憲法改正
憲法改正(けんぽうかいせい)とは、成文憲法の条文を、法的な形式を取って修正、追加、もしくは削除すること。改憲(かいけん)ともいう。(現在、日本でおこなわれている日本国憲法改正の議論については「憲法改正論議」や「憲法改正案一覧」を参照。)
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手続きとしての憲法改正の目的 [編集]
最高法規である憲法にも改正手続きを設けることの意義は、政治体制の変更を、すべて憲法改正という形式で通常の立法の延長として民主的に行えるように定めることにより、革命やクーデターといった法的な形式を取らない憲法の変更の不当性を強調する立場を示すことにある。一方で、改正ではなく新憲法の制定という手段を取ることが最終的に否定され得るかどうかは、革命やクーデターの成功の度合い、新政府に対する国民の支持、旧政府に対する国民の不支持の度合いによって判断されるものである。諸外国では憲法の変更が改正手続でなく新憲法の制定として行われることも多い。
憲法改正の限界 [編集]
限界説と無限界説がある。
- 限界説
- いかなる憲法にもその基本原理があり、当該憲法の改正手続にもとづく改正としては基本原理を超える改正はできない。
- 無限界説
- 憲法の定める手続によれば、どのような改正でも可能である。
限界説が通説とされているが、双方の説にもさらにいくつかの学説がある。詳細については憲法改正論議を参照のこと。
なお、ドイツ・フランスなど、憲法で人権や統治機構などの一定の事項について改正を条文で禁止している例もある。
各国憲法の改正手続 [編集]
日本 [編集]
「日本国憲法第96条」も参照
日本では日本国憲法第96条においてその改正手続を定めている。
なお終戦後現在の日本国憲法が制定されるまでに、政党あるいは個人からも「憲法改正案」が作成されており[1]、いわゆるGHQからの押し付け憲法論や硬性憲法との指摘は、真偽が定かではない。
国会の発議 [編集]
国会の発議は両院の総議員の3分の2以上の賛成によってされる。ここでいう「総議員の3分の2」はそれぞれの議院の3分の2であり、両院の議院全員で3分の2ではない。 その他、細かな争点には以下のものがある。
- 憲法改正案を国会に提案する権利が国会議員にあることには学説上異論はない。立法上、憲法改正案を国会に提案する権利を内閣や国民に付与することも可能とする見解もある。
- 審議の定足数は総議員の3分の2が望ましいとされるが、特別の規定がなければ3分の1で足りる。
- 総議員の意味は、法律上の定数とする説と、現在議員の総数とする説がある。
- 両議院の議決は対等である。
国民の承認 [編集]
国会が議決すると、法案は国民投票または衆議院総選挙及び参議院通常選挙の投票にかけられ、承認は過半数の賛成によっておこなう。投票の規定については日本国憲法の改正手続に関する法律による。
「過半数」の内容にも諸説ある。
- 有権者の過半数
- 投票総数の過半数
- 有効投票の過半数
これについて、法律では有効投票の過半数とされる。
天皇の公布 [編集]
国民投票で可決されると、改正憲法は天皇がこれを国民の名において公布する。
アメリカ合衆国 [編集]
アメリカ合衆国憲法はいわゆる硬性憲法である。憲法の修正がなされた場合にはそれまでの条文はそのまま残され、憲法修正条項として追加される形により修正される。合衆国憲法第5章によって修正される。
連邦議会は、両議院の三分の二が必要と認める時は、この憲法に対する修正を発議し、または全州の三分の二の議会の請求がある時は、修正発議のための憲法会議を招集しなくてはならない。
いずれの場合でも、修正は、全州の四分の三の議会によって承認されるか、または四分の三の州における憲法会議によって承認される時は、あらゆる意味において、この憲法の一部として効力を有する。いずれの承認方法を採るかは、連邦議会が提案することができる。
ただし、一八〇八年以前に行われる修正によって、第一条第九節第一項および第四項の規定に変更を及ぼすことはできない。また、いずれの州もその同意なくして、上院における平等の投票権を奪われることはない。
これまでの憲法修正では、唯一の例外である修正第21条を除いて、全て前者の方法(議会による承認)によっている。(修正第21条のみが憲法会議を経て成立した。)
なお、アメリカ合衆国は各州にも独自の憲法が存在する。
イギリス [編集]
「イギリスの憲法」も参照
イギリスは、判例、慣習法、法律などのうち、国家の性格を規定するものの集合体が憲法とされる不文憲法国家である。よって、憲法改正は法律の制定・改正と同様の手続きでおこなわれる。
フランス [編集]
フランス共和国憲法の改正手続はフランス共和国憲法第89条に規定されており、概要は以下の通りである。
