スター千一夜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
スター千一夜
Star 1001Night Simadu Takako 1960.jpg
島津貴子の出演風景(1960年)
ジャンル トーク番組
放送時間 15分
放送期間 1959年3月1日 - 1981年9月25日(6417回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 フジテレビジョン
出演者 司会 主な司会者を参照
ゲスト 歴代ゲストを参照
テンプレートを表示

スター千一夜』(スターせんいちや)は、フジテレビ系列で、1959年3月1日(フジテレビ開局当日) - 1981年9月25日に放送されたトーク番組。放送回数は6417回。通称は「スタ千」。

目次

[編集] 概要

旬の芸能人スポーツ選手など著名人が出ることがウリとした。番組開始時には映画会社による五社協定が締結されており、テレビに映画スターが出演できなかったのを、芸能番組への出演という形でなく、時事に絡めた社会の話題として取り上げた。

第1回のゲストは、長門裕之津川雅彦兄弟。最終回のゲストは、美空ひばり

放送日は当初は、日曜日から水曜日で始まり、その後幾度か放送曜日の変更が行われて、月曜日から土曜日までの帯番組となった(一時期土曜放送を廃止した事も有り)。原則的にゴールデンタイムの帯番組として設定され、時間帯も、当初は21時 - 21時15分までの時間帯に放映されたが、幾度かの変更があった末にの19時45分 - 20時までの15分枠に落ち着いた。月曜日から金曜日の19時45分からの15分に落ち着いたのは1974年10月以降である。前時間帯の19時30分 - 19時45分も同じ月 - 金の帯番組で、かつ長寿番組だった『クイズグランプリ』などがあり、フジテレビの毎日の顔的存在の時間帯であった。それだけに番組にステータスがあり、「これに出れば一人前」と言われた番組でもあった。

また、1960年代後半以降、司会者には田宮二郎石坂浩二関口宏など、本業は俳優であるタレントを抜擢する異色の起用方法を取り入れたことも話題となった。特に関口については、この番組が俳優から司会者へのイメージを定着させており、大橋巨泉が関口に対して、司会者としての素質を評価していたという。

番組スポンサーは、旭化成(当時の社名は旭化成工業)と旭化成グループ各社の一社提供。この番組終了後もやはり一社提供で新番組『なるほど!ザ・ワールド』の番組スポンサーとなった。 長年にわたり「旭化成カシミロン」CM(60秒)を放映。番組のトーク進行中に画面下に「提供:旭化成カシミロン」のテロップが数秒間表示される。

番組の途中にて「企業最前線」という生CMコーナーがあり石坂浩二がすぐとなりの番組セットへ移り旭化成の新製品情報を企業の担当者から話を聞く内容だった。

番組最高視聴率は、1966年12月1日(木)放送(王貞治・恭子夫妻出演)の45.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だった。

最多出演者は歴代司会者にも名を連ねる吉永小百合の90回。以後、王貞治(72回)、坂本九浅丘ルリ子(共に58回)と続く。

なお記念回は、100回や1000回といった切りのいい回ではなく、タイトルに因んで、1001の倍数回(1001回、2002回…)に行われていた。

当時のフジテレビは「母と子のフジテレビ」というキャッチフレーズだったが、全体的に低迷状態で「不治(フジ)の病」「番外地」と揶揄されている中、『小川宏ショー』、『夜のヒットスタジオ』、『キンカン素人民謡名人戦』と共に低迷フジを支えてきた。

[編集] 主な司会者

当初は司会者は1週間を通じて固定であったが、1960年代後半以降は複数の司会者が、回により交替で担当するスタイルとなった。主にはタレント・フリーアナウンサーが司会を務めていたが、結婚記者会見などの場合には、レポーターを兼ねて露木茂をはじめとするフジテレビアナウンサー陣が司会役を務めていた。

