プリンスホテル

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株式会社プリンスホテル
PRINCE HOTELS, INC.
PrinceHotels logo.svg
種類 株式会社
本社所在地 〒170-8428
東京都豊島区東池袋三丁目1番5号
(サンシャインシティプリンスホテル内)
設立 1956年(昭和31年)6月4日
業種 サービス業
事業内容 ホテル、ゴルフ場、スキー場などの経営
代表者 小林 正則(代表取締役社長)
資本金 36億円
売上高 1,882億24百万円(2008年3月期)
総資産 6,905億91百万円(2008年3月31日現在)
従業員数 8,203人(2007年7月16日現在)
決算期 3月31日
主要株主 (株)西武ホールディングス 100%
外部リンク princehotels.co.jp
特記事項:登記上本店は東京都豊島区南池袋一丁目16番15号 光センタービル
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株式会社プリンスホテルPrince Hotels, Inc.)は、西武グループに属し、グループ内でのホテル・レジャー事業会社であり、西武ホールディングスの子会社。また、同社が運営するホテルブランドである。

目次

[編集] 概要

ファイル:Akasaka Prince Hotel Kyuukan 01.JPG
グランドプリンスホテル赤坂旧館 旧李王邸

西武グループによるホテル・リゾート事業は、国土計画(現コクド)が主導して計画・立案した箱根軽井沢などへの観光地への進出を図ったのが源流である。社名は、敗戦に伴い行われた皇籍離脱後、占領軍によって没収された旧皇族の土地がサンフランシスコ条約締結によって日本政府に返還された後、安価で購入し、その土地にホテルを開業した事に由来している(後述の千ヶ滝プリンスで命名されたのが起源)。

コクド・西武鉄道の創業者である堤康次郎が1964年に逝去し、三男・堤義明がコクド・西武鉄道の後継者の座に就くと、1971年に西武鉄道のホテル部門を独立させる形で「(初代)株式会社プリンスホテル」を設立し、康次郎の五男で西武百貨店寄りの要職に就いていた堤猶二が社長に就任する(後にセゾン下のIHGの社長・東京テアトル社長を歴任)。同氏によって『プリンスホテルスクール』が設立され、各種学校としてホテリエの育成を手がけ始めるが、1976年に笹川良一率いる日本財団が支援した財団法人日本ホテル教育センターに経営が譲渡され、「専門学校 日本ホテルスクール」として継承されている。ホテル会社によって設立されたホテル養成学校はプリンスホテルスクールが国内では唯一であり、設立に際しては一定の評価がなされている。

1980年代からは義明元会長と政界との繋がりが強まり、大規模なスキーリゾートシティホテルを首都圏・東北・北海道を中心に数多く進出させる。また、時期を前後してアメリカ合衆国ハワイアラスカグアム)・カナダ東南アジア諸国・台湾オーストラリアなどの海外リゾート企業を買収・提携のうえで進出を行い、バブル景気の中でプリンスホテルの母体であったコクドは一大ホテル・レジャー事業を運営する企業へ成長した。

コクドの下で行われてきた事業拡大に合わせて資金調達に用いた手法は、銀行などから巨額の融資を得て土地を取得後、ホテルやレジャー施設を建設して土地の付加価値を高め、値上がりした地価上昇分などでさらに融資を受けて新たな土地開発を進めることだった。マスメディアなどからは「借金経営」と呼ばれ日本の高度経済成長期に続いていた地価の上昇などがこの経営手法を可能にさせた。当時の経営基本は「土地は値上がりを待つ」「利益を押さえ節税する」だった。そごうダイエーも酷似した手法で店舗網を拡大させたが、後に経営破綻をしている。

日本経済がバブル景気にへ突入した1980年代からは地価上昇はさらに加速して、土地本位制経営[1]で融資を受けるビジネスモデルを活かした事業を拡大していたプリンスホテル事業は、さらに積極的なホテルチェーン事業の拡大を推し進めることになった。1990年代のバブル経済崩壊後は地価の価格上昇による事業計画は軌道修正されたが、2004年堤義明がコクド会長を辞任して会社から去るまで平成不況期のプリンスホテル事業は基本的にリストラ・事業再編は実施されず、「東京プリンスホテルパークタワー」の建設など事業の拡大を続けていた。

その後2006年前半(2005年度末)に西武ホールディングスの元で西武グループが再編される際に、不採算施設については順次売却し、それ以外の(旧)コクド・(初代)プリンスホテル・西武鉄道(西武線沿線施設は除く)が所有するホテル・リゾート事業の不動産については「(二代目・新)株式会社プリンスホテル」のもとに集約・統合された。

