北海道放送

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北海道放送株式会社
Hokkaido Broadcasting Co.,Ltd.
HBCロゴ 2014-04-04 13-26.jpg
HBC-Sapporo-hq-01.jpg
北海道放送本社・札幌放送局(HBC会館)
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 HBC
本社所在地 日本の旗 日本
060-8501
北海道札幌市中央区北1条西5丁目2番地
設立 1951年11月30日
業種 情報・通信業
事業内容 一般放送(テレビ・ラジオ放送)事業など
代表者 代表取締役社長・渡辺卓
資本金 4億9500万円
発行済株式総数 200万株
売上高 111億5663万円
(2013年3月31日現在)
経常利益 1億567万円
(2013年3月31日現在)
純利益 1億8607万円
(2013年3月31日現在)
純資産 90億9249万円
(2013年3月31日現在)
総資産 147億1080万円
(2013年3月31日現在)
従業員数 249人(2012年10月1日現在)
決算期 毎年3月31日
主要株主 共栄火災海上保険株式会社(8.36%)
明治安田生命保険相互会社(7.90%)
株式会社北洋銀行(4.18%)
ノースパシフィック株式会社(4%)
主要子会社 株式会社HBCフレックス
株式会社三新
株式会社HBCメディアクリエート
株式会社HBCビジョン
連結子会社) など
外部リンク http://www.hbc.co.jp/
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北海道放送株式会社(ほっかいどうほうそう、Hokkaido Broadcasting Co.,Ltd.)は、北海道放送対象地域として中波放送(AM放送)とテレビジョン放送をする特定地上基幹放送事業者である。略称はHBC

親局となる札幌のコールサインはラジオがJOHR、テレビがJOHR-DTV。

ネットワークはテレビがJNN系単独ネット、ラジオはJRN系とNRN系のクロスネット。

取材ヘリ(ベル 430朝日航洋が運航)

目次

会社概要

放送局・支社・支局

  • 旭川放送局:旭川市1条通8丁目542-4 一条緑橋通ビル3階(〒070-0031)
  • 函館放送局:函館市梁川町9-5(〒040-8616)
  • 帯広放送局:帯広市西2条南10丁目11 ISビル2階(〒080-8560)
  • 東京支社:東京都港区新橋2丁目13-8 新橋東和ビル3階(〒105-0004)
  • 名古屋支社:名古屋市中区錦3丁目23‐31 栄町ビル4F(〒460-0003)
  • 大阪支社:大阪市北区堂島1丁目6‐20 堂島アバンザ5F(〒530-0003)
  • JNN-HBC北京支局:中華人民共和国北京市建国門外外交人員公寓11-111
  • TBSモスクワ支局(特派員を派遣している)

番組制作を取りやめた放送局

  • 北見放送局:北見市幸町2丁目1-28 フヂサワビル502(〒090-0036)[1]
  • 釧路放送局:釧路市城山2丁目4-34(〒085-0826)

上記の放送局はいずれも現存しているが、2003年4月以降独自番組の制作を取りやめており、ラジオ・テレビの送信、および取材拠点としての業務のみを行っている。

過去に存在した放送局など

  • 小樽放送局・苫小牧放送局(ともに支局とされていた時期あり):合理化により、札幌放送局に統合(時期不明)。
  • 室蘭放送局(室蘭市):合理化により、2003年に函館放送局へ機能統合[2]
  • 東北支社(青森市):合理化により、函館放送局へ統合(時期不明)。

その他、かつては網走市紋別市に通信部もおかれていたが廃止された。

関係会社

  • 株式会社HBCフレックス
  • 株式会社HBCビジョン
  • 株式会社HBCメディアクリエート
  • 株式会社三新 - 放送設備の保守、VTR編集等

かつては札幌市内の手稲山一帯でスキー場・遊園地などからなる株式会社テイネオリンピア三菱マテリアルとの合弁で運営していたが、その後加森観光にすべて売却された。

放送局概要

北海道放送
基本情報
英名 Hokkaido
Broadcasting Co.,Ltd.
略称 HBC
本社 〒060-8501
北海道札幌市中央区北1条西5丁目2番地
公式サイト http://www.hbc.co.jp/
ラジオ
放送対象地域 北海道
系列 JRNNRN
愛称 HBCラジオ
呼出符号 JOHR
呼出名称 ほっかいどうほうそう
開局日 1952年3月10日
親局 / 出力 札幌 1287kHz /  50kW
主な中継局 HBCラジオ#周波数を参照
テレビ
放送対象地域 北海道
ニュース系列 JNN
番組供給系列 TBSネットワーク
愛称 HBCテレビ
呼出符号 JOHR-DTV
呼出名称 HBCデジタルテレビジョン
開局日 1957年4月1日
リモコンキーID 1
親局 札幌 19ch
主な中継局 旭川 19ch
函館 17ch
室蘭 22ch
網走 22ch
帯広 19ch
釧路 45ch
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札幌テレビ放送(STV)がラジオ局を分社したことにより、道内の民放では唯一のラジオ・テレビ兼営局となった。

データ放送を実施しており、番組表サービス「Gガイド」を配信している。

系列新聞は北海道新聞(道新)・道新スポーツ

現在のマスコットキャラクターは猿がモチーフの「もんすけ[3]

HBCの初代社長を務めた阿部謙夫は当時の親会社であった道新から派遣され、開局当初は道新系列の放送局であったが、1972年に HBCと道新が協力して北海道文化放送(UHB)を開局した。UHB開局後、HBCと道新の資本関係はマスコミ資本の集中排除原則の兼ね合いから毎日新聞社と東京放送(現・東京放送ホールディングス)のように希薄になったが、ラジオニュースでは平日日中の00分時に「道新ニュース」30分時は「HBCニュース」の名称を使用し現在も引き続き良好な関係が続いている。なお、現在の筆頭株主は共栄火災海上保険である。

テレビドラマは1958年11月から「東芝日曜劇場」での制作に参加したほか、「近鉄金曜劇場」などの放送枠でもドラマを制作した。これらの放送枠から『うちのホンカン』『ダンプかあちゃん』『幻の町』などの作品を全国に送り出し、日本民間放送連盟賞や芸術祭賞などを数多く受賞。芸術祭賞では『オロロンの島』(1962年)が文部大臣賞を受賞している。「日曜劇場」がTBS制作の連続ドラマ枠になってからは他の2時間ドラマ枠にて年2本のペースでドラマを作り続けてきたが、キー局やスポンサー等の関係で現在は特別番組としてのテレビドラマを年1作程度制作しているほか、ラジオドラマの制作にも再び力を入れるようになった。2012年には「HBC創立60周年記念作品」として企画された連続ドラマ「スープカレー」を、全国ネットで全10回にわたり放送[4][5]

