宜野湾市

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ぎのわんし
宜野湾市
Ginowan Montage.jpg
日本の旗 日本
地方 九州地方沖縄地方
都道府県 沖縄県
団体コード 47205-1
面積 19.70km²
総人口 94,792
推計人口、2014年8月1日)
人口密度 4,810人/km²
隣接自治体 浦添市
中頭郡北谷町北中城村中城村西原町
市の木 リュウキュウコクタン
市の花 キク
市の花木 サンダンカ
宜野湾市役所
所在地 901-2203
沖縄県宜野湾市野嵩一丁目1番1号
北緯26度16分53.4秒東経127度46分42.7秒
宜野湾市役所
外部リンク 宜野湾市
県内位置

宜野湾市位置図

― 市 / ― 町・村

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宜野湾市(ぎのわんし、沖縄語:ジノーン[1])は、沖縄本島中南部の中央に位置する。キャッチフレーズは「ねたての都市(まち)ぎのわん」で、本市の広報紙の題名にもなっている。「ねたて」とは「おもろさうし」にも表された言葉で、「物事の根元」、「共同体の中心」を意味する[2]

地理・地域[編集]

沖縄本島の中部、那覇市の北東約10kmに位置する。市の中央部の台地を普天間飛行場(Marine Corps Air Station Futenma)、北部をキャンプ瑞慶覧(Camp Foster)が占める基地の街である。この二つの施設を挟む様にして国道58号と国道330号が通っている。MapionBB沖縄県宜野湾市字大山付近地図 も参照。国道58号の東側から緩やかな台地となり、西原町と中城村に接する市南部から市東部にかけて小高い丘が点在する。市西部は東シナ海に面し、海岸線は出入りが少なく遠浅である。その周辺の西海岸地域では沖縄コンベンションセンター宜野湾海浜公園を中心に、観光・商業地域としての発展を目指している。また、国道58号宜野湾バイパス沿いには大山タイモ畑が広がっている。宜野湾市役所から那覇市役所までは直線距離でおよそ10km、浦添市と沖縄市からはそれぞれおよそ6kmの距離にある。町字については後述する。

河川[編集]

隣の市町村・接する地域[編集]

北から時計周り、町村は中頭郡

  • 北谷町:市の北部及び北東部、伊佐・喜友名・安仁屋・普天間の各地域で接する。1980年3月までは北谷村。
  • 北中城村:市の北東部、普天間・野嵩の両地域で接する。戦前までは中城村の一部だった。
  • 中城村:市の東部、野嵩・上原・赤道・愛知・長田・志真志の各地域で接する。
  • 西原町:市の南部、志真志・我如古の両地域で接する。1979年9月まで西原村。
  • 浦添市:市の南部及び南西部、我如古・真栄原・嘉数・大謝名・宇地泊の各地域で接する。1970年6月まで浦添村。

地方[編集]

中央部[編集]

普天間飛行場(左下)と飛行場北側の市街地の航空写真(1977年)。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
普天間飛行場(右上)と飛行場南西側の市街地の航空写真(1977年)。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

アメリカ海兵隊普天間飛行場(Marine Corps Air Station Futenma、MCAS FUTENMA)が占めている。面積は4.83km2で、市面積の約25%にあたる。ほとんどが民有地で、土地使用の見返りとして約2,800人の地権者へ軍用地料が支払われている。一般的には「普天間基地」と表記・呼称される事が多い。また、「普天間」と略称する事もある(「普天間」は宜野湾市北東部の地名であるため飛行場の周辺住民、とりわけ地元宜野湾市民は単に「基地」と呼ぶ事が多い)。1945年(昭和20年)にアメリカ陸軍工兵隊が日本本土への攻撃に備えて土地を強制接収し飛行場を建設して以来、60年以上米軍施設として使用されている。1960年(昭和35年)にアメリカ陸軍からアメリカ海兵隊に管理が移され、1972年(昭和47年)の沖縄返還の際に普天間海兵隊飛行場、普天間陸軍補助施設、普天間海兵隊飛行場通信所が統合し現在の普天間飛行場となった。

北部[編集]

