北京市
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| 中華人民共和国 北京市 | |
| 簡称:京 | |
| 旧称:燕京、中都、大都、北平 | |
| 中華人民共和国中の北京市の位置 | |
| 中心座標 | |
| 簡体字 | 北京 |
| 繁体字 | 北京 |
|---|---|
| 拼音 | Bĕijīng |
| カタカナ転記 | ベイジン |
| 国家 | 中華人民共和国 |
| 行政級別 | 直轄市 |
| 成立 | 紀元前473年 |
| 市委書記 | 劉淇(党中央政治局委員、元冶金工業相) |
| 市長 | 郭金龍(前安徽省委書記、元チベット自治区委書記) |
| 面積 | |
| - 総面積 | 16,801.25 km² |
| 海抜 | 43.5 m |
| 人口 | |
| - 戸籍人口(2007) | 1213.3 万人 |
| - 常住人口(2007) | 1633.0 万人 |
| - 常住人口密度 | 971.95 人/km² |
| - 市区人口(2008) | 849.5 万人 |
| 経済 | |
| - GDP(2008) | 10488 億元 |
| - 一人あたりGDP | 63,029元 |
| 電話番号 | 010 |
| 郵便番号 | 100000 - 102600 |
| ナンバープレート | 京A, C, E, F, H, J, K, L 京B (タクシー) 京G (郊外) 京O (警察、当局) 京V (軍本部、中央政府) |
| 行政区画代碼 | 110000 |
| 市樹 | 側柏、エンジュ |
| 市花 | 月季、菊 |
| 2005年のHDIは 0.882。 | |
| 官方ウェブサイト: http://www.beijing.gov.cn/ | |
北京市(ペキンし)は、中華人民共和国の首都であり、中国の最高権力機関である中国共産党中央委員会の所在地。中国の東部、河北省の中央に位置する。古くは大都・燕京・北平とも呼ばれた。現在の行政区画としては直轄市である。面積は日本の四国に相当する広がりを持つ。人口は直轄市の重慶、上海に次ぐ中国第三位の都市であり、東京、パリ、香港、上海などと並ぶ世界有数の世界都市である[1]。
中央官庁が集積している他、紫禁城や天安門広場、庭園、古くから市民の居住する街並みである胡同などがあり海外からの観光客も多く訪れる都市である。2008年8月8日 - 8月24日に夏季オリンピック(北京オリンピック)が開催された。
目次 |
[編集] 北京の読み方
日本でよく知られているペキンという読みは中国南部の方言の唐音に由来する歴史的な読み方である。 江戸時代の書物(江原某『長崎虫眼鏡』など)では、「北京」のふりがなは「ほつきん(発音はホッキン)」となっている。 現在の中国標準語では Běijīng(ベイジン)と読まれている。 中国南部方言と欧米各国における読み方も様々であるので以下に紹介する。
- Bak ging(広東語) -バッギン
- Beijing(英) - ベイジン(かつては英語圏でもPeking ペキンということの方が多かった)
- Pekín(西) - ペキン
- Pékin(仏) - ペカン
- Peking(独) - ペキン
- Pechino(伊) - ペキーノ
[編集] 歴史
| 中国地名の変遷 | |
| 建置 | 古代 |
| 使用状況 | 北京市 |
| 周 | 燕 |
|---|---|
| 春秋 | 燕 |
| 戦国 | 燕京 |
| 秦 | 薊県 |
| 前漢 | 燕国 薊県 |
| 新 | 薊県 |
| 後漢 | 薊県 |
| 三国 | 薊県 |
| 西晋 | 燕国 |
| 東晋十六国 | 燕郡 |
| 南北朝 | 燕郡 |
| 隋 | 涿郡 |
| 唐 | 幽州 |
| 五代 | 幽州 |
| 北宋/遼 | 南京幽都府 |
| 南宋/金 | 中京 |
| 元 | 大都 |
| 明 | 北平府 北京 |
| 清 | 順天府 北京 |
| 中華民国 | 北平 北京 北平 |
| 現代 | 北京 |
春秋戦国時代には燕の首都で薊(けい)と称された。国都の洛陽からは遠く離れ、常に北方の匈奴などの遊牧民族の侵入による被害を受ける辺境であった。秦漢代には北平(ほくへい)と称されるが、満州開発が進み、高句麗など周辺国の勢力が強大となると戦略上、また交易上の重要な拠点として重視されるようになった。北京市に隣接する、河北省涿郡(たくぐん)は三国志の英雄劉備の故郷で知られるとともに隋の煬帝が築いた大運河の北の起点とされている。
