ムアンチエンマイ郡

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ムアンチエンマイ郡
位置画像
ムアンチエンマイ郡の位置
情報
タイ語名 อำเภอเมืองเชียงใหม่
英語名 Amphoe Mueang Chiang Mai
チエンマイ県
地理番号 5001
郵便番号 50000
統計
面積 152.4 km2
人口 269,460 人 (2010年)
人口密度 1,768.11 人/km2
行政
座標 北緯18度47分25秒 東経98度59分4秒 / 北緯18.79028度 東経98.98444度 / 18.79028; 98.98444
電話番号 0 5322 1016
ファックス番号 0 53217919
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ムアンチエンマイ郡(ムアンチエンマイぐん)はタイ北部にある郡(アムプー)。チェンマイとも。チエンマイ県の県庁所在地(ムアン)でもある。ラーンナータイ王国の首都として、メンラーイ王により1296年4月12日建造された。王国の首都として古くから発展し、ラーンナータイ王国が廃止された現在でも北部の文化・経済の中心である。人口では東北部のナコーンラーチャシーマーを下回るが、その歴史の長さや都市の格から、一般にバンコクに次ぐタイ第2の都市とされている。

名称[編集]

チエンマイとは「新しい街」という意味である。これはマンラーイ王が都を建設した際には、すでにチエンラーイ(「マンラーイの街」という意味)があり、これに対して新たに建設されたチエンマイを「新しい街」と称したのが、チエンマイの名の由来である。また美名としてノッパブリーシーナコーンピンチエンマイ (นพบุรีศรีนครพิงค์เชียงใหม่) という呼称があり、意味は「新しい街吉祥なるナコーンピンたるチエンマイ」である。この為ナコーンピン (นครพิงค์) という名称が用いられたこともあった。

歴史[編集]

13世紀頃までさかのぼることのできる歴史あるワット・チエンマン

ランナータイ王国の首都は、もともとチエンラーイであったが、メンラーイ王によってグレゴリオ暦で1296年4月12日午前四時をもって公的にチエンマイに遷都された。この日時は宮廷の天文学者や占い師が選定した時間である。このときスコータイからラームカムヘーン王を呼び、パヤオからはガムムアン王を呼んで、都市計画を練り上げた、この為、都市の建設の様式にスコータイ的な要素が混ざり、それまで、ラーンナー世界で一般的だった川沿いに都市を建てる様式(チエンセーン、チエンラーイなど)とは違い、川から少し離れた場所に碁盤の目状に建てられている。なお、現在残る市街地の城壁がこのころのマンラーイの時代の遺跡なのかメーク王の時代の遺跡なのかは分かっていない。

チエンマイの建設には以下の要因があった。まず、北にあったの侵攻を避けること、コーク川に面したヨーン地域にアクセスがよく、北上すればすぐマンラーイの母体であったヨーン地域の支配に不便でなかったこと、またチエンマイは、ピン川の上流にありピン川はチャオプラヤー川、またその向こうのタイランド湾に通じており、中国との貿易に有利であった。

その後、チエンマイはラーンナー王朝の首都として発展を遂げたが、ラーンナー王朝は1558年ビルマのタウングー王朝により属国化された。ただし、征服者のバインナウンは引き続きチエンマイをラーンナー地域の首都とした。1701年にはラーンナー地域はチエンマイを中心とする南部地域と、チエンセーンを中心とする北部地域に分けられ、チエンマイは南部地域の首都となった。

18世紀後半には、ビルマの求心力が低下し、ラーンナー地域は内乱状態に陥り、1780年までにチエンマイは疲弊し瓦礫と化した。一方カーウィラは1796年に、チエンマイに残っていたビルマ勢を一掃し、チャクリー王朝の後援の元、チエンマイを再興した。これが現在のチエンマイの骨格となっている。その後、1899年、チエンマイは君主をかかえたまま、内務省の下位の行政組織、郡(アムプー)となった。

寺院・遺跡[編集]

チエンマイは歴史ある街であり、古くから町中に多くの寺院や遺跡が存在する。以下では著名なものを挙げる。

  • ワット・プラタートドーイステープ
  • ワット・チエンマン
  • ワット・プラーサート
  • ワット・プラシン
  • ワット・パンタオ
  • ワット・チェーディールワン
  • ワット・プワックホン
  • ワット・チェットヨート
  • ワット・スワンドーク
  • ワット・パーデーン
  • ワット・ブッパーラーム
  • ワット・セーンムアンマー
  • ワット・パーターン
  • ワット・タポーターラーム
  • ワット・ウモーンテーラチャン
  • ウィエンクムカーム

