西日本放送

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
西日本放送株式会社
Nishinippon Broadcasting Company, Limited
Nishinippon Broadcasting Company Headquarters.jpg
本社社屋(高松市)
種類 株式会社
略称 RNC
本社所在地 日本の旗 日本
760-8575
香川県高松市丸の内8番15号
設立 1953年昭和28年)7月29日
(株式会社ラジオ四国として設立)
業種 情報・通信業
事業内容 一般放送事業など
代表者 代表取締役社長:吉岡邦男
資本金 3億6,080万円(2006年3月31日現在)
売上高 84億3,258万円(2006年3月期実績)
従業員数 106名(2006年3月31日現在)
決算期 毎年3月31日
主要株主 日本テレビ放送網 14.9%
平井温子[1] 12.1%
シコク・サービス[2] 11.3%
四国新聞社 11.2% など
(2010年10月1日現在)
主要子会社 アクシス・西日本放送サービス・ネクサス・アールシーエスなど
関係する人物 平井太郎
外部リンク www.rnc.co.jp/
特記事項:1953年昭和28年)12月25日、株式会社ラジオ四国から株式会社ラジオ香川に商号変更。1956年昭和31年)10月1日、株式会社ラジオ香川から西日本放送株式会社へ商号変更。
テンプレートを表示
西日本放送
基本情報
英名 Nishinippon Broadcasting Company, Limited
略称 RNC
本社 〒760-8575
香川県高松市丸の内8番15号
北緯34度20分51.5秒
東経134度3分3.5秒
座標: 北緯34度20分51.5秒 東経134度3分3.5秒
公式サイト http://www.rnc.co.jp/
ラジオ
放送対象地域 香川県
系列 JRNNRN
呼出符号 JOKF
呼出名称 にしにっぽんほうそう
開局日 1953年10月1日
親局 / 出力 高松 1449kHz /  5kW
主な中継局 丸亀・観音寺・白鳥 1449kHz
テレビ
放送対象地域 香川県岡山県
ニュース系列 NNN
番組供給系列 NNS
呼出符号 JOKF-DTV
開局日 1958年7月1日
リモコンキーID 4
デジタル親局 高松 20ch
アナログ親局 高松 9ch
ガイドチャンネル 9ch
主な中継局 前田山・西讃岐・津山・高梁 15ch
笠岡・小豆島・新見 20ch など
主なアナログ中継局 香川県
塩江 12ch、前田山 41ch
西讃岐 50ch、小豆島 61ch ほか
岡山県
笠岡 17ch、新見 28ch
津山 58ch、児島 59ch ほか
特記事項:
1997年平成9年)9月までは、ラジオは香川県・岡山県を放送対象地域としていて、NRNの単独ネット局であった。
テンプレートを表示

西日本放送株式会社(にしにっぽんほうそう)は、香川県を本拠とする放送事業者である。略称の「RNC」は、西日本放送ラジオ(Radio Nishinippon broadcasting Company)から。

西日本放送の放送のうちテレビは香川・岡山両県放送対象地域とする準広域局であるが、ラジオは香川県のみを放送対象地域とする県域局である。

ラジオについては西日本放送ラジオ、テレビについては西日本放送テレビをそれぞれ参照。

本社・支社所在地[編集]

ラジオ[編集]

テレビ[編集]

主なチャンネル・周波数[編集]

沿革[編集]