唐末五代の騒乱期には、内モンゴルから南下してきた遼朝は後晋に対し軍事支援を行った代償に北京地方を含む燕雲十六州が後晋から割譲された。遼はこの都市を副都の一つ南京と定め、その後金朝が遼を滅ぼし支配権を獲得すると北京に都城を定め中都とし、更にモンゴル帝国(元朝)が金を滅ぼすと大都として元朝の都城とされた。
朱元璋が元を北方に駆逐し明朝が成立すると、名称を北平に戻し、都城は南京に定められたが、燕王に封じられ北京を拠点とした朱棣(後の永楽帝)は、1402年に建文帝に対し軍事攻撃を行い政権を奪取、皇帝に即位した後北京遷都を実行し地名を北京に改めた。辛亥革命後も中華民国は北京を首都と定めたが、南京を首都と定めた蒋介石を中心とする国民政府は、1928年6月15日に直隷省を河北省、北京を北平(ほくへい、ベイピンBěipíng)と改称した。1937年から1945年まで続いた日本軍占領期は北京の名称が用いられ(公式には1940年に改名)、日本の敗戦によって再び北平に改称された。
1949年10月1日の中華人民共和国成立により新中国の首都とされた北京は再び北京と改称され現在に至っている。しかし中華人民共和国の存在を承認せず、大陸地区への統治権を主張する中華民国(台湾)では現在でも公式名称として「北平」の名称が用いられている。
[編集] 地理
北京は華北平原の西北端に位置する。東部は山地、西部は太行山脈、北部は燕山山脈の一部である軍都山に接しており、南部以外は山に囲まれていて全市域の約62%を山地が占めている。北京の最高峰は万里の長城が延々と続いている北部山脈にある東霊山である。北京市街地はこうした山岳地域に囲まれた盆地の中にあり、その平均海抜は20~60mである。海河流域に属し、永定河や潮白河などが流れるが、これらの河川には普段水が流れておらず水不足が深刻になっている。
[編集] 気候
ケッペンの気候区分では、Dw(冷帯冬季少雨)気候に属する。春は乾燥していて強い砂埃の風が立つ。夏は東京以上に高温多湿となり、霧や靄が降りる日が比較的多く雨は少ない。秋には雨がやや増えるが夕立など特定の時刻に集中的に降ることが多い。冬は低温乾燥で厳しい寒波が襲うが、乾燥のため雪はそれほどは降らない。
| 北京(1961-1990)の平均気温 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 平均最高気温 °C (°F) | 1.6 (35) | 4.0 (39) | 11.3 (52) | 19.9 (68) | 26.4 (80) | 30.3 (87) | 30.8 (87) | 29.5 (85) | 25.8 (78) | 19.0 (66) | 10.1 (50) | 3.3 (38) | 17.7 (64) |
| 平均最低気温 °C (°F) | -9.4 (15) | -6.9 (20) | -0.6 (31) | 7.2 (45) | 13.2 (56) | 18.2 (65) | 21.6 (71) | 20.4 (69) | 14.2 (58) | 7.3 (45) | -0.4 (31) | -6.9 (20) | 6.5 (44) |
| 降水量 mm (inches) | 2.6 (0.1) | 5.9 (0.2) | 9.0 (0.4) | 26.4 (1) | 28.7 (1.1) | 70.7 (2.8) | 175.6 (6.9) | 182.2 (7.2) | 48.7 (1.9) | 18.8 (0.7) | 6.0 (0.2) | 2.3 (0.1) | 576.9 (22.7) |
| 出典: 北京气候资料 2009-07-09 | |||||||||||||
[編集] 市政
- 中国共産党北京市委員会書記:劉淇
- 北京市人民代表大会主任:于均波
- 北京市長:郭金龍(2007年11月30日 -)
[編集] 行政区域
- 旧城区
- 新城区
- その他
-
- 順義区 市東北部に位置し、1998年県から区に昇格した。北京国際学校が所在。
- 昌平区 市北西部に位置し、明の十三陵がある。
- 門頭溝区 市西部の山間部に位置し、1958年区成立。
- 通州区 市東部に位置する。1958年市に編入、1997年区に昇格。
- 房山区 市南西部に位置する。周口店がある。1999年区に昇格。
- 大興区 市南部に位置する。1958年市に編入、2001年区に昇格。
