ナショナルホッケーリーグ

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ナショナルホッケーリーグ
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ナショナルホッケーリーグ
分類 アイスホッケー
開始年 1917年
コミッショナー ギャリー・ベットマン
参加チーム 30
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
カナダの旗 カナダ
前回優勝チーム ロサンゼルス・キングス
公式サイト NHL.com
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NHL(日本語:ナショナル・ホッケー・リーグ、英語:National Hockey League、フランス語:Ligue Nationale de HockeyLNH))は、北米のプロアイスホッケーリーグである。

一般的には、世界のプロホッケーリーグ界において最高峰に位置づけられる。また、北米においては、一般にアメリカンフットボールのNFL、バスケットボールのNBA、野球のメジャーリーグベースボール(MLB)と並んで、北米4大プロスポーツリーグの一つに数えられる。

リーグの概要[編集]

所属チームは現在、アメリカ23、カナダ7の計30チームあり、イースタン、ウエスタンの2つのカンファレンスにイースタン16、ウェスタン14に振り分け、更に各カンファレンスはイースタン8、ウェスタン7チームずつの2ディビジョンに分かれている。

レギュラーシーズンは10月初旬から翌年4月上旬にかけて各チームにつき82試合(ホーム41試合、アウェイ41試合)が行われる。試合は、同ディビジョンの間の試合ではそれぞれ6試合、同カンファレンス他ディビジョンのチームとは4試合、残りの18試合を他カンファレンスとの間で行う。また、他カンファレンスのチームのフランチャイズで試合をするのは3年に1回になった。NFLMLBなど他のアメリカのプロスポーツリーグと同じく、ディビジョン間、カンファレンス間の交流試合もある。

試合時間は20分×3ピリオドの計60分。60分終了で同点の場合は5分間の延長戦(サドンデス=ゴールデンゴール(Vゴール)方式)を行うが、この場合フィールドプレーヤーは各チーム1人ずつ減って4人同士となる。2005-2006シーズンからは、延長戦の引分けがなくなり、代わりにシュートアウト(shootout)方式が導入された。このシュートアウトでは各チーム3人の選手が1人ずつ相手ゴーリーに1対1で対峙しフリーショットの成功数を競う(3人までで同点の場合はサドンデス方式で他の選手がフリーショットに登場する)。試合の結果、勝ちチーム(延長戦及びシュートアウト含む)に勝ち点2、60分での負け0、延長戦及びシュートアウトの負けに1が与えられる。

各カンファレンス(15チーム間)の勝ち点上位8チームがプレーオフに進出する。プレーオフ1回戦は各カンファレンスの「1位vs8位」「2位vs7位」「3位vs6位」「4位vs5位」のたすきがけ方式となっており、それぞれ7戦4勝制で試合を行う(もっとも、1938年以前には5戦3勝制、3戦2勝制が採用されたこともあった)。1~3位は各ディビジョンチャンピオンチームで勝ち点の多いチームから順位がつけられ、勝ち点が多くてもディビジョン2位以下のチームが2位、3位になることはない。上位チームは通常ホームゲーム・アドバンテージとしてそれぞれの試合の1、2、5、7戦の主催権利を持つ(相手チームは3、4、6戦。4勝して次のステップを勝ち上がる場合もホームゲーム・アドバンテージは同じ。例外として上位チームが1、2、6、7戦の主催権利を持つ場合もあるが極めて希)。プレーオフでは引き分け無しの完全決着で、同点の場合は15分の休憩後、20分の延長戦を勝敗が決するまで繰り返し行う。両カンファレンスの優勝チームによってNHLの頂点を決める「スタンレー・カップ・ファイナル」がおこなわれる。

加盟国の一つあるカナダでは最も人気のあるプロスポーツリーグであり、リーグの選手のおよそ半分をカナダ人が占めている。一方、アメリカではNHLの人気は低迷しており[1]、4大プロスポーツの一つとして数える事に対して賛否がある。 2012年のスタンレー・カップ・ファイナルの視聴率も最高3%台に留まっており[2]NASCARゴルフテニスなどより低い水準に甘んじている。

歴史[編集]

創設期、NHAからNHLへ[編集]

