クアラルンプール
| クアラルンプール Kuala Lumpur |
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| — 連邦直轄領 — | |||
| Federal Territory of Kuala Lumpur Wilayah Persekutuan Kuala Lumpur 吉隆坡联邦直辖区 கோலாலம்பூர் |
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| 愛称:KL | |||
| 標語:Maju dan Makmur | |||
| 座標: 北緯3度8分00秒 東経101度42分00秒 / 北緯3.133333度 東経101.7度 | |||
| 起源 | 1849年 | ||
| 自治市 | 1972年 | ||
| 連邦直轄領 | 1974年 | ||
| 行政 | |||
| - 市長 | Ahmad Fuad Ismail | ||
| 面積 | |||
| - 連邦直轄領 | 243.65km2 (95.18mi2) | ||
| 標高 | 21.95m (72ft) | ||
| 人口 (2009) | |||
| - 連邦直轄領 | 1,809,699人 | ||
| - 人口密度 | 7,388人/km² (18,912人/mi²) | ||
| - 都市圏 | 7,200,000人 | ||
| 人間開発指数 | |||
| - HDI (2003) | 0.868 (high) | ||
| 等時帯 | MST (UTC+8) | ||
| 郵便番号 | 50xxx - 60xxx, 68xx | ||
| 電話番号 | 03 | ||
| ナンバープレート | Wxx (タクシー以外) HWx (タクシー) |
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| ウェブサイト | 公式サイト | ||
クアラルンプール(英語:Kuala Lumpur)はマレーシアの首都で、東南アジア有数の世界都市。マレー半島南部の丘陵地帯にある。一般的にKLと略して称される。
目次 |
[編集] 概要
クアラルンプールはマレー語で「泥が合流する場所」という意味があり、市中心部にある代表的なモスク「ジャメ・モスク」の付近で、ゴンバック川とクラン川が合流していることが基になっている。正式には連邦領クアラルンプール(Wilayah Persekutuan Kuala Lumpur)と称し、中国語では吉隆坡と記される。
多民族が平和的に共存するマレーシアの首都らしく、多彩な文化が混ざり合ったことがかもし出す賑やかな雰囲気が特徴である。近年は高速道路や市内鉄道、モノレールなどのインフラ開発が進み、豊かな緑の中に高層ビルが立ち並ぶ東南アジア有数の近代都市となった。また、東南アジアの大都市には珍しく、市街地が清潔で治安がいいことも特徴である。
2010年、アメリカの外交専門誌フォーリンポリシーにより、第48位の世界都市に選ばれている[1]。東南アジアでは、シンガポール、バンコクに次ぐ第3位である。
連邦政府機能を市郊外南方の新行政都市プトラジャヤ(Putrajaya)へ移す計画が進行中。
[編集] 歴史
クアラルンプールは中国人の移民者によって、スズの採掘拠点として1857年に開発された。彼らはクラン川とゴンバック川の合流点に落ちつき、そこをクアラルンプール、すなわち「泥が合流する場所」と呼んだ。
イギリスに支配された1873~1957年のうちに、スズとゴム産出の中心として発展し、1874年にイギリスの政治介入をスルタンに了承させる内容のパンコール条約を締結。1896年にはイギリスによって統合された、イギリス保護下のマレー連合州の首都となった。
第二次世界大戦中の1942年1月に、マレー一帯を支配するイギリス軍が日本軍によって制圧される「クアラルンプールの戦い」によって、クアラルンプールは日本の統治下に入ったが、1945年8月の終戦によって再びイギリス統治になった。
1957年8月31日、マラヤ連邦がイギリスから独立してクアラルンプールはその首都となり、1963年にマレーシア連邦が結成されてからも同国の首都の座を維持した。1974年、スランゴール州から分離してマレーシアの直轄地域となる。その後もマレーシアは順調に成長を続けていたものの、1997年にタイから始まったアジア通貨危機で大打撃を被った。これは第二次世界大戦以来、右肩上がりの成長を続けていたマレーシアが初めて体験する大きな試練だった。翌年1998年は、クアラルンプールがアジア・アフリカでは初のコモンウェルスゲームズの開催都市となった。
1995年プトラジャヤの開発計画と、連邦政府の同地域への移転が閣議決定された[2]。
[編集] 連邦政府機能移転計画
クアラルンプールに連邦行政機関が点在し、また市内が慢性的な交通渋滞に見舞われていることから、政府は行政機能の非効率性を解決するために、マルチメディア・スーパーコリドー計画の一環としてクアラルンプール郊外のプトラジャヤにITを基盤とした行政都市を建設し、連邦政府機能を移転する計画を決定する。プトラジャヤの開発は1995年に着手された。
1999年に首相オフィスと首相府の移転が行われ、2000年以降各省の移転が順次始まる。計画では国防省、連邦議会など一部を除くほとんどの連邦政府機能が2010年までに移転する予定。しかし2011年初頭も計画は継続中。
なお、連邦政府の移転が完了した後も、マレーシアの首都はクアラルンプールのまま[2]。
[編集] 地理
[編集] マルチメディア・スーパーコリドー
マハティール・ビン・モハマド前首相の指導の下でクアラルンプール南部周辺に建設された、最新のITインフラが整備された総合開発地域が、「マルチメディア・スーパーコリドー」である。その中核となるのは、「サイバージャヤ」と呼ばれるハイテク工業団地と、新行政都市「プトラジャヤ」、クアラルンプール国際空港等で、F1・マレーシアGPが行われるセパンサーキットもこの地域内にある。
[編集] 教育
[編集] 観光
[編集] KLCC地区
- ペトロナスツインタワー・・・最寄り駅はKLCC駅
- 朝9時ころから夕方まで無料で中間にあるタワーを結ぶ歩道橋に登ることができる。
- 但し、登上人数に制限があるため朝8時から整理券が配られる。
- 各階にトイレもあり(有料2RM)、清掃も非常に行き届いた、きれいな巨大ショッピングモール
- 伊勢丹(店内のトイレは無料)、紀伊国屋、ペトロナス・ギャラリー、フード・コート等の他ブランドショップ、レストランなどが入っている。
- KLCC公園(Kuala Lumper City Center Park)
- スリアKLCCの隣にある高層ビルに囲まれた公園でツインタワーの目の前には大きな噴水がある。
- 広大な敷地には約1900種のマレーシア原生林が植林されており、園内を1周する遊歩道は1.4kmに及ぶ。
[編集] ブキッ・ビンタン地区
- 若者で賑わうクアラ・ルンプール随一の繁華街であり、ホテル、巨大ショッピングセンター、レストランなどが集中している。
- 目抜き通りであるブキッ・ビンタン通りには、Starhill Gallery、KL Plaza、BB Plaza、Lot 10、Sungei Wang Plaza、Pavilionなどの巨大ショッピングセンターが立ち並んでいる。インビ駅の近くには、クアラルンプールの秋葉原と呼ばれるPlaza Low Yatやテーマパーク、ホテル、ショッピングセンターを兼ね備えたベルジャヤ・タイムズ・スクエアもある。
- また、片言の日本語で客引きをするマッサージ店も多数あり、足裏、全身、オイルの他、最近はドクターフィッシュを導入している店が多い。料金は1時間1500円程度。
- 都会的な雰囲気のブキッ・ビンタン通りの北西側には、50軒以上の中華屋台が立ち並ぶアロー通りがあり、通り1本隔てるだけで全く異なった庶民的な雰囲気が味わえる。
[編集] KLセントラル駅周辺
- チャイナタウンは夕方から夜にかけて海賊版DVD、偽ブランド品等が露天にて販売されている。
- セントラル・マーケット・・・最寄り駅はパサール・セニ駅など
- 2階建てで、各階には土産物店が軒を連ね、2階にはフードコートがある。
- 英国植民地時代の1910年に建てられた、ムーア建築の面影を残す歴史的建造物で観光名所にもなっている。
- 現在も駅舎として利用されているが、KTMコミューターが停車するのみ。
- KLIAエクスプレスの発着駅となる近代的なデザインの新駅で、クアラルンプールの交通の要所になっている。
- ヒルトン・クアラルンプールとホテル・メリディアンが併設されている。
- マスジッド・ネガラ(国立モスク)
- マレーシアの国教であるイスラム教の総本山的建物。
- 1956年に建設され、高さ73mの光塔がそびえたっている。
- 礼拝堂にはイスラム教徒以外入れない。
[編集] ブキッ・ナナス駅周辺
- 1996年に完成した高さ421mの通信タワーであり、地上276mの展望台からKL市街を一望することができる。
- すぐ近くのペトロナスツインタワーとともに、クアラルンプールのランドマークとなっている。
- また、タワーが建っている"ブキッナナス"とは標高94mの丘を意味しており、すぐ近くのペトロナスツインタワーより実際には高く見える。
- KLタワーのある高台の麓から無料リムジンが出ており、夜まで展望台に登ることが出来る。
- 無料で日本語で説明される機械を借りることが出来る。
- 入場料は大人:RM38, 子供:RM28(2010年9月現在)
[編集] ムルデカ・スクエア周辺
ムルデカ・スクエア周辺には、19世紀後半~20世紀初頭にかけて造られた歴史的・文化的な建物が集まっている。
- ムルデカ・スクエア(独立広場)・・・最寄り駅はマスジット・ジャメ駅
- ムルデカ・スクエアは1957年8月31日に独立が宣言された歴史的な場所であり、独立記念日の式典が毎年ここで行われている。
- ムルデカはマレー語で独立を意味する。
- マスジッド・ジャメ(ジャメモスク)・・・最寄り駅はマスジット・ジャメ駅
- マスジッド・ジャメは、クアラルンプールの発祥の地であるクラン川とゴンバック川の合流地点に建っており、
- 1909年に建てられた市内最古のモスクである。
[編集] 郊外
- 毎春F1グランプリが開かれるサーキット。クアラルンプール国際空港の近く。
- マレーシアの行政の中心。
- 高原にあるホテルでカジノを楽しむことができる。クアラルンプールから約1時間。
- スルタン・サラディン・アブドゥル・アジズ・モスク(ブルー・モスク)
- 近郊の街シャー・アラムにある、青色の美しいモスク。
[編集] 交通
[編集] 鉄道
市内は市内電車(LRT)やモノレールなどで縦横に結ばれており、英語とマレー語の表記があるため外国人でも気軽に利用できる。中心となる駅はクアラルンプール・セントラル駅で、KTM各路線、KLモノレール、KLIAエクスプレス、KLIAトランジットの発着駅となっている。明るく開放的な雰囲気で、案内板には日本語も併記されている。 KTM Commuterの2路線が交わるマスジット・ジャメ駅やペトロナスツインタワーの最寄り駅であるKLCC駅も、市内の主要駅である。
