宮古列島
宮古島周辺の航空写真
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宮古列島の位置
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| 地理 | |
|---|---|
| 場所 | 太平洋・東シナ海 |
| 座標 | 北緯24度30分 - 25度00分 東経124度30分 - 126度00分 |
| 所属群島 | 南西諸島(先島諸島) |
| 島数 | 12島(うち有人島は8島)[1] |
| 主要な島 | 宮古島(159.26km²)[2] 伊良部島(29.08km²)[2] 多良間島(19.75km²)[2] |
| 面積 | 226.50 km2 (87.452 sq mi) (国土地理院、2011年10月1日現在)[3] |
| 最高標高 | 113 m (371 ft)[4] |
| 最高峰 | 宮古島(a)、(b) |
| 所属国 | |
| 都道府県 | 沖縄県 |
| 市町村 | 宮古島市、宮古郡多良間村 |
| 最大都市 | 宮古島市 (人口 52,039人[5]) |
| 住民 | |
| 人口 | 53,270人 (国勢調査、2010年10月1日現在)[5] |
| 人口密度 | 235.2 /km2 (609.2 /sq mi) (面積[6]、人口[5]共に2010年10月1日現在の数値を基に算出) |
宮古列島(みやこれっとう)または宮古諸島(みやこしょとう)は、南西諸島西部の島嶼群で、先島諸島の一部を成す。
目次 |
地理 [編集]
8つの有人島と、その周囲の無人島、岩礁群からなる。全島が隆起珊瑚礁からなり、総じて平坦な島嶼群である。8つの有人島のうち、宮古島、池間島、大神島、伊良部島、下地島、来間島は列島の北側に一群となって位置し、行政区分では沖縄県宮古島市に属する。また、多良間島、水納島は南側に一群となって位置し、宮古郡多良間村に属する。宮古列島の北西には尖閣諸島、西には八重山列島がある。
8つの有人島の名称、面積(2010年10月1日現在[3]、大神島のみ1994年10月1日現在[7])、人口(2010年10月1日現在[1][note 1])は以下に示した。
| 島 | 所属自治体 | 面積(km²) | 人口(人) | 人口密度(人/km²) |
|---|---|---|---|---|
| 宮古島 | 宮古島市 | 159.25 | 46,001 | 289 |
| 池間島 | 宮古島市 | 2.83 | 648 | 229 |
| 大神島 | 宮古島市 | 0.24 | 28 | 117 |
| 来間島 | 宮古島市 | 2.84 | 157 | 55 |
| 伊良部島 | 宮古島市 | 29.08 | 5,148 | 177 |
| 下地島 | 宮古島市 | 9.54 | 57 | 6 |
| 多良間島 | 多良間村 | 19.75 | 1,227 | 62 |
| 水納島 | 多良間村 | 2.15 | 4 | 2 |
生物 [編集]
宮古列島には、ハブ(ホンハブ、ヒメハブ、サキシマハブ)が生息していない。これは各島とも平坦で、過去の海進の際に水没したためとされる。ただし、少数ではあるが固有種も確認されているため、完全には水没していないとする説もある。
固有種としては、以下のものがある。
- ミヤコカナヘビ
- ミヤコサワガニ
- ミヤコニイニイ
- ミヤココキクガシラコウモリ
- 宮古島及び伊良部島に生息。1971年7月を最後に確認されておらず、絶滅の可能性もある。
- ミヤコショウビン
- かつて宮古島に生息。絶滅したとされるが、実在自体に疑問も呈されている。
交通 [編集]
空港 [編集]
宮古島に宮古空港、下地島に下地島空港、多良間島に多良間空港がある。ただし、下地島空港には定期便は就航していない。宮古列島内では宮古空港 - 多良間島空港間に定期路線がある。
航路 [編集]
宮古島の平良港から、伊良部島の佐良浜港及び多良間島の普天間港への定期航路がある。また、大神島へは、宮古島の島尻漁港から定期航路がある。水納島へは定期航路はなく、多良間島からチャーター船で渡る。
道路 [編集]
宮古島と、池間島、来間島の間はそれぞれ池間大橋、来間大橋でつながっている。また、宮古島と伊良部島の間には伊良部大橋が建設中である。伊良部島と下地島は細い水路で隔てられているのみで、その間には6本の橋が架かっており、交通上はあたかもひとつの島のようである。
文化 [編集]
アヤゴ(アヤグ) [編集]
宮古諸島の古謡の総称。宮古方言で謡われる。三つに大別出来る[8]。