ドキュメンタリー番組も数多く制作しており、代表的なテレビ作品として『ヤンキー母校に帰る』や『大草原の少女みゆきちゃん』などがあり、両作品ともDVD化されている[6][7]。芸術祭賞でも制作番組が受賞しており、『地底の葬列』(1982年)・『ヒューマンドキュメンタリー いのちの記憶 -小林多喜二 二十九年の人生-』(2008年)が大賞を受賞した。近年では『記憶障害の花嫁 最期のほほえみ』が2011年度のJNNネットワーク大賞を受賞した[8][9]

上記の他、バラエティ番組も自社制作しており、一部はローカル枠を利用してゴールデンタイムに放送されたり、単発番組として全国放送もされている。

青少年を対象とした文化活動も積極的に行っており、『HBC少年少女合唱団』『HBCジュニアオーケストラ』を企画・運営しているほか、『全国こども音楽コンクール』の北海道ブロック大会として『HBCこども音楽コンクール』も主催している。

2001年4月に気象庁より道内の放送局で初めて「天気予報業務許可業者」としての認可を受けたことに伴い、2001年12月に「HBCウェザーセンター」を開設、独自の天気予報が可能になった。

道外でも、青森県の一部や北方領土でテレビの視聴やラジオの聴取が可能[10]

ロゴマークの変遷

TBSの美術部が制作した初代のロゴマーク(以下「旧ロゴ」と記載)は、1956年から2001年11月まで45年にわたり使用していた。テレビでは旧型の湾曲ブラウン管型の図形のなかに「HBCテレビ」のロゴを模ったものもあり、これは現在もマイク、記者腕章、本社駐車場内車庫の外壁、中継・機材車、札幌を除く道内各放送局の外壁、一部テレビ・ラジオの送信所と中継局に残っている。なお、本社社屋に掲示していたロゴマークは、旧ロゴと多少デザインが異なったものも掲げられていたことがある。

創立50周年を迎えた2001年12月より、旧ロゴをスマートにした現在の文字ロゴ(2代目。以下「正式ロゴ」と記載)に変更された。主に本社社屋の外壁、放送機材、封筒、テレビ・ラジオの番組表、ホームページなどで使われている。また、札幌ドームレフトポール際のフェンスに広告掲示している「HBCテレビ・ラジオ」の表示にも使用しているほか、一部の送信所・中継局でも使われている(地上デジタル放送送信施設のあるテレビ送信所・中継局はほとんどがこのロゴマークとなっている)。

2006年の春改編時からは、テレビ放送用の新ロゴ(3代目)も登場。「1からはじまるHBC」のキャッチフレーズで「B」の中に数字の「1」がデザインされ、グリーンで配色された新ロゴはデジタルテレビ放送のPRも兼ねて正式ロゴと2011年10月31日まで併用し、データ放送を含むテレビ画面のウォーターマークや表示アイコンのほかニュース速報・気象警報・交通情報、TBSニュースバードの取材クレジット表記などに使用していたが、2011年11月1日からは従来の正式ロゴに戻された。なお、テレビ送信所・中継局では当初より新ロゴを使用せず、旧ロゴや正式ロゴを掲示している。

番組表での局名表記

北海道新聞ではテレビ・ラジオ欄とも「HBC」と略称のみで掲載。その他(道新以外に)道内で購読されている全国紙地方紙は「HBCテレビ」及び「HBCラジオ」と表記している(以前は道新でも1982年頃まで「HBCテレビ」及び「HBCラジオ」と表記していた)。

青森県を中心とした道外地方紙では、東奥日報がHBCをはじめとする道内のテレビ・ラジオ番組をハーフサイズで掲載(ラジオ欄は「HBCラジオ」、テレビ欄は「北海道放送」[11]と表記)。また全国紙においてもスポーツニッポンしんぶん赤旗の北東北版はHBCをはじめとする道内のTV番組を極小サイズで掲載している(道内ラジオはスポニチ北東北版がFMラジオ局のみ掲載、道内AMラジオ局を掲載しているのは東奥日報のみ)。

編成等の特徴

テレビ

フィラー番組『TBSニュースバード(旧称・JNNニュースバード)』は、当初札幌放送局のみの終夜放送(月曜未明の一部を除く)であったが、2005年3月28日から道内全域で終夜放送している。ただし、不定期に一部地域で放送休止となる場合があり、メンテナンスの状況のよってはフィラー開始前のHBC天気予報とその前のテレビショッピングの放送も一部地域で休止となる場合がある(主に月曜日未明)。『TBSニュースバード』が放送休止(放送開始まで数分程度あるいは衛星配信そのものが休止)の場合は本社に設置されているお天気カメラの風景映像に音楽を交えて放送される。TBSニュースバードのフィラー放送開始以前は本社に設置されているお天気カメラの風景映像に音楽を交えて放送される形式だった(画面下にアナログテレビ放送終了の告知を表示。以前は次番組の予告を表示していた)が、これも当初は札幌放送局管内のみで他の地域では道内局独自のカラーバーまたはNTT中継回線テストパターンを流していたか停波していた。 『TBSニュースバード』のフィラー放送時、ワンセグでは随時、ワンセグ向けに独自の番組を放送することがある(午前4時台)。

テレビでのプロ野球ナイター中継は、キー局であるTBSテレビで対巨人戦が放送される日に限り、日本ハム戦の中継に差し替えて放送することが可能となっている(2007年までは札幌ドームまたは福岡ドームでの対ソフトバンクのみ差し替え)。このような場合、甲子園球場での「阪神対巨人」戦はCS放送GAORA」での録画中継放送(生中継NHKNHK BS1BSハイビジョンで放送が行われるケースが多い)、そのほかの対巨人戦は「BS-TBS」、「TBSニュースバード」、「TBSチャンネル」の生中継で視聴可能。CBCテレビ(CBC)・毎日放送(MBS、ごく一部の日程のみ)・中国放送(RCC)とは異なり、JNN協定に「単発特別番組など特例の場合を除き、後日放送を行うことは認められない」という規定があるため、ゴールデンタイムにネット番組を休止して独自のナイター中継を放送することは事実上困難である[12]。これは地元にプロ野球球団が存在する東北放送(TBC)・RKB毎日放送(RKB)でも同様の対応となっている(TBC・RKBともに一時CBCやRCCと同様にネット番組を休止して独自のナイター中継に差し替えていたことがある)。 なお、過去にHBCでゴールデン枠の対巨人戦が差し替えられたケースは2005年と2007年(3月30日、4月20日、5月18日)に3回ほどあったが、2004年と2006年はわずか1回の中継にとどまっている。その後、木曜日や週末などのローカル枠を利用してレギュラー中継枠を確保し、「Bravo!ファイターズ」の番組名で放送している。

