与那国町

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よなぐにちょう
与那国町
Yonaguni-nishi.jpg
最西端之地碑
日本の旗 日本
地方 九州地方沖縄地方
都道府県 沖縄県
八重山郡
団体コード 47382-1
面積 28.95km²
総人口 1,653
推計人口、2012年1月1日)
人口密度 57.1人/km²
隣接自治体 なし
町の木 クバ
町の花 ユリ
他のシンボル 町の鳥 : メジロ
町の蝶 : ヨナグニサン
町の花木 : サルスベリ
町の魚 : カジキ
与那国町役場
所在地 907-1801
沖縄県八重山郡与那国町字与那国129番地
外部リンク 与那国町
与那国町、沖縄県県内位置図

与那国町位置図(沖縄県)

― 市 / ― 町・村
特記事項
Flag of Yonaguni, Okinawa.svg

与那国町旗
 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
最西端之地碑の裏側

与那国町(よなぐにちょう)は、沖縄県八重山郡与那国島の全部からなる。日本最西端の市町村であり、カジキ釣りやダイビングスポットとして知られている。島の南側には石でできた不明な人工物が遺跡として残っているが、特に近年では海底にも神殿のような人工建造物と思われる巨石群(与那国島海底地形)が発見され、海底遺跡の可能性があるとして注目を集めている。与那国方言(与那国語)という特殊な方言が話されている。

高校未設置が元凶となり、進学者の流出、同時にその家族も流出するなどの過疎化が起きており、近年は人口減対策への取り組みとして、台湾との直接交易推進に依る活性化案を模索している[要出典]

台湾花蓮市姉妹都市の関係を締結しており、2007年5月29日、花蓮市にて与那国町役場在花蓮事務所が開設された。日本の市町村では初の、単独による国外事務所設立の事例となった。

目次

[編集] 地勢

  • 日本最西端の地にあり、石垣島台湾島との中間点にある。島の西端の西崎(いりざき)には「日本最西端の地」の碑がある。
  • 台湾花蓮市との距離は111キロメートルで石垣島(118キロメートル)よりも近い。
  • 島の西側1/3は長いあいだ日本の防空識別圏飛行情報区に組み込まれず、台湾の防空識別圏・飛行情報区であった。詳しくは、与那国空港の項目を参照のこと。

[編集] 人口

Demography47382.svg
与那国町と全国の年齢別人口分布(2005年) 与那国町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 与那国町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
与那国町(に該当する地域)の人口の推移
1970年 2,913人
1975年 2,155人
1980年 2,119人
1985年 2,054人
1990年 1,833人
1995年 1,801人
2000年 1,852人
2005年 1,796人
2010年 1,657人
総務省統計局 / 国勢調査

[編集] 特筆すべき動物

  • 与那国馬 - 日本に8種残る在来馬のひとつで、日本最小の馬。与那国島でしか見られない。
  • ヨナグニサン - 世界最大の蛾。日本では、八重山・与那国にのみ分布。

[編集] 歴史

現在、確認されるもっとも古い遺跡は縄文時代にあたる時期のトゥグル浜遺跡である。南方系の石器が見つかることから、ポリネシア文明圏や東南アジアの影響を受けた文化が存在したと考えられる。

その後、与那国の歴史は判然としないが、グスク時代には台地上に集落が形成される。島仲村跡遺跡がその一つで、サンアイ・イソバの生まれた村として知られる。

琉球王国時代より台湾との交易拠点であったが、特に台湾が日本統治時代に入ると、中継拠点として栄える。第二次世界大戦後に琉球列島米国民政府の支配下となった直後は、台湾との間に国境が発生し、台湾からの帰還者対策事業の増大等があり、1947年には人口は1万2000人に増加し、その後村から町へ昇格。しかしながら公式定期航路が閉じられたこと、その後の非公式交易(密貿易)の取り締りが強化されたことにより、その後人口が激減した[1]。近年は辺境に依る衰退からの脱却を念頭に、台湾との直接地域交流を目指している。詳しくは台湾花蓮市交流事業歴史を参照。

平成の大合併に関しては、当初石垣市など周辺市町村との合併も検討したが、最終的には自主独立を選択した。

  • 年表
    • 1522年、琉球軍の侵攻を受け、以降琉球王国領となる。
    • 1609年、薩摩藩が琉球王国に侵攻、琉球王国領ではあるが、薩摩藩、中国からの3重の支配下に置かれる。
    • 1872年、琉球王国が廃止され、代わりに琉球藩が設置され、藩領に属す。(明治4年)
    • 1879年、琉球藩が廃止され、沖縄県に属す。
    • 1908年島嶼町村制により間切制が廃止され、石垣間切・大浜間切・宮良間切の3間切が与那国島と併せて八重山村が成立する。
    • 1914年、八重山一円を領域としていた八重山村が分村し、与那国村が成立する。
    • 1948年、町制に移行し、与那国町が成立する。

[編集] 台湾花蓮市交流事業歴史

[編集] 河川

[編集] 行政

[編集] 交通

[編集] 空港

与那国空港
フェリーよなくに
祖内集落と祖内港

[編集] 港湾

久部良港
祖内港

[編集] 道路

[編集] 路線バス

[編集] 地域

[編集] 教育

島内に高校はないため、中学校を卒業した生徒は全員が沖縄本島や石垣島の高校へ進学し、高校進学率は100%である[2]

町内にある小中学校は、全て公立学校(町立)である。

  • 与那国小学校
  • 久部良小学校
  • 比川小学校
  • 与那国中学校
  • 久部良中学校 - 日本最西端の学校。

[編集] 名所・旧跡

[編集] 情報・通信

[編集] 日本郵政グループ

町内の郵便番号は「907-18xx」である。

  • 与那国郵便局(与那国)
土曜・休日(いずれも午前中のみ)も郵便窓口の業務が行われている。また、局内設置のゆうちょ銀行ATMはホリデーサービスを実施している(2010年4月時点)。
  • 与那国郵便局久部良(くぶら)分室(与那国) - 日本最西端の郵便局。

[編集] 放送

[編集] 中継局周波数一覧

テレビ(単位はch)
所在地
リモコンキーID
総合
(1)
教育
(2)
RBC
(3)
OTV
(8)
QAB
(5)
与那国(出力1W) 36 45 17 35 47
内道(出力10mW) 19 18 20 21 22
ラジオ(周波数単位はMHz)
所在地 NHK1 NHK2 NHKFM RBCi ROK
与那国(出力10W) 83.5 80.3 85.8 84.7 79.5

[編集] 警察・海上保安庁・自衛隊

沖縄県警八重山警察署石垣市)の駐在所が二つ置かれている。警察官は合計2名である。

  • 与那国駐在所(与那国町字与那国4022)
  • 久部良駐在所(与那国町字与那国4841)

第十一管区海上保安本部石垣保安部与那国駐在所が置かれている。

  • 与那国駐在所(与那国町字与那国999-1)

自衛隊の施設は存在しない。先島諸島は防衛上の空白域となっており、防衛省では100人規模の陸上自衛隊沿岸監視部隊航空自衛隊の移動警戒レーダー部隊を与那国島に設置する方針を固めている。このほかに初動担任部隊が宮古島石垣島などに配置される予定である。防衛上の必要性の他に経済振興にもなるとして以前から自衛隊誘致を行ってきた町長が賛成する一方で、反対派の住民は与那国改革会議を結成して反対運動を展開している。[3]

[編集] 脚注

  1. ^ 与那国「国境交流特区」がめざすもの(与那国町) (PDF)
  2. ^ 『日本の島ガイド SHIMADAS(シマダス)』財団法人日本離島センター 2004年
  3. ^ 与那国町長「大歓迎」 反対住民は大会検討、沖縄タイムス、2011年5月13日

[編集] 外部リンク

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