クアラルンプール

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クアラ・ルンプール
Kuala Lumpur
كوالا لومفور

右上:クラン川とゴンバック川の合流点で、「クアラルンプール」すなわち「泥が合流する場所」の語源となった場所。
市旗
愛称 : "KL"
標語 : "Maju dan makmur"
位置
マレーシア内のクアラルンプールの位置の位置図
マレーシア内のクアラルンプールの位置
座標 : 3°8′00″N, 101°42′00″E
歴史
成立 1857年
行政
マレーシア
 行政区画 連邦直轄領
 市 クアラ・ルンプール
市長 Abdul Hakim Borhan
地理
面積  
  市域 243.65km2(95.18mi2
標高 21.95m(72ft
人口
人口 (2007年現在)
  市域 1,887,674人
    人口密度   7,388人/km2(18,912人/mi2
  都市圏 7,200,000人
その他
等時帯 UTC+8 (UTC+8
夏時間 なし
郵便番号 50xxx - 60xxx, 68xxx
市外局番 03
ナンバープレート Wxx (タクシー外)
HWx (タクシーのみ)
ISO 3166-2 MY-14
公式ウェブサイト : http://www.kualalumpur.gov.my/
スルタン・アブデュル・サマド・ビルディング

クアラ・ルンプール(ラテン文字:Kuala Lumpur, ジャウィكوالا لومفور)はマレーシア首都で、東南アジア有数の世界都市マレー半島南部の丘陵地帯にある。一般的にKLと略して称される。

目次

[編集] 概要

クアラ・ルンプールはマレー語で「泥が合流する場所」という意味があり、市中心部にある代表的なモスク「ジャメ・モスク」の付近で、ゴンバック川クラン川が合流していることが元になっている。正式には「連邦領クアラ・ルンプール」(Wilayah Persekutuan Kuala Lumpur)と称し、中国語では「吉隆坡」と記される。なお、現在首都機能を市郊外南方の新行政都市プトラジャヤ (Putrajaya) へ移しており、2010年には移転が完了する予定である。

多民族が平和的に共存するマレーシアの首都らしく、多彩な文化が混ざり合ったことがかもし出す賑やかな雰囲気が特徴である。近年は高速道路や市内鉄道モノレールなどのインフラ開発が進み、豊かな緑の中に高層ビルが立ち並ぶ東南アジア有数の近代都市となった。また、東南アジアの大都市には珍しく、市街地が清潔で治安がいいことも特徴である。

[編集] 歴史

クアラルンプールは中国人の植民者によって、スズの採掘拠点として1857年に開発された。彼らはクラン川とゴンバック川の合流点に落ちつき、そこをクアラルンプール、すなわち「泥が合流する場所」と呼んだ。イギリスに支配された18731957年のうちに、スズとゴム産出の中心として発展し、1874年にイギリスの政治介入をスルタンに了承させる内容のパンコール条約を締結。1896年にはイギリスによって統合された、イギリス保護下のマレー連合州の首都となった。第二次世界大戦中の1942年、イギリス軍が日本軍によって制圧されるクアラルンプールの戦いによって、クアラルンプールは日本の統治下に入ったが、1945年の終戦によって再びイギリス統治になった。1957年8月31日マラヤ連邦がイギリスから独立してクアラルンプールはその首都となり、1963年にマレーシア連邦が結成されてからも同国の首都の座を維持した。1974年スランゴール州から分離してマレーシアの直轄地域となる。その後もマレーシアは順調に成長を続けていたものの、1997年タイから始まったアジア通貨危機で大打撃を被った。これは第二次世界大戦以来、右肩上がりの成長を続けていたマレーシアが初めて体験する大きな試練だった。その翌年1998年は、クアラルンプールがアジアアフリカでは初のコモンウェルスゲームズの開催都市となり、これがマレーシア国民の自信をいくらか取り戻すきっかけとなった。1999年、首相官邸が新行政都市プトラジャヤに移転した。

[編集] 地理

  • 面積:243.6平方キロメートル
  • 人口:約150万人。クランバレー等近隣都市を含んだ大都市圏で約400万人。

[編集] マルチメディア・スーパーコリドー

マハティール・ビン・モハマド前首相の指導の下でクアラ・ルンプール南部周辺に建設された、最新のITインフラが整備された総合開発地域が、「マルチメディア・スーパーコリドー」である。その中核となるのは、「サイバージャヤ」と呼ばれるハイテク工業団地と、新行政都市「プトラジャヤ」、クアラ・ルンプール国際空港等で、F1マレーシアGPが行われるセパンサーキットもこの地域内にある。

[編集] 教育

[編集] 観光

[編集] KLCC地区

朝9時ころから夕方まで無料で中間にあるタワーを結ぶ歩道橋に登ることができる
但し、登上人数に制限があるため朝8時から整理券が配られる。
各階にトイレもあり(有料2RM)、清掃も非常に行き届いた、きれいな巨大ショッピングモール
伊勢丹(店内のトイレは無料)、紀伊国屋、ペトロナス・ギャラリー、フード・コート等の他ブランドショップ、レストランなどが入っている

