C・W・ニコル

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C・W・ニコル
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C.W. Nicol - Headshot in Afan Woodland.jpg
|C・W・ニコル]]
誕生 Clive William Nicol
1940年7月17日(74歳)
ウェールズの旗 ウェールズニース
職業 小説家随筆家ナチュラリスト
国籍 ウェールズの旗 ウェールズ
カナダの旗 カナダ
日本の旗 日本
活動期間 1978年 -
ジャンル 冒険小説ほか
代表作 風を見た少年
主な受賞歴 大英帝国勲章
処女作 ティキシィ
配偶者 ニコル麻莉子
子供 前妻との間に3女、
ニコル麻莉子との間に1女
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C・W・ニコル(シー・ダブリュー・ニコル 本名・クライヴ・ウィリアムズ・ニコル Clive William Nicol, 1940年7月17日 - )は、ウェールズ生まれの日本の作家ナチュラリスト

1995年に日本国籍を取得し、本人の言によれば「ウェールズ系日本人」。キラメッセ室戸鯨館の館長も務める。

妻は作曲家日本画家ニコル麻莉子1980年に結婚)。

スペインガリシアに別荘を持ち、日本での仕事が多忙になると黒姫に在る自宅の留守を助手に任せ、家族と一緒にスペインに滞在して仕事に専念することが多い。また、旅行することが多く、このことをエッセイにまとめる著本を多く発表している。

経歴[編集]

少年時代~青年時代[編集]

母親はイングランドに憧れたウェールズ人。母方の祖父である元炭鉱労働者のジョージ・ライスを尊敬している。

ニコルのエッセイによると、ライス家はケルト化したノルマン系の家系だという。幼い頃に、やはりノルマン系イングランド人の軍人であった実の父親を亡くし(日本陸軍によってシンガポール処刑された)、母親とイングランド東南部のイプスウィッチに住んでいた。当時はナチス空軍の襲撃に怯えていたと本人が懐古している。

後に母の再婚相手である、スコットランドスカイ島生まれでユーモアに溢れた素敵な海軍士官ジェームス・ネルソン・ニコルの養子となってニコル姓(ニコル家もやはりケルト化したノルマン系という)となる。その後、異父弟のエルウィン・ジェームス・ニコルが誕生した。

この頃に祖父から様々なことを教わり、自然を初めとして、生物植物宗教歴史哲学音楽などを学び、また祖父に連れられて狩りを覚えた。

小学校に入学した時には病弱で体も小さかったために同級生に苛烈ないじめを受けた。また、教師から理不尽な体罰を繰り返して受けたため、学校嫌いになった。 男子校の文化では告げ口=臆病と考えられていたため、いじめの助けを求められなかった。 ニコル少年は死のうとは思わなかったが、その代わりに相手を刺した。相手は腹の右側を真っすぐ刺され、警察沙汰になり学校が移転するほどの大事件となった。だが、それがきっかけでようやくいじめが明らかになり、ニコル少年が咎められることはなかった。

同時に義理の叔父である元軍人のグウィン(母の妹である叔母オリーヴの夫)からも「軟弱な小僧めが」と嘲笑され、激怒した祖父のジョージはグウィンと対決を繰り返した。これがきっかけでニコルは叔父に復讐するために格闘技に興味を示した。

ある時に、臨終間際の自分の愛犬のことで、英国国教会プロテスタント)の牧師に「僕の犬は天国に召されますか?」と訊いた。牧師は「魂がない犬ごときは天には召される資格はない!」と侮辱し、それに反論したニコル少年は怒った牧師に殴られた。ためにニコルはキリスト教嫌いになり、元々誇りを持っていたケルトの原始宗教のドルイド教に傾いた。

そんな少年時代の過酷な環境の中でニコルは自然、動植物と触れ合うことで癒しを見出していった。

初等教育期の学習障害を克服し名門進学校のグラマー・スクールに進学、ここで後輩のブライアン・ジョーンズと出会う。

14歳の時に生物学教師であったピーター・ドライヴァーに出会い、さまざまな影響を受ける。柔道格闘技を始め、ピーターもその影響を受けた。15歳の時に交換留学生としてフランス中西南部のアキテーヌ地方ボルドーにあるガロンヌ川付近のある村に住んだことがある。