NHLは、先行して存在した(カナダの)ナショナル・ホッケー・アソシエーション (National Hockey Association、略称:NHA) における幾度とない論争の後、1917年に設立された。この論争の目玉となったのは、トロント・ブルーシャツのオーナー、エディー・リビングストン(エドワード・J・リビングストン)であった。彼は同じNHAのオーナー仲間から、不公平な有利さをもたらすと思われるリーグ規則を作るよう働きかけ、その抜け穴を利己的に利用するような動きを行っていると常々非難されていた。

ブルーシャツが有力選手を引き抜かれたため、リビングストンは自己がトロントに所有していた2チーム (オンタリオズとブルーシャツ) を合併させたが、特にこのことが他チームのオーナーの怒りに油を注ぐこととなった。また、リビングストンは他チームの選手に「試合に出ないこと」を条件とする契約を提示したり、モントリオール・ワンダラーズがブルーシャツの有力2選手の引き抜きにかかったときにはワンダラーズをリーグから追放するキャンペーンを張った。

このような他のオーナーとのいざこざの中で、リビングストンは繰り返しアメリカで既存リーグと対抗するリーグを始めるとの威嚇を行った。

1916年 - 1917年のシーズンにおいては、NHAは次の6チームから構成されていた。

当時最も人気が高かった陸軍第228歩兵大隊のチームが第一次世界大戦により召集を受けた翌日の1917年2月11日に、オーナー達はリーグの将来について検討するためモントリオールに会同した。リビングストンは病のため参加できなかったが、他のオーナー達が彼とブルーシャツをNHAから事実上追放する道を選んだことを知ると驚きを隠せなかった。

リビングストンはNHA会長を辞しフランク・ロビンソンと連携関係を結んでから、自らリーグの会合には出席せず弁護士に利権を代弁させるようになった。1917年9月29日に招集されたオーナー会議では、他のオーナー達は5日以内にブルーシャツを売却するようリビングストンに迫った。

このためリビングストンは、トロント・アリーナ・ガーデンズがブルーシャツの日常業務を執行するという、実質的にはNHAを存続させるためにはリビングストンの権限を復活させる旨の条件を提示し交渉に望んだ。

これに呼応する形でNHAの他のオーナー達は、1917年11月26日モントリオールのウインザーホテルにて会同し、既存のカナディアンズ、ワンダラーズ、セネターズ及びブルドッグスに新たにトロント・アリーナズを加えた各チームを創立メンバーとしてナショナルホッケーリーグ(NHL)を誕生させた。

  • NHL発足時の構成チーム
    • モントリオール・カナディアンズ
    • トロント・アリーナズ
    • オタワ・セネターズ
    • モントリオール・ワンダラーズ
    • ケベック・ブルドッグス

1918年のリーグ発足年度において、NHLはブルドッグスの一時的なチーム閉鎖などに見舞われる前途多難なスタートを切った(なお、ブルドッグスは4年目から本拠地をハミルトンに移転した)。また同年1月2日に、ワンダラーズ及びカナディアンズの本拠地であるモントリオールのウェストマウント・アリーナが火災で焼失した。ワンダラーズは当時既に陰りを見せ始めていたが火災の発生によりチーム解散に至り、カナダにおける初期プロホッケーチームのなかでも最も歴史あるチームはここに幕を閉じた。

ブルドッグスとワンダラーズの不在によって、NHLは発足年の第2ハーフ及び2年目を残り3チームで運営した。リビングストンはリーグから締め出されたものの、彼がNHAに対して提案した通常シーズンの分割案は新リーグにおいて採用されプレイオフ制度としてまとめられた。NHLのスタンレー・カップ(当時はカナダでのホッケーチャンピオンに与えられる賞)の初代優勝チーム(1893年シーズン)はトロント・アリーナズであった。

しかしながら、気性の激しいリビングストンはアリーナズから上がった収益の分け前に与ろうとして失敗に終わると、チームとNHLを訴えた。この紛争は1930年代までだらだらと続き、結局アリーナズはトロント・メープルリーフスと改名するに至った。リビングストンとNHLの生成の歴史を振り返ってみるといささかの皮肉がある。リーグの他のオーナー達を排除することに熱心だった男が、カナディアンズオーナーのジョージ・ケネディの弁を借りれば、実は「NHLを真のリーグとする」のに貢献したのに等しいのである。

