UTC+8
UTC+8とは、協定世界時を8時間進ませた標準時である。推計人口15.3億、世界の約22.5%の人口を持ち、世界一人口の多い時間帯である。ASEAN標準時の候補になる可能性もある。
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[編集] 該当地域
- インドネシア
- 中部標準時 - WITA
- オーストラリア
- オーストラリア西部標準時 - AWST
- シンガポール
- 台湾 - 台湾標準時 - TST
- 中国 - 中国標準時 - CST(香港(HKT)やマカオを含んだ中国全域)
- フィリピン
- ブルネイ
- マレーシア
- モンゴル
- 西部を除くほぼ全域
- ロシア
- クラスノヤルスク時間 - KRAT
[編集] 地理
中華人民共和国は全土で同じタイムゾーンを持ち、異常に広い領域が設けられている。太陽の南中するのは、東端では11時、西端では15時である。中国とアフガニスタン(UTC+4:30)との間では時差3時間30分に達する。
[編集] 歴史
日本では1896年(明治29年)1月1日から1937年(昭和12年)9月30日まで、「西部標準時」として、八重山列島・宮古列島と日本統治下の台湾・澎湖列島で +8 を使用した。その後は+9 に全国統一された。
中国では1918[要検証]年、5つの時間帯が設けられた。グリニッジ標準時に対して+5:30、+6、+7、+8、+8:30 の5つである。+8 の時間帯は「中原標準時」と呼ばれる。 台湾では上述の通り、日本統治下の1896年から1937年9月30日まで、そして中華民国政府が台湾に遷った1949年以後、+8 を使用した。前者は日本の西部標準時である。その間の1937年10月から1945年までは日本の中央標準時(+9)を使用した。 1949年の内戦の後、中華人民共和国が全土単一の時間帯(+8)を確立する一方、中華民国もまた+8 の地域に留まった。 19世紀から20世紀後半までの間、香港とマカオは英国とポルトガルの植民地だったが、その地理的な位置のため、両地域もまた+8 を用いた。 中華人民共和国は1986年から1991年までの6年間、夏時間を行った。そのためこの間 UTC+8 だったのは冬期のみである。
マレーシアの東部(ボルネオ島)では、イギリス領時の1933年から1942年の日本占領まで、そして1945年の日本からの独立から現在まで、+8 を使用した。同マレー半島部とシンガポールでは1982年より、それまでの UTC+7:30 から UTC+8 に移行した。
ロシアではかつてイルクーツク時間(冬期)とクラスノヤルスク夏時間において+8 が用いられていたが、2011年3月27日よりイルクーツク時間は通年 UTC+9 に、クラスノヤルスク時間は通年 UTC+8 となった。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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