三陟市

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江原道 (南) 三陟市
位置
三陟市の位置
各種表記
ハングル: 삼척시
漢字: 三陟市
日本語読み仮名: さんちょくし
片仮名転写: サムチョク=シ
ローマ字転写 (RR): Samcheok-si
統計
面積: 1,185.78 km²
総人口: 68,116人(2005) 人
行政
国: 韓国の旗 大韓民国
上位自治体: 江原道 (南)
下位行政区画: 2邑、6面、4洞
行政区域分類コード: 32070
三陟市の木: ケヤキ
三陟市の花: クロフネツツジ
三陟市の鳥: カモメ
自治体公式サイト: 三陟市

三陟市(サムチョクし,さんちょくし)は大韓民国江原道南部にある太白山脈の東側に位置し、日本海(韓国名:東海)に面している。漁業農業石灰岩セメントなどの鉱業が主産業で、長い砂浜の海水浴場と石灰岩の洞窟(鍾乳洞)が有名な観光地でもある。かつては石炭の産出も盛んだった。

地理[編集]

三陟市は江原道の南部、慶尚北道との道境に位置する。東は日本海に面し海岸線は58.4kmにわたってのび、西には険しい太白山脈が連なる。1185平方kmの面積のほとんどは山林(1,049.6平方km)である。太白山脈の主峰のひとつで仏教シャーマニズム巫俗)の聖地でもある頭陀山を筆頭に、古来から霊山とされてきた石灰岩質の奇岩怪石の峰々がそびえる。山中にはツツジや薬草、老巨木が生え、長さ数kmにおよぶ多くの地下洞がある。

    • 頭陀山 (1,353m)
    • 青玉山 (1,404m)
    • シイウム山 (683m)
    • 徳項山 (1,071m)
    • 応峰山 (999m)
    • 剣峰山 (682m)


  • 洞窟(鍾乳洞)
    • 幻仙窟・観音窟
    • 大金窟
    • これらの洞窟は徳項山のふもとの新基面・大耳里にある。幻仙窟は1997年に長さ1.6kmが観光客向けに開放されたが、総延長は6km以上あり最奥部は未探査である。大金窟は2007年に開放された。

隣接自治体[編集]

三陟海水浴場
関東八景のひとつ、竹西楼

行政区画[編集]

  • 道渓邑 (도계읍)
  • 遠徳邑 (원덕읍)
  • 近徳面 (근덕면)
  • 下長面 (하장면)
  • 盧谷面 (노곡면)
  • 未老面 (미로면)
  • 柯谷面 (가곡면)
  • 新基面 (신기면)
  • 南陽洞 (남양동)
  • 城内洞 (성내동)
  • 校洞 (교동)
  • 汀羅洞 (정라동)

気候[編集]

日本海の暖流に影響された海洋性気候であり、江原道の内陸部よりもは比較的涼しくは比較的暖かい。年平均気温は12.5度、8月が平均24.1度で1月が平均0.5度。年間降水量は1,284.5mmで、夏に雨が多く、台風や集中豪雨にも影響される。

歴史[編集]

  • 三韓時代には悉直国(シルジク=グク)、または悉直谷国(シルジクゴク=グク)と呼ばれる氏族国家があり、新羅の北辺の地であった。6世紀初めの新羅の王智証麻立干の時代に州郡県制が定められると悉直州となり、統一新羅時代の景徳王の治世の757年に国内の地名が唐風に改名された際に三陟郡となった。
  • 高麗時代の995年には陟州に、1018年には三陟県になる。
  • 朝鮮王朝時代の1393年に三陟府に昇格、次いで1413年には三陟都護府となった。この間、高麗最後の王であった恭譲王の流刑地となり、1394年にこの地で暗殺された。また朝鮮王朝の太祖李成桂の五代前の先祖・李陽茂夫妻の墓所である浚慶墓・永慶墓があり、鬱蒼とした松林に囲まれ、風水に恵まれた地とされている。

三陟市[編集]

  • 1986年1月1日 - 三陟郡三陟邑が市制施行し、三陟市が発足。
  • 1995年1月1日 - 三陟市・三陟郡が合併し、三陟市が発足(2邑6面)。

三陟郡[編集]

  • 1895年旧暦閏5月1日 - 郡制が敷かれると三陟郡が設置される。
  • 1914年4月1日 - 郡面併合により、三陟郡に以下の面が成立(9面)。
    • 府内面・北三面・下長面・近徳面・遠徳面・未老面・所達面・盧谷面・上長面
  • 1917年 - 府内面が三陟面に改称(9面)。
  • 1938年10月1日 - 三陟面が三陟邑に昇格(1邑8面)。
  • 1945年7月1日 - 北三面が北坪邑に昇格(2邑7面)。
  • 1960年1月1日 - 上長面が長省邑に昇格(3邑6面)。
  • 1963年1月1日 - 所達面が道渓邑に昇格(4邑5面)。
  • 1973年7月1日(5邑5面)
    • 長省邑の一部が分立し、黄池邑が発足。
    • 下長面の一部が旌善郡臨渓面に編入。
  • 1980年4月1日 - 工業港のある北坪邑が溟州郡墨湖邑と合併し、東海市となり、郡より離脱(4邑5面)。
  • 1980年12月1日 - 遠徳面が遠徳邑に昇格(5邑4面)。
  • 1981年7月1日 - 炭鉱の町である黄池邑・長省邑が合併し、太白市となり、郡より離脱(3邑4面)。
  • 1986年1月1日 - 三陟邑が市制施行し、三陟市となり、郡より離脱(2邑4面)。
  • 1986年3月27日 - 遠徳邑の一部が分立し、柯谷面が発足(2邑5面)。
  • 1989年4月1日 - 道渓邑の一部が分立し、新基面が発足(2邑6面)。
  • 1994年12月26日 - 下長面の一部が太白市に編入(2邑6面)。
  • 1995年1月1日 - 三陟郡が三陟市と合併し、三陟市が発足。三陟郡消滅。

姉妹都市·友好都市[編集]

交通[編集]

  • 三陟統合バスターミナル。(高速バスと市外バスの両ターミナル)

出身著名人[編集]

外部リンク[編集]