発足後10年間、リーグ自体は事業を軌道に乗せるのに四苦八苦していた一方で、氷上ではNHLの各チームはかなりの成功を収めており、スタンレー・カップにおいては最初の9年間で7度の優勝を達成している(なお、1919年は、シアトルで猛威を振るったスペイン風邪によりシーズンが中止)。

1926年頃よりNHLの選手の平均年俸が他のカナダのリーグと比較して著しく高騰したために、NHL加盟チームのみがスタンレー・カップに出場することになった。また、NHLはアメリカ合衆国へも拡大をみせ、1926年から1931年までにチーム数が10まで増加した。ところが、1929年世界恐慌によりNHLは大きな痛手を被ることになった。例えば、ピッツバーグ・パイレーツニューヨーク・アメリカンズなどのチームが現れては消滅し、伝統のあるオタワ・セネターズでさえも財政的困窮によりチーム閉鎖を余儀なくされた。

第二次世界大戦中、オリジナル・シックス時代[編集]

このような成り行きに追い討ちをかけるかのように第二次世界大戦の勃発によって、発足25周年を迎える1942年にはNHLのチーム数は6チームまでに減少した。なお、このときの6チームは、後に「オリジナル・シックス」と呼ばれるようになった。なお、オリジナル・シックスという文言から、NHL創設時からの構成チームを想像するがこれは誤解である。次のチームがこれに該当する。

大戦後、エクスパンション・シックスの加入[編集]

第二次世界大戦による選手不足から、多くの選手がプロホッケーチームでプレーする機会が与えられたが、終戦後は多くの選手がマイナーリーグへと追いやられるに至った。とりわけアメリカ合衆国及びカナダの西部地区のマイナーリーグは、ややもするとスタンレー・カップの覇者をも破る実力を持った強豪チームを擁していた。このようなリーグをメジャーリーグへと格上げしスタンレー・カップへの進出することを目論んで台頭しつつあったウエスタン・ホッケーリーグ (Western Hockey League) に触発される形で、NHLは1967年に1942年来続いたオリジナル・シックスによるリーグ編成を拡大させることとなった。こうして新たに6チーム (エクスパンション・シックスと呼ばれる)がNHLに加盟した。エクスパンション・シックスには、次のチームがこれに該当する。

WHAの盛衰とNHLの拡張路線[編集]

1972年にはWHA(ワールドホッケーアソシエーション)というリーグが発足した。このリーグはスタンレー・カップには臨まないこととされていたが、NHLの有力なライバルリーグとなるかどうかについては懐疑的な見方をされていた。しかしながら、才能ある選手層が各チームで希薄化するという現象は、プレーの質全体に悪影響をもたらした。さらに、ソビエト連邦・スタイルのホッケーが支配的になってくると、NHLやWHAに属するカナダ選手の多くが相対的に能力に劣るといった、ソビエト・スタイルホッケーとの純然たる違いが明らかになった。

1979年にWHAが解散するまで、NHLとWHAは選手やファンに対するサービスを巡って互いにしのぎを削った。そしてWHA解散後は、4チームがNHLに新規加入した。NHLは続く20年間においても拡張路線を歩むこととなり、2004年には30チームを数えるに至る。

なお、1967年に6チームが加入したいわゆる「ファースト・エクスパンション」以降のNHLのエクスパンションを時系列に整理すると次の通りとなる。

1979年シーズンよりウェイン・グレツキーエドモントン・オイラーズでプレイし、1984年、1985年、1987年、1988年にオイラーズをスタンレー・カップ優勝に導いた。その後ロサンゼルス・キングスにトレードされアメリカでのホッケー人気復活に貢献した。

年俸高騰と労使対立[編集]

NHLの興隆とともに、スター選手たちの年俸はうなぎのぼりに高騰を続けた。契約を巡っては、経営陣と選手との軋轢が高まったこともあり、NHL史上で次の4度のストライキ又はロックアウトがあった(2013年12月現在)。

