青森県

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

青森県
あおもりけん
地方 東北地方
団体コード 02000-1
ISO 3166-2 JP-02
面積 9,644.21km²
総人口 1,385,096
推計人口、2009年5月1日)
人口密度 144人/km²
隣接都道府県 北海道秋田県岩手県
県の木 ヒバ
県の花 リンゴ
県の鳥 ハクチョウ
青森県民の歌 青い森のメッセージ
知事 三村申吾
青森県庁
所在地 〒030-8570  青森県
青森市長島1丁目1番1号
画像:AomoriPrefOffice.jpg
電話番号 017-722-1111
外部リンク 青森県庁
青森県の位置
特記事項 :
市町村境界図

青森県行政区画図

:市 / :町・村
ウィキポータル 日本の都道府県/青森県
Template (ノート 解説) 都道府県ポータル
青森県の旗(中央は県章)

青森県 (あおもりけん)は、日本本州最北端に位置する県である。 秋田県岩手県と接する。 県庁所在地は青森市

目次

[編集] 地理

[編集] 半島

[編集] 山脈、山地

[編集] 山、丘

[編集] 平野、台地

[編集] 河川

[編集] 湖沼

[編集] 岬、崎

[編集]

[編集] 海峡、湾港、海岸

[編集] 自然公園

十和田八幡平国立公園
下北半島国定公園津軽国定公園
浅虫夏泊県立自然公園、大鰐碇ヶ関温泉郷県立自然公園、種差海岸階上岳県立自然公園、名久井岳県立自然公園、芦野池沼群県立自然公園、黒石温泉郷県立自然公園、岩木高原県立自然公園、赤石渓流暗門の滝県立自然公園

[編集] 気候

[編集] 歴史

[編集] 原始時代

縄文時代の遺跡として、三内丸山遺跡亀ヶ岡遺跡是川遺跡などが現在までに発見されている。これらの遺跡には豊富な土器・広い集落、また他地方のものと思われる遺物が発見され、文化・経済などの面で周辺にも強い影響を与えていたと考えられている。また、弥生時代前期の遺跡として同垂柳遺跡が発掘されており、コメの栽培が行われたことが確認されている。ただし弥生時代中期に稲作は衰え、大幅な人口流出があったものと考えられている。

畿内でヤマト王権が成立し、東国を含め日本列島各地では在地勢力やヤマト王権の影響を受けた勢力よる古墳の築造が開始されるが、同地域では前期古墳以来の古墳は見られず、終末期古墳が少数存在するだけである。

[編集] 古代

大和政権が本州・四国・九州のほとんどの地域を勢力下に治めた後も同地域は統治領域外にあり、蝦夷(エミシ)と呼ばれる人々が独立性を保って居住していた。こうした事情もあって当時の同地域を考察するための文献資料が余りにも少なく、今後の発掘調査の成果が待たれる部分も大きい。

9世紀には、陸奥出羽按察使征夷将軍文室綿麻呂が、爾薩体の蝦夷を平定したという記録がある。

  • 「爾薩体」は、岩手県二戸郡・九戸郡から青森県三戸郡にあたる地域を指すと考えられている。青森県では従来「にさて」と読まれることが多かった。「にさたい」「にさったい」とも読まれる。岩手県二戸市に「仁左平(にさったい)」という地名がある。かつては「爾薩体」と表記されており、古代の「爾薩体」につながると考えられる。

11世紀、岩手県北上平野の地域に俘囚安倍氏 (奥州)の勢力が確立すると、岩手県北から下北半島にかけての糠部地方で同族と見られる安倍富忠が有力となった。前九年の役において富忠は源頼義に使わされた金為時の誘いを受け朝廷方についた。安倍頼時は富忠に対する説得のため、わずかな手勢を引き連れて北上したが、富忠は頼良を攻め、矢傷を負った頼良はこれが元で死亡した。頼良を滅ぼした富忠だったが、朝廷や源頼義からの恩賞をうけた記録は無く、以後の糠部安倍氏に関する史料はない。北上平野の安倍氏はついに滅ぼされたが、貞任の子の高星丸が叔父の安倍則任とともに糠部を経て津軽に落ち伸び、津軽安東氏(安倍姓)の祖となったとの伝承がある。