  • 1953年(昭和28年)7月29日 - 四国新聞社香川県内の商工会議所などの出資でラジオ四国設立。
  • 1953年(昭和28年)10月1日 - ラジオ放送開始。(全国21番目で山陽放送南海放送熊本放送大分放送と同日)
  • 1953年(昭和28年)12月25日 - 社名をラジオ香川に変更。
  • 1955年(昭和30年)3月1日 - 観音寺市に観音寺ラジオ送信所(コールサインJOKL、周波数1460kc、出力100W)開局。
  • 1956年(昭和31年)7月31日 - 四国放送との四国放送連盟を発展的に解消。
  • 1956年(昭和31年)10月1日 - 社名を、一般公募で選ばれた西日本放送に変更。同時に高松局の出力を1kWに増力。
  • 1958年(昭和33年)7月1日 - テレビ放送開始。(JOKF-TV、9ch、映像出力1kW、音声出力250W)
  • 1959年(昭和34年)10月1日 - 高松市丸の内の現在地に新本社(西日本放送会館、現在の高松本社本館)が落成。
    • この日から、木太町と天神前に分散していた本社機能が集約され、木太町から演奏所が、青峰テレビ送信所からテレビマスターが、新本社にそれぞれ移転した。旧演奏所は、ラジオ送信所機能(高松ラジオ送信所)のみとなる。
  • 1960年(昭和35年)5月10日 - 岡山県内の取材拠点として、岡山市に岡山支社(後の中国総局)開設。
  • 1960年(昭和35年)8月3日 - 青峰テレビ送信所の出力を、映像出力10kW、音声出力2.5kWに増力。
  • 1964年(昭和39年)10月5日 - テレビカラー放送開始。
  • 1965年(昭和40年)5月3日 - ラジオ放送のネットとして、この日発足したNRNに加盟。
  • 1966年(昭和41年)10月1日 - テレビ放送のネットとして、この日発足したNNNに加盟。
  • 1967年(昭和42年) - この年発足した財団法人民間放送教育協会に加盟。
  • 1967年(昭和42年)2月9日 - 初のテレビ中継局である讃岐白鳥中継局開局(24ch、30W、現在:54ch、10W)。
  • 1968年(昭和43年)5月29日 - 以降、唯一のVHF中継局となる塩江中継局開局(12ch、3W)。
  • 1969年(昭和44年)10月1日 - ローカルニュースのカラー放送開始
  • 1970年(昭和45年)1月13日 - 岡山市の天満屋岡山店6階葦川(いせん)会館内に、RNC天満屋葦川会館テレビスタジオ(サテライトスタジオ)を開設。中国総局制作のローカルテレビ番組がスタート。
  • 1971年(昭和46年)4月6日 - ラジオ「オールナイトニッポン」のネット開始。
  • 1978年(昭和53年)11月23日 - ITU(国際電気通信連合)の取り決めで、ラジオの周波数が9kHzステップへ移行。
    それに伴い、ラジオの高松局の周波数を1450kHz→1449kHzに、観音寺局の周波数を1110kHz→1107kHzに、それぞれ変更。
  • 1979年(昭和54年)4月1日 - 岡山県香川県のテレビ放送の相互乗り入れ(岡山・香川両県の民放相互乗り入れ放送)開始。
  • 1980年(昭和55年)1月14日 - 岡山市北区野田三丁目に岡山西日本放送会館(岡山本社社屋)が落成。中国総局[3])が移転、天満屋葦川会館テレビスタジオを閉鎖。
  • 1980年(昭和55年)7月12日 - 丸亀市に丸亀ラジオ送信所(周波数1107kHz、出力1kW)開局。
  • 1982年(昭和57年)3月1日 - 高松本社新館が落成。新コントロールタワー(高さ84m)使用開始。
  • 1982年(昭和57年)10月1日 - 高松本社本館改装工事落成。
  • 1983年(昭和58年)3月24日 - 岡山県に設置した最初のテレビ中継局、岡山佐山中継局開局。
  • 1983年(昭和58年)6月13日 - テレビ音声多重放送、実用化試験局から放送局へ免許更新(親局を含む14局)。
  • 1985年(昭和60年)3月2日 - 親局移転に向けた金甲山送信所の局舎起工式。
  • 1985年(昭和60年)5月30日 - 西讃岐中継局開局。(OHK、RSKと共同建設)
  • 1985年(昭和60年)6月28日 - プラン修正による、讃岐白鳥中継局の出力変更。30W→10W。
  • 1986年(昭和61年)3月27日 - 親局移転に伴い予想される難視聴対策局として、従来の内海中継局を出力増強し、小豆島中継局が開局。
  • 1986年(昭和61年)4月1日 - CI導入。それによりロゴマークを現在のものに変更。同時に社名文字も変更。(それまで太かったロゴを細めに変更。)(現在でも、旧ロゴが一部の送信所、中継局に残存している。(少数だが、ロゴ変更後に開局した中継局にも旧ロゴが残存している。))
  • 1986年(昭和61年)8月20日 - テレビ親局移転視聴者対策本部事務局発足(香川・岡山)。
  • 1986年(昭和61年)9月13日 - 金甲山送信所の火入れ式。試験電波発射。
  • 1986年(昭和61年)9月17日 - 金甲山送信所からの本放送開始。これにより、青峰から金甲山へテレビ親局移設完了。
  • 1986年(昭和61年)10月7日 - FPU陸上移動局開局。(RNCテレビ10)
  • 1990年(平成2年)7月9日 - ラジオ観音寺・丸亀両局の周波数を1449kHzに変更。これによってラジオ全局同一周波数で放送開始。
  • 1992年(平成4年)4月1日 - 主調整室更新(東芝製)
  • 1993年(平成5年)3月25日 - 大川郡白鳥町(現在の東かがわ市)に白鳥ラジオ送信所(周波数1449kHz、出力100W)開局。
  • 1995年(平成7年)10月25日 - 最後のアナログテレビ中継局となる、勝田真加部中継局開局。
  • 1997年(平成9年)10月 - RSKラジオでの「オールナイトニッポン」などNRN番組のネット開始に伴い、「ネットワークTODAY」などJRNネット番組が開始。またナイターも、平日はニッポン放送、土・日曜日は文化放送から、火・土・日曜日はTBSラジオ、水~金曜日はニッポン放送といった、クロスネット局と同じ編成に切り替えた。
  • 2004年(平成16年)4月 - ラジオでJRNネット番組である「あなたへモーニングコール」のネット開始。
    これにより、午前3時~5時に放送していた「オールナイトニッポン」が4時で途中終了となる。オールナイトニッポンの4時台のネット再開を希望する声もある。(高知放送は再開している。)
  • 2005年(平成17年)4月 - ラジオのJRNネット番組である「生島ヒロシのおはよう一直線」のネット開始。
  • 2005年(平成17年)11月1日 - アナログ・地上デジタル統合テレビマスター運用開始(東芝製)。
  • 2006年(平成18年)10月12日 - 地上デジタル放送の試験放送を開始。
  • 2006年(平成18年)12月1日 - 地上デジタルテレビ放送開始。(JOKF-DTVリモコンキーID:4)
  • 2009年(平成21年)4月1日 - ラジオにおける緊急地震速報の運用を開始(FM香川FM岡山と同時開始)。なおRSKラジオは2009年(平成21年)2月2日から運用開始済み。
  • 2012年(平成24年) 年間平均視聴率三冠王達成(集計期間:1月2日~12月30日)。開局以来、初の快挙となった。
  • 2012年(平成24年)12月24日 - ラジオにおいてラジオ・チャリティー・ミュージックソン(幹事局・ニッポン放送)に初参加。同日正午から翌25日正午まで(断続的ではあるが)生放送された。