2006年の西武グループ再編以前までの「(初代)株式会社プリンスホテル」は、コクドの筆頭株主であった堤義明元会長・オーナーの計画立案により西武鉄道伊豆箱根鉄道近江鉄道西武不動産といったコクドの傘下企業(主に首都圏・近畿)が開発した、あるいは他企業とコクドの合弁や地方自治体の誘致による第三セクター方式で設立した運営会社(海外、苗場・軽井沢以外のスキーリゾートなど)が開発した「プリンスホテル」のフランチャイズや客室販売など対外的なマーケティング事業が主体であり、経営自体は各社が行っているため統一的な戦略はなかった。(初代)プリンスホテルの自社物件は「サンシャインシティ プリンスホテル」のみである。

2006年7月、高輪地区と品川地区の競合解消のため、2名いた総支配人を1名にし、高輪地区を上位とする地区統合を行なった。2007年12月中に、本社を所沢市くすのき台から豊島区東池袋へ移転した。

[編集] プリンスホテルブランド再編

2007年4月1日より、プリンスホテルは、グレードに応じた3つのカテゴリーに分かれ、ブランドマークやサービスを一新した。

  • ザ・プリンス コレクション : プリンスホテルのフラッグシップ・ホテル。海外の「マウナケアビーチホテル」と国内の「ザ・プリンス」(下記)が該当する。
    • ザ・プリンス : ザ・プリンス パークタワー東京、ザ・プリンス さくらタワー東京、ザ・プリンス箱根、ザ・プリンス軽井沢
  • グランドプリンスホテル:グランドプリンスホテル赤坂、グランドプリンスホテル高輪、グランドプリンスホテル新高輪、グランドプリンスホテル京都、グランドプリンスホテル広島
  • プリンスホテル:その他のプリンスホテルは、従来通りの名称で営業を行う。

[編集] 沿革

[編集] 国内運営ホテル・旅館・宿泊施設

[編集] ザ・プリンス

ザ・プリンス
開業 外観 名称 所在地 客室 収容人数 備考
1998年 Sakura Tower.jpg ザ・プリンス さくらタワー東京 東京都港区高輪3-13-1 309室 618人 旧名称は「高輪プリンスホテル さくらタワー」
2005年 ザ・プリンス パークタワー東京 東京都港区芝公園4-8-1 637室 1,350人 丹下憲孝丹下都市建築設計)の設計。
客室内装は村野・森建築事務所。
徳川家霊廟跡。旧 芝ゴルフ場。
旧名称は「東京プリンスホテル パークタワー」
プリンスホテルの中ではプレステージランクとされる。
1978年 ザ・プリンス箱根 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根144 287室 737人 村野藤吾設計。
旧名称は「箱根プリンスホテル」
1982年 ザ・プリンス軽井沢 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢 106室 212人 清家清(デザインシステム)設計。
旧名称は「軽井沢プリンスホテル南館」

[編集] グランドプリンスホテル

グランドプリンスホテル
開業 外観 名称 所在地 客室 収容人数 備考
1955年 Akasaka Prince Hotel Shinkan 01.JPG グランドプリンスホテル赤坂 東京都千代田区紀尾井町1-2 761室 1454人 旧館は旧李王家邸。
新館、五色は丹下健三設計。
旧名称は「赤坂プリンスホテル」
2011年3月末日に営業終了。
1953年 Takanawa Prince Hotel 001.jpg グランドプリンスホテル高輪 東京都港区高輪3-13-1 414室 755人 竹田宮邸跡。
旧名称は「高輪プリンスホテル」
1982年 Grand Prince Hotel New Takanaya.jpg グランドプリンスホテル新高輪 東京都港区高輪3-13-1 946室 1,847人 北白川宮邸跡地。
村野藤吾設計。
旧名称は「新高輪プリンスホテル」
1986年 宝ヶ池プリンスホテル.jpg グランドプリンスホテル京都 京都市左京区宝ヶ池 309室 630人 村野藤吾設計。
旧名称は「京都宝ヶ池プリンスホテル」
近江鉄道所有・近江観光運営
1994年 グランドプリンスホテル広島 2008.JPG グランドプリンスホテル広島 広島県広島市南区元宇品町23-1 550室 1,263人 池原義郎設計。
旧名称は「広島プリンスホテル」