- ニイリ(ニイラアグ) - ニイラアグは根の国(にいら、死者の居る国)のアヤグの意。内容は祖先に関する謡で、代表的なものに「狩俣祖神(うやがむ)のニイリ」がある(祖先崇拝を参照。)。
- アヤグ - 15世紀末から16世紀初頭にかけて作られた叙事的歌謡。英雄の勲功を称えたものなどが多く、代表的なものに「仲宗根豊見親八重山入の時のアヤグ」がある。
- 長アヤゴ - 叙情的、民謡的なものが多い。「トウガニ」「正月のアヤグ」「石嶺のあこうぎ」「旅栄」「多良間シユンガニ」など。
放送 [編集]
ラジオ [編集]
- 現在NHKがAM・FMとも宮古島(平良局)から宮古島市だけでなく多良間村までの宮古諸島全域をカバーしている。
- 民放はAMの琉球放送(RBCiラジオ)とラジオ沖縄(ROK)が宮古島市内の伊良部島と多良間島に中継局がある。FM沖縄は中継局がないため受信不可だが、2006年秋から同局の人気番組(平日11:30~15:50、土・日19:00~21:00)を中心にコミュニティFMであるFMみやこで放送するようになった。
- RBCiラジオは1964年に宮古島に本島以外では初となる中継局を設置、長らく宮古だけでなく八重山を含めた先島諸島全域をカバーしていた。コールサインはなかったものの宮古局独自のローカル放送も行っていたという。復帰後は宮古放送局としてコールサイン“JORO”がつけられた(JOROがつけられたのはRBC英語ラジオ局が廃止された1973年11月から)。ほぼ本島と同時放送で番組開始・終了時にもステーションコール紹介はあるもののコールサインのアナウンスは親局のもの(JORR)だった。しかし毎年4月に開催される全日本トライアスロン宮古島大会にはレースの模様を一部宮古局のみで放送していた。
- 2005年4月1日に中国大陸や台湾(中華民国)などの近隣諸国の混信を避けるため、RBCiラジオとラジオ沖縄(ROK)は伊良部島(宮古島市)と多良間島の2ヶ所にFMによる中継局を設置した(出力は伊良部島が100W、多良間島が3W)。これによりRBCiラジオは長らく1150→1152KHZで放送していた宮古島のAM中継局(宮古局JORO)を2005年5月2日未明の放送終了をもって廃止、伊良部島のFM中継局に引き継いだ(FM中継局が開局した4月の1ヶ月間、移行期間としてAMとFMのサイマル放送が行われていた)。なおこのケースは2001年に沖縄本島北部地区、2004年に八重山地区設置されたケースと同じである。
- 2002年には沖縄県内離島には初のコミュニティFM局となるFMみやこ(76.5MHz・20W)が開局した(2006年より一部FM沖縄の番組も放送)。
- ラジオ中継局一覧
| 所在地 | NHK1 | NHK2 | NHKFM | RBCi | ROK |
|---|---|---|---|---|---|
| 宮古島市 | 1368 | 1602 | 85.0 | 82.7 | 84.1 |
| 多良間村 | 82.2 | 83.6 |
※宮古島市の送信場所 NHK・宮古島市平良(AMとFMは場所が異なる)、民放・宮古島市伊良部
テレビジョン [編集]
- 現在NHK、民放の琉球放送(RBC)と沖縄テレビ(OTV)が宮古島と多良間島にアナログ放送の中継局がある。
- 宮古島(平良)局はNHKがVHF、民放(RBC・OTV)がUHFで放送されている(出力はいずれも1kW)。
- 多良間局はすべてUHFでの放送だが、民放は石垣島に電波を送信する役割もあるため、出力をNHKより高くしている(民放30W、NHK1W)。
- ケーブルテレビの宮古テレビが多良間島を含めた宮古全土をカバーしている(大神島を除く)。
- 琉球朝日放送(QAB)はアナログでは中継局は未設置だが2009年10月21日、デジタル新局として中継局が開局した。宮古テレビではQABの系列キー局であるテレビ朝日の番組を番販扱いで時差配信していた。(また、宮古毎日新聞など地元紙で宮古テレビの番組表が掲載されている。なおアナログ放送については、宮古テレビ加入者は「デジアナ変換」を利用することで視聴することは可能)
- 2006年に沖縄県内でも開始された地上デジタルテレビ放送についてはNHKが2008年5月1日に宮古島(平良)中継局が開局。民放についても2009年10月21日に開局した(アナログ中継局未設置のQABもデジタル新局として設置)。
- 宮古諸島におけるテレビ放送の歴史