[編集] ブキッ・ビンタン地区

ブルジャヤ・タイムズ・スクエア
若者で賑わう中心部。
クアラルンプールの秋葉原と呼ばれるPlaza Low Yatも至近。
片言の日本語で客引きをするマッサージ店が多数ある(足裏、全身、オイル等、最近はドクターフィッシュを導入している店が多い、料金は1時間1500円程度)
中華のお店が立ち並ぶアロー通りが近くにある。
2008年に新しく巨大なショッピング・モール「パヴィリオン」完成。

[編集] クアラ・ルンプール駅周辺

チャイナタウンは夕方から夜にかけて海賊版DVD、偽ブランド品等が露天にて販売されている。
2階建てで、各階には土産物店が軒を連ね、2階にはフードコートがある。
英国植民地時代に建てられた、英国風の格式高い建物。現在も駅舎として利用されている。
KLIAエクスプレスの発着駅となる近代的なデザインの新駅。ヒルトン・プラザ・クアラルンプールホテル・メルディアンが併設されている。
マレーシアの国教であるイスラム教の総本山的建物。

[編集] ブキッ・ナナス駅周辺

KLタワーのある高台の麓から無料リムジンあり
夜まで展望台に登ることが出来る。(30RM:2009年4月現在)
無料で日本語で説明される機械を借りることが出来る。

[編集] ムルデカ・スクエア周辺

ムルデカ・スクエア
ムルデカはマレー語で独立の意味。
マスジットはマレー語でモスクの意味。

[編集] 郊外

毎春F1グランプリが開かれるサーキット。クアラルンプール国際空港の近く。
マレーシアの行政の中心。
高原にあるホテルでカジノを楽しむことができる。クアラルンプールから約1時間。
近郊の街シャー・アラムにある、青色の美しいモスク。

[編集] 交通

[編集] 鉄道

市内は市内電車(LRT)やモノレールなどで縦横に結ばれており、英語マレー語の表記があるため外国人でも気軽に利用できる。中心となる駅はクアラ・ルンプール・セントラル駅で、KTM各路線、KLモノレールKLIAエクスプレスKLIAトランジットの発着駅となっている。案内板には、日本語の表記もある。 英国統治時代の名残として、KTMでクアラ・ルンプール・セントラル駅と隣合うかつて市内の中心駅クアラ・ルンプール駅は、英国様式の建物として観光名所にもなっており、現在も駅舎として利用されている。 KTM Commuterの2路線が交わるマスジット・ジャメ駅ペトロナスツインタワーの最寄り駅であるKLCC駅も、市内の主要駅である。

[編集] バス

市内では、バスの路線網やタクシーを使って安価な移動が可能である。バス運行会社、Rapid KL(ラピドKL)は市内電車(LRT)やモノレールなども運行している。

市外へは高速バスが出ており、市の中心部プドゥラヤ・バスターミナルアロースターイポージョホールバルマラッカキャメロン・ハイランドなどから、マレーシアの各方面を結ぶ高速バスが出ている。また、シンガポールタイハジャイへ向かう国際バスも運行されている。

[編集] 航空

日本からはマレーシア航空日本航空東京(成田)、大阪関西)から直行便で乗り入れている他、香港バンコクシンガポール経由で行くこともできる。なお、クアラルンプール国際空港と市内を結ぶエアポートエクスプレス駅構内には日本語の案内看板が出ているため便利である。特に近年はエアアジアなどの格安航空会社が相次いで就航したことで、日本では考えられないほどの安価な価格で飛行機を使用できる。ただしエアアジアは別ターミナルのLCCT(Low Cost Career Terminal)からの発着となるので、マレーシア航空や他のメインターミナル使用の航空会社との乗継には適していない。

[編集] 宿泊

世界各国のホテルチェーンの高級ホテルが市内中心地とクアラルンプール空港周辺に点在する。なお、観光客とビジネス客誘致のために宿泊料金はアジアの主要都市の中でもかなり格安に抑えられている。

[編集] 主なホテル

[編集] 姉妹都市

[編集] 脚注

  1. ^ “Mashad-Kuala Lumpur Become Sister cities”. FARS News Agency(. 2006-10-14). http://kuala-lumpur-news.newslib.com/story/453-3234431/ 2007-12-04 閲覧。. 
  2. ^ "Sisterhoods". Isfahan Islamic Council (2005). 2007-12-04 閲覧。
  3. ^ a b c Kuala Lumpur fact file, Asian-Pacific City Summit. Retrieved on November 3, 2007.
  4. ^ Lam, Edwin Chong Wai (2006-06-24). “Kuala Lumpur: the Scent of a City”. Chessbase News. http://www.chessbase.com/newsdetail.asp?newsid=3201 2007-12-04 閲覧。. 
  5. ^ Delhi to London, it’s a sister act The Times of India. Retrieved on August 30, 2008

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
公式
日本政府
観光