テレビ放送開始[編集]

  • 全国で8番目、四国では初の民放テレビ放送の開局で、送信所は五色台・青峰(高松市中山町)に設置された。
  • 送信所設置候補地としては、五色台・青峰の他に岡山県側の金甲山も挙がったが、当時の社長の判断で五色台・青峰となった。
  • 当初、開局は1958年(昭和33年)10月頃となる予定だったが、山陽放送(RSK、当時の愛称はラジオ山陽)が同年6月にテレビジョン放送を開局することを聞き、急遽、RSKの送信機を製造した神戸工業(現在の富士通テン)にRSKと同仕様の送信機製造を依頼し、なんとかRSKの1ヶ月遅れでの開局(香川・岡山地区では、NHK岡山総合テレビ、ラジオ山陽テレビに次いで3局目の開局)に持ち込んだという逸話が残っている[4]
  • 開局当初は、本社と演奏所にテレビマスター・テレビスタジオのスペースがなく、現本社落成まで、青峰送信所内にテレビマスターと仮設スタジオを設置した。
  • 香川県・岡山県南部・広島県南東部・兵庫県南西部などをサービスエリアとしていた実質的な準広域局であったが[5]、放送対象地域としては香川県のみであった[6]。そのため、テレビは香川県内(五色台青峰)に本局の送信所(9ch、現在の本局と同じチャンネル)を置き、中継局も香川県内のみに置いていた。ただ前述の通り、瀬戸内海に面した隣接の岡山県南部等にも電波が届く地域が多かった。

岡山県へのテレビ放送乗り入れ[編集]