[編集] プリンスホテル

プリンスホテル
開業 外観 名称 所在地 客室 収容人数 備考
1978年 Shinagawa prince hotel 001.jpg 品川プリンスホテル 東京都港区高輪4-10-30 3680室 6,241人 旧 毛利公爵邸跡。
1977年 Shinjuku prince hotel 2009.JPG 新宿プリンスホテル 東京都新宿区歌舞伎町1-30-1 571室 983人 複合型駅ビル「西武新宿ビル」内に所在。
西武新宿ペペ西武新宿線西武新宿駅(2階)がある。
西武鉄道所有
1980年 サンシャインシティプリンスホテル サンシャインシティプリンスホテル 東京都豊島区東池袋3-1-5 1166室 1,945人 巣鴨プリズン
コクド合併前のプリンスホテル(旧社)の自己所有物件
1992年 Shinyokohama princehotel.jpg 新横浜プリンスホテル 神奈川県横浜市港北区新横浜3-4 1002室 1,660人 新横浜プリンスペペを併設
1934年 蒲郡プリンスホテル01.jpg 蒲郡プリンスホテル 愛知県蒲郡市竹島町15-1 27室 旧 蒲郡ホテル。久野節設計。
1989年 OtsuPrinceHotel.jpg 大津プリンスホテル 滋賀県大津市におの浜4-7-7 540室 1,140人 丹下健三設計。客室はすべて琵琶湖に面したホテル。
近江鉄道所有・近江観光運営
1994年 Nichinan Kaigan Nango Prince Hotel.jpg 日南海岸南郷プリンスホテル 宮崎県南那珂郡南郷町城浦 84室 245人 リゾート法適用第一号。埼玉西武ライオンズ南郷キャンプ宿舎(キャンプ時は球団貸切のため、一般客利用不可)。
プリンスホテル・旅館・コテージ・その他
開業 名称 所在地 客室 収容人数 備考
1964年 東京プリンスホテル 東京都港区芝公園3-3-1 484室 881人 徳川家霊廟跡。
1991年 川越プリンスホテル 埼玉県川越市新富町1-22 110室 228人 複合型駅ビル「本川越ステーションビル」内に所在
本川越ペペを併設
1階に西武新宿線本川越駅がある。
1997年 飯能プリンスホテル 埼玉県飯能市仲町11-21 60室 複合型駅ビル「飯能ステーションビル」内に所在
1・2階には西武池袋線飯能駅がある。
1990年 中国割烹旅館掬水亭(きくすいてい) 埼玉県所沢市山口2942 21室 84人 池原義郎設計。
遊園地西駅隣接
一般向けの宿泊は指定日(主に週末)に限定されている。
西武鉄道所有・西武レクリエーション運営
1993年 ホテル シーパラダイス イン 神奈川県横浜市金沢区八景島 28室 横浜・八景島シーパラダイスの「シーパラダイスマリーナ」・「ふれあいラグーン」に隣接
横浜八景島所有・運営
1988年 箱根プリンスホテルレイクサイドアネックス 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根144 77室 337人
1964年 大磯プリンスホテル 神奈川県中郡大磯町国府本郷546 480室 1,068人
1995年 鎌倉プリンスホテル 神奈川県鎌倉市七里ヶ浜東1-2-18 98室 196人
芦ノ湖畔蛸川温泉龍宮殿[旅館] 神奈川県足柄下郡元箱根139 本館は旧浜名湖ホテルを移築。
芦ノ湖畔蛸川温泉芙蓉亭[会席料理・旅館] 神奈川県足柄下郡元箱根138
1988年 箱根湯の花温泉ホテル 神奈川県足柄下郡箱根町湯の花高原 60室 240人 池原義郎設計。
1992年 ホテル大箱根 神奈川県足柄下郡箱根町仙石原1246 106室
箱根園コテージ 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根140 111棟のコテージ
1973年 下田プリンスホテル 静岡県下田市白浜1547-1 134室 黒川紀章設計。
1975年-2006年までは伊豆箱根鉄道が所有
1929年 伊豆長岡温泉三養荘[旅館] 静岡県伊豆の国市ままの上270 30室 旧三菱財閥・岩崎久彌の旧別邸 新館は村野藤吾の遺作
1936年 川奈ホテル 静岡県伊東市川奈1459 140室 大倉喜七郎が設立。元ホテルオークラ系。2002年買収
1976年 日光プリンスホテル 栃木県日光市中宮祠菖蒲ヶ浜 92室 316名 佐藤秀三設計。第20回BCS賞受賞。中宮祠林業製材工場跡地。2008年11月24日で営業終了。
1962年 苗場プリンスホテル 新潟県南魚沼郡湯沢町三国 1,298室 3,256人