北海道のテレビ局ではで唯一、深夜アニメの製作を手がけている。『ああっ女神さまっ(テレビ第1期)』はTBSでは深夜に放送されていたがHBCでは朝6時から放送された(地上波ではHBCのみネット)。しかし第2期は枠の関係からか未放映(地上波ではMBSのみネット)となった。 近年はテレビ北海道(TVh)に次ぐ数の深夜アニメを放送しており、2012年4月からはアニメ・声優情報バラエティ『コエキタ!!』の放送も始まった。

ワンセグ放送のみ、番組情報が一切記載されない。

ラジオ

本社スタジオ

テレビ

テレビ第1スタジオ(120坪)
1階に位置し、『今日ドキッ!』『もくよう☆アプリ』『金曜ブランチ』その他各種特番で使用されるメインスタジオ。
テレビ第2スタジオ(60坪)
4階に位置し、報道フロアに隣接している為『今日ドキッ!』『ひるおび!』内北海道ローカルニュースといった報道番組を中心に使用されているが、まれに収録系番組でも使用される事がある。
テレビ第3スタジオ(10坪)
プロ野球やJリーグなど中継番組処理やミニ番組制作、さらに系列局との素材配信等に使われている。

この他、ウェザーセンターと報道フロア内に顔出しブース(ともにHD)がある。報道フロアには「ニュースサブマスター」と呼ばれる報道サブを併設しており、テレビ第2スタジオや報道フロアのブースをコントロールしている。

ラジオ

沿革

1950年代

  • 1951年昭和26年)
  • 1952年(昭和27年)
    • 1月19日 - 午前7時より中波(AM)ラジオ試験放送開始。このときのスタジオは当時の送信所(札幌市東区北32条東15丁目。現・イオン札幌元町ショッピングセンター)に仮設された。現在は当地に「北海道民放第一声の地」の記念碑がある。これは1982年に開局30周年記念事業の一環として建立されたもの。当時の送信アンテナはトドマツ材を12本使用した高さ約80mの木柱で、木製アンテナは当時としても珍しかった。なお、この旧ラジオ送信所は現送信所へ移転する1971年まで使用された。第一声を担当したのは河内寿美子アナウンサー(当時)。「JOHR、JOHR、こちらは北海道放送でございます。ただいま周波数1230キロサイクル(当時)で試験電波を発射しております」であった(当時の音源は残っていない)。このとき使われたマイクはコード部分を切り取って保存していたが、2001年の創立50周年を機に技術スタッフが大規模な修復を施しマイクの復元に成功、2002年1月18日放送の『テレポート2000』でこのマイクが使用された。
    • 3月10日 - 全国7番目、道内初の民間放送局としてラジオ本放送開始。開局当時の本社・スタジオは大丸ビル(札幌市南1条西3丁目。現・大丸藤井セントラル)4・5階に設置。
  • 1954年(昭和29年) - 函館市でテレビ試験放送開始(当時のコールサインは「JOHR-TVX」)。
  • 1956年(昭和31年) - 東京支社スタジオより全国ニュースを放送。山形放送(YBC)にもネットされる。
  • 1957年(昭和32年)
    • 4月1日 - アナログテレビ(コールサイン:札幌JOHR-TV)本放送開始。送信所は運用開始当初から手稲山に設置(日本のテレビ送信所では初のマウンテントップ方式によるもので、1956年12月完成。後述)。
  • 1959年(昭和34年)
    • 8月 - 【テレビ】JNN排他協定締結。これ以前より、テレビニュースはラジオ東京テレビ(KRT、現・TBSテレビ)の『東京テレニュース』を放送していた。
    • 9月 - 現在地に本社・札幌放送局の社屋(HBC会館)が完成。完成当時は本社機能とテレビ部門のみがHBC会館に移り、ラジオ部門は開局当時からの大丸ビルに残留していた。

1960年代

  • 1960年(昭和35年)
  • 1962年(昭和37年)
    • 4月 - 【テレビ】STVから移行した日本教育テレビ(NET、現・テレビ朝日)の教育番組のネット放送を開始。
  • 1965年(昭和40年)
    • 5月2日 - 【ラジオ】JRNの発足と同時に加盟。翌日NRNにも発足と同時に加盟。
  • 1966年(昭和41年)
    • 3月18日 - 【テレビ】カラー放送開始。第1号は3月20日に放送された米国テレビ映画『FBI』(TBS配給)だった。
  • 1967年(昭和42年)
    • 12月1日 - 社屋増築が竣工し、ラジオ部門もHBC会館に移転した。
  • 1969年(昭和44年)
    • 4月1日 - 【テレビ】教育番組を除くNETテレビ(現・テレビ朝日)の番組がすべてHTBへ移行。

1970年代

1980年代

1990年代

  • 1992年(平成4年)
    • 8月1日 - 【ラジオ】札幌放送局でAMステレオ放送開始。ステレオ放送による第一声は車の通る外の風景音だった。
  • 1993年(平成5年)
    • 2月7日 - HBC網走送信所のケーブルが故障、網走管内全域でほぼ終日テレビが視聴不能になった。ラジオは不明。他の民放およびNHK北見放送局は影響を受けず放送を続けた。

2000年代

  • 2000年(平成12年)
    • 4月4日 - 【テレビ】札幌放送局で『JNNニュースバード』放送開始。当初は5:00からのサイマル放送で、フィラーとしては2002年4月から。現在は道内全域で放送されている。
  • 2001年(平成13年)
    • 本社・札幌放送局社屋外観の化粧直しが施された。
    • 4月 - 「HBCウェザーセンター」が開設され、独自の天気予報が可能になった。
    • 11月 - 開局50周年にともない略称・社名ロゴマークデザインが変更された。旧ロゴマークは1956年から2001年11月までの45年間使用されていたが、新ロゴマークに変更された現在も、マイク、記者腕章、本社駐車場内車庫の外壁、中継・機材車、札幌を除く道内各放送局の外壁、テレビ・ラジオの送信所と中継局(室蘭局測量山など一部の送信所・中継局と今後建物が新設および改修をされる際の地上デジタル放送送信所は新ロゴマークを使用)、関連会社「HBCフレックス」の社名ロゴは45年間使用されてきた旧デザインのまま使用されている。なお、社章(バッジ)は開局時に制定されたマーク(4本の輪の中心にHBCを入れたもの)を現在も引き続き使用している。
  • 2006年(平成18年)
    • 2月6日 - 【テレビ】地上デジタル放送対応のマスター更新(長年使用してきたこれまでのNEC製から東芝製に変更された)。
    • 6月1日 - 【テレビ】札幌放送局で地上デジタル放送開始。
  • 2007年(平成19年)
    • 10月1日 - 【テレビ】函館放送局・旭川放送局・帯広放送局・釧路放送局・北見放送局(網走)・室蘭放送局で地上デジタル放送開始。アナログ放送と異なり、上記の各放送局にはコールサインが設定されずいずれも札幌放送局の中継局扱いとなったため、各地域別の差し替えは行われず全道で同一の内容となる[13]

