ウィニペグ

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ウィニペグ市
City of Winnipeg
444 Winnipeg montage.jpg
ウィニペグ市の風景
位置
ウィニペグ市の位置(マニトバ州)の位置図
ウィニペグ市の位置(マニトバ州)
座標 : 北緯49度54分 西経97度08分 / 北緯49.900度 西経97.133度 / 49.900; -97.133
歴史
創設 1738年
行政
カナダの旗 カナダ
  Flag of Manitoba.svg マニトバ州
 市 ウィニペグ市
市長 サム・ケイツ
地理
面積  
  市域 465.16km2
  都市圏 4,151.48km2
標高 238m
人口
人口 2011年[1]現在)
  市域 663,617人
  都市圏 730,018人
  備考 カナダ国内8位
その他
等時帯 中部標準時UTC-6
夏時間 中部夏時間UTC-5
市外局番 +1-204
公式ウェブサイト : www.winnipeg.ca

ウィニペグ英語: Winnipeg)は、カナダマニトバ州南部にある都市。同州最大の都市かつ州都であり、同州の人口の半分以上が当市に集まっている。カナダの小麦生産地帯の中核都市であり、農産物の流通の中心でもある。ウィニペグに住む人たちは通称「Winnipegger(ウィニペガー)」と呼ばれている。

地理[編集]

アメリカ合衆国との国境の北約100kmのプレーリー地帯の一角に位置する。周囲は平原となっており、レッド川流域として知られる肥沃な農地帯でもある。東部カナダと西部カナダを結ぶ起点であり、地理的な重要性から交易の場として栄えた。また、マニトバ湖ウィニペグ湖の南に位置していることから交通の拠点となった。市内でレッド川アシニボイン川が合流し、ウィニペグ湖へ注ぎ込む。

歴史[編集]

もともとはネイティブアメリカンが住み、カヌーを移動手段として狩猟採集による生活をしていたが、1738年に初めて交易所がフランス系の会社によって建設されると、それ以降多くの民族が移住してきた。そのため1869年から、ルイ・リエル率いるメティと東部カナダからの新居者との間にレッドリバー一揆(Red River Rebellion)が勃発した。その後もウィニペグはカナダ国内ではオンタリオ州と共に、最も多くのネイティブアメリカンが生活する都市となっている。

1900年代初頭は経済成長が著しく、カナダ国内でも3番目の成長率を誇っていたが、1970年代に差し掛かるとその成長率にも陰りが見え始め、カルガリーエドモントンの後塵を拝することになり、2005年には国内では6番目の市に後退した。20世紀後半から2000年初頭にかけては経済格差が顕著となり、貧困層がダウンタウンから北部にかけて居住し、富裕層はTuxedo(タキシード)エリアや郊外にかけて居住している。

人口統計[編集]

2011年国勢調査によるとウィニペグ市内の人口は66万3,617人(国内7位)、ウィニペグ都市圏の人口は73万0,018人(国内8位)である。

ウクライナ系、スコットランド系、フランス系の移民も数多くいる。ダウンタウン周辺から北部にかけてはネィティブ・カナディアンが多く住んでいる。これは歴史的な背景と経済格差が主な理由である。移民たちは基本的に同じ民族の多く住むエリアに移住・生活することが多く、市内でもフランス系の地区、イタリア系の地区、フィリピン系の地区などが見られる。サン・ボニファス地区はカナダ西部で最大のフランス系の拠点となる地区である。

気候[編集]

北米の中央部に位置するため、極めて顕著な大陸性気候であり、ケッペンの気候区分では亜寒帯湿潤気候(Dfb)に属する。冬季は極北地域を除き北米で最も寒い都市である。1月の平均気温は-17.8℃であり、-40℃以下まで下がることも珍しくないなどアラスカ州アンカレッジよりはるかに寒くなる。 一方、夏季は気温が上がり30℃を超えることも多く蒸し暑くなることもあるが、日本の夏の蒸し暑さと比べるとかなり過ごしやすい。かつては40℃を超える気温が観測された。

ウィニペグのダウンタウン

交通[編集]