宜野湾市伊佐と北中城村渡口を結ぶ沖縄県道81号宜野湾北中城線を東西軸とする。県道81号の北側では沖縄市北谷町北中城村にもまたがるキャンプ瑞慶覧(Camp Foster)が占めており、市内での面積は1.6km2となっている。上記の中央部同様、土地使用の見返りとして地権者へ軍用地料が支払われている。キャンプ瑞慶覧の普天間ハウジング地区にはキャンプ桑江(Camp Lester)にある沖縄海軍病院(在沖縄アメリカ海軍病院)が移転する予定があるが、現職の伊波市長は容認していない。

北東部[編集]

市の行政の中心地。宜野湾市役所、宜野湾市第二庁舎(消防本部水道局)、宜野湾市民会館などがある。

東部[編集]

那覇市沖縄市を結ぶ国道330号を軸とする。志真志から野嵩にかけての約4kmの国道330号沿いには30余りの自動車販売業者が点在し、その殆どが中古車販売店であることから宜野湾中古車街道(ぎのわんちゅうこしゃかいどう)と呼ばれる事もある。

南部[編集]

南西部[編集]

嘉数地域の丘陵(嘉数高台、嘉数高地)周辺は沖縄戦で最大の激戦地となった(詳細は嘉数の戦いを参照)。現在は嘉数高台公園として整備されている。高台頂上の地球を模した展望台からは普天間飛行場を一望でき、景観が抜群であるために報道機関の取材や反戦教育などによく利用されている。閣僚・国会議員などが沖縄を訪れる際にもここから普天間飛行場の状況を視察する事が多い。また、アメリカ総領事公邸が立地している。

西部[編集]

コンベンションエリアを含む西海岸地域。沖縄の大動脈国道58号とそのバイパス道路である宜野湾バイパスを軸とする。

真志喜・宇地泊地域の宜野湾バイパス沿い(通称コンベンションエリア)には沖縄コンベンションセンター、宜野湾海浜公園(総合運動公園)、トロピカルビーチ(海水浴場)、宜野湾マリーナ(宜野湾港)、ラグナガーデンホテル(全日空ホテルズ)など様々な施設が集積しており、那覇市の奥武山町と並んで沖縄県のイベントの中心地的な役割を担っている。有名アーティストのコンサートはコンベンションエリアで行われる事が多い。また、宜野湾海浜公園内のスポーツ施設群はプロ野球横浜DeNAベイスターズが春季・秋季のキャンプ地として使用している。更なる発展を目指して宜野湾市は観光関連企業の誘致を行っており、過去にはプリンスホテルDFSギャラリア・沖縄の建設計画があった。現在はインターコンチネンタル東京ベイを運営するホスピタリティ・ネットワーク社、サイバーファームの子会社サイオン、不動産業のジョイント・コーポレーション、ボウリング・アミューズメント企業のラウンドワン進出が決定し、「沖縄インターコンチネンタルホテル(仮称)」や「沖縄宜野湾BAYリゾート計画」などの開発が予定されている。

大山地域は豊富な湧き水を利用したタイモ栽培が盛んで、国道58号と宜野湾バイパスの間にはタイモ畑(大山タイモ畑)が広がっている。

人口[編集]

Demography47205.svg
宜野湾市と全国の年齢別人口分布(2005年) 宜野湾市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 宜野湾市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
宜野湾市(に該当する地域)の人口の推移
1970年 39,390人
1975年 53,835人
1980年 62,549人
1985年 69,206人
1990年 75,905人
1995年 82,862人
2000年 86,744人
2005年 89,769人
2010年 91,856人
総務省統計局 国勢調査より

町字と人口分布及び郵便番号[編集]