1979年(昭和54年)4月1日に、岡山県香川県の民放テレビ放送の相互乗り入れ放送を開始した後は、香川県側の民放テレビ局も、本局の送信所を岡山県側の局と同じ金甲山へ移転させるが、同局の場合、現在の本局金甲山送信所(9ch)を「高松放送局」とし、他の放送局が高松放送局としている前田山送信所(41ch)は「前田山中継局」と呼称している(同局の旧本局送信所は廃止)。しかし同局と提携している四国新聞と、岡山県の地元紙山陽新聞ラジオ・テレビ欄の表記では、金甲山本局を「岡山」、前田山中継局を「高松」と表記している(参考リンク・冷凍こあら氏主催「全国ラ・テ欄研究会」中・四国東地区)。 前記の相互乗り入れまでの間は、TBSやフジテレビの番組も放送していた。しかし相互乗り入れ開始後も、東海テレビ(フジテレビ系列)制作の「鶴瓶の音楽に乾杯!」や「スペンサーの喫茶店」を放送していた。

  • 日本テレビ社史では、RNCが一時フジテレビ系のクロスネット局になっていたと記述している(共同テレビニュースは受信していたが、FNN・FNSは共に未加盟であった。)。

地上デジタル放送開始[編集]

地上デジタル放送開始に先駆け、2004年(平成16年)頃からこの地域でもアナログ-アナログ変換が行われ始める中、放送局では放送機器のデジタル対応が進み、西日本放送でも、2005年(平成17年)11月1日に東芝製のアナログ・地上デジタル統合テレビマスターを導入した。

同月11日には、他局と共に予備免許を交付された上で試験電波を発信するなど各種調整を行うが、2006年(平成18年)8月及び9月からOHK岡山放送やKSB瀬戸内海放送が一足先に行っていた、アナログ放送とのサイマル放送での試験電波送信は行われなかった。しかし2006年(平成18年)10月12日には、このエリアの全放送局と一斉に、「映像の再生に必要な制御信号」を含めた試験電波の送信を開始し、11月22日には無線局免許を交付され、12月1日に地上デジタル放送の本放送を開始した。

番組のHD化ついては、本放送開始前10月12日の試験放送の段階で、HD制作の自社制作番組は、すべてそのままハイビジョン放送だったものの、東京・大阪からのHD制作全国ネット番組は、まだ額縁放送(ワイド画面対応ではない放送)であった。11月1日には、試験放送開始以来額縁放送だった地上デジタル放送の全国ネット番組が、一部を除きワイド画面での放送になる。なおRNC Newsリアルタイム17時台の東京発ネットは、本放送開始まで額縁放送であった。

地上デジタル放送開始時は、この地域各局の中では自社制作番組のHD化率が比較的低かった。そもそも自社制作番組が少ない上に、ニュース取材の映像は、高松本社取材映像はほぼハイビジョン映像となったものの、岡山本社取材映像は4:3SD映像のままであった。テロップも2008年(平成20年)3月までHD非対応だった。そのため、自社制作番組の冒頭にハイビジョン制作を示すテロップは表示されていなかったが、2007年(平成19年)7月からは、HD中心の「とことん!土曜〜び!!」と「フラワーズ」のほか、特別番組においてもNNS準拠の「HV ハイビジョン番組」のテロップ表記をするようになった。

その後、2007年(平成19年)にハイビジョン中継車を導入し[7]、このエリアの民放では、初めてキー局(NTV)との映像伝送回線もHD対応にするなど放送設備のHD対応を進め、2008年(平成20年)10月11日には、2007年(平成19年)末にHD済みの天気予報の画面を含め、スタジオサブ、カメラ等の関係ですべて4:3SDでの放送となっていた『JUST NEWS』『情報あ〜る!!』『NNNストレイトニュース(ローカル部)』や土曜・日曜の『JUST NEWS』『NNNストレイトニュース(ローカル部)』がハイビジョン制作へ移行した。

2009年(平成21年)2月には岡山本社スタジオサブがHD化され、報道取材用のHDカムコーダソニーXDCAM HD)も導入されたため、2009年(平成21年)3月2日から、岡山本社取材映像・テロップもようやくハイビジョン映像となった。

受像機の局名表記は、新聞のテレビ欄とは異なり「RNC西日本テレビ」で、表示アイコンは、2006年(平成18年)12月1日の放送開始時から岡山・香川の民放テレビ局で唯一、自局のステーションキャラクター(ランちゃん)を使用していたものの、2008年(平成20年)3月31日から他局と同じく自局の局ロゴ(RNC)を使用している。ウォーターマークは、2008年(平成20年)5月21日から画面右上に局ロゴ(RNC)の常時表示を行っている(提供クレジット表示時及びCMと、放送終了から放送開始までのフィラーは除く)。

