李王家
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李王家(りおうけ、이왕가、イワンガ)は李氏朝鮮の歴代国王を出した家系。本貫は全州李氏。韓国初代大統領李承晩はこの家系の傍系とされる。朝鮮王・大韓帝国皇帝時代は李氏朝鮮の項を参照。
1910年の日韓併合条約はその第3条で「日本国皇帝陛下は韓国皇帝陛下太皇帝陛下皇太子殿下並其の后妃及後裔をして各其の地位に応し相当なる尊称威厳及名誉を享有せしめ且之を保持するに十分なる歳費を供給すへきことを約す」(片仮名を平仮名に改める)として、韓国皇帝や家族に相応の待遇や称号付与をすることを定めていた。また第4条ではそれ以外の韓国皇族についての類似の規定をしていた。この条約に基づき、王公族として李王家が立てられ、日本の皇族に準じる待遇を受けた。しかし、1947年(昭和22年)5月3日の日本国憲法施行に伴い、その身分を失った(身位喪失)。
以下、王や公の身分を賜った者について項を立て、その中で家族について記述する。
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[編集] 徳寿宮李太王熈
朝鮮王朝第26代国王にして大韓帝国初代皇帝、高宗(生没年1852年~1919年、在位1863年~1907年)。
[編集] 昌徳宮李王坧
高宗と閔妃の間に生まれた嫡男の李坧は、1875年王世子に冊封された。ハーグ密使事件を起こしたことによって、高宗が退位させられた後、最後の皇帝(朝鮮第27代国王)純宗として景福宮で即位した。結婚はしたが子孫はいない。日韓併合条約の調印に伴い、韓国皇帝の身分を離れ、その地位に相当する李王の称号を明治天皇から賜る。昌徳宮に住んだ。1926年4月25日死亡。
[編集] 李王垠
高宗と側室・純献貴妃厳氏との間に生まれた庶子・英親王李垠(イ・ウン、日本語読みは り・ぎん、1897年-1970年)は、1907年の純宗即位と同時に韓国最後の皇太子となったが、幼くして日本に連れてこられ、日本で教育を受けた。韓国併合と同時に日本の王公族として李王世子に封じられた。1917年に日本の陸軍士官学校を卒業(第29期)、翌年日本の皇族梨本宮守正王の第一王女である方子女王と結婚した。純宗が死亡した1926年には李王家を正式に継承している。2人は東京・赤坂の邸宅(現在のグランドプリンスホテル赤坂旧館)に暮らした。李垠は日本の軍人として宇都宮連隊長などを経て終戦時には中将にまで昇進した。敗戦後、1947年に李垠夫妻は臣籍降下し、日本国籍も離脱した。しかし、李承晩政権時代には彼らの帰国は許されず、2人がようやく韓国に帰国できたのは朴正煕政権が成立した1963年のことだった。2人の間には長男・李晋(イ・ジン=生後8ヶ月で死亡)、次男・李玖(イ・ク)が誕生した。
[編集] 李玖
李垠と方子の次男・李玖(イ・ク)は、1931年12月29日東京で生まれた。戦後、アメリカのマサチューセッツ工科大学に留学して建築学を学び、1958年、ウクライナ系アメリカ人女性のジュリア・マロックと結婚してアメリカに帰化した。1963年、韓国に帰国して実業家になったが、経営していた新韓航空が1979年に倒産、1982年にはジュリア夫人とも離婚した。離婚後は再度日本に渡ったが、2005年7月16日、心臓麻痺のため、赤坂プリンスホテル(現グランドプリンスホテル赤坂)にて死亡した。享年73。
李玖には嗣子が無かったため、李堈公(称号は義親王、英親王李垠の兄)の孫である李源が養子になって旧李王家を継承した。
[編集] 李堈公とその子孫
[編集] 李堈公
李熈には、嫡男の李坧のほか、側室の張夫人との間に生まれた庶子の李堈(義親王 イ・カン、り・こう、1877年 - 1955年)公がいた。李堈公は、1910年の日韓併合によって朝鮮公族となったが、抗日運動にも参加した。
李堈公には公式には李鍵(桃山虔一)、李鍝の2人の息子があるとされるが、実際には妾腹も含めると13男9女をもうけており、その11番目の子が現在韓国で有名な李錫(イ・ソク)である。李堈公の多くの子と同様、庶子である。イ・ソクは若い頃韓国で歌手として売れたが、住んでいた宮殿が国に没収されたため、一度米国に移住したことがある。このイ・ソクの娘が現在女優を名乗る李洪(イ・ホン)となる。
李王家の後継者となった李源は、李堈公の九男・李鉀の長男である。
[編集] 李鍝公
李鍝(イ・ウ、りぐう)公は李堈公の次男である。妃は朴泳孝侯爵(朝鮮貴族)の孫の朴賛珠(ぼく さんしゅ)である。
陸軍士官学校を45期で卒業し、野重砲兵科に進む。陸軍大学校を54期で卒業する。1945年8月7日に広島で原爆により死亡し、陸軍大佐に進んだ。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 流転の王女・李方子
- 王孫女優・李洪写真集(朝鮮語)
- 旧李王家邸