五十音順。人口は平成18年12月31日現在。

  • 愛知(あいち) 5,846人 901-2206
    • 字愛知 5,846人
  • 赤道(あかみち) 2,341人 901-2205
    • 赤道1丁目 937人
    • 赤道2丁目 1,227人
    • 字赤道 177人
      大部分を普天間基地が占領
  • 安仁屋(あにや) 0人
    • 字安仁屋 0人
      全域をキャンプ瑞慶覧が占領
  • 新城(あらぐすく) 4,500人 901-2201
    • 新城1丁目 1,642人
    • 新城2丁目 2,858人
    • 字新城 0人
      全域をキャンプ瑞慶覧・普天間基地が占領
  • 伊佐(いさ) 4,012人 901-2221
    • 伊佐1丁目 321人
    • 伊佐2丁目 1,317人
    • 伊佐3丁目 1,826人
    • 伊佐4丁目 548人
    • 字伊佐 0人
      全域をキャンプ瑞慶覧・普天間基地が占領
  • 上原(うえはら) 2,493人 901-2204
    • 上原1丁目 1,220人
    • 上原2丁目 1,273人
    • 字上原 0人
      大部分を普天間基地が占領
  • 宇地泊(うちどまり) 2,294人 901-2227
    • 字宇地泊 2,294人
  • 大謝名(おおじゃな) 6,203人 901-2225
    • 大謝名1丁目 1,058人
    • 大謝名2丁目 1,090人
    • 大謝名3丁目 509人
    • 大謝名4丁目 1,272人
    • 大謝名5丁目 2,024人
    • 字大謝名 250人
      一部を普天間基地が占領
  • 大山(おおやま) 6,799人 901-2223
    • 大山1丁目 459人
    • 大山2丁目 1,155人
    • 大山3丁目 1,666人
    • 大山4丁目 950人
    • 大山5丁目 790人
    • 大山6丁目 1,759人
    • 大山7丁目 20人
    • 字大山 0人
      全域を普天間基地が占領
  • 嘉数(かかず) 4,598人 901-2226
    • 嘉数1丁目 712人
    • 嘉数2丁目 1,023人
    • 嘉数3丁目 1,352人
    • 嘉数4丁目 1,511人
  • 我如古(がねこ) 7,885人 901-2214
    • 我如古1丁目 2,345人
    • 我如古2丁目 2,675人
    • 我如古3丁目 1,115人
    • 我如古4丁目 1,346人
    • 字我如古 404人
  • 神山(かみやま) 494人 901-2207
    • 字神山 494人
      大部分を普天間基地が占領
  • 宜野湾(ぎのわん) 5,281人 901-2211
    • 宜野湾1丁目 1,833人
    • 宜野湾2丁目 1,615人
    • 宜野湾3丁目 1,833人
    • 宜野湾本集落 大部分を普天間基地が占領
  • 喜友名(きゆな) 2,931人 901-2222
    • 喜友名1丁目 1,731人
    • 喜友名2丁目 1,200人
    • 字喜友名 0人
      全域をキャンプ瑞慶覧・普天間基地が占領
  • 佐真下(さました) 1,216人 901-2216
    • 字佐真下 1,216人
      大部分を普天間基地が占領
  • 志真志(しまし) 4,629人 901-2213
    • 志真志1丁目 1,380人
    • 志真志2丁目 1,042人
    • 志真志3丁目 839人
    • 志真志4丁目 1,431人
  • 長田(ながた) 3,823人901-2212
    • 長田1丁目 1,293人
    • 長田2丁目 544人
    • 長田3丁目 1,149人
    • 長田4丁目 786人
    • 字長田 51人
  • 中原(なかはら) 0人
    • 中原 ?人
    • 字仲原 0人
      全域を普天間基地が占領
  • 野嵩(のだけ) 8,105人 901-2203
    • 野嵩1丁目 3,132人
    • 野嵩2丁目 2,031人
    • 野嵩3丁目 1,539人
    • 野嵩4丁目 1,403人
    • 字野嵩 0人
      一部を普天間基地が占領
  • 普天間(ふてんま) 4,166人 901-2202
    • 普天間1丁目 2,044人
    • 普天間2丁目 2,122人
    • 字普天間 0人
      全域をキャンプ瑞慶覧が占領
  • 真栄原(まえはら) 6,721人 901-2215
    • 真栄原1丁目 2,914人
    • 真栄原2丁目 1,782人
    • 真栄原3丁目 2,025人
  • 真志喜(ましき) 5,397人 901-2224
    • 真志喜1丁目 1,097人
    • 真志喜2丁目 2,048人
    • 真志喜3丁目 2,008人
    • 真志喜4丁目 0人
      全域が公有海面埋立地
    • 字真志喜 244人
      一部を普天間基地が占領


歴史・沿革[編集]

  • 13世紀察度王の時代には根の島(ニーのシマ)と呼ばれ、政治・経済・文化の中心であった。

宜野湾間切[編集]

  • 16世紀頃浦添間切北部10村、中城間切野嵩村と普天間村、北谷間切安仁屋村から宜野湾間切となる。

宜野湾村[編集]

