グラスゴー

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グラスゴー
Glasgow
時計回りに上から、Glasgow Science Centre, Gallery of Modern Art屋外のDuke of Wellington像、Royal Exchange Square, The Lighthouseから臨む都市景観、グラスゴー大学、Finnieston Crane及びGlasgow City Chambers.
時計回りに上から、Glasgow Science Centre, Gallery of Modern Art屋外のDuke of Wellington像、Royal Exchange Square, The Lighthouseから臨む都市景観、グラスゴー大学Finnieston Crane及びGlasgow City Chambers.
グラスゴーの市章
市章
位置
グラスゴーの位置の位置図
グラスゴーの位置
座標 : 北緯55度51分29秒 西経4度15分32秒 / 北緯55.85806度 西経4.25889度 / 55.85806; -4.25889
行政
イギリスの旗 イギリス
 カントリー スコットランドの旗 スコットランド
 市 グラスゴー
地理
面積  
  市域 175.5 km2 (67.76 mi2)
人口
人口 (2011年現在)
  市域 598,830人
  市街地 1,750,000人
  都市圏 2,850,000人
その他
等時帯 西ヨーロッパ時間 (UTC+0)
夏時間 西ヨーロッパ夏時間 (UTC+1)
郵便番号 G1–G80
市外局番 0141
ISO 3166-2 GB-GLG
公式ウェブサイト : http://www.glasgow.gov.uk/

グラスゴー英語: Glasgowスコットランド・ゲール語: Glaschu)はイギリススコットランド南西部に位置するスコットランド最大の都市である。人口は580,690人(2006年)で、ロンドンバーミンガムリーズに次いでイギリス第4位。

概要[編集]

かつてはロンドンパリベルリンについでヨーロッパで4番目に人口が多く、1960年代には100万人以上いたがその後区画編成などで減り続け現在では580,690人(2007年)となっている。英国国内ではロンドンエディンバラについで3番目に観光客が多く、年間300万人ほどがこの街を訪れる。15世紀創立の名門グラスゴー大学を擁し、産業都市であるとともに、文化・芸術・若者の街として知られている。英語で「ノルウェー人」や「ノルウェーの」といった形容詞が"Norwegian"であるように、グラスウィージャン(Glaswegian)といった言葉が用いられる。移民が多くかつては工業の街であった背景も影響し、地元の人々の英語はスコットランド訛りの中でも特に難解とされている。訛りが強いだけではなく、グラスウィージャンの方言も使用されている。なお、スコットランド・ゲール語はグラスゴーでは殆ど使用されない。1990年にはEUの欧州文化都市に選ばれている。

歴史[編集]

紀元前からクライド川沿いに集落が形成されていた。ローマ帝国はこの地に前哨拠点を設置し、ローマ支配下のブリタニアケルト人ピクト人の住むカレドニアの間にアントニヌスの長城を建設した。グラスゴーの街はキリスト教の聖人聖ムンゴの伝道により6世紀頃につくられたと言われている。これ以後グラスゴーはスコットランドの中心として発展し、12世紀にはグラスゴー大聖堂が、1451年にはグラスゴー大学が創設された。16世紀に入るとクライド川の水運を用いた貿易が盛んになり、アメリカ大陸タバコカリブ海砂糖などがこの都市を中継してイギリス国内に運ばれた。1707年にイングランド王国とスコットランド王国が合併、現在の連合王国としてのイギリス(しばしば、この合併政体は『ユニオン』と呼ばれる)が成立する。そして産業革命が始まると、ランカシャーで採掘される石炭鉄鉱石によって工業化が進み、グラスゴーでは綿工業を中心とした産業が盛んになった。また都市の発展に伴ってアイルランド等からの移住者が増え、大英帝国第二の都市と呼ばれるようになった。また海運を通じて造船業も発展する。[要出典]

しかし第二次世界大戦後、イギリスの経済が急激に悪化。他の都市と同様にグラスゴーもイギリスの不況の影響を避けることができなかった。1960年代になると造船所の閉鎖が相次いだ。しかしクイーン・エリザベス2号はこの時期にこの都市で建造されている。

1970年代から1980年代にかけても不況期が続き、治安も悪化していた。1990年代にはいると金融などを中心に経済が持ち直し、現在では地価が高騰している。

人口[編集]

推移[1]
  • 1891 783,000
  • 1911 784,000
  • 1921 1,034,000
  • 1931 1,088,000
  • 1941 不明
  • 1951 1,079,000
  • 1961 1,055,000
  • 1971 897,000
  • 1981 881,000
  • 1991 681,000
  • 2001 579,000
  • 2007 580,690
年齢構成

15歳未満15.48%、15~24歳15.76%、25歳~64歳54.46%、65歳以上14.30%(2007年)

交通[編集]

隣のエディンバラとの距離は電車で40分、バスで1時間半程である。

航空[編集]

鉄道[編集]

道路[編集]

  • 高速道路M8(エディンバラからグラスゴーを東西に横断してスコットランド西岸に続いている)
  • 高速道路M74(グラスゴーから南下し、イングランドの高速道路M6に接続している。M6はバーミンガムを経由し、ロンドンへ続くM1と接続)
  • 高速道路M77
  • 高速道路M80

教育[編集]

文化[編集]

スポーツ[編集]

グラスゴーは1872年にサッカー史上初の国際試合が行われた街として知られている。試合はスコットランド代表チームとイングランド代表チームの間で行われ0-0に終わった。現在グラスゴーには5万人を収容できるスタジアムが三つ存在する。セルティックレンジャーズはこれらをホームグラウンドとして利用するプロサッカークラブである。両チームの対戦は「オールド・ファーム」と呼ばれ、宗教的な背景もあって(前者がアイルランド人移民のカトリック(Irish-Scots)、後者がスコットランド人プロテスタント(長老派))、世界でも有数のダービーマッチとして知られる。セルティックファンの間ではアイルランド国旗が掲げられ、スコットランド旗が掲げられることは稀である。北アイルランドのプロテスタントの間では特にユニオン・ジャックが掲げられることが多い。

音楽[編集]

良質なロック、ポップバンドを数多く輩出している。1980年代にはオレンジ・ジュースアズテック・カメラらポストカード・レーベル勢、1990年代にはザ・パステルズ、ティーンエイジ・ファンクラブらを中心とした草の根的なコネクションが、世界中のインディーズ・シーンに影響を与えた。近年ではベル・アンド・セバスチャンフランツ・フェルディナンドトラヴィスモグワイザ・フラテリスチャーチズが有名。

グラスゴーを舞台にした映画[編集]

ケン・ローチは「マイ・ネーム・イズ・ジョー」や「カルラの歌」、「やさしくキスをして」でグラスゴーを舞台にしている。他にはユアン・マクレガー主演の「猟人日記」、リン・ラムジー監督の「ボクと空と麦畑」、ジェット・リー主演の「ダニー・ザ・ドッグ」、レイチェル・ワイズ主演の「ビューティフル・クリーチャー」、ジェラルド・バトラー主演の「ディア・フランキー」などがある。

姉妹都市[編集]

出身有名人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ [1]

外部リンク[編集]

政府
観光