[編集] 中世

青森県域が明確に中央政権に組み込まれるようになったのは延久北奥蝦夷合戦以後であると考えられている。正確な時期は不明だが、延久北奥蝦夷合戦から奥州藤原氏時代までのいずれかの時期に中央と同様の郡郷制が敷かれ、糠部郡平賀郡鼻和郡田舎郡西浜外浜が設置されたのである。平安時代末期に奥州藤原氏を倒した源頼朝によって南部光行が糠部五郡を与えられたとの伝承があるが、史実かどうかは確認されていない。13世紀後半までに県域の全てが北条氏得宗領となり、その地頭代として津軽安藤氏が下北半島や津軽半島、また蝦夷島(北海道)の沿岸部を支配し、室町時代中期にかけて海上交易で栄えた。特に十三湖沿岸に築いた港(十三湊)には大きな町が形成され、現在でも中国や日本各地の陶磁器が出土している。

ところが津軽安藤氏は鎌倉時代末期に内訌を起こして(津軽大乱)勢力を後退、また、南北朝時代の到来に当たっては北朝側につき、現在の岩手県南部から青森県東部の内陸部に勢力を持ち始めた南部氏は南朝方についたために同氏と対立、抗争した。情勢は南部氏有利に進み、安藤氏は蝦夷が島に駆逐された。南部氏は海上交易にはあまり力を入れず、安藤氏によって繁栄した各港は衰退した。一方、室町時代半ばには津軽地方では浪岡を中心に北畠氏浪岡氏)が大きな勢力を誇った。

15世紀半ばに安藤氏を駆逐した南部氏は大きく勢力を拡大、16世紀半ばには津軽・下北・糠部地方一帯の広い領土を支配し、「三日月の丸くなるまで南部領(領土が広いために南部領を進んでいるうちに三日月が満月になってしまうということ)」と讃えられた。しかし、16世紀後半になると南部氏の一族の大浦為信(津軽為信)が他の南部氏の諸城を落城させ、津軽地方、外ヶ浜、糠部の一部を支配した。為信とその子信牧の二代をかけて弘前城の築城、同地への城下町の建設、羽州街道岩木川の整備などが行われた。大浦家の本性は源氏で対外的には南部と名乗っていたが為信の代に藤原氏に鞍替えし、苗字を津軽とした。一方東部は三戸南部氏の領地となった。

[編集] 近世から明治初年

江戸時代には主に盛岡藩8万石(後に20万石に高直し)と弘前藩4万5千石(後に10万石に高直し)が現在の県域にあたる地域を支配した。ほか、盛岡藩の支藩として八戸藩2万石、七戸藩1万石そして弘前藩の支藩として黒石藩1万石があった。いずれの藩においても最北の地にあるため飢饉の際に大きな被害を受けたが、下北地方では餓死者がほとんどいなかった。江戸時代においても青函海峡沿いにアイヌ人がいたと伝えられている。

戊辰戦争時、弘前藩も盛岡藩も当初奥羽列藩同盟に属していたが、途中で弘前藩は官軍に寝返った。戦後、盛岡藩は大幅に石高を減らされ、その跡に斗南藩が置かれ、もと会津藩の松平家が3万石で入った。

[編集] 近代以降の年表

[編集] 明治-昭和初期(戦前)

  • 1868年11月 旧暦9月、野辺地戦争。野辺地で弘前藩兵と盛岡藩兵・八戸藩兵とが交戦。
  • 1871年7月 廃藩置県。現在の青森県域には、旧藩を引き継いだ弘前県、黒石県、斗南県、七戸県、八戸県が成立。
  • 1871年9月 弘前県、黒石県、斗南県、七戸県、八戸県、館県の合併により、弘前県が成立するが、その直後、県庁が弘前から青森に移ったことで、青森県と改称。歩兵第5連隊青森駐屯。
  • 1872年10月 福島郡など(旧館県)が開拓使に移管。
  • 1876年 明治天皇巡幸。
  • 1876年5月 二戸郡を岩手県に移管して現在の県域が確定。
  • 1889年4月1日 - 中津軽郡弘前が市制施行し、弘前市となる。
  • 1896年 第8師団弘前に駐屯。
  • 1898年4月1日 - 東津軽郡青森町が市制施行し、青森市となる。
  • 1902年1月 八甲田雪中行軍遭難事件歩兵第5連隊第2大隊八甲田山で遭難。
  • 1905年 第8師団日露戦争に従軍、黒溝台会戦で死傷6300人。
  • 1908年3月 青函連絡船の運航が始まる。
  • 1922年 第8師団シベリア出兵
  • 1929年5月1日 - 三戸郡八戸町・小中野町・湊町・鮫村が合併・市制施行し、八戸市となる。
  • 1930年9月 米国太平洋横断機タコマ市号、三沢淋代海岸から出発したが東通村尻労に引き返す。
  • 1931年10月 米国太平洋横断機ミス・ビートル号、三沢淋代海岸から出発し合衆国ワシントン州ウェナッチに着陸。世界初の太平洋無着陸横断飛行。
  • 1945年7月 青森大空襲、また八戸、三沢、大湊などでも空襲、青函連絡船7隻沈没、青森大空襲での死傷者1769名。