  1. 1992-1993シーズン : 1992年4月NHL選手会 (NHLPA) のストライキが10日間続いた。(シーズン終了までの予定で始まったが、影響するゲームの日程を再調整しすぐに解決した。)
  2. 1994-1995シーズン : シーズン開幕からのロックアウトは3カ月間に及び、試合数を84から48へと減らすことを余儀なくされた。また、このロックアウトで短くなったシーズンでは、各チームはカンファレンス内での試合しか行わなかった。
  3. 2004-2005シーズン: 概要は次のとおり。
    • 経営者側が年俸総額の上限を設定する「サラリーキャップ」と呼ばれる年俸システムの採用を巡って選手会側と対立。開幕1ヶ月前の2004年9月16日(現地時間)から会場や練習場などの各施設を封鎖する「ロックアウト」という処置を取り、本来のシーズン開幕期間も試合が行われない非常事態となった。欧州リーグなどに流れた選手もいた。
    • 本来のシーズン中盤になって選手会はサラリーキャップの導入を容認し1チーム当たり上限4900万ドルとするとともに、経営者側はそれよりも低い4250万ドルとすることを提案したがその差を狭めることができず、2005年2月16日(現地)当シーズンの公式戦全試合(リーグ戦、スタンレー・カップを含む1230試合)を取りやめにすることを発表した。
    • これまで北米4大スポーツリーグで、シーズン途中での公式戦中断・打ち切りがあったが、全試合が中止になるケースは今回のNHLが初めてのことだった。
  4. 2012-13シーズン。

加盟チーム[編集]

地区 チーム 創設年 加盟年 本拠地
ウェスタン・カンファレンス
パシフィック・ディビジョン アナハイム・ダックス
Anaheim Ducks (ANA)
1993 アメリカ合衆国の旗カリフォルニア州の旗 カリフォルニア州アナハイム
ホンダ・センター
カルガリー・フレームス
Calgary Flames (CGY)
1972 カナダの旗アルバータ州の旗 アルバータ州カルガリー
スコシアバンク・サドルドーム
エドモントン・オイラーズ
Edmonton Oilers (EDM)
1972 1979 カナダの旗アルバータ州の旗 アルバータ州エドモントン
レクソール・プレイス
ロサンゼルス・キングス
Los Angeles Kings (LAK)
1967 アメリカ合衆国の旗カリフォルニア州の旗 カリフォルニア州ロサンゼルス
ステイプルズ・センター
フェニックス・コヨーテズ
Phoenix Coyotes (PHX)
1972 1979 アメリカ合衆国の旗アリゾナ州の旗 アリゾナ州グレンデール
ジョビング・ドットコム・アリーナ
サンノゼ・シャークス
San Jose Sharks (SJS)
1991 アメリカ合衆国の旗カリフォルニア州の旗 カリフォルニア州サンノゼ
SAPセンター・アット・サンノゼ
バンクーバー・カナックス
Vancouver Canucks (VAN)
1970 カナダの旗ブリティッシュコロンビア州の旗 ブリティッシュコロンビア州バンクーバー
ロジャース・アリーナ
セントラル・ディビジョン シカゴ・ブラックホークス
Chicago Blackhawks (CHI)
1926 アメリカ合衆国の旗イリノイ州の旗 イリノイ州シカゴ
ユナイテッド・センター
コロラド・アバランチ
Colorado Avalanche (COL)
1972 1979 アメリカ合衆国の旗コロラド州の旗 コロラド州デンバー
ペプシ・センター
ダラス・スターズ
Dallas Stars (DAL)
1967 アメリカ合衆国の旗テキサス州の旗 テキサス州ダラス
アメリカン・エアラインズ・センター
ミネソタ・ワイルド
Minnesota Wild (MIN)
2000 アメリカ合衆国の旗ミネソタ州の旗 ミネソタ州セントポール
エクセル・エナジー・センター