高校を卒業後、大学院で生物学の博士号を取得するために教員を辞職したピーターの誘いを受けて、反対する両親に無断でカナダに渡り、17歳で極地探検を行なった。

数年後に帰国し両親の説得にしぶしぶ応じて、チェルトナムの教員養成(師範)大学であるセントポール教育大学に進学した。だが大学が嫌いでレスラーアルバイトに専念した。

その頃祖父ジョージが祖母の後を追って他界。ライス家の財産相続に関して叔父のグウィンと揉め事を起こし、叔父がニコルに殴りかかったので、既に屈強な体格を持っていたニコルは叔父の顎を強烈に蹴り返した(そのために叔父は脳震盪後遺症が残った)。

彼は今までの怒りを爆発させ、「俺はあんたが死んだら、必ずあんたの墓標に小便を引っかけてやるからな! 憶えとけ」と言い残して、グウィンの息子である従弟のエドウィン(後にオーストラリアに移住)と一緒に故郷のウェールズを立ち去り、それ以来30数年間も戻らなかった(しばらくして叔母が病で亡くなり、叔父は再婚しライス家の全財産を売却した)。ニコルが20歳の時の出来事である。

ニコルはこの叔父に対して「僕は今まであんなに人を憎んだことはなかった。叔父は僕の良き思い出のウェールズを滅茶苦茶にしてしまった許し難い存在だ。しかし、僕の叔父に対する憎しみは僕をタフにする作用も働いた。なんともいえない皮肉だね」と述べている。

間もなくフィールドワーカーとなる夢を果すために大学を中退、ウェールズの北方にあるランディ島で恋人と暮らしたが、破局したために再び極地調査のスタッフの道を選ぶ。

世界中を駆け巡る、そして日本へ[編集]

以降も数次に渡る極地探検でカナダのイヌイットと一緒に暮らすなど交流の経験を繰り返した後、エチオピアの野生動物保護省の狩猟区管理官を務め、密猟者との戦いも過酷を極めた。ある時は、斧を持った密猟者に襲われ負傷するが、たった一発の蹴りで密猟者を殺してしまう。この時のことをニコルは自著で「やらなければこちらが殺されていた。しかたがなかったんだ」と述懐し、これが後に「C.W.ニコル=最強」説が唱えられるきっかけとなる。

その後、再びカナダで水産調査局や環境保護局での技官などを歴任した。1962年空手道を学ぶために来日。日本大学で日本語を学ぶ。この来日期間中に日本人女性と最初の結婚をしている(数人の娘をもうけた後に離婚、長女はカナダ人男性と結婚し、カナダ在住)。また、空手道以外に杖道も学んでいる。

カナダ国籍を取得した後、1975年、35歳で沖縄国際海洋博覧会のカナダ館副館長として再来日(翌年母親が58歳で他界した報を弟から受けたが事情があってなかなか帰国ができなかったと本人は語っている)。1978年、カナダ政府の官職を辞任し再来日。一時的に捕鯨の物語を書くために和歌山太地に一年余生活した(これは、太地の鯨取りの猟師が、海での遭難からカナダに渡り、その子供たちにまで及ぶ、海に生きる男たちを描いた『勇魚(いさな)』の参考となった)。

1979年には子供服のCM曲として使われ「ニックとともだち」として出場した『りんごの木にかくれんぼ』が第17回つま恋本選会で入賞している。この『りんごの木にかくれんぼ』は1991年ファンハウスからCDシングルとして発売され、EMIミュージック・ジャパンから発売されたアルバム『Sail Down the River』にも収録されている。

その後、現在の妻に出会い(後に末娘をもうける)、親友の谷川雁の紹介で1980年に、谷川が創設したラボ教育センターの拠点であるラボランドのある長野県黒姫山の麓に居所を定める。また、ラボ教育センターのテキストのいくつかを執筆。ラボ教育センターの分裂時は谷川と行動をともにし、谷川が創設した「十代の会」「ものがたり文化の会」に参加・協力している。1981年、第6回創作テレビドラマ大賞に「日時計」で佳作受賞。

以降、現在に至るまで作家活動を続けている。1995年に念願の日本への帰化を果たし、同時に英国籍とカナダ籍から除籍されたという。小説『風を見た少年』(講談社)は、2000年大森一樹監督でアニメ映画化された。

また、自然環境の保護活動でも知られ、1986年、長野県黒姫高原の荒れた里山の一部を購入し「アファンの森」と自ら名づけ、親友で専門家の松木信義と共に里山の再生運動を展開し、エコツーリズムを実践。ナチュラリストとして高名である。