地理[編集]

ターペー門(チエンマイの城壁にある門)

気候[編集]

気候はバンコクより涼しく、乾期(11~1月)は夜間の最低気温が摂氏12度まで下がる事もある。日中の気温は平均摂氏25℃くらいで一年で一番過ごしやすい季節だと言われている。ただ盆地の為か4月の暑気はバンコク以上の温度になることもある。

市内[編集]

市街地は、四方を堀に囲まれた旧市街と、その周囲に広がる新市街からなる。かつては堀の内側を城壁が囲んでいたが、道路建設のために取り壊され、今ではターペー門などいくつかの門がその名残を留めているのみである。街からは西南方向にドーイステープが望める。ピン河が街の東側にあり北から南に流れる。またこの川は下流でバンコクのチャオプラヤー川となる。

経済[編集]

もともと絹織物、漆器、傘などの手工業で有名であったが、現在では観光地として名高い。ラーンナータイ王国時代の寺院が多数残っているほか、北部山岳地帯のトレッキングの拠点にもなっている。また、毎年4月にはソンクラーン(水掛祭り)、11月にはローイクラトン灯籠流し)が行われ、この時期にはタイ国内から多くの観光客が集まってくる。隣接するランプーン工業団地に勤務する駐在員を中心に多くの日本人が居住していることから、チェンマイ日本人会が組織されており、チェンマイ日本人補習授業校も設置されている。近年は定年組のロングステイ先としても人気をはくしている。

行政区分[編集]

市内には16のタムボンと、その下位に77の村(ムーバーン)が存在する。市内には自治体(テーサバーン)が二つ設置されており、以下のようになっている。

  • テーサバーンナコーン・チエンマイ・・・タムボン・シープーム、プラシン、ハーイヤー、チャーンモイ、チャーンクラーン、ワットケート、パータンの全体と、タムボン・チャーンプアック、ステープ、パーデート、ノーンホーイ、ターサーラー、ノーンパークラン、ファーハームの一部。
  • テーサバーンタムボン(タムボン自治体)・チャーンプアック・・・タムボン・チャーンプアックの一部。

また郡内には8のタムボン行政体が設置されている。

  1. タムボン・シープーム・・・ตำบลศรีภูมิ
  2. タムボン・プラシン・・・ตำบลพระสิงห์
  3. タムボン・ハーイヤー・・・ตำบลหายยา
  4. タムボン・チャーンモイ・・・ตำบลช้างม่อย
  5. タムボン・チャーンクラーン・・・ตำบลช้างคลาน
  6. タムボン・ワットケート・・・ตำบลวัดเกต
  7. タムボン・チャーンプアック・・・ตำบลช้างเผือก
  8. タムボン・ステープ・・・ตำบลสุเทพ
  9. タムボン・メーヒヤ・・・ตำบลแม่เหียะ
  10. タムボン・パーデート・・・ตำบลป่าแดด
  11. タムボン・ノーンホーイ・・・ตำบลหนองหอย
  12. タムボン・ターサーラー・・・ตำบลท่าศาลา
  13. タムボン・ノーンパークラン・・・ตำบลหนองป่าครั่ง
  14. タムボン・ファーハーム・・・ตำบลฟ้าฮ่าม
  15. タムボン・パータン・・・ตำบลป่าตัน
  16. タムボン・ピースア・・・ตำบลสันผีเสื้อ

教育[編集]

大学[編集]

チェンマイ大学

交通[編集]

空港[編集]

市街地の南西約4kmの場所にチェンマイ国際空港がある。タイ北部最大の国際空港で、北部の玄関口として国際線が多く運航されている。

鉄道[編集]

チエンマイ駅

19世紀に北本線が開通し、バンコクへの直通列車が運行されている。寝台列車がチェンマイ-バンコク間を1日6往復運行しており、約12時間程度で結んでいる。

市内交通[編集]

チェンマイでは、トゥクトゥクもあるが、ソンテウと呼ばれるピックアップトラックの荷台を改造した乗り合いタクシーが庶民の足となっている。車体の色によって大まかな行き先が分かれていて、チェンマイ市内は、主に赤色のソンテウが走っている。郊外や他県行きのソンテウは、チャンプアック・バスターミナルやワローロット市場前などから出ている。

姉妹都市[編集]

チエンマイを舞台とした作品[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]