人頭税

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人頭税(じんとうぜい、poll tax、capitation tax)とは、納税能力に関係なく、全ての国民1人につき一定額を課す税金である。

概要[編集]

消費税と同様に所得の無い人にも課税する税であるが、消費税の場合は消費額に比例して課税額が増えるのに対して、人頭税の税額は一律で所得の少ない人の負担が大きい税制である。

この点、形式的平等を重視する新自由主義の立場[要出典]を徹底すると、人頭税が最も合理的な税制ということもできる。すなわち、理念的に見て、人頭税は国民一人あたりの行政コストを均等に負担させる税であり、行政コストへの負担を均等に意識させることによって、小さな政府の実現を志向する税制だといえる。竹中平蔵は人頭税導入に言及しているが、一方で政策的には実現不可能だとも述べている[1]。もっとも、新自由主義の立場をとる論者にも人頭税に賛成するものは居ない。前述の竹中平蔵は、日本の国民年金をサッチャーですら導入できなかった人頭税制であると批判している。[2]

2013年平成25年)現在ではこうした制度を採っている国はない。なお、国民年金の保険料が一定の条件下での免除規定を除けば実質的に人頭税になっているという批判はある。 また、健康保険料や介護保険料も制度の性質上、所得が低いほど所得に対する保険料の率は多くなる。よって所得税や消費税などを財源に運用した場合と比較して、保険料方式で公的な医療や介護などの福祉サービスを運用した場合のほうが、結果的に低所得者層の負担が増すため、事実上の人頭税に近いという批判もある。

歴史[編集]

古代から封建制にかけての時代には、多くの国で導入されていたが、所得に対して逆進性の強い税制であるため、現在ではほとんどの国で導入されていない。所得が無くてもそこに住んでいるだけで課税される。そのため、困窮した庶民が逃亡したりすることもあった。

古代ローマにはカピタティオ・ユガティオス制があり、中世ヨーロッパロシアにも存在。

かつての中国には人頭税に相当する口算力役があり、均田制においてはを単位に租庸調が課された。780年両税法により資産額への課税に移行。

イスラーム諸王朝では、ジズヤ (jizya) が知られている。ジズヤは非ムスリム(イスラム教徒)に対して一定程度の人権の保障の見返りとして課せられるもので、非ムスリムに対しイスラームの優位を誇示する効果があった。非ムスリムがイスラームへ改宗した場合には免除された(ウマイヤ朝時代には改宗した場合でも徴収された)。

近年では、イギリスサッチャー政権時代の1990年に導入された例があるが、国民世論の反発が強く1990年11月22日に辞任する一因となり、1993年に廃止された(イギリスでは個人ではなく家に住民税がかかる)。

日本[編集]

日本では、薩摩支配下の琉球王国により宮古島八重山諸島において「正頭(しょうず)」と呼ばれる15歳から50歳まで(数え年)の男女を対象に1637年から制度化され、年齢と居住地域の耕地状況(村位)を組み合わせて算定された額によって賦課が行われた(古琉球時代説もある)。 平均税率が八公二民と言われるこの税制度は、1893年明治26年)に中村十作城間正安下地真牛西里蒲ら4人により、沖縄本島での官憲や士族らの妨害を乗り越えて、当時内務大臣であった井上馨に国会請願書が届けられた。また、中村の同郷(新潟県)の読売新聞記者増田義一の記事で国民に周知されるところとなり、世論の後押しも受け第8回帝国議会において1903年(明治36年)廃止された。[3]。 なお現在の住民税などは収入に関係なく居住(住民票所在地)に賦課されるシステムになっており税額が些少だが人頭税に該当する。

脚注[編集]

  1. ^ 『経済ってそういうことだったのか会議』第3章 1999年、日経ビジネス人文庫
  2. ^ 日本経済「余命3年」第3章 社会保障をどうすべきか PHP研究所 (2011)
  3. ^ 高良倉吉「人頭税」(『国史大辞典 15』(吉川弘文館、1996年) ISBN 978-4-642-00515-9

関連項目[編集]