[編集] 戦後

[編集] 人口

[編集] 年齢構成

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 ファイル:g30.pngファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g01.png 61
5 - 9 ファイル:g50.pngファイル:g03.png 69
10 - 14 ファイル:g50.pngファイル:g03.pngファイル:g01.png 71
15 - 19 ファイル:g50.pngファイル:g10.png 79
20 - 24 ファイル:g50.pngファイル:g10.pngファイル:g03.png 82
25 - 29 ファイル:g50.pngファイル:g10.pngファイル:g05.png 85
30 - 34 ファイル:g50.pngファイル:g10.pngファイル:g10.png 92
35 - 39 ファイル:g50.pngファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 88
40 - 44 ファイル:g50.pngファイル:g10.pngファイル:g10.png 92
45 - 49 ファイル:g50.pngファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 100
50 - 54 ファイル:g50.pngファイル:g30.pngファイル:g10.png 117
55 - 59 ファイル:g50.pngファイル:g30.pngファイル:g03.png 108
60 - 64 ファイル:g50.pngファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 94
65 - 69 ファイル:g50.pngファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g01.png 93
70 - 74 ファイル:g50.pngファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g01.png 87
75 - 79 ファイル:g50.png 66
80歳以上 ファイル:g50.pngファイル:g03.png 70

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]

年齢
31 ファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g03.png 0 - 4歳 ファイル:r10.pngファイル:r10.pngファイル:r03.png 30
35 ファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g01.png 5 - 9 ファイル:r10.pngファイル:r10.pngファイル:r05.pngファイル:r01.png 34
36 ファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 10 - 14 ファイル:r10.pngファイル:r10.pngファイル:r05.pngファイル:r01.png 35
40 ファイル:g30.png 15 - 19 ファイル:r30.png 39
42 ファイル:g30.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 20 - 24 ファイル:r30.png 40
44 ファイル:g30.pngファイル:g03.png 25 - 29 ファイル:r30.pngファイル:r01.png 41
46 ファイル:g30.pngファイル:g05.png 30 - 34 ファイル:r30.pngファイル:r05.png 46
43 ファイル:g30.pngファイル:g03.png 35 - 39 ファイル:r30.pngファイル:r03.pngファイル:r01.png 45
45 ファイル:g30.pngファイル:g03.pngファイル:g01.png 40 - 44 ファイル:r30.pngファイル:r05.pngファイル:r01.png 47
49 ファイル:g30.pngファイル:g05.pngファイル:g01.pngファイル:g01.png 45 - 49 ファイル:r30.pngファイル:r05.pngファイル:r03.pngファイル:r01.png 51
57 ファイル:g30.pngファイル:g10.pngファイル:g03.png 50 - 54 ファイル:r30.pngファイル:r10.pngファイル:r05.pngファイル:r01.png 60
52 ファイル:g30.pngファイル:g10.png 55 - 59 ファイル:r30.pngファイル:r10.pngファイル:r03.png 56
43 ファイル:g30.pngファイル:g03.png 60 - 64 ファイル:r30.pngファイル:r05.pngファイル:r03.pngファイル:r01.png 51
41 ファイル:g30.pngファイル:g01.png 65 - 69 ファイル:r30.pngファイル:r10.png 52
37 ファイル:g10.pngファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g03.png 70 - 74 ファイル:r30.pngファイル:r05.pngファイル:r03.png 50
26 ファイル:g10.pngファイル:g10.png 75 - 79 ファイル:r30.png 40
21 ファイル:g10.pngファイル:g05.pngファイル:g01.png 80歳以上 ファイル:r30.pngファイル:r05.pngファイル:r01.pngファイル:r01.png 49


