長崎放送

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長崎放送
基本情報
英名 Nagasaki Broadcasting Company
略称 NBC
本社 〒850-8650
長崎県長崎市上町1番35号
公式サイト http://www.nbc-nagasaki.co.jp/
ラジオ
放送対象地域 長崎県・佐賀県
系列 JRN・NRN系
愛称 NBCラジオ
呼出符号 JOUR
開局日 1953年3月1日
親局 / 出力 長崎 1233kHz /  5kW
主な中継局
テレビ
放送対象地域 長崎県
ニュース系列 JNN
番組供給系列 TBSネットワーク
呼出符号 JOUR-DTV
呼出名称 NBCながさきデジタルテレビジョン
開局日 1959年1月1日
リモコンキーID 3
デジタル親局 長崎(稲佐山) 14ch
アナログ親局 長崎(稲佐山) 5ch
ガイドチャンネル 5ch
主な中継局 佐世保 22ch
諫早・島原 23ch
南串山・南有馬・大瀬戸 14ch
平戸 39ch
福江 24ch
松浦 31ch
有川 45ch
郷ノ浦 61ch
厳原 28ch
主なアナログ中継局
  • 佐世保 10ch
  • 諫早 49ch → 62ch
  • 島原 62ch
  • 五島 6ch
  • 対馬 9ch
特記事項:
ラジオの佐賀放送局は「NBCラジオ佐賀」の愛称で、午前・午後の番組のほとんどを佐賀県向けの番組に差し替えている。 テレビの地上デジタル放送は2006年12月1日に開始。
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長崎放送株式会社
Nagasaki Broadcasting Company Limited.
Nagasaki Broadcasting Company head office 1.jpg
長崎放送本社(手前)とNBCソシア(奥)
種類 株式会社
略称 NBC
本社所在地 日本の旗 日本
850-8650
長崎県長崎市上町1番35号
設立 1952年昭和27年)9月12日
業種 情報・通信業
事業内容 民間放送事業(テレビ・ラジオ)
代表者 代表取締役社長 東晋
資本金 4億5,000万円
売上高 52億円(2011年3月期)
従業員数 114名
主要株主 マルハニチロ株式会社(15.5%)
主要子会社 株式会社イー・エス九広
株式会社NBCソシア
NBC情報システム株式会社
関係する人物 二谷英明
外部リンク http://www.nbc-nagasaki.co.jp/
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長崎放送株式会社(ながさきほうそう、Nagasaki Broadcasting Company)は、長崎県佐賀県放送対象地域として中波放送AM放送)を、長崎県を放送対象地域としてテレビジョン放送をする特定地上基幹放送事業者である。 略称はNBC

ラジオ長崎として創業時より筆頭株主のマルハ(現・マルハニチロ)とは関係が深い。

目次

概要[編集]

長崎唯一のラジオ放送・テレビ放送兼営民間放送局。民放としては九州で福岡のRKB毎日放送に続いて2番目に開局した老舗の放送局であり、戦後の長崎を60年以上見続けている放送局である。

ラジオのコールサインはJOURで、テレビのコールサインはJOUR-DTV。テレビはJNN系列で、ラジオはJRN/NRN系列のクロスネットである。

長崎国際テレビ開局までは、テレビ長崎フジテレビ系列と日本テレビ系列のクロスネット局(後にフジテレビ系列のフルネット局となる)であったものの、スポンサー等の関係でNBCも一部のフジテレビ系と日本テレビ系の番組を放送し、朝日新聞資本の関係で長崎文化放送開局までテレビ朝日系の番組も相当数放送していた。

上記のように、テレビは1県1波、ラジオは2県1波という全国的にも特殊な放送体系を採っている(同様の放送体系は、テレビを京都府、ラジオを京都府・滋賀県としている京都放送(KBS京都)のみ)。とは言っても、2011年7月24日までのアナログテレビ放送において、佐賀県内の複数のケーブルテレビ局がNBCテレビの再送信を実施していた。デジタル完全移行後の佐賀県では、JNN系列の再送信についてはRKB毎日放送に事実上一本化したため、長崎県外のケーブルテレビ局によるNBCテレビの再送信は行われなくなった。

中波の民放ラジオ局がない佐賀県向けに、一部独自の番組が放送されている( → NBCラジオ佐賀の項を参照)。ラジオ佐賀については、通称と同名の現地法人が業務全般を行っており、現在佐賀に在籍する本社社員は、局長ら一部管理職・技術責任者(電波法令に基づく)のみとなっている。

NBCラジオ佐賀の電波は、筑後地域まで届いており、福岡県の民放ラジオ局の電波が入りにくい所ではよく聴取されている。そのため、筑後地域向けの広報番組を過去に放送したことがあった。また、NBC本局の中継局が島原にあり、有明海を隔てて熊本県や、鹿児島県の一部地域でも聴取出来るため、エリア地域の人口は九州一であると推定されている。

長崎と言う土地柄、原爆、反核に関する報道について、敏感である。過去においても、原爆に関するドキュメンタリー番組を数多く制作し発信し続けた。また、受賞歴も多い。

また、長崎特有のお盆に精霊船が練り歩く精霊流しの特別番組を組む場合がある(ただし、録画放送で深夜帯に放送)。

長崎県の民放各社では、長崎くんちの開催期間には特別中継番組が組まれ、NBCもネット番組を中止して中継を行う(他局に比べて放送時間は長い)。

社屋は市役所の近くにあり、長崎駅にも近い。

テレビ番組の自社制作は『あっ!ぷる』を中心としている。番組制作は関連会社に任せており、『あっ!ぷる』もその1つである。テレビ番組は「プロダクション・ナップ」が、ラジオ番組は2006年に発足した「NBCラジオ」社が、これに該当する。

