青森県
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青森県 (あおもりけん、英語表記:Aomori Prefecture)は、本州最北端に位置する県である。 秋田県と岩手県と接する。 県庁所在地は青森市。
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[編集] 地理
[編集] 半島
[編集] 山脈、山地
[編集] 山、丘
[編集] 平野、台地
[編集] 河川
[編集] 湖沼
[編集] 岬、崎
[編集] 島
[編集] 海峡、湾港、海岸
[編集] 自然公園
- 国立公園 1箇所
- 国定公園 2箇所
- 県立自然公園 8箇所
- 浅虫夏泊県立自然公園、大鰐碇ヶ関温泉郷県立自然公園、種差海岸階上岳県立自然公園、名久井岳県立自然公園、芦野池沼群県立自然公園、黒石温泉郷県立自然公園、岩木高原県立自然公園、赤石渓流暗門の滝県立自然公園
[編集] 歴史
[編集] 原始時代
縄文時代の遺跡として、三内丸山遺跡、亀ヶ岡遺跡、是川遺跡などが現在までに発見されている。これらの遺跡には豊富な土器・広い集落、また他地方のものと思われる遺物が発見され、文化・経済などの面で周辺にも強い影響を与えていたと考えられている。また、弥生時代前期の遺跡として同じく津軽地方では垂柳遺跡が発掘されており、コメの栽培が行われたことが確認されている。ただし弥生時代中期に稲作は衰え、津軽から大幅な人口流出があったものと考えられている。
[編集] 古代
畿内で大和政権が成立し、日本各地で古墳が盛んに作られるようになった時期にも、同地域では終末期古墳が少数存在するだけである。大和政権が本州・四国・九州のほとんどの地域を勢力下に治めた後も同地域は統治領域外にあり、蝦夷(エミシ)と呼ばれる人々が独立性を保って居住していた。こうした事情もあって当時の同地域を考察するための文献資料が余りにも少なく、今後の発掘調査の成果が待たれる部分も大きい。
9世紀には、陸奥出羽按察使征夷将軍文室綿麻呂が、爾薩体の蝦夷を平定したという記録がある。
- 「爾薩体」は、岩手県二戸郡・九戸郡から青森県三戸郡にあたる地域を指すと考えられている。青森県では従来「にさて」と読まれることが多かった。「にさたい」「にさったい」とも読まれる。岩手県二戸市に「仁左平(にさったい)」という地名がある。かつては「爾薩体」と表記されており、古代の「爾薩体」につながると考えられる。
11世紀、岩手県北上平野の地域に俘囚長安倍氏 (奥州)の勢力が確立すると、岩手県北から下北半島にかけての糠部地方で同族と見られる安倍富忠が有力となった。前九年の役において富忠は源頼義に使わされた金為時の誘いを受け朝廷方についた。安倍頼時は富忠に対する説得のため、わずかな手勢を引き連れて北上したが、富忠は頼良を攻め、矢傷を負った頼良はこれが元で死亡した。頼良を滅ぼした富忠だったが、朝廷や源頼義からの恩賞をうけた記録は無く、以後の糠部安倍氏に関する史料はない。北上平野の安倍氏はついに滅ぼされたが、貞任の子の高星丸が叔父の安倍則任とともに糠部を経て津軽に落ち伸び、津軽安東氏(安倍姓)の祖となったとの伝承がある。
[編集] 中世
青森県域が明確に中央政権に組み込まれるようになったのは鎌倉時代初頭であると考えられている。平安時代末期に奥州藤原氏を倒した源頼朝によって南部氏が糠部五郡を与えられたとの記述があり、南部氏自体がその領土を与えられたかは別にして、同地域が鎌倉幕府の影響に入ったことはうかがえる。この時代から室町時代中期にかけて、津軽安藤氏が下北半島や津軽半島、また蝦夷島(北海道)の沿岸部を支配し、海上交易で栄えた。特に十三湖沿岸に築いた港(十三湊)には大きな町が形成され、現在でも中国や日本各地の陶磁器が出土している。
ところが津軽安藤氏は鎌倉時代末期に内訌を起こして(津軽大乱)勢力を後退、また、南北朝時代の到来に当たっては北朝側につき、現在の岩手県南部から青森県東部の内陸部に勢力を持ち始めた南部氏は南朝方についたために同氏と対立、抗争した。情勢は南部氏有利に進み、安藤氏は蝦夷が島に駆逐された。南部氏は海上交易にはあまり力を入れず、安藤氏によって繁栄した各港は衰退した。一方、室町時代半ばには津軽地方では浪岡を中心に北畠氏(浪岡氏)が大きな勢力を誇った。