  • 1908年(明治41年) 宜野湾間切から宜野湾村になる。
  • 1922年(大正11年) 宜野湾村内に軽便鉄道 那覇・嘉手納線が開通。
  • 1945年(昭和20年) 宜野湾村嘉数高地で日本軍とアメリカ軍の激しい戦闘が行われる(嘉数の戦い参照)。
  • 1958年(昭和33年) 発掘調査で石斧や土器が出土した(大山貝塚)。
  • 1960年(昭和35年) 宜野湾村内に米軍ヘリ墜落。

宜野湾市[編集]

  • 1962年(昭和37年)7月1日 市制施行。宜野湾村から宜野湾市になる。
  • 1963年(昭和38年)7月 健康都市宣言
  • 1967年(昭和42年)6月 市章制定。「ギノ」を図案化したもの。
  • 1969年(昭和44年)10月 キャンプ・ブーン一部返還
  • 1971年(昭和46年) 普天間高校春の甲子園出場
  • 1972年(昭和47年)5月15日 沖縄が本土復帰。沖縄県誕生。
  • 1974年(昭和49年) キャンプ・ブーン全面返還
  • 1975年(昭和50年)12月9日 市花(キク・サンダンカ)制定
  • 1976年(昭和51年)3月 キャンプ・マーシー返還
  • 1980年(昭和55年) 宜野湾市の普天間基地内で米軍機が墜落。3月18日平和都市宣言
  • 1983年(昭和58年)8月 真志喜で埋立事業着工
  • 1984年(昭和59年) 嘉数高台公園が整備される
  • 1985年(昭和60年) プロ野球横浜大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)が春季キャンプ開始
  • 1987年(昭和62年) 沖縄コンベンションセンターが完成
  • 1991年(平成3年) 宜野湾市民図書館開館
  • 1996年(平成8年)
    • 4月 日米両政府間で普天間基地の返還合意
    • 2月9日 市木(リュウキュウコクタン)制定
  • 2003年(平成15年)3月4日 当時の現職の比嘉盛光宜野湾市長が献金事件で逮捕される。
  • 2004年(平成16年)8月14日 沖国大米軍ヘリ墜落事件

住居表示実施日[編集]

  • 昭和59年11月5日 新城(あらぐすく)1・2丁目
  • 昭和60年11月5日 野嵩(のだけ)1 - 3丁目
  • 昭和61年12月15日 野嵩(のだけ)4丁目、普天間(ふてんま)1・2丁目
  • 昭和63年8月22日 喜友名(きゆな)1・2丁目、伊佐(いさ)1 - 4丁目
  • 平成元年2月27日 大山(おおやま)1 - 7丁目
  • 平成2年1月22日 真志喜(ましき)1 - 4丁目
  • 平成2年2月18日 嘉数(かかず)1 - 4丁目
  • 平成3年11月18日 真栄原(まえはら)1 - 3丁目
  • 平成4年11月16日 我如古(がねこ)1 - 4丁目
  • 平成6年2月21日 赤道(あかみち)1・2丁目、上原(うえはら)1・2丁目
  • 平成7年10月23日 大謝名(おおじゃな)1 - 5丁目
  • 平成10年2月9日 宜野湾(ぎのわん)1 - 3丁目
  • 平成11年11月22日 長田(ながた)1 - 4丁目、志真志(しまし)1 - 4丁目

歴代首長[編集]

村長 氏名 就任年 市長 氏名 就任年
初代 桃原正裕 明治41年 初代 仲村春勝 昭和37年
2代 2代
3代 山城五郎 大正5年 3代 島袋全一 昭和40年
4代 4代 崎間健一郎 昭和44年
5代 5代 米須清與 昭和48年
6代 6代 安次富盛信 昭和52年
7代 宮城武真 昭和4年 7代 昭和56年
8代 島袋盛春 昭和6年 8代 桃原正賢 昭和60年
9代 高江洲英吉 昭和7年 9代
10代 天久流水 昭和10年 10代
11代 仲村渠春壽 昭和14年 11代
12代 12代 比嘉盛光 平成9年
13代 久保田(島袋)盛春 昭和21年 13代
14代 桃原亀郎 昭和22年 14代 伊波洋一 平成15年
15代 15代 安里猛 平成22年
16代 知念清一 昭和25年 16代 佐喜眞淳 平成24年
17代
18代 仲村春勝 昭和33年

行政[編集]

  • 市長:佐喜真淳(さきまあつし、2012年2月12日就任 1期目)

市議会[編集]

議員定数28 現議員数28 欠員0

議長:伊波廣助(結・市民ネットワーク)