- 懐柔区 市北部の山間部に位置する。1368年建県、2001年区に昇格。
- 平谷区 市東北部に位置する。1958年北京市に編入、2002年区に昇格。
- 延慶県 市北西部に位置する。
- 密雲県 市東北部に位置し、北京の水源である密雲ダムがある。
[編集] 人口
戸籍人口1,538万人(2005年末)だが、他に公安機関(警察)に一時住居登録している流動人口が364.9万人いる。構成は96%が漢民族で、残り4%は55の少数民族で構成されている。
[編集] 経済
北京市は、ハイテク民営企業、研究開発拠点、中国ビジネスの統括拠点としての発展を目指すものと見られる。産業構造では第三次産業への依存が高い。2003年GDPの61.4%が第三次産業である一方、第二次産業の比率は36.0%で、第一次産業に至ってはわずか2.6%に過ぎない。ちなみに中国全体では第三次産業の比率は32.3%で、上海でも48.4%である。近年では外資企業の第三次産業での進出も加速している。市中心部では、CBD構想が着々と進むなど、北京市は上海と並ぶ中国ビジネスの統括拠点としての役割も強めている。この他、北京市は環渤海経済圏、京津冀都市経済圏における中心都市として、周辺地域との経済的な協調を図りながら効率性の高い発展を志向するものとみられる。 また、北京には多くの大学・研究機関が集中しており、多くの優秀な人材が社会へと巣立っている。
[編集] 軍事
北京軍区司令部所在地であり、首都警備の任にあたる衛戍部隊3個師団が市内に駐屯する。
[編集] 交通
[編集] 道路
1960年代 - 70年代に街の交通の障害になるという理由で、明代の内城の城壁が撤去された。その跡には新たに移動の大動脈として一周約32kmの第二環状線が築かれている。その外側にさらに3つの環状線が敷かれており、現在5つの環状道路が開通。第6、第7環状道路は現在計画中である。さらに環状2号線から放射状に12の国道が国内各地にのび、北京から天津を経由して、渤海沿岸の塘沽までなど6本の高速道路が建設された。
[編集] 鉄道
北京は中国国鉄の中心地であり、国内全省都への直通列車や、近隣諸国への国際列車が発着する。モスクワ、ウランバートル、平壌行きの国際列車をはじめ、台湾を除く国内全ての省、市、自治区の首府を結ぶ直行列車が発着する。現在、二大都市である北京と上海間を、約1320kmの新線で高速鉄道を建設する計画である北京・上海間高速鉄道計画があり、2008年5月からすでに全面的に工事が始まっており、約5年で完成予定である。巨大ターミナル駅として、中央駅の北京駅や北京西駅、北京南駅が挙げられる。またその他に大きな駅として、北京東駅、北京北駅、広安門駅、豊台駅、双橋駅がある。 地下鉄は北京地下鉄が通っており、市街地および市街地と郊外を結ぶ交通機関として機能を果たしている。
[編集] 航空
北京の玄関口として北京首都国際空港が北京中心部から約25キロ北東に位置する。この空港は中国最大の空港であり、アジアでも最大級の規模を持つ中国国際航空のハブ空港である。その他に、海南航空や中国南方航空もこの空港をハブとしている。また、北京中心部から約13キロ南には、清の時代から続く中国最古の北京南苑空港がある。この空港は軍民共用であり、市内へのアクセスが北京首都国際空港よりも良い。
[編集] 文化
[編集] メディア
詳細は「北京の報道メディアの一覧」を参照
北京電視台が国営放送網として北京に所在し、主として1から10までの番号をふられたチャンネルをそれぞれ放送する。
[編集] スポーツ
北京オリンピック、北京パラリンピックの開催地であり、通称「鳥の巣」と呼ばれるメイン会場の北京国家体育場を建設するのに、およそ350,000人もの人々が強制移動させられたとされ、この強制移動は2008年7月28日にようやく完了した。また、 毎年10月には天安門広場をスタート地点とする北京国際マラソンが開催される。 北京を本拠地とするプロスポーツチームとして、中国サッカー・スーパーリーグの「北京国安」、中国プロバスケットボールリーグの「北京ダックス」、アジアリーグアイスホッケーの「チャイナドラゴン」、中国野球リーグの「北京タイガース」がある。
[編集] 教育
[編集] 大学
詳細は「北京市の大学一覧」を参照
[編集] 日本人学校
[編集] 博物館
[編集] 観光
「北京市の公園の一覧」も参照
中国の代表的な観光都市として知られ、50万年前からの人類が生活してきた歴史、3000余年の街造りの歴史、700余年も全国的な政権が都をこの地に置いた歴史があり、中国の七大古都の1つである。北京は古都にふさわしい第一級の名勝史跡に恵まれており、外国人観光客数、観光外貨収入は国内第1位である。