青森県と全国の年齢別人口分布図(比較) 青森県の年齢・男女別人口分布図
紫色は青森県
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
1980年 1,523,907人
1985年 1,524,448人
1990年 1,482,873人
1995年 1,481,663人
2000年 1,475,728人
2005年 1,436,657人
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 産業

青森県は農林水産業、いわゆる第一次産業の割合は全国でもトップクラスであり農業が非常に盛んな県である。その一方、製造などに関わる第二次産業は弱く、県内に本社を置く大企業は存在せず、求人倍率や県民所得は低迷し、人口減少率は高い問題を抱えている。

[編集] 農業

青森県は国内でも有数の生産高を誇る農業生産地の一つである。 平成18年農林水産統計によると、農業産出額は2,885億円。食料自給率は118%(カロリーベース:概算値)であり、北海道や岩手県、秋田県、山形県などと共に、自給率100%を超える数少ない県の一つである。津軽平野、南部平野 と、山岳に富んだ地形であり、地域によって気候が大きく異なっているため、地域特性にあった農業が営まれている。 野菜生産額全体では、平成15年全国で14位。東北では10年連続第1位。

青森県はリンゴの生産地であり、日本産リンゴの約半数が青森県産である。リンゴ栽培は生産量日本一の弘前市を中心とする津軽地方で盛んだが、三戸郡上北郡を中心とした南部地方でも行われている。中国、台湾等に高級果物として輸出されている。

日本国内では唯一の産地である。

[編集] 林業

[編集] 水産業

[編集] 商工業

農業、水産業が盛んなため、その産物を利用した食品加工業が盛んである。

県南の八戸市は県内で一番工業が盛んであり、三菱製紙大平洋金属などが操業、八戸セメントでは同市内にある八戸鉱山から採掘した石灰石を利用したセメントを製造している。 他に、県内各所で精密機械関係も盛んになってきている。

[編集] 青森県内に本社を置く企業

上場企業のみ記載した。

[編集] 生活文化

  • 芥川賞第44回 三浦哲郎「忍ぶ川」
  • 直木賞第23回 今日出海「天皇の帽子」
  • 直木賞第35回 今 官一「壁の花」
  • 直木賞第36回 今 東光「お吟さま」
  • 直木賞第61回 佐藤愛子「戦いすんで日が暮れて」
  • 直木賞第69回 長部日出雄「津軽世去れ節」「津軽じょんから節」

[編集] スポーツ

[編集] 交通

[編集] 空港

[編集] 鉄道

東日本旅客鉄道東北新幹線 八戸駅
弘南鉄道・東日本旅客鉄道 弘前駅
津軽鉄道線

[編集] 海路

[編集] 道路

[編集] 高速自動車国道

[編集] 有料道路

[編集] 一般国道

[編集] 県道・主要地方道

青森県の県道一覧にて記述する。

[編集] 路線バス

[編集] 行政

[編集] 歴代知事(公選)

[編集] 財政

[編集] 平成19年度

  • 財政力指数 0.31
    • IIIグループ(財政力指数0.3以上、0.4未満)11自治体中8位

[編集] 平成18年度

  • 財政力指数 0.29
    • IVグループ(財政力指数0.3未満)10自治体中1位

[編集] 平成17年度

  • 財政力指数 0.27
    • IVグループ(財政力指数0.3未満)14自治体中5位

[編集] 平成16年度

  • 財政力指数 0.26
    • IVグループ(財政力指数0.3未満)15自治体中5位

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 国外

  • ブラジル連邦共和国サンタ・カタリーナ州 - 1980年(昭和55年)10月23日提携 産業経済・科学技術・文化教育等の交流
  • ロシア連邦ハバロフスク地方 - 1992年(平成2年)8月27日提携 産業経済・科学技術・文化教育等の交流
  • アメリカ合衆国メーン州 - 1994年(平成6年)5月25日提携 産業経済・科学技術・文化・芸術・スポーツ等の交流
  • イタリア共和国リグーリア州 - 2002年(平成14年)5月7日提携 産業・文化芸術・教育等の交流

