反戦運動

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反戦ポスター「戦争 - 少数には善 - 大多数には悪」(左側の袖にはハリバートンと書かれている)
CNDデザインのピースマーク

反戦運動(はんせんうんどう Antiwar movement)とは、平和主義の観点から戦争に反対する個人または団体の運動や活動である。平和運動よりもやや狭義で捉えられるが、厳密な区分はない。

概要[編集]

反戦運動は、手段としての戦争に反対することがその目的であり、戦争の原因となっている問題自体に対しては意見を問わず、平和的な解決を求める。運動の具体的な内容には徴兵拒否軍隊からの脱走デモ活動(集会・行進)、ビラ配布、戦争当事国の輸出品目の不買運動軍需産業の従業員によるストライキ、当局関係者による内部告発などがある。湾岸戦争の際、ビックカメラが社として、多国籍軍に加わったフランス製品の不買を呼びかけたのは有名(店内に「フランス製品の不買にご協力下さい」の掲示までされていた)。

いわゆる反戦団体や支持者があらゆる戦争に平等に反対しているとは限らず、むしろ温度差がある場合がほとんどである。単に自分の利害にかかわる戦争のみにしか関心がないこともある。もっとも、普遍的人権や民主主義の理念から、人権団体が反戦運動に取り組んだり、基本的人権の観点から反戦に取り組んでいる反戦団体も多い。とりわけ欧州では、ヨーロッパ諸国との直接的利害関係が薄いチベット問題に対しての反戦運動も盛んである。しかし、アジアやアフリカの発展途上国からは、そもそも欧州の人権団体が主張する人権や民主主義自体が欧米の価値観を前提としているという批判や反発もある。

国家、特に民主政国家は世論に関心を払わざるを得ず、厭戦気分の煽動は戦争継続の妨害になる。そのため戦時下にある国では、敵国や第三国が該当国の反戦運動を利用することが警戒され、何らかの形で報道規制が敷かれることが多い。さらに、政府当局が反戦運動を「心理戦における相手国への利敵活動」と見なし、監視対象にすることもある。平時にあっても、スイス政府が『民間防衛』中で“敵の宣伝に備えよ”と教育宣伝を行なうなど、国民に反戦・反政府団体への警戒心を植え付ける教育を行うことがある[1]

歴史[編集]

欧米[編集]

米国のベトナム反戦運動(1967年)
反戦運動に参加するイタリア女性(1990年)
イラク戦争に反対する米国女性(サンフランシスコ・2003年)

戦争が貴族・騎士傭兵、奴隷兵によって戦われた前近代の西欧では、戦争は、現代ほど嫌悪感が強くなく、スポーツの如く捉えられることすら珍しくなかった。しかし、19世紀、戦争のために市民兵を動員する国民国家の時代になると、戦争は勝敗に関わらず国家国民を疲弊させるために悪しきものであるという認識がある程度共有されるようになる。こうした反戦の概念は南北戦争の時代に文学などで既に見られたが、決定的になったのは第一次世界大戦国家総力戦(Total war)の様相を呈し、前代未聞の被害を欧州各国に与えたからである。

第一次大戦後、欧州では厭戦気分から平和主義が台頭し、ナチスドイツへの宥和政策が支持を集めた。欧州では世界大戦終結を「戦争の終わり(end of war)」と呼び、平和主義に基づきもう戦争は起きないであろうと予測もしくは願望が唱えられた。しかしそれは20年後、第二次世界大戦の勃発によって裏切られるのである。

日本[編集]

日本の反戦運動・9条の会日本国憲法第9条戦争の放棄・9条の会リーフレット)

昭和初期の大日本帝国では、石原莞爾のように「天皇が世界の天皇で在らせらるべきものか、アメリカの大統領が世界を統制すべきものかという人類の最も重大な運命が決定するであろう」[2]とし、世界平和を目指して柳条湖事件満州事変)を起こしたような実例もあった。(世界最終戦論参照。

これに対し、現代の日本国における反戦運動の多くは、その過程においての「平和のための戦闘」についても否定的である。

現状[編集]

日本国内の反戦団体や人権団体は、日本や米国の軍事力に対する活動が盛んである。一方で、その他の国家の軍事力や戦争に対して同じように行われているとは言いがたい。たとえばスーダン政府が関与しているダルフール紛争、中国がチベットを武力で弾圧を行っているチベット問題に関しては多くの団体が特に非難声明などを発することなく静観している(ただし、日本国内にもこうした問題に言及する反戦団体が全くないわけではない)。

民間の港に寄港した自衛隊や米軍の艦船に抗議し、自衛隊に至ってはパレードを行うだけで抗議を行う一方で、交流の一環として寄港した韓国海軍中国人民解放軍海軍の軍艦には何のリアクションも無いといった事がある(米軍以外では、ロシア海軍艦船に対してグルジア侵攻への抗議活動が行われたり[3]フランス海軍艦船寄港への反対運動が行われたり[4]している)。

この状況は保守派や反戦運動を懐疑的に見ている層が、「日本の反戦団体は日本の仮想敵国である中国北朝鮮のスパイ組織なのではないか」と考える要因になっている。また、ベトナム戦争に関連して反米的性格の強い反戦運動を展開していたベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)は、ソビエト連邦KGBから金銭、物資面の支援を受けていたことが暴露され[5]、少数の米軍脱走兵を正式な法手続きを経ずに日本からスウェーデンなどの中立国に脱出させる反米活動をしていたことが判明している。こういった事例などから公安警察公安調査庁などの治安維持組織が反戦団体を監視することもある。

反戦運動は戦争に反対するものであり、戦争を抑止する為の軍隊に反対するものではないが、非武装平和主義の思想が残る日本では軍隊に対する嫌悪や反感が示される。中には自衛隊や警察を敵視し、さらには自衛官・警官個人やその家族を人殺し等と非難して、親が自衛官や警察官というだけで人権を軽視する例が存在する[6]立川市長による自衛隊員住民登録拒否事件などは、市長自らがその権限を利用して自衛官の住民登録を拒否した事件である。

反戦が軍隊への嫌悪に結びつくのは決して日本特有のものではなく、アメリカでも同様の事例があり、過酷なベトナム戦争から帰還したアメリカ兵は反戦運動家からベビーキラーと罵倒され、偏見と差別を受けた。しかしアメリカでは日本のような国内から武力を無くしてしまおうという運動は少ない。

中央集権を経験していない米国では伝統的に連邦政府とその軍隊・法執行機関を嫌悪する反連邦主義・リバタリアニズムの思想が存在し、それを標榜する組織は存在するが、それらは武力による自力救済を目指しており、好んで銃器を所持し、ミリシア(民兵組織)などを結成している。ゆえに反戦どころか一種の極右思想と認識されている。

特徴[編集]

2003年3月15日のワシントンD.C.集会

反戦運動は、アメリカが行う(それも覇権主義的な)戦争に対してアメリカ国内でアメリカ市民が反対することが発端となることも多い。代表的な例として、ベトナム戦争時におけるアメリカでの反戦運動があげられる。また、2003年3月20日にアメリカがイラク戦争を開戦する以前に世界各国でイラク攻撃の反対運動が展開した(開戦直後にはアメリカの反戦団体「正義と平和のための連合」及び「戦争を止め人種差別に反対するため今行動を」の呼びかけにより、抗議のため世界を24時間かけて一周する反戦デモのリレーが行なわれた)ことも例としてあげられる。

日本における現在の反戦運動は、在日米軍日米安保に絡んで反米に主眼をおいたものが多く、ダルフール紛争南オセチア戦争など米国の関与していない戦争に対しては大きく取り組まない場合がほとんどである。一方、アメリカの支援を受けているイスラエルによるパレスチナ攻撃は、反米の宣伝に利用できるため、デモ活動を行うなど積極的に活動している(アメリカ帝国も参照)。

一方、欧米、特に欧州の反戦団体では米国やNATOが関与していないダルフール紛争や南オセチア紛争、チベット問題にも、米国やNATOが関わっているイラク戦争やアフガニスタン戦争、コソボ紛争と同様に取り組んでいる団体が目立ち、多様な活動が展開されている。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ この内容は旧版でのもので、現在は『民間防衛』自体が存在しない。必要事項は電話帳に収録されている
  2. ^ 石原莞爾『最終戦争論』
  3. ^ ロシア軍艦入港に抗議 舞鶴4団体 京都民報2008年9月30日号
  4. ^ 被爆地、対応分かれる 仏軍艦長崎入港 平和団体と市抗議、県は歓迎 西日本新聞[リンク切れ]
  5. ^ Koenker, Diane P., and Ronald D. Bachman (ed.), Revelations from the Russian archives : Documents in English Translation, Washington, D.C. : Library of Congress, 1997, pp699-700.
  6. ^ 佐々淳行著『危機管理宰相論』(文藝春秋,1995.12.15)

外部リンク[編集]