NBCという略称は、米国放送事業者であるNBCNational Broadcasting Company)も使用しているが、当然のことながら、一切関係はない。

長崎県のNHKを含む放送局の中では、長年企業ロゴデザインが変更されず現在に至る(同じ県内の放送局のNCCもNBCに次いで開局からロゴを変更せず使用している)。

ラジオ番組に関しては、放送免許そのものは長崎放送本社が持っているが、2006年にラジオ制作部門を、長崎本社は「NBCラジオ」(2010年「NBC興産」と統合し「NBCソシア」となる)に、ラジオ佐賀は「NBC P&S」から社名変更した「株式会社NBCラジオ佐賀」に移譲。さらに2013年4月に「NBCソシア」と吸収合併させたうえで、長崎本社とラジオ佐賀のラジオ事業を「NBCソシア」の一つの部門として運営することになった。

1982年7月23日に発生した長崎大水害においては、NBCラジオは20時15分に第一報を放送したあと、20時30分より全面的に災害放送へ移行し、ニッポン放送オールナイトニッポン』のネットをはじめ通常番組を中止して、安否情報を流し続けた[要出典]

北京オリンピック大会初日である2008年8月9日はJNN系列で11:00から17:30まで中継していたが、当日は長崎原爆者慰霊平和記念式典の模様を中継する特別番組を毎年編成しているため、NBCのみ13:00からの飛び乗り放送となった[要出典]

本社・支社・放送局所在地[編集]

本社
長崎県長崎市上町1-35(郵便番号850-8650)
佐賀放送局(NBCラジオ佐賀
佐賀県佐賀市本庄町大字本庄1249(郵便番号840-0027)
佐世保支社
長崎県佐世保市松浦町2-21
東京支社
東京都中央区銀座8-9-16
大阪支社
大阪府大阪市北区堂島2-1-27
福岡支社
福岡県福岡市中央区天神4-1-18

佐世保支社と佐賀放送局[編集]

  • 長崎県は1954年(昭和29)4月1日ラジオ佐世保(JOMF)の開局により、同一県内に2局のラジオ局が存在すると言う全国的に見ても珍しいケースとなっていた。その後、「1県1波」という郵政省の指導により同年10月にラジオ長崎とラジオ佐世保は合併した。従来のラジオ佐世保は長崎放送傘下の放送支局・「NBC佐世保放送局」となったが、コールサイン(JOMF)はテレビジョンは1990年代ごろまで、ラジオは現在もそのまま残っている。
    • このため、テレビのコールサインが返上される前まで「JOUR-TV、JOMF-TV」の2つのコールサインが表示・アナウンスされていた。
    • 上記の理由により日本のラジオ局でJO*R(主に先発局)とJO*F(JO*R以後の後発局に多い)のコールサインを持つ唯一の放送局となっている。
    • 市内浜田町にはテレビ・ラジオのスタジオを備えた3階建ての局舎も設置され、ニュース取材においても、近年までニュース番組では、佐世保局独自のニュースを放送するコーナーが存在した。また、NBCの親局としても中継局の設置の手間がかからず、経費面でプラスになった。CMにおいても長崎圏・佐世保圏の企業のバランスが良かった。
  • しかし、2000年代後半になって先述のような全社的な経営の見直しや、放送設備の老朽化によって、浜田町の佐世保放送局の局舎は閉鎖・取り壊しとなり、現在の松浦町のオフィスビルに移転した。同時に「佐世保支社」へと機能を大幅に縮小し、局舎跡地は他社に売却されたようである。
  • 一方、佐賀に拠点(佐賀放送局)がある理由は、たまたま以前は佐賀県に民間放送局が無かった(同県最初の民間放送会社サガテレビは1969年開局)事によるものである。佐賀県は福岡や熊本の民間放送局の電波が届くため、敢えて民放会社を立ち上げなくとも良いと考えられていた。NBCは長崎県と佐賀県が同じ肥前国であることに着目して中継局の設置を申請。受理されNBCラジオ佐賀の開局に及んだ。ラジオのJRN・NRNの佐賀県内のニュース取材はNBCラジオ佐賀が行うが、テレビのJNNの佐賀県内のニュース取材についてはRKB毎日放送が担当する。

沿革[編集]

ラジオ長崎開局までの経緯[編集]

1950年2月27日、鶴岡武が「社団法人・長崎平和放送協会」設立を申請した。この頃は「電波三法」が国会審議中だったため、一時保留となった。 鶴岡武は1915年生まれ、中野高等無線電信等で学び、戦前は中国に渡り上海ラジオビーコン局等に勤務、敗戦と同時に上海から引き上げた。戦後は長崎に住み、1950年に東邦通信機株式会社を設立した。
もう一つの流れは長崎商工会議所を中心とした「ラジオ長崎」のグループである。商工会議所会頭・脇山勘助長崎電気軌道社長)や事務局長・菅野一郎、浅野金兵衛(長崎高等商業学校教授、現在の長崎大学経済学部)が中心となり、地元実業界有力者の十数人が発起人に名を連ねた。しかし、1950年3月11日に長崎商工会議所が全焼する火災が発生、関係書類が消失したため一時中断となった。
その後、「電波三法」の民放設立の条件であった「東京2局、他地区は1局」の方針により、一本化に向け話し合いを開始した。 1950年10月15日、長崎市の精洋亭ホテル(銅座町長崎グランドホテルの前身)で合同発起人会を開き「株式会社長崎平和放送協会」を発足させた。代表に脇山勘助を選び、資本金3,500万円、出力3kW放送局を設立することを決めた。しかし後に、NHK長崎放送局と同じ500Wが望ましいと電波監理委員会からの勧告を受けたが、500Wでは県内全域をカバー出来ないとの理由により、結局1kWに減力して申請変更を行った。
1951年2月に西岡竹次郎(この年6月に長崎県知事に就任)も諫早で免許申請を行う。 すぐに当時の政界有力者の斡旋で話合いを持ち、西岡竹次郎は長崎平和放送協会に統合することを了解し、発起人に加わった。当時、民放設立において新聞社を母体に資金や人的援助をあおいでスタートさせるのが常だったが、長崎の場合は朝日新聞社毎日新聞社間の考えの違いで具体化せず、経済界を中心とした自主的経営でのスタートとなり、ほかの民放と比べて苦難の道を歩むことになった。

