太保市

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台湾 嘉義県 太保市
地理
位置: 北緯--°--'
東経--°--'
面積: 66.8964km²
各種表記
繁体字: 太保市
日本語読み: たいほ
漢語ピン音: Tàibăo
通用ピン音: Tàibăo
注音符号: ㄊㄞˋ ㄅㄠˇ
片仮名転写: タイバオ
行政
行政区分: 県轄市
上位自治体: 嘉義県
下位行政区画: 18里245鄰
政府所在地: -
太保市長: 董国誠
公式サイト: 太保市政府
情報
総人口: 35,050人(2006年7月)
戸数: 9,876戸(2006年7月)
郵便番号: 612
市外局番: 05
太保市の木: -
太保市の花: -
太保市の鳥: -
別称: 溝尾庄

太保市(たいほし)は台湾嘉義県県轄市。嘉義県政府の所在地である。

目次

[編集] 地理

太保市は東を嘉義市水上郷と、南を鹿草郷と、西を朴子市六脚郷と、北は朴子渓谷新港郷民雄郷と接している。嘉南平原の水源灌漑地区に位置し、地勢は平坦であり、大部分の住民は農業に従事している。

[編集] 歴史

太保市の旧名は「溝尾庄」である。1786年林爽文の反乱の影響が台湾中部から南部にかけて広がると、郷人の王得禄は壯丁を募り政府軍に協力して反乱鎮圧に従事し、その功績により千総に封じられ、また1806年には海賊蔡牽の平定での功績が認められ浙江提督に封じられている。1838年、台湾に戻った王得禄は「太子太保」が加封され、清代を通じて最も高い官位を得た台湾人となった。その王得禄を記念し、その故郷を「太保庄」と改称した。なお王得禄は1841年、アヘン戦争に際して澎湖の守備に従事しながら病歿した。生前の功績を評価した清廷により「太子太師」と追贈されている。「太保郷」は1991年、県政府の移転に伴い県轄市に昇格し現在に至っている。

[編集] 経済

[編集] 行政区

  • 太保里
  • 後潭里
  • 前潭里
  • 春珠里
  • 後庄里
  • 東勢里
  • 崙頂里
  • 安仁里
  • 梅埔里
  • 田尾里
  • 過溝里
  • 港尾里
  • 南新里
  • 北新里
  • 郷里
  • 麻寮里

[編集] 歴代市長

氏名 任期

[編集] 教育

[編集] 国民中学

[編集] 国民小学

[編集] 交通

種別 路線名称 その他
鉄道 高速鉄道 嘉義駅

[編集] 観光

  • 王氏家園

[編集] 外部リンク