ハノイ

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ハノイ
Thủ đô Hà Nội
ハノイの位置
ベトナムの地方行政区画
行政
人民評議会議長 Ngô Thị Doãn Thanh
人民委員会委員長 Nguyễn Thế Thảo
地理
省都 -
地方 紅河デルタ
面積 3,344.7 km²
統計
人口
人口密度
6,232,940 人(2007年)
1,864 人/km²
民族 キン族ホア族
旧ハタイ省地域: キン族ムオン族ヤオ族タイー族
電話番号 4
旧ハタイ省地域: 34
ISO 3166-2 VN-64
公式サイト [1]

ハノイベトナム語: Hà Nội, 漢字: 河内)は、ベトナム北部に位置する同国の首都。地名の河内は街が紅河デルタの内にあることに由来する。2008年の人口は約620万人。紅河の右岸にあり、国内の工業の中心地で、農産物の集散地ともなっている。また、一柱寺など史跡も多い。

目次

[編集] 歴史

ハノイがベトナムの中心都市となったのは、7世紀頃のことである。代には雲南南シナ海を結ぶ交易路上にあったこともあり、安南都護府がおかれ唐による南方支配の拠点となった。唐末に安南都護府の支配は形骸化し、さらに紅河が当時の海上交易網から外れていったため、その重要性は一時低下した。しかし、11世紀李朝はこの地を都と定め、農業地帯を統治する拠点とした。李朝の成立以降、1802年阮朝フエに都を移すまで王都として繁栄。その間は昇竜(タンロン)、東京(トンキン)など様々な名で呼ばれてきたが、1831年に現在の名称になった。1873年にはフランスに占領され、1887年以降はフランス領インドシナの中心地となった。

1940年、日本軍の仏印進駐により、日本の事実上の占領下となるが、1945年8月にその占領状態は終了し、9月2日にハノイでベトナム民主共和国(北ベトナム)の独立が宣言された。その後、1946年から1954年の第一次インドシナ戦争においては、ハノイも戦場となり、一時フランス軍が占領した。しかし、ベトナム側が戦争に勝利したことにより、ハノイはベトナム民主共和国の首都となった。

ベトナム戦争中は、橋などの交通施設を中心にアメリカ軍爆撃を受けた。1976年には南北ベトナムの統一に伴い、ベトナム社会主義共和国の首都となった。


[編集] 行政

2008年5月29日、ハタイ省全域とヴィンフック省メリン県、ホアビン省ルオンソン県の4村 (Đông Xuân, Tiến Xuân, Yên Bình, Yên Trung) がハノイ市に合併されることが決定し、2008年8月1日に合併した。この合併により面積は約3.6倍、人口は約2倍となった。[1]同年12月11日、ハドン市を区とし、ソンタイ市を町とすることが決定した[2]