ほか多数

[編集] 主なゲスト

他多数

[編集] 歴代高視聴率ゲスト

視聴率(%)はビデオリサーチ関東地区調べ。

# 放送日 放送時間 視聴率 ゲスト
1. 1966年12月1日(木) 21:30 - 21:45 45.9% 王貞治王恭子夫妻
2. 1963年2月7日(木) 21:30 - 21:45 38.1% 栃光正之夫妻
3. 1971年3月24日(水) 19:45 - 20:00 37.9% 石坂浩二浅丘ルリ子夫妻
4. 1967年5月30日(火) 21:30 - 21:45 36.9% 大鵬幸喜納谷芳子夫妻
5. 1965年1月26日(火) 21:30 - 21:45 34.8% 長嶋茂雄長嶋亜希子夫妻
6. 1964年3月6日(金) 21:30 - 21:45 34.4% 高倉健江利チエミ夫妻
7. 1968年3月27日(水) 21:30 - 21:45 33.7% デビ夫人とサリーちゃん
8. 1980年11月19日(水) 19:45 - 20:00 30.3% 三浦友和山口百恵夫妻
9. 1970年9月12日(土) 19:45 - 20:00 30.0% 加山雄三松本めぐみ夫妻

出典:

[編集] 番組の終焉とその後

当時、低落傾向が続いていたフジテレビが活性化のため柔軟で大規模な番組編成の改革を取る方針となった事と「クイズグランプリ」等とワンセットとなる平日15分帯番組枠が時代に沿わなくなった事が、1981年の終了につながった。その最終回は「惜しまれつつ終了」という形式をとった。これは、開局日以来放送されていたからである。

1981年8月下旬より「スター千一夜」ファイナルと題し「60年代」「70年代」「80年代」「スポンサー」とテーマを決めて今まで放送してきたハイライトシーンが放送される。

1981年9月18日のスポンサー特集では「愛を育てる旭化成」企業CMなど普段見る事の出来ない貴重なCM映像も紹介した。

最終回は1981年9月25日に『さよなら!スター千一夜』というタイトルで、19:30からの拡大版で放送(当時19:30開始の『逆転クイズジャック』は前日の9月24日で終了)。放送では過去当番組に出演した芸能人が多数出演し、その席上、森繁久彌が自作の詩を朗読して番組終了を惜しんだ。

放送回数6417回、放送期間22年6ヶ月は、現在放送中の『森田一義アワー 笑っていいとも!』(2011年1月現在、28年3ヶ月)に塗り替えられるまで、フジテレビの帯番組では長寿記録であった。その後、1990年頃に期首特番で2時間番組として復活したこともある。出演はレギュラーを務めていた露木茂、ビートたけし。

2008年11月16日には、フジテレビ721において吉永小百合傑作選として、選りすぐりの2本が再放送された。

名物番組といえど保存されている映像は少なく、現存する映像は1970年代後半以降のものが大半である。これは、番組開始当時はVTRが無く生放送で、納入後もVTR規格が2インチで機器・テープ共に高価だったことが理由として挙げられる。また、放送時間も15分と短く、加えて著作権法などの絡みで番組の資料保存が制約されていた事情もあった。

  • 例として、1996年8月8日放送の『フジテレビの日888まつり〜祭りだワッショイ〜』において当番組が紹介された際、露木茂アナウンサー(当時)が明石家さんまについて、「さんまさんが『スター千一夜』に出演していた時のVTRが保存されておりません。取りあえず辛うじて写真だけが残っていました」と紹介し、さんまも「保存せぇーよ!」とぼやいていた。なお、さんまが出演したのは、漫才ブームの渦中にあった1981年9月。ツービートB&Bザ・ぼんちらが日替わりで出演した『スタ千』最終週の前週のこと。さんまは「『スタ千』には滑り込みで間に合った」という感激を、2009年2月28日放送の『バラエティルーツの旅 あなたがいたから僕がいる 半世紀大感謝祭』や、そのほかの番組でも幾度となく語っている。