ナッシュビル・プレデターズ
Nashville Predators (NSH)
1998 アメリカ合衆国の旗テネシー州の旗 テネシー州ナッシュビル
ブリヂストン・アリーナ
セントルイス・ブルース
St. Louis Blues (STL)
1967 アメリカ合衆国の旗ミズーリ州の旗 ミズーリ州セントルイス
スコットトレード・センター
ウィニペグ・ジェッツ
Winnipeg Jets (WPG)
1999 カナダの旗マニトバ州の旗 マニトバ州ウィニペグ
MTSセンター
イースタン・カンファレンス
アトランティック・ディビジョン ボストン・ブルーインズ
Boston Bruins (BOS)
1924 アメリカ合衆国の旗マサチューセッツ州の旗 マサチューセッツ州ボストン
TDガーデン
バッファロー・セイバーズ
Buffalo Sabres (BUF)
1970 アメリカ合衆国の旗ニューヨーク州の旗 ニューヨーク州バッファロー
ファースト・ナイアガラ・センター
デトロイト・レッドウィングス
Detroit Red Wings (DET)
1926 アメリカ合衆国の旗ミシガン州の旗 ミシガン州デトロイト
ジョー・ルイス・アリーナ
フロリダ・パンサーズ
Florida Panthers (FLA)
1993 アメリカ合衆国の旗フロリダ州の旗 フロリダ州サンライズ
BB&Tセンター
モントリオール・カナディアンズ
Montreal Canadiens (MTL)
1909 1917 カナダの旗ケベック州の旗 ケベック州モントリオール
ベル・センター
オタワ・セネターズ
Ottawa Senators (OTT)
1992 カナダの旗オンタリオ州の旗 オンタリオ州オタワ
カナディアン・タイヤ・センター
タンパベイ・ライトニング
Tampa Bay Lightning (TBL)
1992 アメリカ合衆国の旗フロリダ州の旗 フロリダ州タンパ
タンパベイ・タイムズ・フォーラム
トロント・メープルリーフス
Toronto Maple Leafs (TOR)
1917 カナダの旗オンタリオ州の旗 オンタリオ州トロント
エア・カナダ・センター
メトロポリタン・ディビジョン カロライナ・ハリケーンズ
Carolina Hurricanes (CAR)
1972 1979 アメリカ合衆国の旗ノースカロライナ州の旗 ノースカロライナ州ローリー
PNCアリーナ
コロンバス・ブルージャケッツ
Columbus Blue Jackets (CBJ)
2000 アメリカ合衆国の旗オハイオ州の旗 オハイオ州コロンバス
ネイションワイド・アリーナ
ニュージャージー・デビルス
New Jersey Devils (NJD)
1974 アメリカ合衆国の旗ニュージャージー州の旗 ニュージャージー州ニューアーク
プルデンシャル・センター
ニューヨーク・アイランダース
New York Islanders (NYI)
1972 アメリカ合衆国の旗ニューヨーク州の旗 ニューヨーク州ユニオンデール
ナッソー・ベテランズ・メモリアル・コロシアム
ニューヨーク・レンジャース
New York Rangers (NYR)
1926 アメリカ合衆国の旗ニューヨーク州の旗 ニューヨーク州ニューヨークマンハッタン
マディソン・スクエア・ガーデン
フィラデルフィア・フライヤーズ
Philadelphia Flyers (PHI)
1967 アメリカ合衆国の旗ペンシルベニア州の旗 ペンシルベニア州フィラデルフィア
ウェルズ・ファーゴ・センター
ピッツバーグ・ペンギンズ
Pittsburgh Penguins (PIT)
1967 アメリカ合衆国の旗ペンシルベニア州の旗 ペンシルベニア州ピッツバーグ
コンソル・エナジー・センター
ワシントン・キャピタルズ
Washington Capitals (WSH)
1974 アメリカ合衆国の旗ワシントンD.C.の旗 ワシントンD.C.
ベライゾン・センター