  • 1951年4月21日 我が国初めて民間放送への予備免許が16社に下ろされたが、申請内容の不備を理由に長崎平和放送協会は保留となった。
  • 1951年11月  ラジオ長崎の初代社長となる中部悦良が追放解除によって経済界に復帰し、長崎商工会議所会頭に再び就任した。
  • 1951年12月27日 予備免許が下ろされる。結局、出力は500Wに減力となった。

開局に向けて準備を始めるも、極端な資金不足により資本金が目標額1,250万の半分の500万にも満たず、中部悦良と大洋漁業が不足分を立て替えた。

  • 1953年2月1日-大浦放送所で「火入れ式」が行われ午前9時30分、試験電波が発射される。
  • 2月15日 スタジオ完成
  • 2月23日 「ラジオ長崎」の本免許が下ろされた。
  • 2月24日 サービス放送開始
  • 2月27日 初の街頭録音番組「ラジオ長崎に何を望むか」を放送
  • 2月28日 三菱会館で「ラジオ長崎開局前夜祭」が県民3000人を招いて開催
  • 3月1日 午前9時30分アンゼラスの鐘のメロディーと共に放送開始

佐世保地区の競願、そしてラジオ佐世保・ラジオ長崎の合併へ[編集]

ラジオ長崎が開局したとはいえ、申請時の500Wが影響し、佐世保を始め県北一帯には電波が届かず、佐世保市民は民放の設立を望んでいた。 1951年6月2日、佐世保市内の有力者が集まり「ラジオ佐世保設立発起人会」を結成。 中心となったのは九州時事新聞社(1968年長崎新聞社と合併)社長であった辻一三であった。10月19日「ラジオ佐世保」の設立総会をレストラン玉屋で開いた。初代社長に山中辰四郎佐世保庶民信用金庫理事長・その後1955年から1963年まで佐世保市長)が就任。 佐世保地区は「ラジオ長崎」「ラジオ佐世保」の競願となった。地方民放は1県1局が原則、九州電波監理局が斡旋に乗り出した。最初の話し合いが雲仙で行われ、両者が各自の立場を強調したに留まったが、次第に合併の機運が生まれる。11月28日九州電波管理局による調停案が提示される。年が明け1954年1月12日、田川務長崎市長中田正輔佐世保市長の連名による合併斡旋勧告が出された。

3月6日ラジオ長崎・ラジオ佐世保で臨時株主総会を開催し合併を承認、社名を「長崎放送株式会社」と決定した

テレビ放送開始までの経緯[編集]

  • 1956年1月25日 長崎・佐世保両テレビジョンの免許申請
  • 1957年6月 第一次チャンネルプランにもとづいて、長崎地区に2と5、佐世保地区に8と10が割り当てられ、長崎は5チャンネル・佐世保は10チャンネルとなった。

稲佐山山頂と烏帽子岳でテレビ放送設備の建設が始まる 当時烏帽子岳山腹は道路整備がされておらず、建設にあたってまず道路の開拓からかかった。稲佐山には鉄筋コンクリート2階建ての局舎を建設。

  • 1957年10月22日予備免許が降りる

当初の計画では1958年4月1日に長崎・佐世保の同時開局を目標としていた。

長崎テレビジョン局(JOUR-TV・5チャンネル)
  • 1958年12月17日午前7時55分 初の試験電波を発射。
  • 12月24日午後6時 サービス放送を開始。最初の番組は日本テレビからのアニメ「轟先生」、この番組のスポンサーが「松隈電気」で、NBCテレビのローカルスポンサー第1号となった。中央スポンサーは加美乃素本舗ヤシカ田辺製薬の三社。

初のテレビ中継となった大浦天主堂からのクリスマスミサ中継は浜屋デパート提供だった。

  • 12月25日、記念番組「テレビ誕生」を生放送。
  • 1959年1月1日午前6時30分本放送を開始。

午前7時より日テレ「日本の正月」放送。 1月4日午後9時、初のローカルニュース「さようなら昭和33年おめでとう昭和34年」を放送

佐世保テレビジョン局(JOMF-TV・10チャンネル)

社史・記念誌[編集]

長崎放送では、以下の5冊を発行している

  • 長崎放送十年史(長崎放送 編) 1962年昭和37年)10月発行、227ページ
  • 長崎放送社史 昭和三十七年から昭和四十二年まで(長崎放送社史編さん係 編) 1968年(昭和43年)6月発行、236ページ
    • 長崎放送十年史の続編として発行
  • 長崎放送編年史 25周年(長崎放送 編) 1977年(昭和52年)9月発行、135ページ
  • 長崎放送編年史 40周年(長崎放送 編) 1992年平成4年)12月発行、277ページ
  • 長崎放送50年史(長崎放送 編集) 2002年(平成14年)9月発行、632ページ
  • 長崎放送60年史(長崎放送 編集) 2013年(平成25年)3月発行、429ページ

ラジオ[編集]

ラジオ周波数[編集]

  • 長崎県
    • 長崎 JOUR 1233kHz 5kW(長崎市唐八景)
    • 佐世保 JOMF 1098kHz 1kW(佐世保市天神山・ラジオ佐世保時代からのコールサインを継続)
    • 諫早/島原 1233kHz 100W
    • 福江 1431kHz 1kW
    • 平戸 1062kHz 100W(JOUEのコールサインを持っていたが廃止)

放送時間[編集]

5:00を1日の基点とする24時間放送。日曜深夜(月曜未明)1:00(終了) - 4:00(開始)までメンテナンスで休止。一時期、5:00で放送を一旦終了して、早朝の数十分間程度休止に当てたことがあり、その際の4:59から数分間放送された終了アナウンスでも「では皆様、ここでしばらくお休みさせていただきます。」とコメントしていた。