15世紀半ばに安藤氏を駆逐した南部氏は大きく勢力を拡大、16世紀半ばには津軽・下北・糠部地方一帯の広い領土を支配し、「三日月の丸くなるまで南部領(領土が広いために南部領を進んでいるうちに三日月が満月になってしまうということ)」と讃えられた。しかし、16世紀後半になると南部氏の一族の大浦為信(津軽為信)が他の南部氏の諸城を落城させ、津軽地方、外ヶ浜、糠部の一部を支配した。為信とその子信牧の二代をかけて弘前城の築城、同地への城下町の建設、羽州街道や岩木川の整備などが行われた。一方、南部氏は青森県東部は所領として残った。
[編集] 近世から明治初年
江戸時代には主に盛岡藩8万石(後に20万石に高直し)と弘前藩4万5千石(後に10万石に高直し)が現在の県域にあたる地域を支配した。ほか、盛岡藩の支藩として八戸藩2万石、七戸藩1万石そして弘前藩の支藩として黒石藩1万石があった。いずれの藩においても最北の地にあるため飢饉の際に大きな被害を受けたが、下北地方では餓死者がほとんどいなかった。江戸時代においても青函海峡沿いにアイヌ人がいたと伝えられている。
戊辰戦争時、弘前藩も盛岡藩も当初奥羽列藩同盟に属していたが、途中で弘前藩は官軍に寝返った。戦後、盛岡藩は大幅に石高を減らされ、その跡に斗南藩が置かれ、もと会津藩の松平家が3万石で入った。
[編集] 近代以降の年表
[編集] 明治-昭和初期(戦前)
- 1868年11月 旧暦9月、野辺地戦争。野辺地で弘前藩兵と盛岡藩兵・八戸藩兵とが交戦。
- 1871年7月 廃藩置県。現在の青森県域には、旧藩を引き継いだ弘前県、黒石県、斗南県、七戸県、八戸県が成立。
- 1871年9月 弘前県、黒石県、斗南県、七戸県、八戸県、館県の合併により、弘前県が成立するが、その直後、県庁が弘前から青森に移ったことで、青森県と改称。歩兵第5連隊青森駐屯。
- 1872年10月 福島郡など(旧館県)が開拓使に移管。
- 1876年 明治天皇巡幸。
- 1876年5月 二戸郡を岩手県に移管して現在の県域が確定。
- 1896年 第8師団、弘前に駐屯。
- 1902年1月 八甲田雪中行軍遭難事件。歩兵第5連隊第2大隊、八甲田山で遭難。
- 1905年 第8師団日露戦争に従軍、黒溝台会戦で死傷6300人。
- 1908年3月 青函連絡船の運航が始まる。
- 1922年 第8師団シベリア出兵。
- 1930年9月 米国の太平洋横断機タコマ市号、三沢淋代海岸から出発したが東通村尻労に引き返す。
- 1931年10月 米国の太平洋横断機ミス・ビートル号、三沢淋代海岸から出発し合衆国ワシントン州ウェナッチに着陸。世界初の太平洋無着陸横断飛行。
- 1945年7月 青森大空襲、また八戸、三沢、大湊などでも空襲、青函連絡船7隻沈没、青森大空襲での死傷者1769名。
[編集] 戦後
- 1945年9月 米第7艦隊、大湊に入港(8日)。米陸軍、旧日本海軍三沢飛行場を接収して三沢基地に。
- 1954年9月 青函連絡船洞爺丸が北海道七重浜沖で転覆、乗客乗員合わせて1139名が死亡又は行方不明。
- 1963年 むつ製鉄株式会社設立(むつ小川原地域の砂鉄を製鉄する国策会社)。
- 1965年 青森空港営業開始。
- 1965年4月 むつ製鉄事業化断念
- 1967年 科学技術庁、大湊港を原子力船母港に決定。
- 1971年4月 むつ小川原開発会社設立。
- 1980年 車力ミサイル基地発足。
- 1980年5月 国家石油備蓄基地着工
- 1985年 核燃料サイクル施設、六ヶ所村に立地決定。
- 1985年 米空軍三沢基地へのF16戦闘機配置が開始。
- 1985年3月 青函トンネル本坑貫通。
- 1985年夏 冷夏、青森県の作況指数は47。
- 1985年9月 国家石油備蓄基地完成
- 1987年7月 現在の青森空港が供用開始。