苗場スキー場ドラゴンドラ松任谷由実コンサート・フジロックフェスティバル

1986年 水上高原プリンスホテル 群馬県利根郡みなかみ町水上高原上の原温泉 212室 490人 清家清(デザインシステム)設計。
1973年 軽井沢プリンスホテルイースト 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢 本館71室・コテージ172棟 830人 黒川紀章設計。
旧名称は軽井沢プリンスホテル東館
1986年 軽井沢プリンスホテルウエスト 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢 本館188室・コテージ230棟 1,580人 旧晴山ホテル(1950年開業)の系譜を受け継ぐ。
旧名称は軽井沢プリンスホテル西館
2009年 フォレスターナ軽井沢 長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢 ゲストハウスウェディング会場
軽井沢プリンスリゾートの付随施設
1997年 軽井沢浅間プリンスホテル 長野県北佐久郡軽井沢町南軽井沢 81室 162人 冬季は休業
1977年 軽井沢千ヶ滝温泉ホテル 長野県北佐久郡軽井沢町千ヶ滝温泉 178室 410人
1979年 嬬恋プリンスホテル 群馬県吾妻郡嬬恋村嬬恋高原 112室 320人
1960年 万座プリンスホテル 群馬県吾妻郡嬬恋村万座温泉 233室 546人 日本最高所(1.800m)の温泉。硫黄成分の含有量も日本一。
万座高原ホテル 群馬県吾妻郡嬬恋村万座温泉
1984年 志賀高原プリンスホテル 長野県下高井郡山ノ内町志賀高原焼額山 志賀高原焼額山スキー場と一体で開発。当時の本館は東館へ改称。
南館(1987年)・西館(1996年)が増築された。
1977年 十和田プリンスホテル 秋田県鹿角郡小坂町十和田湖西湖畔 冬季は休業
1990年 雫石プリンスホテル 岩手県岩手郡雫石町高倉温泉 266室 784人 1993年オートスリアチームよりオーストリアハウスを寄贈された。
森吉ヒュッテ 秋田県北秋田郡森吉町森吉高原
金ヶ崎ゴルフコースロッジ 岩手県胆沢郡金ヶ崎町永沢 冬季は休業
1972年 札幌プリンスホテル(タワー・別館) 北海道札幌市中央区南2条西11丁目 626室 1,252人 2004年タワー棟を増築、旧「札幌プリンスホテル本館」は解体される。
旧「札幌プリンスホテル新館」は「別館」に改称(主に繁忙期のみ宿泊営業)札幌プリンスホテル.jpg
1981年 屈斜路プリンスホテル 北海道川上郡弟子屈町屈斜路温泉 300室 740人 2000年東館を増築
1993年 釧路プリンスホテル 北海道釧路市幸町7丁目1 400室 610人 釧路貨物自動車と合弁
1974年 富良野プリンスホテル 北海道富良野市北の峰町18-6 114室 268人
1988年 新富良野プリンスホテル 北海道富良野市中御料 407室 814人 清家清(デザインシステム)設計。
1990年 函館大沼プリンスホテル 北海道亀田郡七飯町西大沼温泉 358室 842人 黒川紀章設計。
1995年 奥琵琶湖マキノプリンスホテル 滋賀県高島市マキノ町高木浜 60室 140人
生駒高原宮崎小林ゴルフコースコテージ 宮崎県小林市南西方1131 18棟 72人
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[編集] 海外ホテル

海外ホテル
開業 外観 名称 所在地 客室 収容人数 備考
1990年 ハワイプリンスホテルワイキキ 100 Holomoana Street, Honolulu, Hawaii 96815
アメリカ合衆国 ハワイ州ホノルル
西武グループ(旧西武不動産・ハワイ現地法人)が開発
1994年 ハプナビーチプリンスホテル 62-100Kauna'oa Drive Kohala Coast,Hawaii 96743
アメリカ合衆国 ハワイ州 コハラコースト
西武グループが開発
1965年
2009年
マウナケアビーチホテル 62-100 Mauna Kea Beach Drive, Kohala Coast, Hawaii 96743
アメリカ合衆国 ハワイ州 コハラコースト
1990年に旧西武グループのハワイ現地法人が取得
2009年より「ザ・プリンス コレクション」カテゴリー入り。
1972年 グロリアプリンスホテル・台北
華泰王子大飯店
369Lin Sen North Road, Taipei
中華民国 台北市林森北路369号
2001年フランチャイズ提携
2003年 剣湖山プリンスホテル・台湾 67-8 Ta-Hu-Kou,Yong-Kwang Village,Koo-kung Hsiang,Yunclin Hsien
中華民国 雲林県古坑郷永光村
フランチャイズ提携
2006年 ナイスプリンスホテル嘉義・台湾
耐斯王子大飯店
600, Chung‐Hsiao Rd, Chiayi,
中華民国 嘉義市忠孝路
耐斯企業とのフランチャイズ
2002年 プリンスホテル&レジデンス クアラルンプール No.4 Jalan Conlay, 50450 Kuala Lumpur
マレーシア クアラルンプール
フランチャイズ提携
2009年 プリンス クンパヤ リゾート & スパ チェンマイ 137 Moo 5 Tambon Nongpaklang Amphur Muang , Chiang Mai Province, Thailand 50000
タイ王国 チェンマイ
プリンスホテル海外子会社のSeibu Singapore PTE LTD.とKhum Phaya Resort & Spa Co.,Ltd.のフランチャイズ