2005年10月28日に英国政府から日英関係発展に寄与した功績で名誉大英勲章五位(MBE)を贈られた。

2007年2月には大分県内で開催された日本教職員組合教育研究全国集会の全体集会で「森を育むもの」と題して講演を行った。

日本の捕鯨史を学んだ関係で、日本の食文化・漁業文化・生活文化を守る必要性から捕鯨推進論者であり、信頼できるデータが揃い、きちんとした形で行うならば、捕鯨もかまわないとしている。反捕鯨国で占められている国際捕鯨委員会グリーンピースシーシェパードの活動に対して苦言を呈している。ただし、捕鯨問題が人種問題であるという点に関しては否定している[1]

ただし、現在ではグリーンピースとは和解しており、グリーンピース・ジャパンとは友好関係にある[2]という。また日本の沿岸捕鯨に関するデータが信憑性に欠けるため、現在「日本の捕鯨を全面的に支援する立場にはない」とも語っている[3]

ネズミ嫌いとして有名であり、同時にニコル本人も日本を愛して、現在も環境問題に取り組んでるが、政治自体には興味がないと、エッセイで述べている。

主要な委員就任経歴[編集]

  • ㈶ 屋久島環境文化財団特別顧問(1993年~)
  • 内閣官房「21世紀地球環境懇談会」委員(1994年)
  • 学校法人東京環境工科学園理事・実習場長(1995年~)
  • 内閣官房「子どもの未来と世界について考える懇談会」委員(1997年)
  • 内閣府「未来生活懇談会」委員(2002年)
  • 東京都 エコツーリズム・サポート会議委員(2003年~)
  • 環境省 エコツーリズム推進会議委員(2003年~)
  • 京都大学フィールド科学教育センター社会連携教授(2005年~)

主要な著作[編集]