- 1988年3月 青函トンネル営業開始。これにともない青函連絡船営業廃止。
- 1988年 7月9日から9月18日まで青函博覧会が行われた。マスコットは「シャコちゃん」。エアドームの愛称は「夢来ちゃん」。
- 1988年10月 ウラン濃縮工場着工
- 1990年11月 低レベル放射性廃棄物埋設センター着工
- 1991年9月 台風19号によるリンゴ落下(被害面積22,400ha)。最大瞬間風速は青森市で53.9m/s。
- 1992年 原子力船むつ解体。
- 1992年 三内丸山遺跡発掘調査開始。
- 1992年3月 ウラン濃縮工場操業開始
- 1992年5月 高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター着工
- 1992年12月 低レベル放射性廃棄物埋設センター操業開始
- 1993年4月 核燃料再処理工場着工
- 1993年夏 冷夏、青森県の作況指数は28、特に太平洋側は皆無作。
- 1993年12月 白神山地、ユネスコ世界遺産に登録。
- 1994年8月 三内丸山遺跡の永久保存と活用が決定。
- 1995年4月 青森空港にソウル線とハバロフスク線が開設。
- 1995年4月 高レベル放射性廃棄物貯蔵管理センター操業開始。
- 1997年10月 第1回北東北知事サミット、十和田湖で開催。
- 2000年10月 第4回北海道・北東北知事サミット、黒石市内で開催。
- 2002年12月 東北新幹線盛岡~八戸間開業。
- 2002年12月 同日、東北本線目時~八戸間を第三セクター青い森鉄道に移管。
- 2003年2月 2003年アジア冬季競技大会開催。
- 2006年1月~2月 平成18年豪雪の被害を受ける。
[編集] 人口
[編集] 年齢構成
年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
総計 [単位 千人]
| 年齢 | 人口 |
|---|---|
| 0 - 4歳 | |
| 5 - 9 | |
| 10 - 14 | |
| 15 - 19 | |
| 20 - 24 | |
| 25 - 29 | |
| 30 - 34 | |
| 35 - 39 | |
| 40 - 44 | |
| 45 - 49 | |
| 50 - 54 | |
| 55 - 59 | |
| 60 - 64 | |
| 65 - 69 | |
| 70 - 74 | |
| 75 - 79 | |
| 80歳以上 |
年齢5歳階級別人口
2004年10月1日現在推計人口
男女別 [単位 千人]
- データ出典:第10表/都道府県, 年齢(5歳階級), 男女別人口-総人口
(総務省統計局)
| 青森県と全国の年齢別人口分布図(比較) | 青森県の年齢・男女別人口分布図 |
|
■紫色は青森県
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |
[編集] 産業
- 顆粒味噌(かねさ株式会社)
- 豆腐類(太子食品工業株式会社)
- 高精度大型氷温倉庫(大青工業株式会社)
- 時計文字盤用電着時字(テフコ青森株式会社)
アナログ式腕時計の文字盤に貼り付ける目盛、数字を時字(ときじ)という。同社の電気分解成形法の応用で生み出された文字盤用電着時字技術は、製造工程の大幅な省力化、低コスト化及びデザインの多様化を実現。 2002年の世界の腕時計の総生産数は、1,245百万個と推定されているが、同社で年間1,000万個生産され、高級時計用として世界中に輸出されている。
- 小型光センサー糖度計(東和電機工業株式会社)
- 風力発電の発電設備容量日本一
- スタミナ源タレ((通称…源タレ)上北農産加工)
青森県産のりんご等を使用した何にでもあう(野菜炒め・焼肉用タレ・その他料理の味付け等)タレ。 このタレのCMは北海道でも放送されている。
[編集] 農業
青森県はリンゴの生産地であり、日本産リンゴの約半数が青森県産である。リンゴ栽培は生産量日本一の弘前市を中心とする津軽地方で盛んだが、三戸郡を中心とした南部地方でも行われている。