2010年代

  • 2010年(平成22年)
    • 3月1日 - 【ラジオ】札幌放送局がAMステレオ放送を終了し、モノラル放送に戻した。
  • 2011年(平成23年)
    • 7月24日 - 【テレビ】地上デジタル放送への完全移行により、アナログテレビ放送を終了。
  • 2012年(平成24年)
    • 3月17日 - 【ラジオ】開局60周年記念番組として「ミッドナイトカーナビラジオ午前一番!」「ラジオがある生活 あなたとつながるHBC」などを放送。
    • 4月14日 - 【テレビ】開局60周年記念番組となる連続ドラマ「スープカレー」を全国ネットで放送(全10話)。

テレビネットワークの変遷

1957年
4月1日 - テレビ本放送開始。日本テレビラジオ東京テレビとネットを組む。
1959年
4月1日 - 札幌テレビ放送(STV)開局に伴い、日本テレビ(読売テレビ含む)制作番組の大半が移行された。またフジテレビ日本教育テレビともネットを組む(一般番組のみ)。
8月1日 - ニュースネットワークJNNに加盟。
12月31日 - この日をもって日本テレビ制作番組がSTVに完全移行。
1960年
3月1日 - 五社連盟に加盟しTBS系基幹局となるが、加盟前の編成は継続した。
1962年
4月1日 - STVからNETテレビ制作の教育番組が移行(引き換えに一部の一般番組がSTVに移行)。
1966年
4月1日 - フジテレビ(関西テレビ含む)制作番組が基本的にSTVに移行。なお、番販扱いの番組は北海道文化放送(UHB)開局後も放送された例があった(『阪急ドラマシリーズ』の一部作品など)。
1967年
6月 - 民間放送教育協会に加盟。
1969年
4月1日 - NET制作番組(民教協制作分を除く)が北海道テレビ放送(HTB)に移行し、TBSマストバイ局に完全移行(HTBは1968年11月3日に開局したが、全道でテレビ放送を開始したのは1969年4月1日であったため、この間は視聴者保護の観点からHBCで引き続き放送していた)。ただし、毎日放送制作分は一部継続して放送されたものもあった。
1975年
3月31日 - HTBと関西発全国ネット番組を交換(五社連盟近畿広域圏加盟局が朝日放送から毎日放送に変更されたことにより、いわゆる「腸捻転状態」が解消された)。

テレビチャンネル

JNN系列のリモコンキーID地図

地上デジタル放送では、原則として親局は1社1局とされた(総務省が定めたコールサインの割り当て原則による)ため、札幌放送局を除く道内各放送局にはデジタル放送のコールサインが付与されず、札幌放送局管内の中継局扱いとなった[14]

2011年7月24日まで放送した地上アナログ放送では、札幌以外の各放送局にもコールサインが割り当てられ、各局ごとにローカル放送も行っていた。現在はラジオのみ、ローカル放送を行っている。本項目では、札幌以外の各放送局が使用していたアナログ放送のコールサインを親局のみ記載する。

基幹送信所施設は札幌送信所のみ局単独で使用しているが、他の道内各基幹局の施設はすべて他の放送事業者と共同使用しており、中継局施設もすべて民放各局(一部はNHKも含む)と共同使用している。

札幌放送局 (JOHR-DTV)

地上デジタル放送のUHF送信アンテナは2011年7月24日まで使用したVHFアナログ放送用送信アンテナより高い位置に設置し、オレンジのかかった色のものとなっている[15]

1956年に完成したアナログ放送用VHF送信アンテナはST型の物を使用していたが、落氷雪対策および地上デジタル放送の共同実験施設としての使用と地上デジタル放送開始に伴うUHFアンテナの取り付けに対応するため、1970年代以降に送信鉄塔を別の位置に新設して従来の鉄塔よりも高くした上で、送信鉄塔の四隅にVHF送信アンテナを取り付ける形式に変更された。2012年初頭には1956年のアナログテレビ放送開始当初から長年使用していた送信所局舎の老朽化に伴い、現局舎の隣に新しく建設されたデジタルテレビ送信所の局舎が完成した。

当時、無謀とも不可能とも言われた手稲山テレビ送信所の建設は、現場までの道路を通す工事から着手し、その後建設工事は難航したものの大きな事故もなく完成した[16]。これにより全国でも類を見ない、標高1024mの手稲山に初めて設置されたHBCのテレビ送信所の電波が、遠く離れた場所でも届くことが実証された。

送信所の設置場所については手稲山を主張していた(電波をできるだけ遠くへ送信するため、標高の高い山頂に設置する)HBCと、さっぽろテレビ塔を主張していたNHK札幌放送局の間で主張や意見が対立していた。NHK札幌放送局とSTVは当初さっぽろテレビ塔に送信所を設置していたが、HBCが手稲山に送信所を設けたことで離れた場所でも電波が届くことが実証されたことから、後に両局とも手稲山に送信所を移設している。

中継局

  • 札幌宮の森:34ch 0.3W
  • 札幌円山:34ch 0.1W
  • 札幌山元:34ch 0.05W
  • 札幌定山渓:41ch 0.3W
  • 札幌藻岩下:34ch 0.3W
  • 札幌簾舞:42ch 0.3W
  • 札幌藻南:34ch 0.3W
  • 札幌西野:34ch 0.3W
  • 札幌宮の沢:34ch 0.3W(垂直偏波)

旭川放送局

移転前のHBC旭川放送局

デジタル送信所はTVhを除く民放各局とNHK旭川放送局が共同で旭山(NHK-FM送信所隣)に新設した。送信鉄塔はNHKと民放各局が共同使用するが、局舎は民放各局のみ使用する。

旭川放送局は当初旭川駅前にあった「アサヒビル」に入居していたが、1991年9月に北海道旅客鉄道(JR北海道)旭川駅と一体化した局舎を新築し移転。しかし旭川駅の高架化に伴い2010年10月に現在地へ再移転した。