  • ティキシィ 松田銑、藁科れい訳 角川書店 1979 のち文庫
  • りんごの花さく湖 五木寛之訳 偕成社 1980
  • 冒険家の食卓 松田銑訳 角川書店 1981 のち文庫
  • バーナード・リーチの日時計 青春の世界武者修行 松田銑訳 角川選書 1982
  • ぼくのワイルド・ライフ 竹内和世訳 クロスロード 1983 のち集英社文庫
  • 北極探険十二回 竹内和世訳 潮出版社 1984 のち新潮文庫
  • C.W.ニコルの青春記 1-2 竹内和世訳 集英社 1984-85 のち文庫
  • 開高健とC.W.ニコルの野性の呼び声 集英社 1984 のち文庫
  • 風を見た少年(クロスロード、1984年) のち講談社文庫 ISBN 4-906125-08-5 
  • ザ・ウィスキーキャット 松田銑訳(講談社、1984年)のち文庫ISBN 4-06-201651-6
  • 野性との対話 海の幸・山の幸と共に 蔵野勇訳 講談社現代新書 1985
  • 小さな反逆者 鈴木晶訳(福音館書店、1985年)のち講談社文庫 ISBN 4-8340-0394-9
  • ユニコーンとレプラコーン 文研出版 1986 (文研子どもランド)
  • おっとっと!チョコチョコくん 藁科れい訳 文研出版 1986
  • C.W.ニコルの自然記 森と山からのメッセージ 竹内和世ほか訳(実日新書、1986年)のち講談社文庫 ISBN 4-408-30085-3
  • 私のニッポン武者修業 松田銑訳 角川選書 1986
  • 勇魚 村上博基訳(文藝春秋、1987年)のち文庫 ISBN 4-16-309540-3 / ISBN 4-16-309550-0
  • C.W.ニコルの海洋記 くじらと鯨捕りの詩 竹内和世、宮崎一老訳 実日新書 1987 のち講談社文庫
  • C.W.ニコルの旅行記 わが地球に-乾杯! 竹内和世、蔵野勇訳 実日新書 1987 のち講談社文庫
  • C.W.ニコルのいただきます 竹内和世訳 小学館 1987 のちライブラリー
  • でっかく遊べ C.W.ニコル・柘植久慶の冒険対談 原書房 1987
  • C.W.ニコルのわたしの自然日記 竹内和世訳 講談社 1988 「C.W.ニコルの自然生活」文庫
  • C.W.ニコルの野性記 生きることそれは冒険 竹内和世訳 実日新書 1988
  • 森からの警告 畑正憲vs.C.W.ニコル対談集 CBS・ソニー出版 1989
  • Tree 竹内和世訳 徳間書店 1989 のちアニメージュ文庫
  • 白河馬物語 村上博基訳 文藝春秋 1989 のち文庫
  • C.W.ニコルの黒姫日記 竹内和世訳 講談社 1989 のち文庫
  • C.W.ニコルのおいしい博物誌 1-2 対談集 清水弘文堂 1989-90
  • C.W.ニコルの森と海からの手紙 竹内和世訳 講談社 1990 のち文庫
  • C.W.ニコルと21人の男たち 竹内和世訳 潮出版社 1990 のち講談社文庫
  • Forest 竹内和世訳 徳間書店 1991 のちアニメージュ文庫
  • エコ・テロリスト 竹内和世訳 清水弘文堂 1991
  • 北極カラスの物語 森洋子訳 講談社 1991 のち文庫
  • 魔女の森 今井宏明訳 講談社 1992 のち文庫
  • 海の狩人 日本の伝統捕鯨 樋口英夫対談 平河出版社 1992
  • C.W.ニコルの黒姫通信 森洋子訳 講談社 1992 のち文庫
  • Whisky C.W.ニコルのスコットランド紀行 森洋子訳 徳間書店 1993
  • Letters 赤鬼からの便り 森洋子訳 徳間書店 1993
  • 陸軍少佐夫人 鈴木晶訳 集英社 1993
  • Mogus わが友モーガス 竹内和世訳 小学館 1993
  • 白い雄鹿 竹内和世訳 講談社文庫 1994
  • C.W.ニコルの森の時間 森洋子訳 読売新聞社 1994 のち中公文庫
  • 帰ってきたtanuki 森洋子訳 実業之日本社 1995
  • C.W.ニコルのおいしい交友録 竹内和世訳 清水弘文堂書房 1998 「C.W.ニコルのアウトドアクッキング」中公文庫
  • 盟約 村上博基訳(文藝春秋、1999年)のち文庫 ISBN 4-16-363510-6 / ISBN 4-16-363520-3
  • C.W.ニコルの「人生は犬で決まる」 小学館文庫 1999
  • 日本まさに荒れなんとす 人を幸福にする「森」と「都市」の思想 黒川紀章共著 致知出版社 2001
  • いっときの闇 太田大八絵 森洋子訳 佼成出版社 2002
  • 裸のダルシン(小学館、2002年)のち文庫 ISBN 4-09-290331-6
  • 遭敵海域 村上博基訳(文藝春秋、2002年)のち文庫 ISBN 4-16-321250-7
  • C.W.ニコルのボクが日本人になった理由 今の日本にはじめてやってきたらボクは日本人になっただろうか? 対談 ビオシティ 2002
  • クリスマスベア 堤江実訳 アートデイズ 2003
  • しっぽ(アートデイズ、2004年)ISBN 4-86119-025-8
  • 森にいこうよ!(地球絵本)(小学館、2004年)ISBN 4-09-727661-1
  • 魂のレッスン ぼくとモーガン先生の日々 森洋子訳 日本放送出版協会 2004
  • 誇り高き日本人でいたい 松田銑,鈴木扶佐子,千葉隆章訳(アートデイズ、2004年)ISBN 4-86119-030-4
  • 特務艦隊 村上博基訳(文藝春秋、2005年)のち文庫 ISBN 4-16-324000-4(勇魚/盟約/遭敵海域/特務艦隊は連作)
  • ことばと自然 子どもの未来を拓く 鈴木孝夫共著 アートデイズ 2006
  • 鯨捕りよ、語れ! 森洋子、栗原紀子訳(アートデイズ、2007年)ISBN 978-4-86119-089-6
  • マザーツリー 母なる樹の物語(静山社、2007年)ISBN 4-915512-62-2

論文[編集]

関連人物・項目[編集]

注記[編集]

  1. ^ 反捕鯨主義者の一部と日本人の一部が反捕鯨を白人対黄色人種の人種問題にすりかえようとしていると指摘している。
  2. ^ 捕鯨以外の環境問題に関しては意見を同じくしているためとしている。
  3. ^ 「鯨捕りよ、語れ!」p240
  4. ^ 『小さな反逆者』の「トマスさん」にエピソードを掲載。
  5. ^ ニコルのグラマースクールの後輩(『C・W・ニコルと21人の男たち』でブライアンのエピソードを掲載)。

外部リンク[編集]