現在放送中の自社制作番組[編集]

平日[編集]

  • ラジオ朝刊 おはようラジオ! (月曜 - 金曜 6:40 - 8:40)※「ラジオ朝刊 平松誠四郎のおはようラジオ!」から改題
  • モーニング・サプリ(月曜 - 金曜 9:00 - 11:30)
  • 情報コンビニ 午後ゴGO!!(月曜 - 金曜 12:00 - 15:49)※「情報コンビニ 午後ですよ」から改題
  • 想い出の花束 〜あの日、あの時、あのメロディー〜(月曜 - 金曜 18:00 - 18:10)
  • あの人この歌ああ人生(月曜 19:10 - 19:30)
  • 今夜はローラと響かNIGHT(月曜 20:50 - 21:20)
  • 佐田玲子のレイコランドカフェ(月曜 21:20 - 21:50)
  • NBCゴールデンナイトゲーム(火曜 - 金曜 18:30 - 21:50)※ナイターシーズンのみ

土曜日[編集]

  • まちこさんと岡本くんの土曜はギューッと(土曜 9:00 - 11:20)
  • 集まれ! 飛び出せ! 団塊フレンズ(土曜 12:00 - 13:50)
  • Hot Hits Again(土曜 16:00 - 16:30)
  • さらば青春の光の「青春デストロイヤー」(土曜 17:50 - 18:00)
  • じげらナイト キャンラジ(土曜 20:30 - 21:00)※月曜19:30-20:50より枠移動
  • Sweets×Pop すっぴんNAGASAKI(土曜 21:00 - 22:00)
  • V・ファーレン長崎応援番組「V・ファ×ラジ」(土曜 23:00 - 23:15)
  • 「あした、映画いきませんか?」(土曜 23:15 - 23:30)

日曜日[編集]

  • さわやか長崎 すこやか人生(日曜 8:00 - 8:30)
  • ツル亀らじお(日曜 9:30 - 10:30)
  • Playtimerock ナガサキ音遊び (日曜 11:30 - 12:00)
  • さくら町ステーション(日曜 12:00 - 12:55)
  • 音楽喫茶店ハマヤン(日曜 16:00 - 16:30)
  • 金太郎のがまだせ!ラジオ(日曜 21:00 - 21:30)
  • MUSIC WOLF(日曜 22:00 - 22:30)
  • TATSUMAKIの「僕は思う」(日曜 22:30 - 23:00)

(2005年度までに終了したもの)[編集]

  • ラジオ朝いち! (月曜 - 金曜 6:30 - 9:00)
  • ごきげんワイド(月曜 - 金曜 9:00 - 11:20、月曜 - 木曜 ヒロさんのきいてモーニング、金曜 よしこの聞いてモーニング)
  • Campus Wave(土曜 17:00 - 18:00)
  • 竹内・阿部のどんどん土曜日(土曜 9:00 - 12:00)
  • ひろみの生でイキますっ!(土曜 18:30 - 21:00)
  • プレゼントアワー(日曜 23:15 - 、放送時間は変更あり)
  • 絵のない映画館
  • 希望音楽会
  • 午後の歌謡アルバム
  • 長崎ものしり手帳
  • ヒロさんのおまかせワイド
  • 峰ちゃんのどんなモーニング
  • ときめきワイド気ままにアーブ
  • 川瀬隆史のそれいけ!電リクマン
  • マイク&ユー
  • さだまさしの好奇心倶楽部
  • 青春真っ只中
  • スイッチオン ヤングジャーナル
  • わがままナイトHAPPY10
  • 快刀乱麻本気塾
  • バリうま!ラジオチップス

(2006年度)[編集]

  • 今日も朝からNBC! (月曜 - 金曜 6:30 - 8:30)
  • ヒロさん・圭のきいてモーニング(月曜 - 水曜 8:30 - 11:15)
  • 恵子のシャキッとモーニング(木曜 - 金曜 8:30 - 11:15)
  • 満腹ワイド ラジDONぶり(月曜 - 金曜 12:00 - 15:49)
  • 想い出の花束 〜あの日、あの時、あのメロディー〜(月曜 - 金曜 18:00 - 18:10)
  • 月の音色(月曜 19:30 - 21:00)
  • ちょいと懐かし歌謡曲(土曜 8:15 - 8:30)
  • まちこさんと酒井くんの土曜はギューッと(土曜 9:00 - 11:30)
  • ラジDONサタデー 奥様と村山のドラマチックな昼下がり(土曜 12:00 - 14:35)
  • Talking under the tree (土曜 18:30 - 19:00)
  • 金太郎のがまだせ!ラジオ(土曜 22:30 - 23:00)
  • ツル亀らじお(日曜 9:30 - 10:30)
  • 日曜アナらじ(日曜 12:00 - 13:00)
  • COCO de Music (日曜 16:00 - 17:00)
  • 週刊キッズニュース(日曜 18:00 - 18:20)
  • スイッチ・オン!団塊ラジオ(日曜 18:30 - 19:00)

(2012年3月までに終了)[編集]

(2014年3月までに終了)[編集]

  • 早田紀子のキラッとモーニング(月曜 - 火曜 9:00 - 11:30)
  • 寄川淑仔のほわっとモーニング(水曜 - 木曜 9:00 - 11:30)
  • 塚田恵子のシャキッとモーニング(金曜 9:00 - 11:30)
  • まち子さんと午後もギューッと(土曜 12:00 - 12:50)
  • きかせられないラジオ(土曜 16:00 - 16:30)
  • ざっつカステライヴ(土曜 21:00 - 22:00)
  • up×3(あっぷあっぷあっぷ)(土曜22:00 - 23:30)

テレビ[編集]

テレビネットワークの移り変わり[編集]

1970・80年代(長崎県民放2局時代)の編成状況[編集]