移転前の旭川放送局1階にはテレビ・ラジオそれぞれにスタジオがあった(ラジオスタジオは業務フロアにも1つあり)が、HBCではほとんど使わなくなったため、全面ガラス窓でサテライトスタジオとして使用可能であったラジオスタジオは、当時旭川駅舎内に本社があったコミュニティ放送局FMりべーる」に貸し出されていた。しかし2006年にHBCがスタジオの明け渡しを要請したため、FMりべーるは2006年5月に買物公園に面する「ヨシタケパークビル」へ移転。FMりべーるが使用していたスタジオは、現在地への移転まで地上デジタル放送のPR拠点として活用していた[17]。また、かつてはアナログハイビジョンの受信公開やCS放送各局のモニターが映し出されていた施設としてHBCメディアプラザ「AC’S」(エーシーズ)もJR旭川駅1号館2階にあり、一般客も入場できたが、数年後に閉鎖された。

アナログ放送には、「JOHE-TV」のコールサインが付与されていた。

中継局

函館放送局

送信所施設はTVhと共同使用。

函館送信所から発射される電波は、津軽海峡を超えて青森県の一部地域でも直接受信または共同受信設備(CATV)を通じて視聴可能。

音声多重放送は、地上デジタル放送を開始した2007年10月1日(実際には2007年8月30日13時の試験放送)より実施された。

2007年10月1日から放送開始した地上デジタル放送はTVhのUHF送信アンテナをそのまま使用しているため、指向性がかけられている。これにより、青森県では函館市から距離が離れていない大間町周辺などの一部地域を除き、受信が困難な場合がある。

アナログ放送には、「JOHO-TV」のコールサインが付与されていた[18]

函館蛾眉野中継局は、2013年1月より蛾眉野地区テレビ受信組合によるギャップフィラーでの送信を開始したことにより廃止された。

中継局

室蘭放送局

地上デジタル放送はTVhを除く民放各局が共同でデジタル送信所を新設し、2007年10月1日より放送開始した。

2003年3月までは放送センターが置かれていた。

アナログ放送には、「JOQF-TV」のコールサインが付与されていた。

中継局

帯広放送局

デジタル送信所はUHB、AIR-G'NORTH WAVEと共同使用。

開局当初は現在の送信所の近くに設置した超巨大パラボラアンテナで札幌局からの電波を受信して帯広地区に向けて再送信したり、釧路放送局などへの中継拠点として利用していた時期があった。これは日本電信電話公社(電電公社、現・NTT)の中継回線使用料が割高だったためで、その節約のための苦肉の策であった。

アナログ放送には、「JOHW-TV」のコールサインが付与されていた。

中継局

北見放送局

送信所施設はUHB、AIR-G'と共同使用。

2003年3月までは放送センターが置かれていた。

アナログ放送には、「JOQM-TV」のコールサインが付与されていた。

中継局

釧路放送局

地上デジタル放送の送信所は、TVhを除く民放各局とNHK釧路放送局が共同で釧路市春採8丁目(旧UHBアナログ送信所)に新設。鉄塔・UHF送信アンテナは2011年8月に開局したTVhを含め共同使用しているが、局舎は単独で新設したTVhを除く各局が共同使用している。

建設の模様は2006年10月15日放送の『HBC広場〜あなたがご意見番〜』でも紹介された。

2003年3月までは放送センターが置かれていた(現在はラジオ送信所機能のみ存続)。

アナログ放送には、「JOQL-TV」のコールサインが付与されていた。

中継局

ラジオ周波数

オープニング・クロージング

テレビ

1960年代前半?のオープニング・クロージング(白黒フィルム映像)
オープニングの映像の順番は「本社社屋空撮」(ここでHBCロゴが出る)→「ラジオ・スタジオカーとテレビ中継車」→「子供3人で家庭内のテレビ視聴」→「テレビスタジオの収録風景」→「テレビカメラのアングル」→「本社社屋正面側」→「雪上車で手稲山送信所に向かうのと手稲山送信所全景、それにスキーで滑り降りてくる場面」→「プロペラ機が飛び立つ場面」→「木材の伐採、漁業、ラジオを聴いている運転手の人々」→「プロペラ機から町並みの空撮映像」(ここでHBCロゴが出る)と流れていた。音声は混声合唱によるオリジナルソングが流れていた。
エンディングの映像の順番は「星の輝くイメージ映像にHBCのロゴ表示」→「本社社屋鉄塔」(ここでもHBCロゴを表示)→「家族そろっての家庭内のテレビ視聴」→「テレビスタジオでの打ち合わせ」→「草野球の投球と打撃」→「本社社屋全景」(ここで「明るく楽しいHBCラジオ・テレビ」と表示)と流れ、最後に、火の元・戸締りの様子と裁縫しながらテレビを視聴している映像に載せて「火災の多い季節になりました。お宅のストーブは大丈夫でしょうか。お休み前にもう一度火の元と戸締りを確かめましょう。きょうも1日HBCテレビをごらんいただきましてありがとうございました。明日もまたHBCのラジオ・テレビでお楽しみくださいますように。それでは皆様おやすみなさい。」というアナウンスが入る(顔出しあり)。≪2001年11月30日放送のHBC創立50年の特別番組の中でも紹介されていた。≫
1980年代
コールサイン・中継局表示は各管内の放送局ごとに差し替えてあった。
オープニング・エンディングは鳩をイメージしたイラストに「HBC」のロゴをつけた1枚画とアナウンスのみであり、
冒頭は「ただいまからHBCテレビ、今日の放送を開始いたします」と述べ、その後生放送で宿直のアナウンサーがスタジオからの顔出しで開始アナウンスを述べていた。
エンディングは「今日もHBCテレビをご覧いただきましてありがとうございました。(この後はHBCラジオでお楽しみ下さい。)これで今日の放送は全部終了いたしました。どちら様もご機嫌よくお休み下さい」とアナウンスされていた(カッコ内は日曜日など深夜の放送メンテナンスにより休止があった場合は省略されていた)。
1990年3月までのオープニング・クロージング
オープニングは「こちらは北海道放送HBCテレビです。これからごらんのチャンネルでお送りします」と道内7放送局のコールサインと設置されているすべての送信所・中継局を表示し、「HBCネットワーク 北海道放送」と表示。その後、「HBC-TV」「北海道放送」のロゴが入ったカラーバーを表示。熱気球のイラストをバックに、「おはようございます。きょうもあなたの生活にお役立ていただける番組を用意しております。HBCテレビとご一緒にお過ごしください」というアナウンスが流れる。
エンディングでは、「きょうもHBCテレビをごらんいただきありがとうございました。これで今日の番組はすべて終了しました。この後はHBCラジオでお楽しみください。素敵な番組を用意しております。火の元・戸締りをもう一度お確かめの上、お休みください」というアナウンスが流れる。最後に道内7放送局のコールサインと設置されているすべての送信所・中継局を表示し、「HBCネットワーク 北海道放送」と表示して終了となる。
1990年代前半のオープニング・クロージング
北海道の図を背景に、道内7放送局のコールサインを表示。その後、「HBC-TV」のロゴが入ったカラーバーを表示。熊のイラストをバックに、「おはようございます。きょうもあなたの生活にお役立ていただける番組を用意しております。HBCテレビとご一緒にお過ごしください」というアナウンスが流れる。
クロージングでは、ウサギが暗い部屋のベッドで眠りについているイラストを背景に「きょうもHBCテレビをご覧いただきありがとうございました。これで今日の番組はすべて終了しました。」のアナウンス、続いて三日月によりかかって寝ているウサギのイラストを背景に「火の元・戸締りをもう一度お確かめの上、お休みください」というアナウンスが流れる。
なお、「この後はHBCラジオでお楽しみください」というアナウンスは省略されていた。
1990年代後半のオープニング・クロージング
オープニングでは花畑の映像。クロージングは道内7放送局の社屋[22]とその周辺の風景の映像が流れていた。
2世代前のオープニング・クロージング
同局のキャラクター「もんすけ」による声の挨拶だった。道内7放送局のコールサインはホワイトバック画面に表示。当初は1956年からの旧ロゴを使用していたが、2001年から現在の正式ロゴに変わっていた。
1世代前のオープニング・クロージング(クロージングは道内全域でTBSニュースバードのフィラー放送がない場合のみ)
コールサイン(アナログ放送では道内7放送局のコールサインを表示、デジタル放送では「JOHR-DTV」と表示)、「GOOD MORNING」、「GOOD NIGHT」の英文はテレビ放送用のロゴ文字を用いたものが使われていた。ナレーションも正式ロゴの表示も一切なし。内容はアナログ・デジタルで異なっていた。クロージングはその後使用されなくなり、通常番組終了後はすぐ札幌市内の天気カメラの映像に切り替わった。
2008年7月24日から2011年7月24日まではオープニング前にアナログ放送終了に関する告知をアナログ・デジタル両波で放送していた(「もんすけ」が頭を下げてデジタル受信の準備をお願いするイラスト付き。船越ゆかりによるナレーションとBGMが流れていた)。
現在放送中のオープニング(2011年11月1日 - )
ホワイトバック画面に上段は青文字で手書き風の「GOOD MORNING」を表示。下段は最初赤文字で「JOHR-DTV」を表示した後、一旦フェードアウトで消去し、フェードインの再表示で「HBC」(正式ロゴ)と表示。
BGMはないが、ナレーションは「おはようございます。JOHR-DTV。今日も一日HBCテレビでお楽しみください。」となっている。