[編集] 地域

以下の10市8郡22町8村がある。町の読み方はおいらせ町、南部町、階上町が「ちょう」、その他は「まち」である。村は全て「むら」と読む。

[編集] 市部

[編集] 郡部

[編集] 都市圏

都市雇用圏(10%通勤圏)の変遷

1980年 1990年 1995年 2000年
青森都市圏
33万6677人
青森都市圏
33万2838人
青森都市圏
33万7827人
青森都市圏
34万0558人
八戸都市圏
33万1608人
八戸都市圏
33万2275人
八戸都市圏
33万3129人
八戸都市圏
33万2242人
弘前都市圏
27万8234人
弘前都市圏
27万2460人
弘前都市圏
32万9279人
弘前都市圏
32万6102人
十和田都市圏
7万7582人
十和田都市圏
9万0255人
五所川原都市圏
10万7301人
五所川原都市圏
11万1232人
むつ都市圏
6万9913人
むつ都市圏
6万7326人
十和田都市圏
9万0696人
十和田都市圏
9万0715人
五所川原都市圏
5万5464人
三沢都市圏
6万1178人
むつ都市圏
7万2995人
むつ都市圏
7万4997人
黒石都市圏
4万0755人
五所川原都市圏
5万2792人
三沢都市圏
6万2783人
三沢都市圏
6万5470人
三沢都市圏
3万9962人
黒石都市圏
3万9213人
黒石都市圏は弘前都市圏に包含
野辺地都市圏
1万8419人
野辺地は中心性を失って都市圏を形成しなくなる


地域呼称としては、津軽地方(西津軽郡、北津軽郡、五所川原市、つがる市、中津軽郡、弘前市、南津軽郡、黒石市、平川市)と南部地方(八戸市、十和田市、三沢市、三戸郡、上北郡)、下北地方(むつ市、下北郡)と。東青地域(青森市と東津軽郡)がある。 詳細は各項目参照。

[編集] 生活文化

[編集] 食べ物

  • 海産物 - 七子八珍
  • 食材 - 津軽味噌-生姜味噌おでん
  • 津軽地方には砂糖を入れた甘口の赤飯があり、コンビニなどで買うこともできる。また、などを入れた甘口の茶碗蒸しも食べられていて、塩味の赤飯や茶碗蒸しを食べ慣れている県民は多くなく、ほとんどの地域で甘口の物を食べている。

[編集] 郷土料理

[編集] 有形文化財建造物

特別史跡
重要伝統的建造物群保存地区

[編集] 名所・旧跡・観光スポット

弘前城(重要文化財現存天守

[編集] 祭事・催事

名所・旧跡等。マウスを点に合わせてください

県庁所在地、温泉、名所旧跡等、山、

[編集] 青森県を舞台にした作品

[編集] 映画

[編集] 小説

[編集] 紀行文

  • 街道をゆく三、陸奥のみち肥薩のみち(司馬遼太郎)
  • 街道をゆく 、北のまほろば(司馬遼太郎)

[編集] アニメ

[編集] ドラマ

[編集] ドキュメンタリー

[編集] 漫画

[編集] 音楽

※モノローグ部分の方言を間違えている事が指摘されている。
※ただし歌詞中の人々は北海道へと都市部(東京)から帰る途上であり、当歌と青森県の関連は比較的薄い。

[編集] マスメディア

[編集] 新聞

[編集] テレビ局

[編集] 地上波放送

[編集] ケーブルテレビ

[編集] ラジオ局

  • AMラジオ局
    • NHK青森放送局
    • 青森放送(JRNNRN系列)
    • AFN三沢(米軍三沢基地向けのラジオ放送。周辺地域でも聴くことが出来る。)
※ほか、北海道放送STVラジオが県のほとんどの領域で受信可能。岩手放送秋田放送については、各県境沿いのごく一部に限り受信できる。さらに夜間は東北放送ニッポン放送TBSラジオ、遠方では東海ラジオABCラジオラジオ大阪、南西部ではRKBラジオKBCラジオも受信できる。ただし、CBCラジオ朝鮮中央放送が停波する23時以降でないと聴取不可。文化放送KBS韓民族放送との混信があり県南東部でないとほぼ聴取不可能である。MBSラジオも混信が深刻であり南部の白神山地に遮られている地域でないと聴取困難である。
※ほか、北海道のAIR-G'NORTH WAVE、函館のFM局(FMいるか)が津軽海峡沿いを中心に受信できる。FM岩手が八戸市・三戸郡及び上北地方の一部で、FM秋田が津軽地方の一部で受信できる。

[編集] 軍事

津軽海峡公海特定海域)であるため、他国の核兵器を搭載した軍艦潜水艦の航行、および、津軽海峡上空の軍用機の通過が可能である。そのため、突発的な戦闘に対する専守防衛には、津軽海峡に面した警備所と、近接する後方基地が必要であり、青森県には海上自衛隊の拠点が置かれている。

また、戦後の冷戦時代には、仮想敵国ソビエト連邦実効支配するサハリン北方四島と近接する北海道に陸上自衛隊の主力拠点が置かれたが、航空基地攻撃に遭わない程度離れた青森県には、支援戦闘機の基地、および航空自衛隊の主力拠点が置かれた。

このような背景から、海・空においては北海道を含めた領域の拠点が青森県に置かれている。

陸に関しては、北海道が奪取された場合を考えての基地配備となっており、本州防衛のための前線基地とされている。そのため、方面総監部(上位の司令部)は、後方の仙台に置かれている。

なお、海上保安庁による沿岸警備に関しては、宮城県塩竈市にある第二管区海上保安本部の管轄となっており、沖合いは、太平洋側が第二管区、日本海側が第九管区(新潟県新潟市)となっている。

[編集] 自衛隊

陸上自衛隊東北方面隊第9師団
  • 北東北3県に駐屯。方面隊(全国5区分)の総監部は仙台(仙台市)
    • 駐屯地 : 青森(師団司令部)、弘前、八戸、岩手(滝沢村)、秋田
海上自衛隊大湊地方隊
  • 津軽海峡・宗谷海峡と青森県以北の沿岸海域を警備。地方隊(全国5区分)の総監部が大湊(むつ市
    • 八戸基地(地方総監部)、函館基地隊、稚内基地分遣隊、余市防備隊、竜飛警備所、松前警備所。

北方領土などの問題で北からの攻撃があった場合、八戸基地に対策指令本部が置かれることになっている。

航空自衛隊北部航空方面隊
  • 北海道および北東北3県を警備。方面隊(全国4区分)の司令部が三沢(三沢市)。
    • 三沢基地(方面隊司令部・第3航空団・第6高射群)、千歳基地(第2航空団・第3高射群)。分屯地(稚内・網走・根室・襟裳・当別・奥尻島・長沼・八雲・大湊・東北町・車力・山田・加茂・秋田)

[編集] 在日米軍

第5空軍第35戦闘航空団
三沢飛行場に駐屯。

[編集] 軍事史

  • 1871年9月 歩兵第5連隊青森駐屯。
  • 1896年 第8師団、弘前に駐屯。
  • 1899年8月 大湊水雷団創設。
  • 1902年1月 歩兵第5連隊第2大隊、八甲田山雪中遭難
  • 1905年 第8師団日露戦争に従軍、黒溝台会戦で死傷6300人。
  • 1922年6月13日 第8師団シベリア出兵。
  • 1941年11月 大湊要港部、警備府へ昇格。
  • 1945年7月 青森、八戸、三沢など空襲、青函連絡船7隻沈没、青森市での死傷者1769名。
    • 9月 米第七艦隊、大湊に入港(8日)。米陸軍、旧日本海軍三沢飛行場を接収して三沢基地に。
  • 1953年9月 保安庁警備隊大湊地方隊として編成。
  • 1956年12月 陸上自衛隊第9混成団青森駐屯地が新編(1962年8月第9師団に改編)。
  • 1957年 海上自衛隊大湊地方隊八戸航空隊が新編(1961年第2航空群に改編)。
  • 1958年8月 三沢に航空自衛隊北部航空方面隊が編成。
  • 1980年10月 航空自衛隊車力分屯基地発足。
  • 1985年2月 米空軍三沢基地へのF-16戦闘機配置が開始。
  • 2006年6月 車力分屯基地に米軍Xバンド・レーダー・システムを配備。

[編集] 青森県出身の有名人


[編集] 関連項目

マルチメディア
青森県に関連するマルチメディアがあります。

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
ウィクショナリー
ウィクショナリー青森県の項目があります。
ウィキクォート
ウィキクォート青森県に関する引用句集があります。
ウィキニュース
ウィキニュースには青森県に関連するニュースのカテゴリがあります。