[編集] エピソード

東京プリンスホテル パークタワー 
東京プリンスホテルと東京プリンスホテルパークタワー(芝ボーリングセンター跡地)は増上寺をはさんで大きく離れている。現在は、「ザ・プリンス パークタワー東京」となり、別のホテルという形式をとっている。
品川プリンスホテル
客室数はイーストタワー(旧本館)1,015室、ノースタワー(旧別館)257室、メインタワー(旧新館)1,736室、アネックスタワー(旧エグゼクティブタワー)672室の計3,680室を誇る(日本一)。
全室シングルの本館はもともと修学旅行の宿泊のために建てられた。
エプソン品川アクアスタジアム、品川プリンスシネマ(シネマコンプレックス)併設
新宿プリンスホテル
1996年10月から屋上にテレビ朝日の情報カメラが設置されている。 
大磯プリンスホテル
吉田茂首相邸跡に隣接し、大磯ロングビーチと一体となった近郊型リゾートホテル。堤義明早稲田大学商学部卒業論文として企画した案をもとに開業したもの。
大磯ロングビーチは1990年代前半までアイドル水泳大会(水着)の収録が盛んに行われたことでも有名。また、毎年2月には自動車輸入協会主催の輸入車プレス向け試乗会が行われる。
鎌倉プリンスホテル
かつて松任谷由実逗子マリーナでのコンサート開催時に宿泊していた。
下田プリンスホテル
2006年8月31日までは、西武グループ伊豆箱根鉄道が運営していた。
蒲郡プリンスホテル
名古屋の豪商 タキヒヨー滝一族が大正元年に創業した料理旅館・常盤館が母体。昭和9年に蒲郡ホテルを併設。日本初の国際観光ホテル認定を受ける。昭和55年タキヒヨー経営不振の為休業していたものを蒲郡市が株式買取の後、昭和62年西武グループが買収。プリンスホテルとして開業。
苗場スキー場・苗場プリンスホテル
苗場プリンスホテルと苗場スキー場
本当の苗場山からはかなり離れた筍山にあるが、昔から有名だった苗場の名を拝借している。
かつて富士山麓で始まった夏に行われるロックイベント「フジ・ロック・フェスティバル」を毎年開催している。
松任谷由実稲垣潤一らが冬にコンサートを行うことでも有名。
苗場スキー場ととなりのかぐらスキー場の間に、2001年12月に当時世界最長の索道『ドラゴンドラ』が開業。これにより、日本最大規模のスキーエリアとなる。CMにも楽曲提供した松任谷由実がネーミングした。西武グループのCMとしても極稀な全編アニメーションのテレビCMが首都圏で短期間放映された。
1990年代中頃までは毎年スキーシーズンに単独でテレビCMを放映していた。しかし、スキーブームの下火や世界金融危機 (2007年-)などによる急激な減収が起きたため、2008年度をもってプリンスホテルの通年営業を廃止し、2009年度からはスキー場と合わせて季節営業に変更となった。
千ヶ滝プリンスホテル
旧・軽井沢プリンスホテル。プリンスホテルの名の起源。皇太子・同妃時代の明仁皇后美智子が最初にテニスをしたこと(いわゆる「テニスコートの恋」)で知られる隠れた名門。朝香宮の沓掛別邸跡に建てられたもので、買収した堤康次郎皇室の為に用意した。1964年からは一般市民の利用は出来なくなり、事実上皇室専用施設となっている。名前こそ「プリンスホテル」だが、現在、いわゆるホテルとしての登録はされていない。1980年代に堤義明から非公式に「軽井沢御用邸」にとの計画が持ち上がったが、グループの経営悪化、民間からの献上は受けない定めが法律にあること、後年に堤義明の逮捕もあり立ち消えとなった。天皇皇后が90年8月に静養の為訪れたのを最後に、20年近くに渡って使用されていない。現在は年に一度のメンテナンスが行なわれているのみ。
志賀高原プリンスホテル
長野オリンピックスキー競技会場の1つとして一部の環境保護団体の反対を押し切って一山のスキー場開発と一体で開業した。なお、同オリンピックの誘致活動に携わったのは、1990年代にJOC会長に就任した堤義明である。
釧路プリンスホテル
北海道東部(ガレリア・タワー以東)で最も高い建物。同地には『釧路オリエンタルホテル』が所在していたが、1990年に親会社の釧路貨物自動車がコクドと提携し、建替える形で1993年に開業した。
大津プリンスホテル
滋賀県で最も高い建物。日本最大級のコンベンションホールがある。琵琶湖に面している。同地は堤康次郎・義明らの出生地でもある。
グランドプリンスホテル京都 
宝ヶ池公園京都国際会館に隣接。村野藤吾の設計。建設計画当時、周辺の景観への影響を懸念した市民団体などから反対運動が起こった。その影響からか、周囲にはホテル全体を包み込む様に植樹林が立ち並んでいる。
旧名称は京都宝ヶ池プリンスホテル。「宝ヶ池」が名称に入っていたのは、西武グループとは無関係の「京都プリンスホテル」(下鴨神社近くにあり、1987年統一協会に買収された。2000年12月10日閉館)がかつて存在したためである。2007年4月1日より名称を「グランドプリンスホテル京都」と改称して運営されている。
徳島プリンスホテル(2007年5月31日、西武グループとしての運営は終了、翌日より名称変更せずにホテルルートイン系列として運営)
日本たばこ産業 (JT) の工場跡地に建設されたため、同社の完全子会社「株式会社ジェイティ徳島プリンスホテル」が運営していたが、2004年にプリンスホテルに営業譲渡し、株式会社ジェイティ徳島プリンスホテルは清算されている。純然たる西武グループとしての運営はわずか3年だった。
メルシャン品川アイマックスシアター、メルシャン軽井沢アイマックスシアター
メルシャンがオフィシャルパートナー契約をコクドと結び、品川プリンスホテル、エグセクテイブタワー、および、軽井沢プリンスホテル敷地内にて開業・運営していた、IMAX上映劇場。日本国内にある数少ないアイマックス上映施設としてマトリックスハリーポッターシリーズなどの上映を行いっていたが、コクドの再建に伴い整理された。

