ノブレス・オブリージュ

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ノブレス・オブリージュ: noblesse obligeフランス語発音: [nɔblɛs ɔbliʒ] とは、直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」を意味し、日本語では「位高ければ徳高きを要す」などと訳される。一般的に財産権力社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。一般的な用法ではないが、慇懃無礼あるいは偽善的な社会的責任について蔑視的に使われることもある。また、実際の歴史では、貴族などの特権贅沢を正当化する隠れ蓑となった側面もある。

oblige は、動詞 obliger の三人称単数現在形で、目的語を伴わない絶対用法である。名詞ではない。英語では、フランス語の綴りをそのまま英語風に読んだノーブレス・オブリージュ: noblesse oblige英語発音: /nəʊˈblɛs əʊˈbliːʒ/ )のほかに、英訳・名詞化してノーブル・オブリゲーション: noble obligation英語発音: /ˈnoubl ˌɑbləˈgeiʃən/ )とも言う。

起源[編集]

ファニー・ケンブル1837年に手紙に「……確かに『貴族が義務を負う(noblesse oblige)』のならば、王族は(それに比して)より多くの義務を負わねばならない。」と書いたのが、この言葉が使われた最初である。

倫理的な議論では、特権は、それを持たない人々への義務によって釣り合いが保たれるべきだという「モラル・エコノミー」を要約する際にしばしば用いられる。最近では主に富裕者、有名人、権力者が社会の模範となるように振る舞うべきだという社会的責任に関して用いられる。

「ノブレス・オブリージュ」の核心は、貴族に自発的な無私の行動を促す明文化されない社会の心理である。それは基本的には、心理的な自負・自尊であるが、それを外形的な義務として受け止めると、社会的(そしておそらく法的な)圧力であるとも見なされる。

法的な義務ではないため、これを為さなかった事による法律上の処罰はないが、社会的批判・指弾を受けることはしばしばである。

実例[編集]

古代ローマにおいては貴族が道路や建物などのインフラ整備などの建築費を自腹を切って支払うこともあった。その代わり建設した道路や建物に自分の名前をつけることもあり、例えば有名なアッピア街道アッピウス・クラウディウス・カエクスによって建設された。

現代のアメリカでは、裕福な人物や著名人がボランティア活動(大災害の際に自腹を切って多額の義援金を送り、また救援物資を手配したり)をする事は当然とされ、しない方が特異視されやすい。これは企業の社会的責任遂行(所謂CSR)にも通じる考え方である。「最近どういうボランティア活動をしていますか」と問われて、「何も」と答える事は、地域社会にとけ込む事を困難にしかねない。現在でこそイラク戦争においてイラクでの戦闘に参加するため志願し従軍した親族がいる政治家の数はごく少数であったことが物議を醸したものの、第二次世界大戦においてはアイビー・リーグをはじめとするアメリカの大学生は多くが志願(大学生は徴兵が免除されていた)して戦地へ赴くなど富裕層が身を犠牲にして国に尽くすことは当然と考えられていた。

貴族制度や階級社会が残るイギリスでは、上流階層にはノブレス・オブリージュ(英語ではノーブル・オブリゲーション)の考えが浸透している。第一次世界大戦で貴族の子弟に戦死者が多かったのはこのためであり(皆志願して従軍した)、フォークランド戦争にもアンドルー王子などが従軍している。現在でも、例えば高校卒業後のギャップ・イヤーに、ウィリアム王子チリで、ヘンリー王子レソトの孤児院でボランティア活動に従事している。またウィリアムはホームレス支援事業のパトロンでもあり、自ら路上生活体験さえした。

日本においても、戦前の皇族男子は基本的に軍務につくことになっていた。しかし日本ではノブリス・オブリージュの精神は馴染みが薄いもので、一般富裕層は大事な子供を危険な軍務に就かせる事を嫌って徴兵を忌避するため大学に行かせるなどした。また、若者も厳しい軍隊生活を嫌って大学に入ることを望み、太平洋戦争になっても殆どの大学生は志願せず、兵役猶予が中止されるまで戦地に赴かなかった。文系では徴兵されることとなったため、学徒出陣が始まってからは理系学部の受験数が激増したという。

用例[編集]

ウィリアム・フォークナーはこの言葉を、『響きと怒り』"The Sound and the Fury"や『エミリーにバラを』"Rose for Emily"を含む小説や短編の中で度々用いた。

ジェニファー・トルバート・ロバーツの著書"Athens on Trial"によると、古代アテナイ公共奉仕におけるノブレス・オブリージュの例があるという。古代アテナイでは、戦闘用船舶の供給や饗宴の開催、合唱団の訓練などが公的な義務として裕福な市民に割り当てられていた。ロバーツによれば富裕者たちは非常に高価なこの種の特権に関し、明確に相反する感情を抱いていた(この例は、現代のノブレス・オブリージュとは若干意味合いが異なるようである。古代ギリシア社会は奴隷制を取っており、奴隷に上記の義務を割り振ることはできなかったという側面もある)。

関連項目[編集]