ここではテレビ長崎(KTN)の開局(1969年4月)から長崎文化放送(NCC)の開局(1990年4月)までの約20年間の主にゴールデン・プライム枠の編成状況について列挙する。TBS系列局としては珍しく、報道関係の番組を除いてはクロスネットだった。

月曜日・水曜日
TBS系の番組を同時ネット。
火曜日
1979年3月位まで、火曜日19時台後半は『全日本歌謡選手権』や『宇宙戦艦ヤマト2』『新・巨人の星』などの読売テレビ制作土曜19時台前半枠を遅れネットで放送していた(『宇宙戦艦ヤマト2』は最終回を除き日曜日18時から放送し、『ヤマト2』の最終回と1979年4月から1984年3月までは土曜日19時から日本テレビ系列と同時ネット)。これは1975年秋までTBS系列ではローカルセールス枠としていたためである。木曜日19時台前半との交換で全国ネット枠になった後もしばらく読売テレビのアニメを放送していたため、『ぴったし カン・カン』については当初日曜日18時からの遅れネットだった。その後、1979年4月からぴったし カン・カンを同時ネットした。今度は1987年10月から19時台全体がローカルセールス枠となり、前半は朝日放送 (ABC) 制作(テレビ朝日系列)の番組を2日遅れで放送し(『地球大好き!大冒険!』の途中から『地球キャッチミー』の途中まで)、後半はテレビ東京制作の番組を放送していた(『ミスター味っ子』など)。NCC開局以降はTBSの『そこが知りたい』をネットするようになった。
また、火曜日22時台は1987年秋まで長年TBS系列ではローカルセールス枠だったため、NET日本教育テレビ → テレビ朝日系列の番組を放送していた。具体的には特別機動捜査隊テレビ朝日火曜9時枠の連続ドラマを1時間遅れ(1983年春頃まで)→テレビ朝日日曜8時連続ドラマを2日遅れでそれぞれ放送していた(1983年春頃から1987年9月まで)。その後1987年10月よりTBS系列で『JNNニュース22プライムタイム』(月曜 - 金曜放送)放送開始したために全国ネット枠となった。
木曜日
1975年春から1984年秋までは、TBS系列の木曜日19時台前半はローカルセールス枠であったので、NET → テレビ朝日の『クイズタイムショック』を同時スポンサードネットしていた。『JNNニュースコープ』が放送時間が拡大した1984年秋から最終回までは時差ネット(日曜日の17時からの放送)となったが、スポンサードネットは継続していた。
23時台は特別機動捜査隊(1965年頃)ナショナルゴールデン劇場(1972年頃)を時差ネットしていた。
金曜日
1984年春まで金曜日の19時から19時30分はTBS系の『クイズダービー』を遅れネットで放送していた(1976年4月 - 1984年3月まで、1976年1月の放送開始 - 1976年3月と1984年4月 - 最終回までは土曜日19時30分の同時ネット)。19時30分から21時までは、かつて同時間帯に放送されていたプロレス中継との関係で日本テレビ系列番組の放送を行い、その流れで『カックラキン大放送!!』や『太陽にほえろ!』なども放送した(1984年4月よりKTNへ移行し、両番組とも最終回まで放送)。そのためTBS系で1979年(昭和54年)から20時から放送された『3年B組金八先生』の第1シリーズは、3年後の1982年4月、土曜日の22時から放送された。同第2シリーズも第1シリーズ終了の翌週から続けて開始し、合わせて約1年間放送した。『1年B組新八先生』と『3年B組貫八先生』は未放送。『2年B組仙八先生』は1983年4月頃から土曜日16:00位に1年間放送していた。さらに、長渕剛主演の『家族ゲーム』もパート2のみの放送となった。なお、田村正和主演の『うちの子にかぎって』は1・2とも同時ネットしている。
当時の金曜日の19時30分から21時までの編成内容は他に北陸放送信越放送宮崎放送南日本放送琉球放送熊本県民テレビが開局する1982年4月以前の熊本放送も同じ内容であった。ちなみに北陸放送、信越放送、熊本放送は水曜・金曜・日曜日の19時30分から21時までは日本テレビ系列番組を同時ネットしていた。1970年代から1984年3月までは、上記以外(当時民放2局地区のTBS系列)でも19時30分から21時までの時間帯はTBS系列ではなく日本テレビ系を同時ネットしていた局が多かった。
1977年9月2日(昭和52年)この日は、金曜日であり、19時30分から21時までは日テレ系列のナイター中継予定は無く(中継録画で、『11PM』(KTNがネット)で放送予定だったが)急遽放送されることになった。その当時巨人軍王貞治選手(のちに福岡ソフトバンクホークスの監督を務める)のホームラン世界記録(756号)達成秒読み段階になっていた。当然NBCも自動的にネットした。しかし、新記録のホームランはなかなか出ないまま試合は長引き、日テレはニュースを挟み21時以降も中継をすることを決断した。NBCでは21時からは、TBS系列のドラマ赤いシリーズの5作目『赤い激流』をネットしていたため、完全中継はできなかった。21時から日テレ系列の番組をネットする放送局は、もうひとつの民放のKTN(1977年当時フジと日テレのクロスネットだった)である。20時55分のニュースを挟み中継を行った。おそらく、同一番組をライバル民放でリレー中継を行ったことは、全国的に見ても初めてで珍しい例だったのではないだろうか。結局、新記録は翌日のナイター中継の前に出ている。(現在(1991年以降)では日テレ系列のナイター中継NIBで放送。)
土曜日
土曜日に関しても同様で、一時期最大19時から22時までは日本テレビ系の放送枠であった。
TBS系で19時から放送の『まんが日本昔ばなし』は、1979年4月 - 1984年3月の間、日テレのプロ野球中継や特別番組との兼ね合いで、日曜日の夕方(18時 → 17時)から放送していた。19時30分からの『クイズダービー』も1976年3月 - 1984年3月の間金曜日19時からの時差ネットだった(前記以外の期間については両番組ともに同時ネット)。
21時台では、日テレのグランド劇場を同時ネットしていたため、TBS系列で同時間帯に放送されていた『Gメン75』などは半年から1年後に土曜日の夕方から放送された(ただし、『Gメン75』は編成上の都合で途中で打ち切っており、最終回スペシャルを除き、残りの未放送部分については、2010年6月現在に至るまで放送されていない)。1983年4月になってTBSの『ザ・サスペンス』のネットに踏み切り、それまで放送されていた日テレのドラマ『あんちゃん』を途中で打ち切り、残り分はKTNで後日放送され、1984年の改編から『グランド劇場』の番組自体が正式にKTNへと移動した。
KTNでのグランド劇場の放送は基本的に時差ネットで、1983年(昭和58年)4月から三枝の愛ラブ!爆笑クリニックが移動してくる1985年(昭和60年)9月まで火曜22時に放送。以降は不明。なお、同番組の同様の時差ネットは、同じ九州地区の鹿児島テレビ(KTS)でも行われていた。
24時間テレビ 「愛は地球を救う」』の第1回 - 第4回、および第6回については、土曜日分をNBCが、日曜日分をKTNが担当し、全国で唯一リレー放送をしていた(第7回よりKTNのみネットするようになり、KTNがNNN系列を脱退した翌年の1991年から現在までは長崎県でのNNN/NNS系列であるNIBがネットしている)。
日曜日
1990年のNCC開局までテレビ朝日の『土曜ワイド劇場』を『NBCワイド劇場』と改題した上で、『すばらしき仲間』のあと日曜日の22時30分から遅れネットで放送していた。そのあと24時25分ごろから『歌う天気予報』を放送して、そのあと静止画4枚(ブルーバック2枚とイラスト2枚)にアナウンスを流し一日の放送が終了していた。遅くとも1983年頃までこの態勢だったため、それまで日曜日の『JNNニュースデスク』はネットされなかった。やがて『NBCワイド劇場』の後の24時20分から録画放送されるようになり、追って『JNNスポーツチャンネル』もネットするため、24時50分からの放送となった。