[編集] 世界遺産
皇帝が豊穣を祈念するために建築した。歴代の皇帝が天に祈るための木造の古い建物。
- 明の十三陵(世界文化遺産、2000年)
[編集] 姉妹都市
| 都市 | 国 | 姉妹都市になった年 |
|---|---|---|
| 東京 | 1979年3月14日 | |
| ニューヨーク | 1980年2月25日 | |
| ベオグラード | 1980年10月14日 | |
| リマ | 1983年11月21日 | |
| ワシントンD.C. | 1984年5月15日 | |
| マドリード | 1985年9月16日 | |
| 平壌 | 1986年10月18日 | |
| リオデジャネイロ | 1986年11月24日 | |
| イル・ド・フランス地域圏 | 1987年7月2日 | |
| ケルン | 1987年9月14日 | |
| アンカラ | 1990年6月20日 | |
| カイロ | 1990年10月28日 | |
| イスラマバード | 1992年10月8日 | |
| ジャカルタ | 1992年10月8日 | |
| バンコク | 1993年5月26日 | |
| ブエノスアイレス | 1993年7月13日 | |
| ソウル | 1993年10月23日 | |
| キエフ | 1993年10月13日 | |
| ベルリン | 1994年4月5日 | |
| ブリュッセル | 1994年9月22日 | |
| ハノイ | 1994年10月6日 | |
| アムステルダム | 1994年10月29日 | |
| モスクワ | 1995年5月16日 | |
| パリ | 1997年10月23日 | |
| ローマ | 1998年5月28日 | |
| ガウテング | 1998年12月6日 | |
| オタワ | 1999年10月18日 | |
| キャンベラ | 2000年9月14日 | |
| マニラ | 2005年11月14日 | |
| ロンドン | 2006年 |
[編集] 北京を舞台とした作品
[編集] 映画
- 『北京の55日(55 days at Peking)』 - 1963年・アメリカ(1963年の洋画部門の興行収入第5位、3億3933万円)
- 『北京の思い出(城南旧事)』 - 1983年・中国
- 『北京オペラブルース』 - 1986年・香港
- 『ラストエンペラー』 - 1987年・イギリス・イタリア・中国合作
- 『春桃』 - 1989年・香港・中国合作
- 『北京の天使』 - 1992年・中国
- 『さらば、わが愛/覇王別姫』 - 1993年・中国・香港合作
- 『太陽の少年』 - 1994年・香港・中国合作
- 『西太后(慈禧秘密生活)』 - 1994年・香港
- 『スケッチ・オブ・Peking』 - 1995年・中国
- 『離婚のあとに』 - 1996年・中国
- 『北京のふたり(Red Corner)』 - 1997年・アメリカ
- 『鳳凰橋を離れて』 - 1997年・中国
- 『スパイシー・ラブスープ』 - 1998年・中国
- 『きれいなおかあさん』- 1999年・中国
- 『アイ・ラブ北京』- 2000年・中国
- 『北京ヴァイオリン』- 2002年・中国
- 『世界』- 2004年・中国・日本・フランス合作
- 『胡同(フートン)のひまわり 』- 2005年・中国
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
[編集] 参考文献
- 竹内実 『世界の都市の物語 北京』 文藝春秋、1992年、ISBN 4-16-509610-5。
- 陣内秀信ほか編 『北京都市空間を読む』 鹿島出版会、1998年、ISBN 4-306-07212-6。
- 松木民雄 『北京地名考』 朋友書店。
- 櫻井澄夫 『中国・食と地名の雑学考』 田畑書店、2005年。
[編集] 外部リンク
[編集] 公式
- 北京市公式サイト (中国語)(英語)
[編集] 日本政府
[編集] 観光
- 北京 - ウィキトラベル
- 北京観光局 (日本語)
- 今日北京 (日本語)
- 北京旅行情報 (日本語)
- 北京駅列車時刻表 (日本語)
- 北京地図 (日本語)
- 「中国北部のイスラーム建築」 北京の牛街礼拝寺 (日本語)
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