副議長前川朝平政党そうぞう幹事長

会派別構成

  • 結・市民ネットワーク:7人
  • 涼風共生の会:3人
  • みらい:2人
  • そうぞう:2人
  • 民政クラブ:4人
  • 清風会:3人
  • 公明党:3人
  • 21世紀クラブ:2人
  • 無会派:2人

常任委員会

  • 総務常任委員会(9人)
  • 建設常任委員会(9人)
  • 経済民生教育常任委員会(9人)

特別委員会

  • 議会運営委員会(10人)
  • 基地関係特別委員会(10人)

広域行政[編集]

衛生沖縄市・宜野湾市・北谷町の2市1町で「倉浜衛生施設組合」を組織し、沖縄市字倉敷152番地にゴミ処理施設を有している。

市町村合併[編集]

宜野湾市・西原町中城村任意合併協議会 を設立したが合併には至らず解散。沖縄県は宜野湾市・中城村北中城村の枠組みを提唱している。

市政選挙[編集]

宜野湾市長選挙

  • 2010年11月28日実施。沖縄県知事選挙と同時に行われた。投票率67.13%。
候補者名 得票数 所属と推薦・支持政党
安里猛 23,598 無所属、社民共産社大推薦
安次富修 21,742 無所属、自民公明推薦

宜野湾市議会議員選挙

  • 2006年9月10日実施

県政・国政選挙[編集]

直近の選挙結果。

沖縄県知事選挙

  • 2010年11月28日実施。
候補者名 得票数 所属と推薦・支持政党
仲井眞弘多 335,708 無所属、自民・公明推薦
糸数慶子 20,138 無所属、民主・社民・共産・国民・日本・自由連合・社大推薦、そうぞう支持
屋良朝助 415 琉球独立党

沖縄県議会議員選挙

宜野湾市で一つの選挙区、宜野湾市選挙区(宜野湾市区)をなす。定数は3(県全体で48)。

宜野湾市選出の沖縄県議会議員は佐喜真淳(自民党県連青年局長)、渡嘉敷喜代子(社民党)、呉屋宏(前政党そうぞう代表代行、現国民新党所属)の3人。 呉屋宏は衆議院で結成された院内会派国民新党そうぞう・無所属の会」の選挙協力で第21回参議院議員通常選挙に国民新党公認候補として比例区で出馬予定。国民新党に移籍した。

  • 2004年6月6日
候補者名 当落 政党 得票数
安次富修 当選 自・現 10,906
渡嘉敷喜代子 当選 社・現 7,815
呉屋宏 当選 無・新 6,962
新垣清涼 落選 無・新 6,014
  • 2006年11月19日

安次富修の衆院選出馬(比例区で当選)により空いた一議席を争う補欠選挙。沖縄県知事選挙と同時に行われた。15,067票を獲得し自民党県連青年局長の佐喜真淳が初当選。

衆議院議員総選挙

宜野湾市は沖縄県第2区(沖縄2区)の一部。

照屋寛徳を選出。照屋寛徳は宜野湾市長田4-16-11に法律事務所を構えている。

参議院議員選挙

  • 2007年4月22日

糸数慶子の沖縄県知事選挙立候補により空いた一議席を争う補欠選挙。宜野湾市長選挙と同時に行われた。有権者数67,525、投票者数40,017、投票率59.26%。

候補者名 得票数 所属と推薦・支持政党
島尻安伊子 20,247 諸派、自民・公明推薦
狩俣吉正 17,989 諸派、民主・社民・共産・国民新・社大推薦
金城宏幸 973 無所属

姉妹都市・友好都市[編集]

国内

昭和60年4月姉妹都市提携。太平洋戦争中に普天間・宜野湾・嘉数の3国民学校の学童が疎開した町である。

海外

平成7年11月友好都市提携。昭和61年に市職員野球チームが厦門市で友好親善試合をしたのが始まりである。

経済・産業[編集]

農林水産業[編集]

農業

漁業

  • 浦添市と宜野湾市の漁業従事者からなる浦添宜野湾漁業協同組合(浦添市牧港)でクルマエビの養殖をしている。

主要企業[編集]