ラジオ

音声多重放送

アナログテレビによる音声多重放送は札幌放送局のみで実施していた。北海道は放送区域が広大で多くの中継施設を要すること、道内各放送局・中継局を結ぶ中継回線(全道ライン)にNTTのマイクロ波を使用していた頃の使用料が高額だったことに起因している[23]

地上デジタル放送の開始により、全道ラインはHOTnet(北海道総合通信網)に移管された。これにより、全国で唯一アナログでの音声多重放送が行われなかった函館・旭川・帯広・釧路・北見・室蘭の各放送局管内でも、HBCを含む道内民放テレビ各局の音声多重放送を楽しめるようになった。2か国語放送・ステレオ2音声放送・5.1chサラウンド放送を行わない限り、モノラル収録であっても常時ステレオ放送の状態となっている。

現在放送中の番組

テレビ

自社制作番組(全道放送)

TBS系列局制作・時差ネット番組

2014年4月現在。●印はMBS制作、▲印はCBC制作

その他

ラジオ

終了した番組

テレビ

自社制作番組(全道・全国放送)

報道・情報
早朝のワイド番組
  • ニュース朝一番
  • ニュースコール北海道
  • お天気クジラ朝ごはん
  • 朝のサラダ畑
  • 朝5時!早起き応援団
  • ダッシュ!
  • 早おきビタミン
午前の情報ワイド番組
午後および夕方のワイド番組
夕方のニュースワイド番組
ゴールデンタイムのローカル情報番組
その他の報道・情報番組
バラエティ
ドラマ
スポーツ
  • どさんこ体操(平日早朝の放送開始直後に5分間放送されていた)
  • 函館けいりんダイジェスト
    • けいりんダイジェスト(函館競輪休催期間に放送。主にいわき平競輪など)
  • 特報!スポーツギア
  • すぽーつどーむ北海道
  • スポーツどーむ
  • Eスポーツ
    • Eスポーツポケット
  • 1BAN!ファイターズ ※プロ野球シーズンに放送
  • もっtoコンサドーレ
  • レラの魂
  • 週間トライ!NAVI(2010年6月-9月)
教養・ドキュメンタリー
番宣
CBC・RKB・TBCと共同制作のアニメ

関東地区では独立UHF局ネットで放送された為、UHFアニメにも分類されることがある。

ネット番組

TVh開局まで放送していたテレビ東京系番組
TVh開局後に放送していたテレビ東京系番組
TBS系列の遅れネット番組
バラエティ
MBS製作
CBC製作
ドラマ
MBS製作
教養・ドキュメンタリー
(最初の半年間のみ。後に同時ネットに移行)
アニメ・特撮
テレビ第1作および『逮捕しちゃうぞ フルスロットル』はHBCでは未放送。実写版ドラマはHTBで放送。
(TBSでは深夜放映であったが、HBCでは日曜早朝の放送)
MBS製作
(続編『流星の双子』はHBCでは未放送)[30]
CBC製作
腸捻転時代に放送されていたABC製作の番組
☆印は腸捻転解消時にHTBに移行した番組。
腸捻転解消後に放送されていたABC製作の番組
腸捻転解消後に放送されたMBS制作の番組
☆印はHTBから、★印はSTVから移行。
腸捻転時代の『アップダウンクイズ』は、スポンサーロート製薬の関係上HTBではネットされず、その時間帯はフジテレビ系のアニメ番組等を放送していた(UHB開局後はドラマ『闘え!ドラゴン』など東京12チャンネルの番組を放送)。
STV・UHB開局後に放送されたフジテレビ系の番組
NET(現・テレビ朝日)系の番組
民教協制作は除く。☆印はHTBに移行した番組。
日本テレビ系の番組
民間放送教育協会の番組
独立UHF局の番組(UHFアニメ含む)
その他