[編集] 特別版

これまで番組終了から数年後の1990年1991年2010年の3度に渡り復刻版が放送された。

[編集] 1990年・1991年版

1990年10月2日、1991年4月2日に通常は『なるほど!ザ・ワールド』が放送されていた火曜夜9時台の時間帯にて『特別企画 スター千一夜スペシャル』と題し(2回目2を冠していた)は9年ぶりに復活し、1度目の司会は石坂浩二が、2度目は番組末期に司会を担当経験していたビートたけしが務めた。こちらでは従来のゲストを迎えるトークに加え、現存しているVTRを紹介する形を取った。通常の『なるほど-』同様にこちらも旭化成が一社提供をしていた。

[編集] 2010年版

2010年4月5日から4月8日までは、開局50周年記念ドラマ『わが家の歴史』(4月9日〜4月11日放送)の宣伝も兼ねて、当番組が28年半振りに『スター千一夜2010 わが家の歴史』として深夜枠で復活。企画・構成・司会は『わが家の歴史』の脚本を担当した三谷幸喜(当番組の司会の一人である往年の石坂浩二風に似せた姿にて)が務め、出演者は『わが家の歴史』の出演者が登場。ただしいわゆるトーク番組ではなく、三谷の不可解なムチャ振りの質問に出演者が無理矢理答えなければいけない、という内容のものであった。この時も旭化成が30秒ではあるがスポンサーに付いていた。

放送日(翌日未明) ゲスト
2010年4月5日 長澤まさみ榮倉奈々堀北真希
2010年4月6日 加藤清史郎
2010年4月7日 佐藤浩市松本潤)、佐藤隆太
2010年4月8日 柴咲コウ

なおこちらの特別番組に行う際にメディアが報じた情報では、「29年ぶりの復活」と紹介され、1990年・1991年版が触れられることは無かった。

[編集] 歴代スタッフ

[編集] 歴代ネット局

※なお、歴代ネット局のうち、未放送だった曜日や内容もあったり、途中打ち切りになった所もあったりした。

[編集] テーマ曲

複数の番組テーマ曲が作成されていた。確認されているものでは初期のものは「夜が来ればスター千一夜」と言う歌詞で始まるもの(唄・フォーコインズ)と、1970年代前後には歌詞の途中に「旭化成のスター千一夜」と歌われていたものとがある。同じ頃にはタイトルコールのあと短いテーマ曲が流れたバージョンもあった。また番組終期には、旭化成のCMソングと思われる曲がアニメーションとともに流れていた(最終バージョンOPの1つ前)。前者は野坂昭如作詞・いずみたく作曲、後者は三木鶏郎(進行役を経験した三木鮎郎の実兄)が作曲しているのが確認されているが作詞者は不明である。

[編集] 備考

  • 放送開始初期は、フジテレビ・仙台放送・関西テレビ・広島テレビ・テレビ西日本以外の地方ローカル局は、曜日によってネットしていたが、編成上無理が多く短期間しかネットしなかった。
  • したがって、全国的によく知られた番組となった(本来の時間帯で連日放送された)のは、各地にフジテレビ系列のUHF局が開局した1970年前後といえる。関東地区だけを見た場合、夜早い時間帯の帯番組のため、極端な高視聴率を普段は取ることがなくなった時期に相当するが、地方ではこのころから人気番組になったということになる。なお、クロスネット局でも、優先的に本来の時間帯に放送されることが多かったほか、他系列の番組をどうしても同時ネットしなければならない場合には、先行放送する場合もあった。
  • 関東地区では、1964年4月から1965年9月まで月〜土の11:30 - 11:45に再放送を行っていたが、旭化成は提供したかは不明。
  • 長きに渡って当番組のシンボルマークは無かったが、20周年突入となった1978年からは、女性の横顔に筆記体で「20」と描いたシンボルマークを採用。翌1979年からは、「20」の部分を「The」(目の部分)と「Star」(耳の部分、以上筆記体)に変えて、最終回まで使用した。
  • 1967年4月2日 - 1969年3月30日までの間は、毎週日曜日にも夜10時15分 - 10時30分で放送されていた(日曜版第2期)。この枠の前番組は海外ドラマ『全艦発進せよ』(22:15 - 23:15。15分繰り下げて継続)。後番組は『唄子・啓助のおもろい夫婦』(22:15 - 23:00)だった。なおこの日曜版第2期は、土曜放送休止と同時に開始し、終了と同時に土曜放送が再開(19時枠後半)した事を考えると、土曜版が枠移動したものと思われる。
  • さっぽろ雪まつりの開催時に『雪まつりスペシャル』と題して札幌テレビ協力の下、会場から放送したこともあった。
  • 2009年2月28日放送の『バラエティルーツの旅 あなたがいたから僕がいる 半世紀大感謝祭』では、トーク番組のルーツとして当番組が紹介された。
  • 2009年7月9日放送の『FNNスーパーニュース』「文化芸能部」で、勝野七奈美死去が報じられた際、勝野洋キャシー中島夫妻と七奈美が出演した時の映像が放送された。
  • 2009年10月22日放送の『めざましテレビ』で南田洋子の死去が報じられた際、1979年3月2日放送分の映像が放送された。
フジテレビ 平日21:00枠(1959年3月から)
前番組 番組名 次番組
(初代)
木曜観劇会