テレビチャンネル[編集]

  • コールサイン:JOUR-DTV
  • 呼出名称:NBCながさきデジタルテレビジョン
  • リモコンキーID:3
    JNN系列のリモコンキーID地図
    • JNN系のリモコンIDは原則、TBSテレビのアナログ親局と同じ「6」であるが、NBCのリモコンキーIDは当初は「1」を希望していたことから「3」となった。長崎県では他系列を含め「6」をアナログ親局やリモコンIDに使用される局は存在しない。在崎6波で唯一標準のリモコンキーIDを使わない。本局がアナログ親局で使われていた「5」は在崎民放ではANN系列の長崎文化放送 (NCC) がリモコンIDに使用している[3]
    • JNN系でリモコンID「3」は、本局、大分放送 (OBS)の他に中国放送 (RCC) 、テレビ山口 (tys) 、熊本放送 (RKK) 、琉球放送 (RBC) でも使用される。
  • 長崎 14ch 1kw 送信機はNEC製(稲佐山、NCCNIBのアナログ送信所にKTN・NCC・NIBと共同で設置)
  • 佐世保 22ch 1kw 送信機はNEC製(烏帽子岳、NCCNIBのアナログ送信所に・NCC・NIBと共同で設置)
  • 諫早 23ch 10w (五家原岳)
  • 南串山 14ch 3w (彦山)
  • 島原 23ch 3w (眉山)
  • 南有馬 14ch 3w (上ノ原)
  • 平戸 39ch 3w (鞍掛山)
  • 福江 24ch 10w (八本木山)
  • 松浦 37ch 3w (城山)※当初は31chであったが、2012年10月2日から12月18日の間にチャンネル変更が行われたのに伴い、混信対策局として設置された松浦西中継局のチャンネルに統合された。 
  • 大瀬戸 35ch 3w (遠見山)※2013年1月8日から2月19日の間に14chから変更された。
  • 有川 45ch 1w (矢倉岳)
  • 郷ノ浦 41ch 30w (岳ノ辻)※2012年1月16日から2月20日の間に61chから変更された。
  • 厳原 28ch 30w (権現山)
  • 東長崎 31ch 1w (高城山)
  • 飯盛 23ch 0.3w (飯盛山)
  • 矢上 23ch 0.3w (普賢岳)
  • 外海 14ch 0.1w (城山北方)
  • 長与 14ch 1w (丸田岳)
  • 畝刈 30ch 0.3w (飯盛岳)
  • 松浦西 37ch 1w (城山 ※松浦中継局と同じ)※当初は松浦中継局の混信対策局として設置された。先述のチャンネル変更に伴い、同中継局へ統合された。
  • 吉井 24ch 0.3w (牧の岳山)
  • 佐々 22ch 0.1w (城辻山)
  • 雲仙 41ch 0.05w (絹笠山)
  • 相浦 22ch 0.3w (愛宕山)
  • 世知原 22ch 0.3w (東八天岳)
  • 江迎鹿町 24ch 0.3w (江迎鹿町駅西方高地)
  • 長崎滑石 14ch 0.3w (水道山)
  • 波佐見 32ch 0.3w (波佐見町折敷瀬郷)
  • 松浦南 24ch 0.3w (高法知岳)
  • 平戸中 24ch 1w (鯛の鼻)
  • 平戸南 24ch 0.3w (屏風岳)
  • 野母崎 43ch 0.1w (長崎市脇岬町)
  • 奈摩 45ch 0.3w (高熨斗山)
  • 松浦福島 15ch 0.3w (城ノ越)
  • 宇久 23ch 0.3w (城ヶ岳)
  • 三井楽 45ch 0.3w (三井楽町内)
  • 早岐 22ch 0.3w (飯盛山)
  • 長崎北 14ch 0.5w (間山)
  • 長崎西山 14ch 0.3w (風頭山中腹)
  • 佐世保大野 21ch 1w (石盛山)
  • 佐世保日野 22ch 0.1w (鹿子前北方)
  • 佐世保赤崎 22ch 1w (赤崎岳)
  • 為石 23ch 0.05w (為石町南方高地)
  • 長崎南 14ch 0.3w (小ヶ倉町南方高地)
  • 戸町 14ch 0.3w (戸町南東高地)
  • 蚊焼 26ch 0.3w (蚊焼小学校西方高地)
  • 阿翁 26ch 0.01w (白山姫神社境内)
  • 西彼大島 32ch 0.01w (竜崎西方高地)
  • 野母高浜 43ch 0.01w (弁天山)
  • 長崎平山 41ch 0.05w (平山台)
  • 富江 45ch 0.3w (只狩山)
  • 島原北 23ch 0.3w (島原市宇土町)
  • 松浦鷹島 15ch 0.3w (鷹島町原免)
  • 北有馬 35ch 0.1w (白木野小学校北東)
  • 北有馬西 35ch 0.1w (若宮神社南方高地)
  • 崎戸東 45ch 0.01w (西海市崎戸支所北方高地)
  • 崎戸西 45ch 0.01w (大島小学校北西高地)
  • 大島徳万 45ch 0.01w (徳万公民館裏)
  • 奈良尾 33ch 0.1w (金山)
  • 佐世保日宇 44ch 0.3w (日宇西方高地)
  • 南鹿町 14ch 0.01w (鹿町町船ノ村)
  • 有川北 37ch 0.05w (有川港西方高地)
  • 御館山 44ch 0.05w (御館山)
  • 長崎茂木 23ch 0.01w (茂木小学校南方高地)
  • 松浦東 15ch 0.3w (大田溜池南方高地)
  • 小値賀 23ch 0.3w (愛宕山)
  • 崎山 39ch 0.1w (箕岳)
  • 小佐々楠泊 14ch 0.01w (光福寺南東)
  • 鬼木中尾 14ch 0.05w (波佐見町鬼木郷)
  • 佐世保柚木 28ch 0.1w (高花岳)