ハノイは10区 (Quận, 郡) 、1町 (Thị xã, 市社)、18県 (Huyện) の計29の行政区から構成されている。

行政区画
行政区名 下位行政区 面積 (km²) 人口 (人)
1 町
ソンタイ (Sơn Tây, 山西) 9 坊 6 村 113.474 181,831
10 区
バディン区 (Quận Ba Đình, 巴亭) 14 坊 9.224 228,352
カウザイ区 (Quận Cầu Giấy, 橋紙) 8 坊 12.04 147,000
ドンダー区 (Quận Đống Đa, 棟多) 21 坊 9.96 352,000
ハイバーチュン区 (Quận Hai Bà Trưng, 𠄩婆徵) 20 坊 14.6 378,000
ハドン区 (Quận Hà Đông, 河東) 17 坊 47.9174 198,687
ホアンキエム区 (Quận Hoàn Kiếm, 還劍) 18 坊 5.29 178,073
ホアンマイ区 (Quận Hoàng Mai, 黃梅) 14 坊 41.04 216,277
ロンビエン区 (Quận Long Biên, 龍邊) 14 坊 60.38 170,706
タイホ区 (Quận Tây Hồ, 西湖) 8 坊 24 115,163
タインスアン区 (Quận Thanh Xuân, 青春) 11 坊 9.11 185,000
各区合計 145 坊 233.56 2,178,258
18 県
ドンアイン県 (Huyện Đông Anh, 東英縣) 23 村 1 町 182.3 276,750
ザラム県 (Huyện Gia Lâm, 嘉林縣) 20 村 2 町 114 205,275
ソクソン県 (Huyện Sóc Sơn, 朔山縣) 25 村 1 町 306.51 254,000
タインチ県 (Huyện Thanh Trì, 青池縣) 15 村 1 町 98.22 241,000
トゥリエム県 (Huyện Từ Liêm, 慈廉縣) 15 村 1 町 75.32 240,000
メリン県 (Huyện Mê Linh, 麋泠縣) 16 村 2 町 141.26 187,536 (2008)
Ba Vì (巴維縣) 30 村 1 町 428.0 242,600 (1999)
Chương Mỹ (彰美縣) 30 村 2 町 232.9 261,000 (1999)
Đan Phượng (丹鳳縣) 15 村 1 町 76,8 124,900
Hoài Đức (懷德縣) 19 村 1 町 95.3 188,800
Mỹ Đức (美德縣) 21 村 1 町 230.0 167,700 (1999)
Phú Xuyên (富川縣) 26 村 2 町 171.1 181,500
Phúc Thọ (福壽縣) 25 村 1 町 113.2 154,800 (2001)
Quốc Oai (國威縣) 20 村 1 町 136.0 (2001) 146,700 (2001)
Thạch Thất (懷德縣) 22 村 1 町 128,1 149,000 (2003)
Thanh Oai (青威縣) 20 村 1 町 129.6 142,600 (1999)
Thường Tín (常信縣) 28 村 1 町 127.7 208,000
Ứng Hòa (應和縣) 28 村 1 町 183.72 193,731 (2005)
各県合計 398 村 22 町 3,266.186 3,872,851
都市合計 154 坊, 404 村 22 町 3,344,47 6,232,940

[編集] 交通

ハノイの街並
  • ノイバイ国際空港
  • ハノイ駅(鉄道)…ベトナム第一の商業都市であるホーチミン市へと向かう統一鉄道の他、中華人民共和国昆明市南寧市方面)へと向かう国際列車も運行されている。
  • 市民はカブスクーターを生活の足としている。
  • 2002年頃より市バス網の整備を充実させ、2004年には41路線687台を整備したが、まだ需要に追い付いていないのが現状である。
  • 近年市街南西部にオフィスビル・高層住宅が、市街北部に工業団地が整備されたこともあり、従来の古都とは異なる新しい街が出来始めている。それにより人々の流れも変わりつつある。

[編集] 観光

[編集] 市内

水上人形劇
  • 水上人形劇…元は農閑期の農民の娯楽が芸術にまで昇華したもの。伝統音楽に合わせ、多くの人形達が水上で劇を披露する。
  • 旧市街…11世紀、ハノイに都が置かれて以来栄え続けた、ホアンキエム湖北側の地域。細い路地が入り組み、古い街並みが続く。「ハノイ36通り」と親しみを込めて呼ばれ、それぞれの通りには「銀通り」「綿通り」「漢方薬通り」など、かつてそこで盛んに商われた品物の名が付いている。ただし現在では通りの名と実際の商店の並びは必ずしも一致しない。
  • ホアンキエム湖(還剣湖)…市の中心に位置する湖。公園として整備され、市民の憩いの場となっている。湖の真ん中には玉山祠がある。
  • ホー・チ・ミン廟ホー・チ・ミンの遺体が納められた廟。
  • オペラハウス
  • 聖ジョセフ教会
  • 一柱寺
  • ホアロー収容所…1896年にフランス政府が設置した監獄。ベトナム戦争時にはアメリカ兵の捕虜収容所としても使用された。現在は一部が博物館となっている。
  • ロンビエン橋…フランス植民地時代に建設された、紅河に掛かるハノイ市街と東部を結ぶ橋。ベトナム戦争時は補給路を断つため、何度も爆撃されたがその度に補修されてきた。現在でも現役の橋として使われている歴史の証人。
  • 黄色の建造物は、仏領時代のフランス人嗜好の名残である。
  • 昇龍(タンロン)遺跡2002年に国会議事堂建設工事の際に発見された歴代の王宮の遺跡群で、現在も発掘が続いている。2009年1月19日ユネスコの世界遺産委員会に対して世界文化遺産への登録が申請された[2]

[編集] 近郊

[編集] 周辺

(尚、ハノイにはシンカフェと名の付く旅行代理店が多数存在するが、ほとんどが偽業者である。本物のシンカフェは一箇所しかない。)

[編集] スポーツ

[編集] 姉妹都市

[編集] ハノイを舞台にした作品

[編集] 映画

[編集] 小説

[編集] 出典

[編集] 外部リンク

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