劇場への招待

プロ野球中継
(以上木曜 20:00より)
※1959年3月~1960年3月
にっぽん拝見
(金曜)
※1959年3月~12月
スター千一夜
フジテレビ系 平日21:30枠(1962年10月より)
すべて21:15から
月曜 - レッツ・ゴー三人娘
火曜 - 愛する
水曜 - シカゴ特捜隊-M
木曜 - 笑えば天国
金曜 - ザ・ビッグショー
スター千一夜
月曜 - 21:00からスパイ大作戦
火曜 - ミュージックフェア'69
水曜 - アーラわが君
木曜 - 暖春
金曜 - おんなの劇場
フジテレビ系 平日19:30枠(1969年4月より)
スター千一夜
3000万円クイズ
(月~土)
フジテレビ系 平日19:45枠(1969年10月より)
お茶の間寄席
(月~土)
スター千一夜
すべて19:30から
月曜 - 意地悪ばあさん
火曜 - 火曜ワイドスペシャル(枠繰り上げ)
水曜 - うる星やつら
木曜 - とびだせものまね大作戦
金曜 - クイズ!ベストカップル
フジテレビ系 土曜21:00 - 21:15枠(1959年3月~1962年9月)
前番組 番組名 次番組
(初代)
スター千一夜
(土曜版第1期)
ズバリ!当てましょう(第1期)
(21:00 - 21:30)
※枠交換で15分繰上げ
フジテレビ系 土曜21:30 - 21:45枠(1962年10月~1967年3月)
ズバリ!当てましょう(第1期)
(21:15 - 21:45)
※枠交換で15分繰上げ
スター千一夜
(土曜版第1期)
春らんまん
(21:30 - 22:00)
フジテレビ系 土曜19:30 - 19:45枠(1969年4月~9月)
ゆびきりげんまん
(19:30 - 20:00)
スター千一夜
(土曜版第2期)
3000万円クイズ
(月~土)
フジテレビ系 土曜19:45 - 20:00枠(1969年10月~1974年9月)
お茶の間寄席
(月~土)
スター千一夜
(土曜版第2期)
オールスター90分
(19:30 - 20:55)
フジテレビ系 日曜21:00 - 21:15枠(1959年3月~1960年10月)
前番組 番組名 次番組
(初代)
スター千一夜
(日曜版第1期)

(21:00 - 21:45)
フジテレビ系 日曜22:15 - 22:30枠(1967年4月~1969年3月)
全艦発進せよ
(22:15~23:15)
※15分繰り下げて継続
スター千一夜
(日曜版第2期)
フジテレビ系 旭化成一社提供
前番組 番組名 次番組
(初代)
スター千一夜
なるほど!ザ・ワールド
(火曜21:00 - 21:54)
個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス