青森県

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青森県
あおもりけん
地方 東北地方
団体コード 02000-1
ISO 3166-2 JP-02
面積 9,607.05km²
※境界未定部分あり
総人口 1,398,130
推計人口、2008年4月1日)
人口密度 146人/km²
隣接都道府県 北海道秋田県岩手県
県の木 ヒバ
県の花 リンゴ
県の鳥 ハクチョウ
青森県民の歌 青い森のメッセージ
知事 三村申吾
青森県庁
所在地 〒030-8570  青森県
青森市長島1丁目1番1号
画像:AomoriPrefOffice.jpg
電話番号 017-722-1111
外部リンク 青森県庁
青森県の位置
特記事項 :
市町村境界図

青森県行政区画図

:市 / :町・村
ウィキポータル 日本の都道府県/青森県
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青森県の旗(中央は県章)
青森県の旗(中央は県章)

青森県 (あおもりけん、英語表記:Aomori Prefecture)は、本州最北端に位置する県である。 秋田県岩手県と接する。 県庁所在地は青森市

目次

[編集] 地理

[編集] 半島

[編集] 山脈、山地

[編集] 山、丘

[編集] 平野、台地

[編集] 河川

[編集] 湖沼

[編集] 岬、崎

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[編集] 海峡、湾港、海岸

[編集] 自然公園

十和田八幡平国立公園
下北半島国定公園津軽国定公園
浅虫夏泊県立自然公園、大鰐碇ヶ関温泉郷県立自然公園、種差海岸階上岳県立自然公園、名久井岳県立自然公園、芦野池沼群県立自然公園、黒石温泉郷県立自然公園、岩木高原県立自然公園、赤石渓流暗門の滝県立自然公園

[編集] 歴史

[編集] 原始時代

縄文時代の遺跡として、三内丸山遺跡亀ヶ岡遺跡是川遺跡などが現在までに発見されている。これらの遺跡には豊富な土器・広い集落、また他地方のものと思われる遺物が発見され、文化・経済などの面で周辺にも強い影響を与えていたと考えられている。また、弥生時代前期の遺跡として同じく津軽地方では垂柳遺跡が発掘されており、コメの栽培が行われたことが確認されている。ただし弥生時代中期に稲作は衰え、津軽から大幅な人口流出があったものと考えられている。

[編集] 古代

畿内で大和政権が成立し、日本各地で古墳が盛んに作られるようになった時期にも、同地域では終末期古墳が少数存在するだけである。大和政権が本州・四国・九州のほとんどの地域を勢力下に治めた後も同地域は統治領域外にあり、蝦夷(エミシ)と呼ばれる人々が独立性を保って居住していた。こうした事情もあって当時の同地域を考察するための文献資料が余りにも少なく、今後の発掘調査の成果が待たれる部分も大きい。

9世紀には、陸奥出羽按察使征夷将軍文室綿麻呂が、爾薩体の蝦夷を平定したという記録がある。

  • 「爾薩体」は、岩手県二戸郡・九戸郡から青森県三戸郡にあたる地域を指すと考えられている。青森県では従来「にさて」と読まれることが多かった。「にさたい」「にさったい」とも読まれる。岩手県二戸市に「仁左平(にさったい)」という地名がある。かつては「爾薩体」と表記されており、古代の「爾薩体」につながると考えられる。

11世紀、岩手県北上平野の地域に俘囚安倍氏 (奥州)の勢力が確立すると、岩手県北から下北半島にかけての糠部地方で同族と見られる安倍富忠が有力となった。前九年の役において富忠は源頼義に使わされた金為時の誘いを受け朝廷方についた。安倍頼時は富忠に対する説得のため、わずかな手勢を引き連れて北上したが、富忠は頼良を攻め、矢傷を負った頼良はこれが元で死亡した。頼良を滅ぼした富忠だったが、朝廷や源頼義からの恩賞をうけた記録は無く、以後の糠部安倍氏に関する史料はない。北上平野の安倍氏はついに滅ぼされたが、貞任の子の高星丸が叔父の安倍則任とともに糠部を経て津軽に落ち伸び、津軽安東氏(安倍姓)の祖となったとの伝承がある。

[編集] 中世

青森県域が明確に中央政権に組み込まれるようになったのは鎌倉時代初頭であると考えられている。平安時代末期に奥州藤原氏を倒した源頼朝によって南部氏糠部五郡を与えられたとの記述があり、南部氏自体がその領土を与えられたかは別にして、同地域が鎌倉幕府の影響に入ったことはうかがえる。この時代から室町時代中期にかけて、津軽安藤氏が下北半島や津軽半島、また蝦夷島(北海道)の沿岸部を支配し、海上交易で栄えた。特に十三湖沿岸に築いた港(十三湊)には大きな町が形成され、現在でも中国や日本各地の陶磁器が出土している。

ところが津軽安藤氏は鎌倉時代末期に内訌を起こして(津軽大乱)勢力を後退、また、南北朝時代の到来に当たっては北朝側につき、現在の岩手県南部から青森県東部の内陸部に勢力を持ち始めた南部氏は南朝方についたために同氏と対立、抗争した。情勢は南部氏有利に進み、安藤氏は蝦夷が島に駆逐された。南部氏は海上交易にはあまり力を入れず、安藤氏によって繁栄した各港は衰退した。一方、室町時代半ばには津軽地方では浪岡を中心に北畠氏浪岡氏)が大きな勢力を誇った。

15世紀半ばに安藤氏を駆逐した南部氏は大きく勢力を拡大、16世紀半ばには津軽・下北・糠部地方一帯の広い領土を支配し、「三日月の丸くなるまで南部領(領土が広いために南部領を進んでいるうちに三日月が満月になってしまうということ)」と讃えられた。しかし、16世紀後半になると南部氏の一族の大浦為信(津軽為信)が他の南部氏の諸城を落城させ、津軽地方、外ヶ浜、糠部の一部を支配した。為信とその子信牧の二代をかけて弘前城の築城、同地への城下町の建設、羽州街道岩木川の整備などが行われた。一方、南部氏は青森県東部は所領として残った。

[編集] 近世から明治初年

江戸時代には主に盛岡藩8万石(後に20万石に高直し)と弘前藩4万5千石(後に10万石に高直し)が現在の県域にあたる地域を支配した。ほか、盛岡藩の支藩として八戸藩2万石、七戸藩1万石そして弘前藩の支藩として黒石藩1万石があった。いずれの藩においても最北の地にあるため飢饉の際に大きな被害を受けたが、下北地方では餓死者がほとんどいなかった。江戸時代においても青函海峡沿いにアイヌ人がいたと伝えられている。

戊辰戦争時、弘前藩も盛岡藩も当初奥羽列藩同盟に属していたが、途中で弘前藩は官軍に寝返った。戦後、盛岡藩は大幅に石高を減らされ、その跡に斗南藩が置かれ、もと会津藩の松平家が3万石で入った。

[編集] 近代以降の年表

[編集] 明治-昭和初期(戦前)

[編集] 戦後

[編集] 人口

[編集] 年齢構成

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]

年齢 人口
0 - 4歳 画像:g30.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 61
5 - 9 画像:g50.png画像:g03.png 69
10 - 14 画像:g50.png画像:g03.png画像:g01.png 71
15 - 19 画像:g50.png画像:g10.png 79
20 - 24 画像:g50.png画像:g10.png画像:g03.png 82
25 - 29 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png 85
30 - 34 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png 92
35 - 39 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 88
40 - 44 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png 92
45 - 49 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 100
50 - 54 画像:g50.png画像:g30.png画像:g10.png 117
55 - 59 画像:g50.png画像:g30.png画像:g03.png 108
60 - 64 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png画像:g01.png 94
65 - 69 画像:g50.png画像:g10.png画像:g10.png画像:g01.png 93
70 - 74 画像:g50.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 87
75 - 79 画像:g50.png 66
80歳以上 画像:g50.png画像:g03.png 70

年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]

年齢
31 画像:g10.png画像:g10.png画像:g03.png 0 - 4歳 画像:r10.png画像:r10.png画像:r03.png 30
35 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 5 - 9 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png 34
36 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 10 - 14 画像:r10.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png 35
40 画像:g30.png 15 - 19 画像:r30.png 39
42 画像:g30.png画像:g01.png画像:g01.png 20 - 24 画像:r30.png 40
44 画像:g30.png画像:g03.png 25 - 29 画像:r30.png画像:r01.png 41
46 画像:g30.png画像:g05.png 30 - 34 画像:r30.png画像:r05.png 46
43 画像:g30.png画像:g03.png 35 - 39 画像:r30.png画像:r03.png画像:r01.png 45
45 画像:g30.png画像:g03.png画像:g01.png 40 - 44 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png 47
49 画像:g30.png画像:g05.png画像:g01.png画像:g01.png 45 - 49 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 51
57 画像:g30.png画像:g10.png画像:g03.png 50 - 54 画像:r30.png画像:r10.png画像:r05.png画像:r01.png 60
52 画像:g30.png画像:g10.png 55 - 59 画像:r30.png画像:r10.png画像:r03.png 56
43 画像:g30.png画像:g03.png 60 - 64 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png画像:r01.png 51
41 画像:g30.png画像:g01.png 65 - 69 画像:r30.png画像:r10.png 52
37 画像:g10.png画像:g10.png画像:g05.png画像:g03.png 70 - 74 画像:r30.png画像:r05.png画像:r03.png 50
26 画像:g10.png画像:g10.png 75 - 79 画像:r30.png 40
21 画像:g10.png画像:g05.png画像:g01.png 80歳以上 画像:r30.png画像:r05.png画像:r01.png画像:r01.png 49


青森県と全国の年齢別人口分布図(比較) 青森県の年齢・男女別人口分布図
紫色は青森県
緑色は日本全国
青色は男性
赤色は女性
総務省統計局 / 国勢調査2005年

[編集] 産業

  • 顆粒味噌(かねさ株式会社)
  • 豆腐類(太子食品工業株式会社)
  • 高精度大型氷温倉庫(大青工業株式会社)
  • 時計文字盤用電着時字(テフコ青森株式会社)

アナログ式腕時計の文字盤に貼り付ける目盛、数字を時字(ときじ)という。同社の電気分解成形法の応用で生み出された文字盤用電着時字技術は、製造工程の大幅な省力化、低コスト化及びデザインの多様化を実現。 2002年の世界の腕時計の総生産数は、1,245百万個と推定されているが、同社で年間1,000個生産され、高級時計用として世界中に輸出されている。

  • 小型光センサー糖度計(東和電機工業株式会社)
  • 風力発電の発電設備容量日本一
  • スタミナ源タレ((通称…源タレ)上北農産加工)

青森県産のりんご等を使用した何にでもあう(野菜炒め・焼肉用タレ・その他料理の味付け等)タレ。 このタレのCMは北海道でも放送されている。

[編集] 農業

青森県はリンゴの生産地であり、日本産リンゴの約半数が青森県産である。リンゴ栽培は生産量日本一の弘前市を中心とする津軽地方で盛んだが、三戸郡を中心とした南部地方でも行われている。

野菜生産額全体では、平成15年全国で14位。東北では10年連続第1位。

[編集] 林業

[編集] 水産業

[編集] 生活文化

  • 学校のクラブ数全国1位
  • 一世帯あたりの即席麺(インスタント麺)の購入数量全国第1位

(ねぎ購入数量第5位、豚肉消費数量第4位、もやし購入数量第4位)

  • 芥川賞第44回 三浦哲郎「忍ぶ川」
  • 直木賞第23回 今日出海「天皇の帽子」
  • 直木賞第35回 今 官一「壁の花」
  • 直木賞第36回 今 東光「お吟さま」
  • 直木賞第61回 佐藤愛子「戦いすんで日が暮れて」
  • 直木賞第69回 長部日出雄「津軽世去れ節」「津軽じょんから節」

[編集] スポーツ

[編集] 交通

[編集] 空港

[編集] 鉄道

目時駅八戸駅間の鉄道施設を青森県が保有(第三種鉄道事業者)、青い森鉄道が第二種鉄道事業者として鉄道事業を行う上下分離方式が採られている。

[編集] 海路

[編集] 道路

[編集] 路線バス

[編集] 行政

[編集] 歴代知事(公選)

[編集] 財政

  • 財政力指数:0.27(17年度)

[編集] 姉妹都市・提携都市

[編集] 国外

  • ブラジル連邦共和国サンタ・カタリーナ州 - 1980年(昭和55年)10月23日提携 産業経済・科学技術・文化教育等の交流
  • ロシア連邦ハバロフスク地方 - 1992年(平成2年)8月27日提携 産業経済・科学技術・文化教育等の交流
  • アメリカ合衆国メーン州 - 1994年(平成6年)5月25日提携 産業経済・科学技術・文化・芸術・スポーツ等の交流
  • イタリア共和国リグーリア州 - 2002年(平成14年)5月7日提携 産業・文化芸術・教育等の交流

[編集] 地域

以下の10市8郡22町8村がある。町の読み方はおいらせ町、南部町、階上町が「ちょう」、その他は「まち」である。村は全て「むら」と読む。

[編集] 市部

[編集] 郡部

[編集] 都市圏

都市雇用圏(10%通勤圏)の変遷

1980年 1990年 1995年 2000年
青森都市圏
33万6677人
青森都市圏
33万2838人
青森都市圏
33万7827人
青森都市圏
34万0558人
八戸都市圏
33万1608人
八戸都市圏
33万2275人
八戸都市