台中市

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台湾 台中市
地理
位置: 北緯24°09′
東経120°40′
面積: 132.7589km²
各種表記
繁体字: 臺中市
日本語読み: たいちゅう
漢語ピン音: Táizhōng
通用ピン音: Táijhōng
注音符号: ㄊㄞˊ ㄓㄨㄥ
片仮名転写: タイチュン
行政
行政区分: 省轄市
上位自治体:
下位行政区画: 8区
政府所在地:
台中市長: 胡志強
公式サイト: 台中市政府
情報
総人口: 1,069,354人(2009年5月)
戸数: 372,265戸(2009年5月)
郵便番号:
市外局番: 04
台中市の木: 黒板樹
台中市の花: 長寿花
台中市の鳥: 小白鷺
別称: 文化城

台中市(たいちゅうし)は台湾省轄市。人口はおよそ106万人、台湾第三の都市で、台湾島中部に位置している。

目次

[編集] 地理

台中市は台湾中西部に広がる台中盆地に位置し、周囲を山地に囲まれている。行政区で見ると台中市は台中県に取り囲まれており、東は太平市および新社郷と、西は沙鹿鎮龍井郷および大肚郷、南は烏日郷および大里市、北は豊原市潭子郷および大雅郷と接している。

[編集] 歴史

台中市の起源は1705年嘉義に駐留していた台湾北路営参将張国により南屯一帯が水資源に恵まれた肥沃な土地であることから開墾が開始されたことに遡る。犁頭店より西屯北屯一帯が当時軍隊が屯田していたことを示す地名として現在に伝わっている。1887年、台中市は鹿港を凌いで台湾の行政中心地となり、1890年には劉銘伝により当時の東大墩街を中心に官公庁を中心に都市計画が立案され、近代都市としての発展のスタートとなった。

日本統治時代には清代のインフラ遺産を継承し、鉄道や海運の整備により周辺地域との交流を発展させると共に、市内でも碁盤の目状の道路整備を推進し政治のみならず、台湾中部の経済文化の中心地としての近代都市の地位を獲得し現在に至っている。

[編集] 行政区画


[編集] 交通

[編集] 鉄道

台中駅
台中市政府庁舎
台中市内

[編集] 捷運

都市計画の中で紅、藍、緑の3路線(総延長69.3km、54駅)の建設計画が提出された。詳細については台中捷運の項目を参照。

計画路線

[編集] 空港

[編集] 教育

区分 名称
大学 6 国立中興大学
国立台中教育大学
東海大学
逢甲大学
中山医学大学
中国医薬大学
技学 2 国立台中技術学院
国立台湾体育学院
高中 6 国立台中第一高級中学
国立台中第二高級中学
国立台中女子高級中学
国立文華高級中学
天主教私立衛道高級中学
天主教私立暁明高級中学
高職 3 国立台中高級工業職業学校
国立台中高級商業職業学校
国立台中高級農業職業学校
国中 34 下部行政区域の項目を参照
国小 70 下部行政区域の項目を参照

[編集] 歴代市長

氏名 就任日 退任日
初代 楊基先 1951年2月1日 1954年6月1日
第2代 林金標 1954年6月2日 1960年6月1日
第3代 邱欽洲 1960年6月2日 1964年6月1日
第4代 張啓仲 1964年6月2日 1966年12月6日
代理 羅立儒 1966年12月7日 1967年9月1日
第5代 張啓仲 1967年9月2日 1967年12月18日
代理 羅立儒 1967年12月19日 1968年6月1日
第6代 林澄秋 1968年6月2日 1973年2月1日
第7代 陳端堂 1973年2月1日 1977年12月20日
第8代 曽文坡 1977年12月21日 1981年12月19日
第9代 林柏榕 1981年12月20日 1985年12月19日
第10代 張子源 1985年12月20日 1989年7月19日
代理 黄鏡峰 1989年7月20日 1989年12月19日
第11代 林柏榕 1989年12月20日 1995年10月4日
代理 陳正雄 1995年10月4日 1996年4月3日
第12代 林柏榕 1996年4月3日 1996年6月3日
代理 林学正 1996年6月3日 1997年7月29日
第12代 林柏榕 1997年7月29日 1997年12月19日
第13代 張温鷹 1997年12月20日 2001年12月19日
第14代 胡志強 2001年12月20日 現職

[編集] 台中市に本社のある銀行

彰化銀行総行(本店)営業部

[編集] 観光地


[編集] 台中市の土産

[編集] 台中市出身の著名人

[編集] 姉妹都市


[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク