言論統制
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言論統制(げんろんとうせい)は、狭義には政府が心理戦の観点から出版・報道等の各種情報媒体に対して行う規制・監視・操作・防止などの活動を言う。広義には非戦時の検閲も含む。
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[編集] 概要
言論統制は主に対内的に流布する利敵情報、例えば国家政策への批判、治安・風紀を乱す主義思想、国家的に重大な機密、暴動・国内的混乱の扇動など、が出版・報道・流布されないように調査や検閲を行い、必要に応じてこれらの情報を操作・管理・防止することである。これらには反政府的・扇動的な主張を行う集会を禁止したり、集会内容を規制することも、言論統制の一環といえる。
[編集] 実例
江戸時代の日本では出版には届け出が必要であり、これを犯したものは罰せられた。例えば1855年に仮名垣魯文の『安政見聞誌』を出した版元と共著者の一筆庵英寿は手鎖の刑となった(但し、魯文は無署名であったため筆禍を免れた。)。近代の日本では非戦時でも出版法、新聞紙法などにより言論統制は行われた。横須賀の軍港付近などの地理記述、写真は発禁の対象となった(ただし、現在でも自衛隊の基地及びその周辺を無許可でみだりに撮影することは、日本の安全保障上及び撮影者個人の安全上の配慮から制限されることがあるので注意されたい)。共産主義・無政府主義の理論・戦略の宣伝、その運動の実行の扇動、その団体の支持、君主制の否定、植民地の独立運動の扇動、財界を撹乱する言論、堕胎方法の紹介などは禁じられた。
戦時体制下の日本では、出版法、新聞紙法、国家総動員法などをよりどころにした言論統制の実務が情報局を中心に行われた(安寧秩序紊乱に関わる発禁命令権者は内務大臣)。現在は日本国憲法で言論の自由の保証が明文化されているが、その日本国憲法下においても、プレスコードなどGHQによる言論統制、弾圧は強力に行われていた。アメリカなどの自由主義諸国でも戦時においては言論統制は当然のように行われる。大韓民国では国家保安法により共産主義の理論・戦略の宣伝、その運動の実行の扇動、その団体を支持する言論は禁じられている(現在、朝鮮戦争は休戦中であるが、大韓民国は休戦協定に参加していないため現在も「戦争継続中」である)。
現在でも中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国、イスラム諸国、一部のアフリカ諸国などや軍事政権下では日常的に言論統制が行われており、国営放送など政府系の報道機関を通じて虚偽の情報を流すこと(情報操作)によって自国内の結束が維持されている。かつては3大マスコミ(TV、新聞、ラジオ)が情報統制、世論操作に使われていたが、近年ではインターネットも格好の道具として使われており、たとえば2006年9月現在中国語版ウィキペディアは中国国内ではアクセスできない(中国大陸におけるWikipediaへのアクセス封鎖)。
民主主義国家とされる国でも、国家による言論統制が行われる、ないしは試みられることがある。近年ではロシアやコロンビア、イタリアなどで、国家そのものが直接関与せずとも、与党の有力政治家が個人的に多くのメディア企業の経営権を掌握して言論への影響力を及ぼしている例がある。ドイツではヒトラーを礼讃したり、ナチスの意匠や出版物(たとえば、ヒトラーの著作『我が闘争』)を流布すると厳しく取り締まられる――これは「戦う民主主義」という名目で統制が正当化されている例である。韓国では戦前の日本の植民地支配を肯定するなどのチニルパ(親日派)的発言をすると国家侮辱罪で取り締まりの対象となることが度々ある。日本では言論の自由が保障されているが、菊タブーや鶴タブーなど言論の禁忌が少なからず残存(但しこれらは自主的な自己検閲に類するもの)しており、近年では人権擁護法案が言論統制に繋がる可能性があるとして議論を呼んでいる。また児童ポルノ法の改正案に盛り込まれていた実写を伴わない創作物の規制、及び単純所有の処罰は、警察主観による言論統制や別件逮捕の手段になり得るとして、日本共産党等が反発している。公安警察や公安調査庁を政治警察などとして批判する政党や個人もあるが、大勢の支持は得ていない。
ロシアやフィリピンなどのように、言論の自由があっても政治的殺害に巻き込まれる可能性もある。
元来の用法からは、国家権力を有しない個人・団体が抗議活動を行い、その結果として自主規制の形で出版・報道されないことがあったとしても、このようなことを指して言論統制と表現するのは誤用である。しかし、特にその個人・団体の社会的影響力が大きい場合、抗議されたメディア側がこれを「言論統制」だと主張して反発することも多い。
ただし一方で、抗議する側のメディアが既成組織と交わることにより、メディア自体が悪質なプロパガンダ主体と化す危険性もある。
[編集] 中国の場合