[編集] バス
市内では、バスの路線網やタクシーを使って安価な移動が可能である。バス運行会社、Rapid KL(ラピドKL)は市内電車(LRT)やモノレールなども運行している。
市外からクアラ・ルンプールに発着する長距離バスの多くは、2010年ころまでチャイナタウンの近くにあるプドゥラヤ・バスターミナルに発着していた。
2011年初頭には、クアラルンプール郊外のBandar Tasik Selatanに新たにバスターミナルが建設され、マラッカ・ジョホールバル・シンガポール向けなどクアラルンプール以南方面発着便はこの新設されたバスターミナルを使用している。(T.B.S.バンダー・タシック・スラタン・バスターミナル<Terminal Bersepadu Selatan Bandar Tasik Selatan (TBS-BTS)>
長い間使用されていたプドゥラヤ・バスターミナルは、2010年から大改装され、2011年4月頃に再オープンした。しかし、クアラルンプール以南は上記TBS-BTSからの発着となり、新プドゥラヤは主にアロースター、イポー、ペナンなどマレー半島の北部主要都市および、クアラルンプール近郊区間(ゲンティンハイランド、スレンバンも近郊エリアに含む)、クアラルンプール国際空港(メインターミナル経由、LCCターミナル行き)方面も運行されている。
[編集] 航空
日本からはマレーシア航空と日本航空が東京(成田)、大阪(関西)から直行便で乗り入れている他、香港やバンコク、シンガポール経由で行くこともできる。なお、クアラルンプール国際空港と市内を結ぶエアポートエクスプレスの駅構内には日本語の案内看板が出ているため便利である。特に近年はエアアジアなどの格安航空会社が相次いで就航したことで、日本では考えられないほどの安価な価格で飛行機を使用できる。ただしエアアジアは別ターミナルのLCCT(Low Cost Career Terminal)からの発着となるので、マレーシア航空や他のメインターミナル使用の航空会社との乗り継ぎには適していない。
また、2010年9月21日には、エアアジアが羽田空港に第4滑走路がオープンするのを機に、羽田空港-クアラルンプール間を12月9日から週3便運航すると発表し、キャンペーンとして、エコノミーシートの一部を片道5000円で販売した。
[編集] 宿泊
世界各国のホテルチェーンの高級ホテルが市内中心地とクアラルンプール空港周辺に点在する。なお、観光客とビジネス客誘致のために宿泊料金はアジアの主要都市の中でもかなり格安に抑えられている。
[編集] 主なホテル
- シャングリ・ラ・クアラルンプール
- マンダリン・オリエンタル・クアラルンプール
- メリディアン・クアラルンプール
- ヒルトン・クアラルンプール
- インターコンチネンタル・クアラルンプール(旧ニッコー・クアラルンプール)
- リッツカールトン・クアラルンプール
- パン・パシフィック・クアラルンプール・インターナショナルエアポート
- J.W.マリオット
- ミレニアム・クアラルンプール(旧ザ・リージェント)
- シェラトン・インペリアル・クアラルンプール
- コンコルド
[編集] 姉妹都市
マシュハド、イラン (2006年10月)[4]
イスファハン、イラン[5]
カサブランカ、モロッコ[6]
マラッカ、マレーシア (1989年4月5日)[6]
大阪、日本[6]
アンカラ、 トルコ[7]
デリー、インド[8]
[編集] 脚注
- ^ THE GLOBAL CITIES INDEX 2010
- ^ a b マレーシアの首都機能移転 国土交通省
- ^ Demographia: World Urban Areas & Population Projections
- ^ “Mashad-Kuala Lumpur Become Sister cities”. FARS News Agency. (2006年10月14日) 2007年12月4日閲覧。
- ^ “Sisterhoods”. Isfahan Islamic Council (2005年). 2007年12月4日閲覧。
- ^ a b c Kuala Lumpur fact file, Asian-Pacific City Summit. Retrieved on November 3, 2007.
- ^ Lam, Edwin Chong Wai (2006年6月24日). “Kuala Lumpur: the Scent of a City”. Chessbase News 2007年12月4日閲覧。
- ^ Delhi to London, it’s a sister act The Times of India. Retrieved on August 30, 2008
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 行政
- クアラルンプール市公式サイト (英語)
- 日本政府
- 在マレーシア日本国大使館 (日本語)
- 観光
- クアラルンプール - ウィキトラベル
- クアラルンプール観光局 (英語)
- マレーシア政府観光局 - クアラルンプール (日本語)
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