  • 株式会社サンエー本社・・・沖縄県内で大型小売店や食品、衣料品店を展開するスーパーの本社。
  • 株式会社ジミー本社・・・沖縄県内で精肉、食料品を販売する専門スーパーの本社。
  • 株式会社野嵩商会・・・沖縄県内でスーパー「フレッシュプラザ ユニオン」を展開する。
  • 株式会社光貴本社・・・沖縄県内でKDDIの代理店として携帯電話の販売を行っている。
  • 株式会社A&W沖縄 本社・・・沖縄県内で全21店舗を所有するファーストフードレストランの本社。

基地不動産業[編集]

基地不動産業は、本市においては活発である。上記「町字人口分布」の項にみられるように、市域の中央部と北部のかなりの面積を普天間飛行場(Marine Corps Air Station Futenma)およびキャンプ瑞慶覧(Camp Foster)等としてアメリカ海兵隊へ賃貸し、市民らの不動産収入となっている。

郵便事業[編集]

宜野湾郵便局(字愛知38-1)が市内全域の集配を担当する。郵便番号については前述した。

無集配局

  • 普天間郵便局
  • 宜野湾上原郵便局
  • 宜野湾長田郵便局
  • 我如古郵便局
  • 真栄原郵便局
  • 伊佐郵便局
  • 大山郵便局
  • 真志喜郵便局
  • 大謝名郵便局


官公署の一覧[編集]

市の機関[編集]

  • 宜野湾市役所(野嵩1-1-1)
  • 宜野湾市第二庁舎
    • 宜野湾市水道局(字野嵩730)
    • 宜野湾市消防本部(字野嵩677)
      • 宜野湾消防署

国や県の機関[編集]

外国公館[編集]

商業施設の一覧[編集]

  • 宜野湾市商工会(真志喜1-11-1)

ショッピングセンター

医療機関と福祉施設の一覧[編集]

  • 宜野湾市保健相談センター(真栄原1-13-15)
  • 社会福祉法人宜野湾市社会福祉協議会 宜野湾市社会福祉センター(赤道2-7-1)

病院の一覧[編集]

  • 国立病院機構沖縄病院(我如古3-20-14)
  • 医療法人緑水会 宜野湾記念病院(宜野湾3-3-13)
    • 内科・外科・循環器科・呼吸器科・眼科・心臓血管外科・整形外科・皮膚科・消化器科・心療内科・リハビリテーション科
  • 医療法人球陽会 海邦病院(真志喜2-23-5)
    • 内科・小児科・外科・整形外科・脳神経外科・泌尿器科・耳鼻咽喉科・リハビリテーション科・放射線科
  • 医療法人宇富屋 玉木病院(字愛知252)
    • 心療内科・神経科・精神科

福祉施設の一覧[編集]

老人福祉施設

  • 宜野湾市老人福祉センター(赤道1-5-17)
  • 特別養護老人ホーム(デイサービスセンター)福寿園(赤道2-7-2)
  • 特別養護老人ホーム (在宅介護支援センター)愛誠園(大山3-31-1)

障害者福祉施設

  • 蒼生学園(長田2-15-1)

児童福祉施設

  • 赤道児童センター(赤道1-5-16)
  • 大謝名児童センター(大謝名5-25-2)
  • 大山児童センター(大山4-14-3)
  • 新城児童センター(新城2-4-11)

保育所

2004年4月1日時点で公立保育園が3ヵ所、認可保育園が10ヵ所、認可外保育園が54ヵ所ある。

  • 宜野湾市立野嵩保育所(野嵩2-22-12)
  • 宜野湾市立うなばら保育所(大山3-30-1)
  • 宜野湾市立宜野湾保育所(宜野湾3-13-10)
  • 社会福祉法人泉福祉会 しいの実保育園 など

教育機関と文化施設の一覧[編集]

教育機関の一覧[編集]

幼稚園

  • 宜野湾市立嘉数幼稚園
  • 宜野湾市立宜野湾幼稚園
  • 宜野湾市立志真志幼稚園
  • 宜野湾市立大山幼稚園
  • 宜野湾市立大謝名幼稚園
  • 宜野湾市立普天間幼稚園
  • 宜野湾市立普天間第二幼稚園
  • 宜野湾市立長田幼稚園
  • 学校法人カトリック沖縄学園 真栄原カトリック幼稚園

小学校

中学校

高等学校

大学

専修学校

社会教育施設の一覧[編集]

宜野湾市は教育行政に力を入れている。そのため、美術館博物館図書館を始め、 IT時代に先駆け宜野湾ベイサイド情報センターをオープンした。

娯楽施設と運動施設の一覧[編集]

交通[編集]

鉄道[編集]

