太地町
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昔から捕鯨で全国的に知られた町であり、日本の古式捕鯨発祥の地といわれている。この町は周辺の町村が合併を繰り返す中、明治22年に太地村と森浦村が合併した当時のまま残っているため面積が和歌山県で一番小さく、その全域が海と那智勝浦町に囲まれている。そのため、「南紀の小さな漁村」といった雰囲気がある。
目次 |
[編集] 地理
太地町は熊野灘に突き出た二股の崎に位置しており海岸線はリアス式、森浦湾と太地湾のため森浦・太地と二つの良港に恵まれた。太地湾の奥には太地町の主集落太地があり漁港の町として大規模な集落が発展している。森浦湾の奥にも森浦集落があるがこちらは至って小規模なものである。紀伊半島の南西部の南方に位置しており気候は温暖である。なお当町の北方にして那智勝浦町の南部、JR湯川駅附近の海岸に当たる場所には当町の大字太地に属する小字夏山(なつさ)が飛び地として存在している。
[編集] 人口
| 太地町と全国の年齢別人口分布図(比較) | 太地町の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は太地町
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 歴史
太地の歴史は鯨なしには語れない。
太地の捕鯨は和田家一族の和田頼元というものが外来の漁師などと共に原始的な捕鯨技術の開発を行い太地浦を拠点として捕鯨を行ったのが始まりで、和田一族を中心として5つの刺手組という捕鯨団体のようなものが形成されていた。その後1675年(延宝3年)に太地の和田頼治という者が鯨を網に追い込んでとる網捕法という方法を発明すると今度は和田一族統制の下太地村一村で大きな鯨方を形成するに至り、これが200年近く続いたがついに1878年(明治11年)に捕鯨中の事故により百名以上の死者を出すという惨事が起こったためこの鯨方も崩壊してしまった。
太地が再び捕鯨の町となるのは日露戦争後のことで、近代的な大資本による遠洋捕鯨の基地として多くの船で賑わい、鯨体の処理場や鯨を缶詰にする工場もできたため太地は再び捕鯨に依存するようになった。 しかし、近年とみに日本の捕鯨に対する風当たりが強くなりつつあり(捕鯨問題)、1988年(昭和63年)には国際捕鯨委員会の取り決めに従い、ついに太地でも商業捕鯨が中断されるに至った。
昭和40年代には太地町立くじらの博物館などの建設も進み、商業捕鯨こそ中断されてはいるものの、この町は今でも「くじらの町」を称し、また鯨を目玉とした観光の振興への取り組みが見られる。
また、太地町には全国でも珍しく漁業協同組合直営のスーパーマーケットがある。
- 1888年(明治21年) - 町村制の施行により和歌山県東牟婁郡太地村・東牟婁郡森浦村が誕生。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 太地村と森浦村が合併し太地村となる。
- 1925年(大正14年)4月1日 - 太地村が単独で町制施行し現在の太地町が誕生する。
[編集] 自治
- 太地町長:三軒一高
- 太地町議会
- 議長:三原勝利
[編集] 経済
平成12年の国勢調査によると、
- 第1次産業就業者数は198名
- 第2次産業就業者数は286名
- 第3次産業就業者数は1066名
である。
[編集] 産業
くじらの町である。昔はくじらの漁が盛んだった。今でも少しではあるが捕鯨が続けられている。そのため町のマークもイルカである。
[編集] 姉妹都市・提携年都市
[編集] 教育
[編集] 小・中学校
[編集] 隣接する自治体
- 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町
[編集] 交通
[編集] 鉄道
町内には西日本旅客鉄道(JR西日本)紀勢本線(きのくに線)が走っている。紀勢本線はこのあたりでは普通列車は2時間に1本くらいの割合で運行されている。代表駅は太地で、太地町にある唯一の駅でもある。太地の駅は森浦集落のはずれに位置し太地の中心部へは太地町町営のバス(太地町町営じゅんかんバス)が出ている。太地の駅には基本的に普通列車と特急オーシャンアローの一部が停車する。小字夏山地区には紀勢本線は通るが駅はない(最寄り駅は湯川駅)。
[編集] 道路
町内を走る主要な道は以下のとおり。
[編集] 名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
[編集] 観光
- くじら浜公園
- 太地町立くじらの博物館
- 太地町立石垣記念館 - 当町出身の洋画家石垣栄太郎の記念館で、1991年に妻で評論家でもある石垣綾子が設立したものである。
- 捕鯨船資料館(第11京丸) - 南氷洋で活躍した第11京丸が陸揚げ展示されている。
- ワールド・ドルフィンリゾート
- ドルフィン・ベェイス
- 落合博満野球記念館
- 燈明崎 - 古式捕鯨で総指揮所の役割を果たした燈明崎山見台が1992年に復元された。
- 梶取崎
- 平見台園地・継子投
- グリーンピア南紀(現在は閉館)
- 和田頼元墓 - 太地捕鯨の創始者の墓である。和歌山県の史跡に指定されている。附近には和田一族の墓が並んでいる。
- 鯨方漂流人記念碑
- 飛鳥神社
- 東明寺
- 順心寺
- 太地港
[編集] 温泉
[編集] お祭り
- くじら踊り
- 毎年8月15日に行われるもので、和歌山県の無形民俗文化財に指定されている。1670年ころから鯨方の出初式に行われていた踊りである。
[編集] 太地町出身の有名人
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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