[編集] 運営しているスキー場(ロープウェイ・普通索道)

狭山スキー場西武レクリエーションが運営している。

[編集] 運営している有料道路

[編集] その他に運営している施設

[編集] 所属スポーツ選手

[編集] リストラ策により売却・廃止した施設

プリンスホテル(コクド・西武鉄道・伊豆箱根鉄道の保有・運営施設を含む)は堤義明の意向などで進出した地方などで不採算の施設も多く、2004年に発覚した西武鉄道株式の有価証券報告書虚偽記載問題による上場廃止で着手された経営再建にあたり、約40箇所の施設を売却または閉鎖された。売却先の意向によって転売されたり、営業終了を検討している施設もあり、運営面で険しい道のりが課せられている。また、西武グループのレジャー施設を網羅した冊子「プリンスホテルレジャーカタログ」(プリンスホテルの売店などで販売されていた)も、2005年版を最後に発行を中止している。

※印はコクド・プリンスホテルの譲渡後に転売もしくは営業休止された施設

[編集] シティーグループへ売却

以下の施設(スキー・ゴルフリゾート)はシティグループシティグループ・プリンシパル・インベストメンツ・ジャパン株式会社に売却され、転売されなかった施設については子会社のウィンターガーデン・リゾーツが運営を担っている。

[編集] ルートインジャパンへ売却

以下の施設はルートインジャパンへ売却された。

  • 熊本県 - 阿蘇プリンスホテル、阿蘇プリンスホテルゴルフ場(運営最終日は2007年6月1日。2008年4月1日より阿蘇リゾートグランヴィリオホテル)
  • 徳島県 - 徳島プリンスホテル(運営最終日は2007年6月1日。2008年4月1日より徳島グランヴィリオホテル)