市内には鉄道は運行しておらず、なども存在しない。最も市内から近い駅は沖縄都市モノレール線古島駅であるが、那覇市内にあり、かなりの距離がある。この駅などより、下記「路線バス」の項目に解説する通り、市内各地へ通ずる路線バスが多数運行されている。

ちなみに、第二次世界大戦以前は沖縄県営鉄道嘉手納線という軽便鉄道線が通っていた。この線は、ガソリンタンク車爆発炎上により不通となり戦後も復旧せず、1945年休止(事実上廃止)され、現存しない。通称は「軽便(けいべん・けエビん)」。 宜野湾市内には大謝名駅真志喜停車場大山駅があった。

主な道路[編集]

路線バス[編集]

琉球バス交通沖縄バス那覇バス東陽バスの4社が市内を運行しており、一般道経由の路線バスと、沖縄自動車道経由の高速バスがある。宜野湾市内は、那覇市内 - 中・北部間を結ぶほとんどの路線の通過地点となっており、国道58号、330号を中心にかなりの数の路線が運行している。また、琉球バス交通と沖縄バスが市内に出張所・駐車場を構えており、市内を起終点とする路線も多い。

本市内には沖縄都市モノレール線は運行されていないため、市内への公共交通によるアクセスは専ら路線バスを利用することになる。宜野湾市内へ向かう路線バスは那覇バスターミナルを中心に運行されているが、沖縄都市モノレール線とバスとの乗り換えが可能な駅もある。

那覇バスは、那覇交通時代に125番知花(首里)線が25番普天間空港線に路線縮小した2004年4月24日以降、高速バスを除く一般路線バスでは本市が北限となる。なお、琉球バス交通の一部の路線が2006年2月20日より那覇バスターミナルから豊見城市我那覇まで延長された。また、99番天久新都心線は2006年9月1日より那覇空港から那覇市具志三丁目まで延長されたが、2008年10月8日より再び空港起点に戻った経緯がある。

バス路線の一覧[編集]

那覇方面より、国道58号大山を経由し中・北部方面に向かう路線

沖縄都市モノレール線と乗り換える場合は、旭橋駅(那覇バスターミナル)、県庁前駅(県庁北口バス停)などを利用。おもろまち駅前広場発着路線は、おもろまち駅を利用。
  • 20番 (名護西線) 琉球バス交通・沖縄バス
  • 23番 (具志川線) 琉球バス交通
  • 28番 (読谷(楚辺)線) 琉球バス交通・沖縄バス (一部コンベンションセンター経由あり)
  • 29番 (読谷(喜名)線) 琉球バス交通・沖縄バス
  • 31番 (泡瀬西線) 東陽バス
  • 63番 (謝苅線) 琉球バス交通
  • 77番 (名護東(辺野古)線) 沖縄バス
  • 120番 (名護西空港線) 琉球バス交通・沖縄バス
  • 223番 (具志川おもろまち線) 琉球バス交通
  • 228番 (読谷おもろまち線) 琉球バス交通・沖縄バス
  • 263番 (謝苅おもろまち線) 琉球バス交通

那覇方面より、国道330号(バイパス)を経由し中部方面に向かう路線

沖縄都市モノレール線と乗り換える場合は、おもろまち駅古島駅などを利用。
- 西原バイパス区間は旧道を運行する路線
  • 21番 (新都心具志川線) 琉球バス交通
  • 90番 (知花(バイパス)線) 琉球バス交通
- 西原バイパス区間は沖縄国際大学を運行する路線
  • 110番 (長田具志川線) 琉球バス交通
- 西原バイパス区間は沖縄国際大学を経由し、琉球大学に向かう路線
  • 98番 (琉大(バイパス)線) 琉球バス交通

※なお、98番の終点「琉大駐車場」は西原町内である。

- 宜野湾市内では、国道58号宜野湾バイパスを運行する路線
  • 112番 (国体道路線) 琉球バス交通

那覇方面より、大謝名交差点から国道330号を経由し中部方面に向かう路線(国道58号 - 県道34号 - 国道330号)

沖縄都市モノレール線と乗り換える場合は、旭橋駅(那覇バスターミナル)、県庁前駅(県庁北口バス停)などを利用。おもろまち駅前広場発着路線は、おもろまち駅を利用。
  • 27番 (屋慶名(大謝名)線) 琉球バス交通・沖縄バス
  • 52番 (与勝線) 沖縄バス
  • 80番 (与那城線) 沖縄バス
  • 227番 (屋慶名おもろまち線) 琉球バス交通・沖縄バス