道内各放送局のローカル番組

旭川放送局
  • ふかがわ市民の広場
  • 稚内市民ニュース[31]
室蘭放送局
  • スポット苫小牧(函館放送局エリアでも放送していた)
函館放送局
  • こんにちは市長です
  • 道南トピックス
  • 函館讃歌
釧路放送局
  • 湿原探検タイム
  • 十条テレビショッピング
  • われら釧路っ子
  • レディス突然腕相撲
  • レディス突然尻相撲
  • お天気エコー
  • 斉藤聖峰明日の運勢
  • 釧新ポケットニュース
  • ブライダルガイド
帯広放送局
  • レッツゴーTOKACHI
  • 藤丸テレビショッピング
  • テレポートプラザ十勝&とかち
  • おびひろタウンガイド
  • 帯広・十勝情報BOX
  • 勝毎サロン
  • ウィークリーとかち
  • HBCハウジング情報
  • 卓田和広のチャ・チャ・チャ・チャレンジ
  • 速報!公立高校入試合格者発表(特別番組、年1回)
  • 広報おびひろ
  • とべとべ十勝

ラジオ

主な所属アナウンサー・キャスター一覧

アナウンサー

男性

  • 石崎輝明 (1992年、アナウンス部→旭川放送局→アナウンス部)
  • 小川和幸 (1991年、アナウンス部→釧路放送局→アナウンス部)
  • 加藤雅章(1996年)
  • 鎌田強(1974年、アナウンス部→釧路放送局→アナウンス部→テレビ制作部プロデューサー→北見放送局長→ラジオ制作部→アナウンス部長→企画事業局担当局部長・事業部長→大阪支社長・営業部長→編成局エグゼクティブアナウンサー)
  • 川畑恒一 (1994年、アナウンス部→報道部・スポーツ部→アナウンス部)
  • 管野暢昭(1984年、アナウンス部・スポーツ部→スポーツ部→アナウンス部)
  • 近藤肇 (1988年、気象予報士として、HBCウェザーセンター兼務)
  • 卓田和広 (1990年、アナウンス部→帯広放送局→アナウンス部・スポーツ部)
  • 内藤克 (アナウンス部→北見放送局→アナウンス部→函館放送局→ラジオ制作部ディレクター→事業部→総務部→北見放送局長→スポーツ部→アナウンス部)
  • 渕上紘行(2003年)
  • 堀啓知(2003年)
  • 水野善公 (2009年、元高知さんさんテレビ
  • 山内要一(1996年)
  • 山崎英樹(アナウンス部→釧路放送局→アナウンス部副部長)

女性

気象キャスター

気象キャスターは全員、HBCウェザーセンター所属。

男性

  • 粥川暁 (HBCウェザーセンター長、気象予報士防災士、現在はプロデューサー兼務)
  • 森山知洋(気象予報士)

女性

  • 木村比査子(気象予報士・防災士)
  • 中井美雅(気象予報士)

過去に在籍していたアナウンサー・キャスター

異動したアナウンサー・キャスター

太字は現職。

男性

  • 赤城敏正 (アナウンス部→釧路放送局→アナウンス部)[32] [33]
  • 足立利道(アナウンス部、旭川放送局、ラジオ制作部
  • 新井理 (アナウンス部→旭川放送局→本アナウンス部→大阪支社営業部→アナウンス部→テレビ営業部)
  • 大神政敏(アナウンス部、帯広放送局、ラジオ営業部
  • 奥津雅人(アナウンス部、帯広放送局、アナウンス部、苫小牧放送局長、ラジオ制作部長[34]
  • 島森則夫(アナウンス部、HBCビジョン。近年はラジオ『朝刊さくらい』などでニュースデスクを担当)
  • 須田浩(報道部記者、『テレポート2000』のキャスターを担当後、解説主幹
  • 関博紀 (アナウンス部→旭川放送局→アナウンス部。社会情報部
  • 高橋重美(北見放送局、アナウンス部、担当部長・番組審議会事務局長
  • 出口真治(釧路放送局記者、アナウンス部、旭川放送局、アナウンス部、室蘭放送局長、旭川放送局長・北見放送局長=局次長待遇、企画事業局付次長、帯広放送局長・釧路放送局長
  • 橋本能成(アナウンス部、帯広放送局、アナウンス部、総務部
  • 牧野秀章(アナウンス部、1995-1999に函館放送局、アナウンス部、報道部記者

女性

  • 武田明子(2006.3.1より報道部記者。アナウンサー時代から務めていた『テレポート2000』のキャスターは2006年4月14日の番組終了時まで担当。HBCのキャラクター「もんすけ」の声(初代)も担当)
  • 萬崎由美子(アナウンス部→釧路放送局→アナウンス部→ラジオ制作部→秘書部→社長室→テレビ営業部→アナウンス部。以降の動静は不明)

退社したアナウンサー・キャスター

男性

  • 石崎岳(元『テレポート6』キャスター。在籍時は報道部記者、退社後は衆議院議員へ転身したが、2009.8の総選挙で落選)
  • 岡野隆
  • 小野塚勝(1967-1968にアナウンス部。入社1年後HTB開局に伴いアナウンス要員として移籍。HTB報道制作センター長を経て解説委員で定年退職し、現在はトップシーン札幌 社長)
  • 木島豊(入社後、HTB開局に伴いアナウンス要員として移籍)
  • 佐藤則幸(1972-1994にアナウンス部。退社後に番組制作会社「テレベック」を設立、フリー)
  • 菅原克彦(アナウンス部、釧路放送局。現在は出身地の宮城県でフリーアナウンサーとしてラジオを中心に活躍)
  • 田中徳志郎(アナウンス部。『ダイナミックサタデー』『ハロードライバー』『ベストテンほっかいどう』などを担当。1992年3月逝去)
  • 白馬康治(アナウンス部。退社後UHBに移籍。1986.6逝去)
  • 松永俊之 (1972年当時、帯広放送局→本社アナウンス部。2007.3.31で定年退職後、引き続きフリーアナウンサーとしてHBCの番組をメインに担当している)
  • 村形貞彦(1973.10-1975.3に『JNNニュースデスク』キャスターとしてTBSへ出向)
  • 横田久(アナウンス部、帯広放送局、アナウンス部長、報道制作局次長・スポーツ部長、企画事業局長。2007.8逝去)
  • 遠藤清美
  • 菊池暁一郎 (退社後、AIR-G'でニュースなどを担当していた)
  • 坂上隆志
  • 沢口孝夫(元『テレポート6』キャスター)
  • 柴田恭(1967.7放送の「TBS歌のグランプリ」で北海道庁・赤レンガ前からの中継で登場)
  • 杉浦滋男(アナウンス部、1962年メ〜テレ開局に関わり退社。1964年には東京12チャンネルにスポーツアナウンサーとして移籍。テレビ北海道開局時にはアナウンサーとして出向、その後退社。1997.12逝去)
  • 藪淳一(1992-2008.9。現在は幼稚園の理事長を務める傍ら、フリーアナウンサーとして『公立高校入試解答速報』なども担当)
  • 豊原慎二(2011-2013.3。現在は福岡放送。元ザスパ草津選手)
  • 桜井宏 (アナウンス部→帯広放送局→アナウンス部→函館放送局→アナウンス部。退職後もHBCパーソナリティとして「朝刊さくらい」などHBCの番組を引き続き担当)
  • 田村英一 (アナウンス部→北見放送局→アナウンス部長→編成制作局長。退職後もニュースやナレーションなどを引き続き担当)

