アンカレッジ

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アンカレッジ自治市
Municipality of Anchorage(MOA)
Anchorage on an April evening.jpg
Flag of Anchorage, Alaska.svg Seal AnchorageAK.png
市旗 市章
愛称 : The City of Lights and Flowers
標語 : "Big Wild Life"
位置
アラスカ州アンカレジを含む位置の位置図
アラスカ州アンカレジを含む位置
座標 : 北緯61度13分06秒 西経149度53分57秒 / 北緯61.21833度 西経149.89917度 / 61.21833; -149.89917
行政
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
  Flag of Alaska.svgアラスカ州
 市 アンカレッジ自治市
市長 ダン・サリヴァン
地理
面積  
  市域 5,079.2km2(1,961.1mi2
    陸上   4,395.8km2(1,697.2mi2
    水面   683.4km2(263.9mi2
      水面面積比率     13.45%
標高 31m(102ft
人口
人口 (2007年現在)
  市域 279,671人
    人口密度   63人/km2(164.2人/mi2
  都市圏 359,180人
その他
等時帯 AKSTUTC-9
夏時間 AKDTUTC-8
ZIP CODE 99501-99524,99530
市外局番 907
ISO 3166-2 02-03000
公式ウェブサイト : http://www.muni.org
アンカレッジの衛星写真
アラスカ地震後大きく道路が陥没したアンカレッジ4番街(1964年)

アンカレッジAnchorage)はアメリカ合衆国アラスカ州南岸の都市。

自治体としての正式名称はアンカレッジ自治市Municipality of Anchorage)で、「MOA」と略す。MOAは郡でもある市郡である(郡に属さない独立市ではない)。

解説[編集]

アンカレッジは、アラスカ州における商工業金融の中心地でもある(州都ジュノー)。人口は約27万人(2004年)で、アラスカ州の半数近くを占める。なお、人口統計は1975年に市部と郡部が合併したため、基本的に都市圏人口で計測される。

同市の主要産業は、州の主要産業でもある石油天然ガスの採掘とその関連事業である。ほかに金融通信の中枢としても発達している。また、国際貿易としての役割も強い。また、政府所得税消費税免税、産業開発の優遇策を実施しており、多くの投資家や起業者が集まっている。一方で、古くからの水産業・林業も盛んで、特に水産品は日本向けに多く輸出されている。

また、同市のテッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港は、かつて北極圏回りヨーロッパ便が給油の為に寄港し、現在でも航空貨物のハブ空港であるなど、世界的に重要な空港である。そのため、同市には航空貨物業も発達している。

地理[編集]

アラスカ州南部のクック湾の湾奥に位置する港湾都市で、北緯60度とかなり高緯度である(西経は150度)。ケッペンの気候区分では冷帯湿潤気候 の北部気候に(Dfc)に属しており、は冷涼、はひじょうに寒い(最暖月・7月は14℃、最寒月・1月はマイナス8.9℃)。北方には北アメリカ大陸の最高峰、デナリ(マッキンリー山)、東部にはロッキー山脈の高峰がそびえ立つが、西部は原野が多い。州北端のプルドーベイ油田(北極海油田)からはパイプラインが走っている。

地名の由来[編集]

1914年アラスカ鉄道建設が始まり、資材搬入のための臨時の投錨地(anchorage)がこの地に置かれた。その時作成された地図で一般名詞の「anchorage」とすべきところを「Anchorage」と誤記してしまったため、固有名詞として定着した。1778年に周辺海域を探検したキャプテン・クックが投錨したことから名づけられたという伝承があるが、実際にはそうした記録はない。

歴史[編集]

1778年にキャプテン・クックがアリューシャン列島からアラスカに到着し、アンカレッジ湾内を航海した。

1915年にアラスカ鉄道建設の拠点として建設され、資材搬入のための港や作業員の宿舎が造られた。第二次世界大戦中は軍需産業の発展によって大成長を遂げ、空港港湾の建設が進んでアラスカ州の中心地として繁栄した。

1964年に発生したアラスカ地震で市街地は壊滅的な打撃を受けるが、1970年代から北極海沿岸の油田開発とパイプライン建設によって、多くの労働者が流入し、都市は今までの3倍の規模になった。今日では観光にも注力しているほか、前述のように貿易(航空貨物)拠点として重要性を増している。

1990年ごろまで(冷戦時代)は、西側の航空機はソビエト連邦領空の通過をほとんど許可されなかったため、日本-ヨーロッパ間の航空便の経由地として頻繁に使用されていた。当時は日本人をターゲットにしたうどん屋まであったが、冷戦後は旅客便にはあまり利用されていない。

文化[編集]

アラスカ州を拓いた先住民族エスキモーアサバスカ人などであり、現在も人口の約10 %は先住民である。彼らは先人らが築き上げた多様な文化を脈々と受け継いでおり、それを紹介するアラスカ民族文化センターがある。

なお、エスキモーの主要な民族として、カナダを中心に分布するイヌイットがいるが、アラスカ・エスキモーにはイヌイット、ユピクなど複数の民族が含まれ、アラスカのイヌイットもイヌピアクと自称するため、彼らを総称してイヌイットと呼ぶのは誤りである。

教育[編集]

アンカレッジ公立学区マグネット・スクールには、全米でも数少ない幼・小・中・高一貫の日本語イマージョン・プログラムがある。

姉妹都市[編集]

外部リンク[編集]