那覇方面より、首里を経由し宜野湾市内へ入る路線

沖縄都市モノレール線と乗り換える場合は、儀保駅を利用。
  • 25番 (普天間空港線) 那覇バス
  • 97番 (琉大(首里)線) 那覇バス

※なお、97番の終点「琉大北口(構内駐車場)」は西原町内である。

宜野湾市内を終点とする路線

- 豊見城方面より、国際通り経由でコンベンションセンターに向かう路線
沖縄都市モノレール線と乗り換える場合は、おもろまち駅古島駅などを利用。
  • 55番 (牧港線) 琉球バス交通
  • 88番 (宜野湾線) 琉球バス交通
- 那覇方面より、久茂地経由でコンベンションセンターに向かう路線
沖縄都市モノレール線と乗り換える場合は、旭橋駅(那覇バスターミナル)、県庁前駅(県庁北口バス停)などを利用。
  • 26番 (宜野湾空港線) 琉球バス交通
  • 32番 (コンベンションセンター線) 沖縄バス
  • 99番 (天久新都心線) 琉球バス交通
- うるま市・沖縄市方面より、コンベンションセンターに向かう路線
  • 61番 (前原線) 沖縄バス

南部方面より、宜野湾市内を経由し中部方面に向かう路線

  • 58番 (馬天琉大泡瀬線) 東陽バス

那覇方面より、沖縄自動車道経由で中・北部方面に向かう路線(高速バス)

沖縄都市モノレール線と乗り換える場合は、旭橋駅(那覇バスターミナル)を利用。
- 111番を除いては、沖縄自動車道の利用は那覇IC - 沖縄南IC間のみとなる。また、市内には琉大入口バス停がある。
  • 111番 (高速バス) 琉球バス交通・沖縄バス・那覇バス・東陽バス
  • 113番 (具志川空港線) 琉球バス交通
  • 123番 (石川空港線) 琉球バス交通
  • 127番 (屋慶名(高速)線) 沖縄バス

文化と観光[編集]

文化財[編集]

  • 喜友名泉(国の重要文化財
  • 大山貝塚(国の史跡
  • 小禄墓(県指定有形文化財建造物)
  • 小禄墓内石厨子(県指定有形文化財彫刻)
  • 森の川(県指定名勝
  • 我如古樋川川(市指定有形民俗文化財)
  • 喜友名の石獅子群(市指定有形民俗文化財)
  • 大謝名の獅子舞(市指定無形民俗文化財)
  • 普天間の獅子舞(市指定無形民俗文化財)
  • 普天満宮洞穴(市指定名勝)
  • 野嵩石畳道(市指定史跡)
  • 伊佐「たけたう原」銘の印部土手(市指定史跡)
  • 大山御嶽の碑(市指定史跡)
  • 野嵩越之川(市指定史跡)
  • 西森碑記(市指定史跡)
  • 伊佐浜「新造佐阿天橋碑」(市指定史跡)
  • ウデナガサワダムシ(市指定天然記念物
  • 大謝名前之川 淡水紅藻(市指定天然記念物)

宗教[編集]

祭り[編集]

毎年、夏にはごろも祭りが開催され、花火大会などが催される。

観光[編集]

名所

  • 大山貝塚:地元では心霊スポットとして知られる国の史跡。
  • 嘉数高台公園:地球を模した展望台から普天間基地を一望できる。
  • 宜野湾中古車街道:国道330号沿いに中古車販売店がひしめいている。
  • トロピカルビーチ:西海岸地域のコンベンションエリアにあるビーチ。
  • 新町真栄原の歓楽街。
  • 普天満宮:琉球八社の一つ。

ホテル 宜野湾市西海岸地域に大手ホテルのプリンスホテルが進出予定だったが2005年に進出断念。

  • ラグナガーデンホテル
  • カルチャーリゾート・フェストーネ(旧沖縄ハイツ)
  • 沖縄インターコンチネンタルホテル(仮称)

宜野湾市出身の有名人[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 首里・那覇方言音声データベース”. 琉球大学 沖縄言語研究センター. 2012年4月5日閲覧。
  2. ^ 宜野湾市の概要”. 宜野湾市. 2012年4月5日閲覧。

外部リンク[編集]