Oha!4 NEWS LIVE」放送中はCM中(日テレNEWS24送出のCM)も常時表示し、再放送番組でもノンスポンサー時には消去は行っていないが、「満天☆青空レストラン」、「笑点」、「プレミアムスイッチ」では提供クレジット部分でもウォーターマークが表示されており、消去の基準が定められていないような節がある。

現在放送中の番組[編集]

アナウンサー[編集]

※ 移籍などの出入りが多い地方局の中では珍しく、異動・移籍が少ない部類に入る。また一部の元アナウンサーは、報道記者やディレクター等に転進している。ただ、山口アナ以降に入社した若手アナウンサーは2~3年で姿を消し、フリーで活躍するということが目立つようになった。これは採用されたのは本社採用ではなく、子会社ネクサスで採用され、本社に出向する形であるためである(後述の2名がそれにあたるが、ただし近年採用し退社した若手アナも実はこの部類に入っている)。ちなみにRNCのウェブサイトトップには契約アナウンサー募集が載せられている。
※ 一部のアナウンサーは日誌を掲載しているが、2006年(平成18年)11月のウェブサイトリニューアルに伴い、新たにブログを設置したアナウンサーも登場。日誌として掲載していたアナウンサーも2007年(平成19年)1月までにブログに移行した。

男性

女性


※ 以下は正規の局アナではなく、関連会社契約のフリーアナウンサー。一部の番組では便宜上「RNCアナウンサー」となっている。いずれも「RNCアナウンスカレッジ」卒業生

過去に在籍していたアナウンサー[編集]

キャッチコピーとマスコットキャラクター[編集]

  • ステーションキャッチコピーは「ます!ます! RNC」で、一世代前は「情報イキイキRNC」だった。また2006年(平成18年)12月の地上デジタル放送開始時から、地上デジタル放送のキャッチコピーとして「デジタ RNC」(デジタルRNCの意味)を併せて使用している。なお現役のステーションキャラクターはランちゃん2006年(平成18年)12月1日から登場した地上デジタル放送キャラクターよんちゃん[9]
  • 「ますますRNC!」のステーションキャッチフレーズは、自社制作番組の出演者やアナウンサー全員のバージョンの他に、キー局・日本テレビの番組の出演者や日テレ系制作の映画・劇場版アニメの出演者が言うバージョンもある。前者は、「NEWSリアルタイム」と「スッキリ!!」で確認されている(「スッキリ!!」では『ますますスッキリRNC!』と言っている)。

余談[編集]

