテレビ(1/4サイズ)
東日本放送(1/4サイズ)

NHK総合テレビ(青森放送局)
青森放送
青森テレビ
青森朝日放送
NHK総合テレビ(秋田放送局)
秋田放送
秋田テレビ
秋田朝日放送

  • 南版において、NHKは福島放送局の番組表となっており、山形放送局のローカル番組については(山形別)の表記がなされている。北版においては盛岡放送局の番組表となっており、NHK教育テレビの青森・秋田ローカル番組(高校野球地方大会など)が組まれる場合も同様の表記がなされる。
  • 2003年までは全域で第二テレビ面がなく、宮城版、福島版、山形版、岩手版、青森・秋田版の区分だったが、2004年の紙面刷新で現在の区分に変更された。
  • 南版と北版における「番組解説・見どころ」は共通のフォーマットを使用している関係から、放送局名の表記は以下のようになっている。

このように各局名を列挙しているのは、クロスネット局が存在していた頃の名残といえる。

  • ラジオ・衛星デジタル放送面は全域で共通のフォーマットを使用し、東北六県全てのラジオ局を掲載。2008年4月からデジタル教育サブチャンネルはWOWOW(デジタル)の下1/4程度を使って掲載するようになった。また、NHKラジオは仙台放送局の番組表となっている(NHKラジオ第一とNHK-FMの深夜放送休止は宮城県内のみフォロー。宮城県外でローカル番組が組まれる場合の注記は一切ない)。NHK-FMDate FM、TBCラジオは枠が1段分大きい。

[編集] 県域面

  • 2003年までは、各県ごとに県域面が存在していた(宮城版は日によって異なるが平均で4ページ、他県版は毎日1ページ、あとのページは前日の夕刊に掲載された紙面の一部に差し替え。)。
  • 2004年の紙面刷新で、宮城版を除く県域面が廃止され「とうほく交流ワイド」面2ページが新設された(宮城版は「とうほく交流ワイド」面2ページに加えて、県域面「みやぎ」2ページ+「みやぎ地域ニュース」2ページの4ページが別途あり、宮城以外では前日の夕刊に掲載された紙面(4、5ページ目)に差し替え)。河北新報の発表データによると、2005年現在で宮城版以外の発行部数は2万部にも満たず、各県ごとに紙面を差し替える余裕がなくなったためと思われる。
  • 2008年04月からは「とうほく交流ワイド」面が「ワイド東北」面に宮城版の圏域面「みやぎ」が「みやぎ総合」、「みやぎ地域ニュース」が「みやぎ街ひと話題」に名称変更された。

[編集] 脚注

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  1. ^ 新聞・雑誌名「東北」にみる明治期の東北地域観岩手大学教育学部研究年報第57巻第2号、1998年2月)

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

  • 河北新報(ニュース記事などは一部会員登録が必要のページ有り。)
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