- 政府又は議会が憲法改正案を提案する。
- 憲法改正案を上下両院で過半数の賛成で可決する。
- 両院合同会議で5分の3以上の賛成(政府提案の場合のみ)または国民投票で有効投票の過半数の賛成を得て改正案が成立する。
フランス共和国憲法第11条を根拠に、以下の手続きで改正されたこともある。
- 大統領が憲法改正案を提案する。
- 国民投票で過半数の賛成を得て改正案が成立する。
フランス共和国憲法第11条では公権力の組織に関する法律案は議会を通すことなく上記の手続きでも成立するとされており、憲法も公権力の組織に関する法律に含まれるとして上記の方法で改正された。元老院は憲法第89条にもとづかない憲法改正を違憲として憲法裁判所に訴えたが、憲法裁判所は国民投票で成立した法律は審査の対象外で判断する権限を有さないと判示し、憲法第11条にもとづいて憲法が改正されることが確定した。
各国の憲法改正状況について [編集]
日本 [編集]
1889年に制定された大日本帝国憲法は1947年の日本国憲法の施行まで一度も改正されなかった。日本国憲法も施行以後、一度も改正されたことがない。
現在の日本国憲法改正についての議論については憲法改正論議を参照参照
アメリカ合衆国 [編集]
アメリカ合衆国は18回、27か条を修正・追補している。修正案の提出そのものは1787年の合衆国憲法制定から現在に至るまで11,000 件以上ある。しかし、それらの多くは連邦議会における委員会段階で廃案とされ、連邦議会の発議要件を満たすものは非常に少ない。さらに、連邦議会によって発議されたものの、州議会によって批准されていない修正案が過去に6件ある。これら6件の修正案は、「現在も修正過程が進行中の修正案」と、「期限切れで廃案となった修正案」とに区分できる。「議会修正条項(1789年発議)」、「貴族称号修正条項(1810年発議)」、「コーウィン修正条項4(1861年発議)」、「児童労働修正条項(1924年発議)」の4件の修正案は「修正の成立までの期限」が定められていない。従って、これら4 件の修正案は、現在も修正過程が法的に進行中であり、今後州議会(または州の憲法会議)の賛成要件を満たせば修正が成立する可能性が残されている(コーウィン修正条項とは、「合衆国憲法の修正によって、各州の奴隷制度に干渉する」ことを禁じた修正条項の案を指す。しかし、1865年に奴隷制を禁止する修正案が発議され、同年に州議会の批准を経て成立した(修正13条)ため、修正過程が法的に進行中といってもあくまでも形式的な話であると言えよう)。これに対して、「男女平等修正条項(1972年発議)」、「コロンビア特別区投票権修正条項(1978年発議)」の2件の修正案はいずれも修正の成立までの期限が定められており、一定期間内に「全州の4分の3の州議会の賛成」を満たすことができず、期限切れで廃案となっている。
フランス [編集]
第五共和国憲法は現在までに24回改正されている。第五共和国憲法に人権規定はほとんど存在しないため、24回の改正の大部分が必然的に統治機構に関する憲法改正となっている。特に、直近2008年7月23日の改正は50以上の条項が改正された第五共和国憲法史における最大の改正であり、「国会の行政監視機能の明示化」、「国会の決議の導入」、「国会の委員会の機能強化」、「会派の権利の明示」などに関する改正によってフランス第五共和国の統治機構の在り方が大きく変更され、「大統領の強力な権限」と「議会の権限の制限」というド・ゴール以来の伝統的な統治機構の在り方から、議会の役割を重視する統治機構へと変革されたのである。こうした統治機構に関する憲法改正に加えて、「植民地や海外の領土に関係する条文の改正」、さらには、マーストリヒト条約、アムステルダム条約、リスボン条約の計3回の欧州連合に関する条約批准のための改正や国際刑事裁判所創設のための改正に代表される「欧州連合や他の国際機関に対して主権を一部移譲するための改正」が多いことも、フランス第五共和国憲法改正の特徴である。
ドイツ [編集]
現在のドイツにおいてはドイツ連邦共和国基本法が憲法の役割を果たしている。1949年、東西分裂時代の西ドイツにおいてドイツ連邦共和国基本法が制定された際、「憲法(Verfassung)」ではなく、あくまでも暫定的な「基本法(Grundgesetz)」であることが意識されていたのである。もっとも、こうした暫定性にもかかわらず、基本法は西ドイツにおける事実上の憲法として適用されてきた。西ドイツ時代だけでも基本法は35回改正されている。単一の条文のみの基本法改正から複数の条文にわたる基本法改正まで多様であるが、特に、1956年3月19日に行われた「再軍備のための改正」、1968年6月24日に行われた「緊急事態条項の追加のための改正」、1969年5月12日に行われた「予算・財政改革のための改正」は、当時の西ドイツにおける政治の大きな転換点となっており、西ドイツ時代の代表的な基本法改正の例として挙げられよう。また、1990年のドイツ再統一は基本法第146条の規定「ドイツ国民の自由な決断による憲法の制定」に基づく再統一ではなく、基本法第23条の規定に基づく「東ドイツの西ドイツへの加入」という手段で実現された。したがって、前述の第146条を含むいくつかの条文が再統一のために改正されたものの、旧西ドイツの基本法がそのまま統一ドイツの基本法として効力を有することとなった。1990年の統一から現在に至るまで、基本法は12回改正されている。代表的な基本法改正として、1990年9月23日の東西ドイツ再統一による改正のほかに、1994年10月27日の改正、2006年8 月28日の改正、及び2009年7月29日の改正が挙げられよう。また、58回目の基本法改正(§91e(追加)-共同任務の対象への求職者に対する基本的な保障の追加) が連邦議会及び連邦参議院においてそれぞれ3 分の2 以上の同意を得て確定している。
イタリア [編集]
イタリア共和国憲法は現在に至るまでの間に15回の改正を経験している。これらの改正の特徴は二点挙げられる。第一に、統治制度に関する憲法改正が多いという点である。第二に、2001年10月18日に行われた地方分権改革のための比較的広範な改正を除けば基本的に小規模な改正であることが多いという点である。ただし、小規模な改正が多いイタリアにおいても、1990年代以降、統治制度を中心とした抜本的な憲法の見直しの議論が発生した。憲法改正のための両院合同委員会の設置などがなされたが、大規模な憲法改正はこれまでいずれも失敗に終わっている。
メキシコ [編集]
メキシコは最多の憲法改正をおこなっているとされ、2002年までに408回改正している。
スイス [編集]
スイスも改正が多い国で、2000年に現行憲法が施行されるまで効力を有していた1874年憲法(旧憲法)は、過去140回以上にもわたる部分改正が行われた。
デンマーク [編集]
デンマークは1953年の憲法改正が最後となっている。
カナダ [編集]
韓国 [編集]
「大韓民国憲法」も参照
韓国で第二次世界大戦後初の憲法「第一共和国憲法」が制定されたのは1948年7月17日のことである。第一共和国憲法は、1952年7月7日の第一次改正、1954年11月29日の第二次改正を経て、1960年6月15日の第三次改正によって本文55条と附則15条にわたり全面改正された。第三次改正は第一共和国憲法の改正手続にしたがったものであり、厳密には新憲法の制定ではないが、全面改正という実情にかんがみて、第三次改正後の憲法は「第二共和国憲法」と呼ばれる。基本的人権の保障の強化、議院内閣制への変更、憲法裁判所の設置等が第三次改正の主な特徴である。もっとも、第二共和国憲法も、1960年11月29日の第四次改正での附則の改正を経て、1962年12月26日の第五次改正によって全面的に改正されることとなる。この第五次改正はクーデターによって成立した軍事政府による憲法改正であり、第二共和国憲法によって規定された憲法改正手続による改正ではない。そのため、第五次改正後の憲法は「第三共和国憲法」と呼ばれる。大統領制及び一院制への変更、憲法裁判所廃止などが第五次改正の主な内容である。第五次改正で成立した第三共和国憲法は、1969年10月21日の第六次改正を経て、1972年12月27日の第七次改正によって「第四共和国憲法」に全面的に改正される。法律の留保による基本的人権の本質的内容の制限、統一主体国民会議による大統領選出、大統領の権限強化などが第七次改正の主な内容である。第七次改正で成立した第四共和国憲法は1980年10月27日の第八次改正で全面改正され、「第五共和国憲法」が成立した。統一主体国民会議の廃止、選挙人団による大統領の間接選挙、基本的人権の不可侵の強調等が第八次改正の主な特徴である。この第五共和国憲法も1987年10月29日の第九次改正によって全面改正され、現行憲法である「第六共和国憲法」が制定された。第九次改正では基本的人権が拡充され、大統領の直接選挙制、国会の国政監察権及び憲法裁判所が各々復活した。また、第九次改正は韓国の憲政史において初めて与野党の妥協と国民的協議によって行われた憲法改正であり、内容だけでなく改正過程も特筆すべき点として挙げられよう。
モロッコ [編集]
2011年7月、憲法改正により、国王の権限縮小・首相の権限強化された[3]。
脚注 [編集]
- ^ 憲法改正案一覧(国立国会図書館)
- ^ “憲法改正 日本より条件低くないが米6回、仏27回、独58回も”. (2013年1月26日) 2013年1月28日閲覧。
- ^ “モロッコにおける憲法改正に係る国民投票について”. (2011年7月19日) 2011年7月19日閲覧。