中国は自国民だけではなく、外国メディアに対してもしばしば統制をはかる。日本のマスコミも実質的に中国の検閲下にあるといわれている。この背景には親中派議員たちが訪中して締結した1964年(昭和39年)の「日中記者交換協定」、さらに1968年(昭和43年)の「日中関係の政治三原則」という両国間の検閲協定がある。これにより「1中国を敵視しない、2二つの中国の立場に立たない、3日中国交正常化を妨げない」が日中記者が記者交換する原則とされた。これは事実上日本側は記者を北京に派遣するにあたって、中国の意に反する報道を行わないことを約束したものであり、当時北京に常駐記者をおいていた朝日新聞、読売新聞、毎日新聞、NHKなどや、今後北京に常駐を希望する報道各社にもこの文書を承認することが要求された。日本の憲法に照らすと違憲性が強く推定される協定だったが、日本のメディアはほぼ追随した。現在に至るまで日本の報道機関はこれらの協定に従順であり中国へ不利な報道や対中ODAに関する報道はほぼしない。
文化大革命の際に些細なことで日本の報道各社が次々と中国を追放されていたこともマスコミの上記の記者諸協定への強い順守の原因となっている。文化大革命の際には次々と外国メディアが追放され、日本の報道機関も朝日新聞をのぞいてすべて追放されている。そのため当時唯一中国の情報を報道できた朝日新聞は他の報道機関から羨望のまなざしで見られていた。その後、中国への再入国を許された他の日本の報道各社もこの追放の過去が一種の「トラウマ」になって中国共産党当局から目をつけられないよう諸協定に必要以上に従順となっているのではないかともいわれる。
なお唯一産経新聞だけがこの協定に反発し、傘下のフジテレビを含めて特派員をすべて引き上げた事は有名である。このため産経新聞社の発行する各新聞、雑誌、及びFNS系制作のテレビ番組、ニッポン放送のラジオ番組では、しばしば中華人民共和国に対する挑戦的とも取れる批判的内容が盛り込まれることがある他、台湾(中華民国)に対する友好的な記事・番組が多いことでも知られる。
[編集] アメリカの場合
アメリカはアメリカ合衆国憲法修正条項第1条に検閲の禁止を掲げている。これは議会も大統領も遵守しなければならない。但し、国務省・国家安全保障局は公式に認めていないが、安全保障の観点から「エシュロン」を用いて、全世界で電気通信の内容を例外なく全て傍受しているといわれる。即ち、アメリカでは絶対に検閲はできないが、監視はできるのである。
また上からの検閲はないがコード(code)と呼ばれる自主規制がある。自由主義国家で個人主義を尊重するアメリカではメディアを通じた啓蒙運動の外観をとりながら大衆の意識に直接訴える「誘導型」の傾向が統制よりも好まれる。太平洋戦争においてはラジオ、湾岸戦争ではテレビが現地の様子を伝えるために活用されたが、資本集約型の新聞や放送事業への規制緩和や海外市場への門戸開放といった「アメ」で懐柔しているとする批判もある。
この自主規制は例えば出版・放送・映画業界への公権力介入を防ぐ意味もある。しかし、規制の裏付けとなっている宗教観や倫理観(例えば中絶反対といった生命観など)が世論へのプレッシャーとなっているのもまた指摘される点である。何よりも大手のマスメディアが独占資本であることは、常に行政から訴訟を起こされる危険を抱えている事<選挙とのタイミングを計りながら互いの出方を窺っている点>と同義である。
行政委員会や裁判所は国民の権利を守る存在であり大きな影響力をもつが、人権や安全保障の観点より一つ一つの手続きをなすにも煩雑で時間がかかり、これがまた国民からみると敷居の高い障壁に見えることもある。
また受け手も人種や社会階層ごとのメディア・リテラシーの違いが問題となる。特に低所得者層の黒人やヒスパニックはテレビから得る情報の影響が大きい。また人種相互の見えない壁が対立を生み情報の選択・判断を狭めている問題は最大の問題といっても過言ではない。アメリカはたしかに「自由の国」ではあるが自由の基盤は複雑である。しかし、20世紀においてアメリカ以上に言論により体制への批判を行なった国はない点もまた事実である。
[編集] おもな言論統制国家
[編集] アジア
- 大韓民国(国家保安法に基づき共産主義に限る)
- 朝鮮民主主義人民共和国(報道の自由度は世界最悪)
- 中華人民共和国(国家批判やその該当行為に限る。ただし香港およびマカオは除く)
- シンガポール
- インドネシア
- ミャンマー
- タイ王国(不敬罪該当行為に限る)
- トルクメニスタン
- イラン(反国教該当行為に限る)
- シリア
- サウジアラビア(不敬罪および反国教該当行為に限る)
- アラブ首長国連邦(政党結成に限る)
[編集] ヨーロッパ
[編集] アフリカ
[編集] 南北アメリカ
[編集] 関連項目
[編集] 国・地域別
- 日本
-
- 自己検閲によるもの
[編集] 外部リンク
- 内務省『昭和5年中に於ける出版警察概観』26頁(シートナンバー19)に検閲基準あり。