- 1967年12月22日 NHK沖縄放送局の前身である沖縄放送協会(OHK)による放送が開始されたが、当時は沖縄本島との間に海底ケーブルが未敷設だったため、番組編成も本島とは別編成で、放送用テープを本島からの空輸でしのいでいた。特にニュース番組は本島や日本本土で朝に放送していたものを昼に、昼に放送したものを夜に放送したり、音声を当時未放送だったラジオのニュース音声を同時に流しながら映像は白黒のバックに字幕をつけて放送(宮古島等に関連するものだけ静止画写真も表示)していたという。また朝の連続テレビ小説や大河ドラマが1日~1週間遅れのものを、高校野球や大相撲は前日のものを放送したり、大晦日恒例の紅白歌合戦には翌日の元日の夜に放送したりしていた(これは復帰後NHKになった後の1976年まで続いた)。
- 1972年5月の本土復帰と同時にNHK沖縄の総合テレビ(正式には沖縄宮古総合テレビジョン)となったものの、復帰前のOHKでは別内容だった八重山地域(石垣局)を統合し同一内容にしたものの、引き続き本島とは別の番組編成でコールサインも別に“JOVQ-TV”が与えられ八重山含めた先島諸島をカバーした。もちろんOHK時代から1チャンネルによる放送だったため、総合・教育の混合編成による放送だった。
- 1976年12月22日 本島との間に海底ケーブルが開通し、ようやくテレビ放送が本島・日本本土と終日同時放送となり、親局だった宮古島の総合テレビは中継局に降格され、新たに教育テレビが開始された。
- 1978年にはケーブルテレビである宮古島有線テレビ(現在の宮古テレビ)が開局し、当時未開局だった民放の番組を時差配信していた。
- 1993年12月16日 県内民放テレビの琉球放送、沖縄テレビ放送がようやく放送開始(それまでは宮古テレビで系列キー局のTBSとフジテレビの番組とRBC・OTV両局の一部番組も時差配信していた)。
- 2009年10月21日 県内最後発の琉球朝日放送がようやく放送開始(それまでは宮古テレビで系列キー局のテレビ朝日の番組を時差配信していた)。
- アナログテレビ中継局一覧
| 所在地 | 総合 | 教育 | RBC | OTV | QAB |
|---|---|---|---|---|---|
| 宮古島市 | 7 | 4 | 32 | 34 | |
| 多良間村 | 60 | 62 | 58 | 56 |
※宮古島市の送信場所は宮古島市平良だが、NHKと民放では場所が異なる。
- 地上波デジタルテレビ中継局一覧
| 所在地 | 総合 | 教育 | RBC | OTV | QAB |
|---|---|---|---|---|---|
| リモコンID | 1 | 2 | 3 | 8 | 5 |
| 宮古島市 | 17 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 多良間村 | 22 | 18 | 43 | 45 | 47 |
脚注 [編集]
注釈 [編集]
- ^ ただし水納島の人口は公表されず、多良間村の人口(1,231人)から多良間島の人口(1,227人)を差し引いている。
出典 [編集]
- ^ a b “離島関係資料 第1 指定離島・島しょ・人口 (PDF)”. 沖縄県企画部地域・離島課 (2012年1月). 2012年8月12日閲覧。 - 面積0.01km²以上の島の数。
- ^ a b c “平成23年全国都道府県市区町村別面積調 島面積 (PDF)”. 国土地理院 (2011年10月1日). 2012年10月21日閲覧。
- ^ a b “平成23年 全国都道府県市区町村別面積調 沖縄県 (PDF)”. 国土地理院 (2011年10月1日). 2012年10月21日閲覧。 - 宮古諸島に属する市町村の面積の合計。
- ^ “沖縄県市町村別最高点一覧”. 沖縄県企画部土地対策課 (2004年10月). 2012年8月12日閲覧。 - 宮古島に最高地点が2ヶ所存在する。
- ^ a b c “平成22年国勢調査確報値 沖縄県の人口、世帯、住居 (PDF)”. 沖縄県企画部統計課 (2011年10月28日). 2012年8月12日閲覧。 - 宮古諸島に属する市町村の人口の合計。
- ^ “平成22年 全国都道府県市区町村別面積調 (PDF)”. 国土地理院 (2010年10月1日). 2012年10月21日閲覧。- 宮古諸島に属する市町村の面積の合計。
- ^ “沖縄県島しょ別面積一覧”. 沖縄県土地対策課. 2012年10月21日閲覧。
- ^ 『郷土資料事典・沖縄』 - 人文社。
関連項目 [編集]
- 沖縄県に属する諸島
外部リンク [編集]
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