野菜生産額全体では、平成15年全国で14位。東北では10年連続第1位。
[編集] 林業
[編集] 水産業
- 三方を海に囲まれて、真ん中に陸奥湾を抱え暖流寒流の4つが流れ込む青森県は水産業も盛んである。
- 陸奥湾はホタテ、ナマコ、ヒラメ、トゲクリガニの漁場。
- 津軽海峡で捕れるマグロは高級マグロとして首都圏に向け、出荷される。特に大間町産のものは「大間のマグロ」としてブランド化しつつある。
- 八戸港は、日本でも1,2位の漁獲高を誇る。主な水揚げはイカ、サバ等。ちくわ、塩辛等水産加工業も盛ん。
- しじみ生産日本一(十三湖、小川原湖)
[編集] 生活文化
- 学校のクラブ数全国1位
- 一世帯あたりの即席麺(インスタント麺)の購入数量全国第1位
(ねぎ購入数量第5位、豚肉消費数量第4位、もやし購入数量第4位)
- 芥川賞第44回 三浦哲郎「忍ぶ川」
- 直木賞第23回 今日出海「天皇の帽子」
- 直木賞第35回 今 官一「壁の花」
- 直木賞第36回 今 東光「お吟さま」
- 直木賞第61回 佐藤愛子「戦いすんで日が暮れて」
- 直木賞第69回 長部日出雄「津軽世去れ節」「津軽じょんから節」
[編集] スポーツ
- オリンピックメダリスト(県関係者)
- 大相撲の県出身横綱6名
- 第42代鏡里喜代治
- 第45代若乃花幹士 (初代)
- 第49代栃ノ海晃嘉
- 第56代若乃花幹士 (二代)
- 第59代隆の里俊英
- 第63代旭富士正也
[編集] 交通
[編集] 空港
[編集] 鉄道
- 路線
※ 目時駅~八戸駅間の鉄道施設を青森県が保有(第三種鉄道事業者)、青い森鉄道が第二種鉄道事業者として鉄道事業を行う上下分離方式が採られている。
[編集] 海路
[編集] 道路
[編集] 路線バス
- 弘南バス
- 青森市企業局交通部(青森市営バス)
- 下北交通(下交バス)
- 十和田観光電鉄(十鉄バス)
- 八戸市交通部(八戸市営バス)
- 南部バス
- JRバス東北
- 脇野沢交通
- 川内交通
- 今別町巡回バス
- 外ヶ浜町循環バス
- 蓬田村営バス
- 六戸町民バス
- ながわ里バス
[編集] 行政
[編集] 歴代知事(公選)
- 初代 津島文治(1947年4月12日 - 1956年6月1日、3期)
- 2代 山崎岩男(1956年7月22日 - 1963年1月26日、2期)
- 3代 竹内俊吉(1963年3月2日 - 1979年2月25日、4期)
- 4代 北村正哉(1979年2月26日 - 1995年2月25日、4期)
- 5代 木村守男(1995年2月26日 - 2003年5月26日、3期)
- 6代 三村申吾(2003年6月29日 - 、2期目)
[編集] 財政
- 財政力指数:0.27(17年度)
[編集] 姉妹都市・提携都市
[編集] 国外
- ブラジル連邦共和国サンタ・カタリーナ州 - 1980年(昭和55年)10月23日提携 産業経済・科学技術・文化教育等の交流
- ロシア連邦ハバロフスク地方 - 1992年(平成2年)8月27日提携 産業経済・科学技術・文化教育等の交流
- アメリカ合衆国メーン州 - 1994年(平成6年)5月25日提携 産業経済・科学技術・文化・芸術・スポーツ等の交流
- イタリア共和国リグーリア州 - 2002年(平成14年)5月7日提携 産業・文化芸術・教育等の交流
[編集] 地域
以下の10市8郡22町8村がある。町の読み方はおいらせ町、南部町、階上町が「ちょう」、その他は「まち」である。村は全て「むら」と読む。
[編集] 市部
[編集] 郡部
[編集] 都市圏
都市雇用圏(10%通勤圏)の変遷
| 1980年 | 1990年 | 1995年 | 2000年 |
|---|---|---|---|
| 青森都市圏 33万6677人 |
青森都市圏 33万2838人 |
青森都市圏 33万7827人 |
青森都市圏 34万0558人 |
| 八戸都市圏 33万1608人 |
八戸都市圏 33万2275人 |
八戸都市 |