女性

その他

インターネット動画配信

  • 道内ニュースは土日を含め、昼と夕方の毎日2回配信している(Windows Media Playerが必要)。

不祥事

  • 2008年12月22日に開設したさっぽろ雪まつりの特設サイト内で「韓日」という表現を用いたり、日韓両国で領有権が争われている竹島を「独島」と記述していた。この件はサイト開設当初より利用者による指摘がなされていたが、北海道放送は指摘に気付かないまま1ヶ月半も放置した。その後利用者がスポンサーに抗議したことで、北海道放送は2009年2月2日にようやく事態を把握。当該箇所を訂正した上で「報道機関としては、お恥ずかしい限りです」と謝罪した[35]

社史・記念誌

  • 北海道放送開業2周年 1954年発行、ページ数不明。
  • 北海道放送開局五周年 HBCテレビ開局記念 1957年発行、33ページ。
  • 北海道放送十年(北海道放送社史編纂委員会・編) 1963年7月発行、868ページ。
  • 北海道放送二十年(北海道放送社史編纂室・編) 1972年9月発行、868ページ。
  • 北海道放送三十年(北海道放送社史編纂委員会・編) 1982年9月発行、882ページ。
  • 北海道放送四十年(北海道放送社史編纂委員会・編) 1992年10月発行、990ページ。
  • スピーカーが風になりブラウン管が光になる時 北海道とともに50年 HBC(北海道放送創立50周年記念事業事務局・編) 2002年5月発行、517ページ。

脚注

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  1. ^ コミュニティ放送局「FMオホーツク」のスタジオも同じビル内にある。
  2. ^ 2013年10月現在、公式サイトの「会社概要」には室蘭放送局が記載されていない。ただし、ラジオのコールサインは維持されている。
  3. ^ 1992年8月のラジオ「AMステレオ放送」開始時は「ラジレオくん」というキャラクターも使用していた。
  4. ^ 「スープカレー」特設サイト
  5. ^ スポーツニッポン(2011年10月5日)
  6. ^ HBCプレスリリース(2003年9月24日)
  7. ^ 大草原の少女みゆきちゃんDVD発売告知
  8. ^ 記憶障害の花嫁(出版案内告知)
  9. ^ 報道の魂(バックナンバー)
  10. ^ 1994年に北海道東方沖地震が発生した際、北方領土全域にも大きな被害を残したが、地震発生後しばらくの間、テレビの天気予報で北方領土の住民向けにロシア語テロップによる予報が行われた。
  11. ^ 但し、県内でテレビ放送が始まった1950年代末頃のテレビ欄は「HBC」と、1980年代前半頃までは、「HBCテレビ」又は「HBCテレビ(改行)(小さく)北海道放送」とそれぞれ表記していた。また、現在のレイアウトに変更されるまで、ラジオ欄の局名は、「HBC・ラジオ」と表記。
  12. ^ 2009年は水曜日20時台、2010年は木曜日19-20時台に中継されているが、これは元から系列各局がそれぞれ自由に編成ができるローカル枠の時間帯となっているため事実上、ネット番組の休止とはならない。
  13. ^ STVと異なり、アナログ放送でもすでに各地域別の差し替えを取りやめている。
  14. ^ NHKのみ、札幌以外の各放送局にもコールサインが付与された。
  15. ^ 以前は実験用として白色のデジタル放送用UHF送信アンテナを設置していたが、実験終了と新しいデジタル放送送信アンテナへの交換を機に撤去された。
  16. ^ 当時の建設工事の様子を記録したフィルム映像が現存している。
  17. ^ FMりべーるの送信所はその後もHBC旭川放送局内に残されていたが、旭川駅の高架化に伴い5条通19丁目へ移転した。
  18. ^ 実験放送時は「JOHR-TVX」のコールサインが使われていた。
  19. ^ デジタル中継局はアナログ放送を行っていたTVhの施設をそのまま使用し、民放各局で共同使用している。
  20. ^ NHK及び他の民放と共にデジタル新局として2014年5月29日に開局。
  21. ^ デジタル中継局は旧HBCアナログ中継局の隣に新設し、2011年11月開局のTVhを含め民放各局が共同使用。送信鉄塔は旧HBCアナログ中継局のものをそのまま使用し、アナログ送信アンテナの下にデジタル送信アンテナを設置した。
  22. ^ 室蘭局のみ測量山のアナログテレビ送信所
  23. ^ 他の道内民放テレビ各局も同様。NHKはすでにデジタル回線となっているが、民放テレビ各局は全国ラインのデジタル移行後も、しばらくマイクロ波アナログ回線で運用していた。
  24. ^ 一時放送休止期間を経て2009年10月から2010年4月まで放送。
  25. ^ 45分版放送時代は土曜日午後にレギュラー放送の後に不定期放送に格下げされたが、2010年4月よりTBS同時ネットを機にレギュラー放送を再開し9月まで放送。
  26. ^ テレポート6の移行に伴い、途中から17:30からの遅れネットに降格。以後MBS制作アニメ・実写枠でも遅れネット継続
  27. ^ 本放送中に東北地方太平洋沖地震発生の影響で放送中止されたが、2011年10月23日から毎週日曜深夜に未放映分も含めて再放送された。
  28. ^ 第23話までは同時ネット、第24話以降はローカルセールス枠に移行。
  29. ^ 放送途中で同時ネットに復帰。同時ネットに復帰したその日(2002年3月30日)は1週遅れの回と同時ネットの回の2話連続放送だった
  30. ^ 『DARKER THAN BLACK』までのMBS木曜深夜枠放送作品は、HBCではCBCと同じく、MBSと同日ネットだったがCBCより早い45分遅れネットだった。『灼眼のシャナII(Second)』はHBCでは未放送。
  31. ^ 当初はSTVとともに放送していた。現在もSTVでは、アナログ放送・デジタル放送ともに旭川ローカルで放送している。
  32. ^ 2012.6.28の人事異動により、アナウンス部を離れた。これにより担当番組もすべて降板。
  33. ^ アナウンサー日記2012.6.18付「ご報告です」
  34. ^ 社史によると、帯広放送局在籍時に地震報道のため、帯広局より全中の『JNNニュース』を放送したことがあった。
  35. ^ HBC「雪まつり」ページ 「韓日」「独島」記述に抗議「メル凸」”. J-CAST. 2009年2月5日閲覧。

関連項目

外部リンク