[編集] アパグループへ売却

以下の施設はアパグループへ売却された。

  • 千葉県 - 幕張プリンスホテル(2005年12月に売却。「APAホテル&リゾート東京ベイ幕張」)
  • 新潟県 - 運営委託の妙高パインバレープリンスホテル(松下興産)は、2000年に提携解消。その後、妙高パインバレーロイヤルパインズホテル(松下興産)としての営業のち売却され、2005年7月よりアパホテル&リゾート妙高高原

[編集] クリアックスへ売却

カラオケ店チェーン『歌広場』などを運営する、株式会社クリアックス/スタディー(東京)は、計3施設を伊豆箱根鉄道近江鉄道から買収、格安ホテルチェーン「伊東園ホテルグループ」として運営している。

  • 静岡県 - 大仁ホテル(名称継続)、旧松崎プリンスホテル(現松崎伊東園ホテル)
  • 滋賀県 - 旧彦根プリンスホテル(現彦根ビューホテル)

[編集] その他

磯子区にあった横浜プリンスホテルの建物
  • 北海道 - 札幌北広島プリンスホテル・札幌北広島プリンスゴルフ場(パシフィックゴルフプロパティーズに売却、運営最終日は2007年6月1日)、津別スキー場(運営最終日は2007年3月19日)、深川スキー場(運営最終日は2007年3月21日)、真駒内スキー場(2006年廃止)
  • 秋田県 - 田沢湖プリンスホテル(南紀観光に売却、運営最終日は2007年6月1日)、森吉スキー場(2006年廃止)、千畑スキー場(2005年休止、2006年廃止)
  • 岩手県 - 金ケ崎ゴルフコース(南紀観光に売却、運営最終日は2007年6月1日)
  • 栃木県 - 日光菖蒲ヶ浜スキー場(2005年休止、2006年廃止)
  • 埼玉県 - 西武長瀞ホテル(2007年1月15日に営業終了)、西武園遊園地スノーボードパーク(2005年休止)
  • 東京都 - 萩山テニスコート、六本木プリンスホテル(2006年2月閉鎖)、赤坂プリンスホテル(2011年5月閉鎖)
  • 神奈川県 - 横浜プリンスホテル(2006年6月30日で閉鎖し東京建物に売却し分譲マンションとなる)、横須賀プリンスホテル※(2005年フロンティア・ファースト有限会社に売却、2006年4月から三井不動産系のリゾートソリューションが経営するホテルトリニティ横須賀として営業されたが、2008年9月30日で閉鎖、その後、2009年10月1日にメルキュールホテル横須賀にリブランドした。)、大磯プリンスホテル別館・滄浪閣と旧吉田茂邸(売却先は個人のため非公表、旧吉田邸は2009年火災により焼失)、箱根ピクニックガーデンスノーボードパーク(2005年廃止)
  • 静岡県(伊豆箱根鉄道) - 下田プリンスホテル、西熱海ホテル、沼津ホテル(2006年8月31日で閉鎖し不動産売却。ただし、下田プリンスホテルは、株式会社プリンスホテルに売却した上で営業続行)
  • 新潟県 - 燕温泉スキー場(2006年廃止)、妙高温泉室内プール(2006年廃止)、土樽スキー場(2005年廃止)、三国スキー場(2005年休止、2006年廃止)、小千谷山本山高原スキー場(2005年休止、2006年廃止)、
  • 長野県 - 野尻湖プリンスホテル(こやのに売却)、湯田中渋温泉ごりん高原スキー場(2007年3月23日廃止が決定)
  • 福岡県 - 北九州プリンスホテル(開業年:1989年、客室数:220室。三菱化学の同社子会社が工場跡地に建設し、運営を受託していた。2007年2月25日に運営受託を撤退。ホテルマネージメントインターナショナル社に土地・建物を売却、従業員も移籍させ、同年2月26日からホテルクラウンパレス北九州として営業を開始した。)
  • 長崎県 - 長崎プリンスホテル(現在はベストウエスタンプレミアホテル長崎)
  • 宮崎県(売却予定) - 生駒高原宮崎小林ゴルフコース、宮崎日向ゴルフコース
  • 鹿児島県(売却協議中) - 鹿児島鹿屋ゴルフコース

売却施設のうち、田沢湖・野尻湖・徳島・阿蘇の各プリンスホテルはプリンスホテルの運営最終日から10か月間(2008年3月31日まで)、ライセンス契約でプリンスホテルの名称を使用できた。