カンファレンス及び地区の変遷[編集]

チーム数の増減、プロホッケー界全体のうねりを受けて、NHL のリーグ構造はたびたび変更されている。

  • 1917-1918から1925-1926
    • 6チームからなるNHLが発足。所属チームが少ないため区分がなかった。
  • 1926-1927から1937-1938
    • カナディアン地区とアメリカン地区 に2区分された。
  • 1938-1939から1966-1967
  • 1967-1968から1973-1974
    • リーグ拡張によりイースト・ディビジョン(東部地区)とウエスト・ディビジョン(西部地区)の2つに区分された。
  • 1974-1975から1992-1993
    • リーグ再拡張により新たにカンファレンス制を導入し、プリンス・オブ・ウェールズカンファレンス (Prince of Wales Conference) はアダムス地区 (Adams Division) とノリス地区 (Norris Division) に区分し、クラレンス・キャンベルカンファレンス (Clarence Campbell Conference) はパトリック地区 (Patric Division) とスマイス地区 (Smyth Division) に区分した。この間、1979-1980及び1980-1981は、WHA 解散の影響もあって地区とは無関係にポイント上位16チームにプレイオフ進出権が与えられた。
  • 1993-1994から1997-1998
    • カンファレンス名、地区名が改められ、プリンス・オブ・ウェールズはイースタン・カンファレンス と、所属のアダムス地区とノリス地区は、それぞれノースイースト地区(北東地区) 、アトランティック地区(大西洋地区) と改められた。同様にクラレンス・キャンベルはウエスタン・カンファレンスと、所属のパトリック地区とスマイス地区は、それぞれセントラル地区(中部地区) 、パシフィック地区(太平洋地区) と改められた。
  • 1998-1999以降
    • リーグの拡張により、イースタン・カンファレンスは北東地区、大西洋地区に新たに南東地区 (Southeast Division) を加えて3区分され、ウェスタン・カンファレンスも同様に中部地区、太平洋地区に新たに北西地区 (Northwest Division) を加えて3区分された。
  • 2013-2014以降
    • 地区割りが4区分に変更され、イースタン・カンファレンスが大西洋地区(Atlantic Division)、都市地区(Metropolitan Division)、ウェスタン・カンファレンスが中部地区(Central Division)、太平洋地区(Pacific Division)と改められた。これに伴い、ウィニペグ・ジェッツがイースタン・カンファレンスからウェスタン・カンファレンスに移動、コロンバス・ブルージャケッツ、デトロイト・レッドウィングスがイースタン・カンファレンスに移動し、イースタン・カンファレンス16チーム(1地区8チーム)、ウェスタン・カンファレンス14チーム(1地区7チーム)でリーグを行うことになった。

カナダ発祥の国内リーグであるが、近年はそのカナダに属するチームが7チームしかない。

かつての加盟チーム[編集]

消滅したチーム及びフランチャイズ移転などにより名称変更となったチームを一覧とすると次のとおりである。年号は加盟期間をあらわす。

トロフィーと賞[編集]

NHLには、プレーオフ戦の優勝チームに与えられるスタンレー・カップや、ウェスタン・カンファレンス優勝チームに対する クラレンス・S・キャンベル・ボウル、イースタン・カンファレンス優勝チームに授与されるプリンス・オブ・ウェールズ・トロフィーの他にも、次のような数多くの賞がある。得点王など成績に応じて定まる賞、選手やチームマネージャーが選ぶ一部の賞を除けば、各賞の選出はプロホッケー記者協会 (Professional Hockey Writer's Association) が行う。

また、かつて1949-1950シーズンまでは、オブライエン賞 (O'Brien Trophy) という賞も存在した。 さらに、1966年以来、米国内のホッケー界に対する貢献を称える賞として、レスター・パトリック賞 (Lester Patrick Trophy) が授与されている。

選手は、引退後3年経過すると、ホッケーの殿堂入り選手を選考するための投票を受ける資格ができる。ただし、過去には、その選手の業績が顕著であると認められる場合には、この3年間の猶予期間をないものとすることも可能だったことがあり、この方法により10名の選手が選出されている。1999年ウェイン・グレツキーを最後に、この特例ルールは廃止された。

このほか、NHLのオールスター戦において、第1チーム及び第2チームのメンバー(各6名)に選抜されることも名誉とされる。この選抜はファン投票ではなく、目の肥えたプロホッケー記者協会の会員の投票によるものである。

会長・コミッショナー[編集]

テレビ放映権[編集]

テレビ放映権は、アメリカ・カナダともに全国放送やポストシーズンに限りリーグが管轄し、ローカル放送はチームが放送局と直接契約を結んでいる。そのため、レギュラーシーズン、ポストシーズン全試合の放映権を管轄しているNFLと違い、チームによって放映権料収入は大きく異なる。

アメリカ国内ではNBCSN(一部はNBC)で放送される。カナダ国内ではCBCの『ホッケー・ナイト・イン・カナダ』やTSNRDSで主に放送される。

スタンレーカッププレーオフに関してはアメリカ国内ではCNBCでも放映されている。また一部試合においては録画放送されることもある。

下部組織相当のリーグ[編集]

以下のリーグ戦はそれぞれNHL本体は運営せずそれぞれ独立採算方式の独立リーグセミプロ)として運営している。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ハリス・インタラクティブによるアメリカでの人気スポーツの世論調査(2013年1月公表) 2013年2月13日閲覧。
  2. ^ The 50 Most-Watched Sporting Events of 2012 2013年2月13日閲覧。

外部リンク[編集]