ウィニペグ・トランジット(Winnipeg Transit)[1]のバスが市内全域を走っている。大人一般は2ドル40セント(2011/9/25現在)で一時間半乗ることができるが、乗り継ぎなどを利用すれば3時間ほどで市内を一周することも可能である。通勤時間帯を除き、Route1,2,3が無料でダウンタウンを周回している。カナダの他の各都市への移動はVIA鉄道[2]や、グレイハウンド(長距離バス)などがある。

空港[編集]

ウィニペグ国際空港(Winnipeg International Airport, IATA空港コード: YWG) - マニトバ州内唯一の国際空港である。

教育[編集]

大学[編集]

  • マニトバ大学(University of Manitoba)- 学生数2万人を超しマニトバ州内で最大の大学。國學院大學相模女子大学などが提携を結んでおり、毎年多くの日本人学生が訪れている。毎年低評価を下されるため、2007年度より後述のマクレーン誌の大学満足度調査を断っている。
  • ウィニペグ大学(University of Winnipeg) - マニトバ大学と比較すると小規模な大学であるが、マクレーン誌の発表する CUSC(カナダ人学生の大学満足度調査)[3]では毎年上位にランクされており、2006年度の調査ではオンタリオ州のNipissing大学に続いて2位であった。

カレッジ[編集]

ESL[編集]

  • ウィニペグ大学、マニトバ大学共に大学付属のESL(語学学校)があり、それぞれの大学進学を目的とした海外留学生や各国大学の海外留学プログラムによって派遣された若い留学生たちがいる。また、レッドリバー・カレッジ(EAL)やその他民間の経営するESLも市内にはいくつか存在する。
  • 移民者にはウィニペグ市が無料で英語教育プログラムを開講している。

スポーツ[編集]

市民が最も好んで参加するスポーツといえばホッケーであり、老若男女問わずに幅広い人々たちに愛されている。また「ホッケーの出来ない子供は学校で友達ができない」と言われるほどの熱狂ぶりである。インラインスケートを履いて行うスポンジホッケーというスポーツも行われている。

アイスホッケーはかつてNHLのチームでもあったウィニペグ・ジェッツが1996年にアリゾナ州フェニックスに移転、フェニックス・コヨーテズとなりチームを失った。その後マイナーリーグのマニトバ・ムースのみになっているが多くの地元ファンが存在した。2011年にアトランタ・スラッシャーズがウィニペグに移転することとなり、新生ウィニペグ・ジェッツが誕生した。街中の至る所でホッケーチームジャケットを着ている人たちを見かけることができる。カナディアンフットボールCFLに所属するウィニペグ・ブルーボマーズという地元チームがある。野球は独立リーグだがウィニペグ・ゴールドアイズという地元チームがある。

2011年6月、かつてのアトランタ・スラッシャーズがウィニペグにホームタウンを移動。チーム名もウィニペグ・ジェッツと改め、再びNHLチームのホームタウンとなった。

ウィニペグ出身の著名人[編集]

テリー・フォックス
1977年に癌による病気により右足膝下を失う。22歳の1980年、自分の病気の研究費用を集めるために右足は義足ながらも、その足でカナダ横断を試みた。1日約42 kmのペースで、合計143日間、 5,373 km 走り、その期間カナダ国民一人一人に1ドルずつの募金を募った。病気の進行により目的地までたどり着くことはできなかったが 36億カナダドル(3700億円)を集めることに成功した。カナダの国民的英雄として尊敬されている。

トリビア[編集]

  • が夏場に大量発生する。湖岸では夕方になると蚊の羽ばたく音が合唱になって聞こえるほどである。州鳥は「蚊」であると多くのウィニペガーが認めている。
  • 冬季には体感気温-55度にまで冷え込むが、夏季には35度以上の熱帯夜にもなり、これほど一年を通して寒暖の差が激しい街はなかなか見当たらない。
  • クマのプーさん(Winnie-the-Pooh)の名前の元となったクマのウィニーの名前はウィニペグに由来する。

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ウィニペグ概要 World Communities Club”. 2013年8月3日閲覧。
  2. ^ Canadian Climate Normals 1971−2000”. Environment Canada. 2012年12月11日閲覧。
  3. ^ Canadian Climate Normals Data 1971-2000”. Environment Canada. 2012年12月11日閲覧。

外部リンク[編集]