[編集] その他理由で閉館された施設

  • 羽田プリンスホテル
    • 1964年開業。運営会社は西武百貨店子会社の「羽田プリンスホテル」であった。1968年に運営会社の株式を東京急行電鉄(東急)へ譲渡し、1969年に東急が羽田東急ホテルと羽田プリンスホテルを合併させてプリンスホテルは「羽田東急ホテル別館」へ名称変更。2004年9月に「羽田東急ホテル」は閉館した。2004年12月開業の羽田エクセルホテル東急の実質的な前身施設。
  • プリンスホテルスクール
  • 麻布プリンスホテル
    • 1976年に六本木プリンスホテルのあった場所にフィンランド領事館の土地と等価交換したことで閉鎖。現在、跡地はフィンランド大使館になっている。
  • 成田プリンスホテル
  • 箱根仙石原プリンスホテル
    • 経営再建策定前の2004年10月に日産自動車に売却し、同社の研修施設となっている。

[編集] 同音異語のプリンスホテル

愛媛県松山市の「道後プリンスホテル」、茨城県水戸市の「水戸プリンスホテル」、北海道紋別市の「紋別プリンスホテル」をはじめ、全くの別資本だが「プリンスホテル」の名を冠している宿泊施設は全国に多々ある。かつて栃木県塩谷郡藤原町(現日光市)にあり、火災を起こした川治プリンスホテルとも無関係である。

[編集] 日教組全体集会拒否問題

2008年2月2日と3日の2日間、グランドプリンスホテル新高輪で、日本教職員組合(日教組)の全体集会が予定されていた。ホテルはいったん予約を受理したが、2007年11月になってから、右翼団体の抗議活動による周辺住民への迷惑、特にこの日を中心に行われる入学試験に重大な影響を与えるおそれがあるとして、受け入れ拒否に転じた。

2008年2月には、前年3月に予約を受け付けていた日教組の教育研究全国集会の契約解除通告をめぐり、解約の無効と、使用させる義務があることを確認する東京高等裁判所の仮処分命令を無視して、予定されていた会場の使用を拒否した(宴会場「飛天」で開催されるはずだった)[2]。当日は就職フェア開催を受け入れ、二重予約とした。

これに抗議する意味で、上部組織日本労働組合総連合会がプリンス系ホテル及び関連施設の利用をボイコットする旨を表明した(2009年1月の、日本経団連の新年会に会長が来賓として招かれたが、これにより欠席)。傘下の全ての組合にも同様の行動を呼びかけるという。全国労働組合総連合全日本教職員組合日本弁護士連合会も懸念を表明する談話を出した。

2月18日に衆議院予算委員会における山井和則議員からの質問に対し、鳩山邦夫法務大臣は個別の案件についてではなく一般論であるとして、「いかなる紛争であれ、裁判所が公正な審議を経た上で出した裁判、それを無視して、あえてこれに反する行動をとられる当事者がもしいらっしゃるとすれば、法治国家にあるまじき事態である」との見解を示した。また、舛添要一厚生労働大臣は同ホテルが集会参加者の約190室分の予約を取り消したことについて、旅館業法に違反している疑いが濃厚だとの見解を示した[3]。2月21日以降、港区は旅館業法違反の疑いでホテル側から事情聴取を行った。3月28日の再度の事情聴取の際、渡辺幸弘社長は、宿泊契約の解約が旅館業法に違反することについては「反省している」と述べた[4]

プリンスホテル側は使用拒否の理由として、高裁判決の仮処分命令が出たのは開催予定日の3日前であり、警察当局からの具体的な相談もないことから安全に集会を開催することは困難であること、また、日教組側が周辺住民への事前説明を行っておらず混乱は不可避であったこととする[5]。契約を解除したことについては、予約を受けつけたことが問題の発端とする批判は甘んじて受けるとしつつも、日教組側の説明が実態と大きく異なるものであり、実態を確認したためとする[6]。4月15日、港区はプリンスホテルの「宿泊拒否」が旅館業法違反にあたるとして、口頭で厳重注意する。8月、日教組は刑事告訴し、2009年3月17日、警視庁保安課は、旅館業法違反で、プリンスホテルと渡辺社長ら幹部社員4人と、法人としての同社を書類送検した。2010年7月、起訴猶予処分[7]

また日教組は14日、損害賠償を求める民事訴訟を東京地裁に提起し、7月27日、プリンスホテル側に2億9千万円賠償と謝罪広告を命じる判決が下った(日教組の請求を全面認容)[8]。プリンスホテル側は控訴の意向。

[編集] 関連項目

[編集] 脚注・参考文献

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[編集] 外部リンク

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