  • 本局よりも前に民放テレビ放送が開始されていた地域は三大広域圏札仙広福札幌市と福岡市、そして岡山市だけで、香川県の人口・面積・経済状況を考えれば異常とも思える開局の早さである。仙台市や広島市よりも早い放送開始となった理由は、香川県出身で郵政大臣を務めていたラジオ四国創設者の平井太郎が、後任の郵政大臣である田中角栄に働きかけたためである。
  • ウェブサイトがリニューアルされた際にアナウンサーの日誌がブログに発展したが、高松本社技術スタッフ陣、岡山本社報道部員のブログも新たに加わった。
  • かつて、1960年代頃にRNC放送劇団が存在した。
  • 1998年(平成10年) - 2000年(平成12年)10月に放送開始直後の天気予報(10分間で天気の合間に、当日放送する日本テレビ系番組の番宣CMを放送する)で、案内役としてみのもんたが出演していた。これは、以前ローカル番組にゲスト出演した際に収録したもので、「今日もがんばろうのう。引き続き天気予報です」などの台詞が用意されていた(1998年(平成10年)以前は、RNCの女性アナウンサーが案内役だった)。
  • 2006年(平成18年)11月11日には、新規参入したプロバスケットボールリーグbjリーグ高松ファイブアローズ」ホーム開幕戦の実況生中継を行った(bjリーグ公式戦の地上波での実況生中継は、この試合が初)。2007~08年シーズンは、ホームゲームのある土曜日限定で、深夜にダイジェスト放送を実施している(高松ケーブルテレビの中継映像を二次使用)。
  • 2008年(平成20年)8月に放送された「24時間テレビ愛は地球を救う31」では、エンディングで当放送局の香川県のメイン会場(高松本社1階・RNCホール)が映った瞬間(31日20時46分)が、同番組の瞬間最高視聴率(41.1%・関東地区)を記録した。なお募金本部は高松・岡山両本社であるが、2004年(平成16年)だけは、高松の募金本部は、完成したてのサンポート高松にある高松シンボルタワーだった。
  • 2008年(平成20年)10月1日で西日本放送が開局して55周年を迎えるため、2008年(平成20年)6月1日から開局55周年記念企画「e-ふるさと 55th」を実施した。
  • 2009年(平成21年)8月30日投開票されたの第45回衆議院議員総選挙において、再選を目指したかつて社長だった自民党候補者民主党候補者に選挙区(香川1区)で敗れたが、他のメディアでは全国ネットを含め早々に当確を打ったものの、RNCの開票特番だけは自民党候補者に比例復活当確が出た31日未明になってようやく民主党候補者に当確を打った。また、他メディアで流した民主党候補者の万歳シーンと自民党候補者の(選挙区における)敗戦の弁の映像をRNCでは一切流していなかったり、解説していた記者が当確した民主党候補者に対するコメントが投げやりでかつ当選者に対して無礼ではないかと一部のブログなどで指摘されている。
  • 1日の放送終了2~5分前に、必ず1回日東河川工業株式会社のCMが流れる。ナレーションは一切なく、同社が施工したと見られる河川敷で川が流れる映像が30秒間流れる。CMの正確な放送開始時期、深夜に流れ続けている理由は不明である。ちなみにBGMはハリー・ジェイムスの「Sleepy Lagoon」をもとに制作していると見られている。
  • 住宅展示場は四国新聞社との共同で運営する「シエスタ21」と、RNC単独で運営する「セトラ」の2ブランドがある。

脚注[編集]

  1. ^ 現・四国新聞社取締役社主。西日本放送初代社長の平井太郎長女で、元社長平井卓志の妻で、現社長平井龍司の母。
  2. ^ 四国新聞社の関連会社。
  3. ^ 1980年(昭和55年)2月1日に名称を岡山本社総局に改称後、2008年(平成20年)4月1日に組織変更で岡山本社中国総支社へ再改称。
  4. ^ 「山陽放送二十五年史」(山陽放送株式会社・編 1978年4月)
  5. ^ 兵庫県南西部は、大阪地区の準キー局が姫路にテレビ中継局を設置した1969年(昭和44年)までサービスエリアだった。また、かつては姫路市福山市にも支社が置かれていた。
  6. ^ RNCより1ヵ月早く開局したRSKも、岡山県・香川県・広島県南東部・兵庫県西部などをサービスエリアとしていたが、放送対象地域は岡山県のみであった。因みに、その後開局したKSB・OHKは、開局当初はKSBは香川県のみ、OHKは岡山県のみをそれぞれ放送対象地域とした県域局であった。
  7. ^ 2008年(平成20年)11月現在、岡山・香川の民放テレビ局ではRNC、OHK、KSBがハイビジョン中継車を所有。
  8. ^ RNCの初代香川・岡山地区地上デジタル推進大使2005年12月 - 2007年9月)。植村の退職後はしばらくRNCの地上デジタル推進大使はいなかったが、2008年8月から野口恵が2代目の地上デジタル推進大使となった。
  9. ^ 「よんちゃん」は、元々1966年(昭和41年)頃にステーションキャラクターとして使用されていた9ちゃん坊や(きゅうちゃんぼうや)(VHF放送の9chから命名)で、地上デジタル放送開始に伴い、デジタル時代への「ナビゲーター」・「使者」として名前を「よんちゃん」(RNCのリモコンキーID、4chにちなんで命名)に変えて、約40年振りに復活させた。丸型体系の子供で、頭に送信アンテナを載せているキャラクターで、髪の毛の色、おへそ、左手の親指をしゃぶっていないなどの違いはあるものの、ほぼ「9ちゃん坊や」と一緒である。1988年(昭和63年)-1996年(平成8年)には「屋島タヌキ」と言うキャラクターだった(現在は郡市対抗源平駅伝のみ使用)

関連項目[編集]

香川県・岡山県の放送局[編集]

外部リンク[編集]