アナログ放送[編集]

2011年7月24日停波時点

この他にも、県内に約130の中継局がある(長崎県は山地・離島等の複雑な地形により県内の世帯をカバーするためにも他の都道府県より多くの中継局を設けなければならない事情もある)。

放送時間[編集]

24時間放送は実施せず。開始・終了の時刻はその時々に応じて変更。

現在放送中の番組[編集]

自社制作番組[編集]

JNN系列番組 (九州・沖縄・山口各県)向けの番組[編集]

JNN西部ブロック(九州・沖縄・山口各県)向けの番組としてRKB毎日放送を幹事社とする共同制作、およびNBCが制作協力している番組を掲載。その他の番組はRKB毎日放送#番組を参照。

JNN系列番組 (全国ネット分除く)[編集]

TBS制作番組
毎日放送制作番組

他系列番組[編集]

テレビ東京系列

※但し、県央(諫早市)や島原半島(雲仙市国見町及び島原市)では。TVQ九州放送が、直接受信(視聴)できる世帯が存在している。また、長崎県内のケーブルテレビ各局もTVQの区域外再放送も行っている。

民教協共同制作
その他

過去に放送した番組[編集]

自社制作番組[編集]

 ネット番組[編集]

日本テレビ系列[編集]

ほか  

テレビ朝日系列[編集]

※の番組はNCCへ移行。

ほか

テレビ東京系列[編集]

ほか

フジテレビ系列[編集]

ほか

その他

オープニング・クロージング[編集]

開局 - 1970年代[編集]

オープニング・クロージング
OP・ED共に「JOUR-TVこちらは長崎放送テレビジョンです。今日(EDの場合は明日)もNBCテレビでお楽しみください。」というアナウンスで終わる質素なものであった。

1980年代 - 2006年5月21日[編集]

オープニング
モーツァルトの協奏曲(ペールギュント第一楽章「朝」(グリーグ)など別の曲を使用していた時期あり)をバックに夜明け直前の有明海での漁猟の画面とともに中継局ロールが流れる。なお、中継局の増設などで、数年に一回映像を撮りなおしていたようである。
クロージング
1. グリーンバックに「JOUR-TV、JOMF-TV」のやや強い口調の女性アナウンサーのコールとともに「JOUR-TV NBC長崎テレビジョン 5チャンネル」「JOMF-TV NBC佐世保テレビジョン 10チャンネル」というふうに長崎本局と佐世保局のチャンネル数と周波数が映し出され(※1)、
2. 「こちらは長崎放送テレビジョンです。」のコールと共に同じくグリーンバックに「NBC 長崎放送テレビジョン」の文字が映し出される。
3. 最後に「明日もNBCの番組でお楽しみください。」のコールと共に子供画風の月にウサギと星とロケットの絵とアナウンスコールの文字が入った画面(※2)が映し出される。この間音楽も流れず、わずか15秒で終了するというかなりシンプルかつ寂しい感じのクロージングである。
※1 アナウンサーは時期によって異なる。また、佐世保テレビジョンのコールサインが廃止された後は「JOUR-TV」のコールと長崎本局のチャンネル数と周波数のみが映し出された。
※2 過去にはグリーンバックの後に2つの家がぽつんとあるだけの1枚絵のバージョンがあった。

2006年5月22日以降[編集]

デジタルマスター更新によってオープニング・クロージングを刷新。南蛮君をメインにしたアニメーションへと変更された。

オープニング
南蛮君(3人組)が体操をしている間に右側に中継局のロールが流れる。アナログとデジタルとではコールサイン、中継局ロールのほかアニメーションに若干の差異がある。デジタル版はハイビジョン放送。
クロージング
DE DE MOUSEの『baby's star jam』という曲に乗せて南蛮君が帆船をモチーフにした宇宙船から長崎(稲佐山)へ帰還するという設定のアニメーション。満月の中にNBCのロゴが入り、「おやすみなさい」の文字が浮かび上がって終了。コールサインおよびナレーションはない。デジタル・アナログ共通。その後、2010年4月から静止画1枚「本日の放送は終了しました」とコールサイン・局名のみで表示することになった。

アナウンサー[編集]

男性[編集]

女性[編集]

リポーター・パーソナリティ[編集]

テレビ番組『あっ!ぷる』に出演
  • 力野由起子(ラジオカースキッピー出身)
  • 佐々木良子
  • 木村美弥
  • 庄崎潤子
テレビ番組で活躍
  • 定島由加子
  • 中村梓乃
  • 河野智樹 - 2013年より『報道センターNBC』天気予報担当
ラジオ番組で活躍
ラジオカー「スキッピー」担当(長崎県内を中心に活躍中)
  • 熊川あゆみ(あゆみ、スキッピー3年目)
  • 塩田桜子(さくらこ、スキッピー2年目)
  • 野口真理(まり、スキッピー1年目)

フリー、専属含む。主に佐賀にて活動中のパーソナリティはNBCラジオ佐賀参照

在籍経験者[編集]

他部署への異動者[編集]

かつての在籍者 男性[編集]

  • 二谷英明(1954年 - 1956年在籍) - 1954年ラジオ佐世保開局当時、放送記者として入社。間もなくアナウンサーに転じたが、1956年に退社し日活に入社。局アナが俳優となったはしりであるが、NBC始末書第一号という不名誉な記録も作ったことがある。なお、二谷の死去後、キー局・TBSのワイドショー番組で「ラジオ佐世保」在籍時の音声が流れた。
  • 伊藤明彦 - 原子爆弾被爆証言取材の第一人者
  • 植草結樹 - 現テレビ大阪アナウンサー。元朝日放送アナウンサー・植草貞夫の長男で、その関係でNBC入社時の保証人は元阪神タイガースのエース・村山実だった。弟の植草朋樹は(RKB毎日放送 → )テレビ東京のアナウンサーである。兄弟ともにJNN系列の局からTXN系列の局にそれぞれ移籍して活躍している。
  • 植本浩之(1993年 - ?)
  • 加地良光(1988年 - ?) - その後TVQ九州放送アナウンサー
  • 川瀬隆史 - 現長崎ケーブルメディア社長
  • 河野英雄
  • 古賀勲(1960年 - 1998年在籍)
  • 酒井俊幸NBCラジオ佐賀採用) - 退社後サガテレビ契約アナウンサー→福岡放送(FBS)記者
  • 鈴木裕士(1998年 - ?) - 退社後、東日本放送に入社。ディレクターとして在籍
  • 竹内淳(1983年 - 2007年在籍)
  • 田中宏之(1965年 - 2003年在籍) - 定年退職後はフリーアナウンサー。NBCラジオ朝ワイドの「生みの親」とされ、退職後も2012年3月まで『ヒロさん・圭の聞いてモーニング』のパーソナリティを務めた。
  • 永松英信(2014年まで在籍) - 本来は2008年に定年を迎えていた
  • 中村繁(1995年 - ?)
  • 新原昭治 - 米国核戦略研究の権威
  • 峰利克
  • 市原隆靖(マルチタレント。一時長崎放送の専属状態にあった。ただし社員ではない) - 2003年、12年間に及ぶ長崎での活動に一区切りをつけるため上京。2004年より岩崎本舗CMソングを提供。また、V・ファーレン長崎のオフィシャルソングも提供している。一時期慶應義塾大学大学院の修士課程に学びながら、東京と長崎を行き来しつつ活動中。

かつての在籍者 女性[編集]

  • 久保田みどり(1988年 - ?)
  • 佐藤利恵(1997年 - 2007年在籍) - 現在はフリーアナウンサー。
  • 高月晶子(1993年 - 1999年頃在籍)
  • 田中花木 - 在籍時はアナウンサー・ディレクター
  • 長井ありさ(旧姓・田川/1980年 - 2004年在籍) - 退社後アロマテラピー講師として活躍
  • 橋口奈緒(旧姓・宮脇/1999年 - ?)
  • 平野妙子(1974年 - ?)
  • 望月桜(元『報道センターNBC』お天気キャスター。ただし社員ではない)
出典

NHKウィークリーステラ 1998年6月19日号/1999年6月25日号の各別冊

マスコットキャラクター[編集]

  • 南蛮君(ナンナン、バンバン、ジンジンの3人)
  • キキドキちゃん、ごーまる(NBCラジオ佐賀のオリジナルマスコット。326が製作)

脚注[編集]

  1. ^ 当番組第1回目の公開生放送。以後岡山、静岡、松本、仙台、鹿児島、と放送終了まで続いていった。
  2. ^ ただし、『全国高校サッカー選手権大会』のみ1992年まで放送協力した。これはNIBが開局後準備できなかったための特別措置とされている。1993年以降はNIBに完全移行。
  3. ^ JNN系列のアナログ親局で「5」を使用する放送局はNBCの他、CBCテレビ (CBC)、新潟放送 (BSN)、大分放送 (OBS)があるが、デジタル放送のリモコンキーIDで「5」を使用しているのはCBCのみで、BSNはTBSと同じ「6」を、OBSはNBCと同じ「3」をそれぞれ使用している。
  4. ^ 放送されない場合あり
  5. ^ 2013年1月より遅れネット
  6. ^ 放送されない場合あり
  7. ^ 2014年4月より放送時間移動
  8. ^ 2014年4月より放送時間移動
  9. ^ 2014年4月より放送時間移動
  10. ^ 2012年4月より放送時間移動
  11. ^ 2011年4月より放送時間を変更
  12. ^ あっ!ぷる放送予定 7月9日(月)”. 長崎放送. 2013年8月17日閲覧。
  13. ^ 前作(1974年度版)はKTNにて放映。

外部リンク[編集]