読谷村
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読谷村(よみたんそん)は沖縄本島中部の中頭郡に属する村。日本の村としては岩手県岩手郡滝沢村に次いで2番目に人口が多く、人口密度も中頭郡北中城村に次いで2番目に高い。
目次 |
[編集] 地理
[編集] 隣接する自治体
- 沖縄市(1956年6月まで越来村、その後1974年3月までコザ市。なお現在市村境が米軍基地内であるため直接行くことができない)
- 中頭郡嘉手納町(戦前は北谷村、1948年~1975年は嘉手納村)
- 国頭郡恩納村
[編集] 字一覧
- 伊良皆(いらみな)
- 上地(うえち)
- 宇座(うざ)
- 大木(おおき) 昭和10年に伊良皆・大湾・楚辺・比謝の一部から新設
- 大湾(おおわん)
- 喜名(きな)
- 儀間(ぎま)
- 座喜味(ざきみ)
- 瀬名波(せなは)
- 楚辺(そべ)
- 高志保(たかしほ)
- 渡具知(とぐち)
- 渡慶次(とけし)
- 都屋(とや)
- 長浜(ながはま)
- 波平(なみひら)
- 比謝(ひじゃ)
- 比謝矼(ひじゃばし)
- 古堅(ふるげん)
- 牧原(まきばる)
- 大添(おおそえ)
[編集] 人口
| 読谷村と全国の年齢別人口分布図(比較) | 読谷村の年齢・男女別人口分布図 | ||||||||||||||||||
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■紫色は読谷村
■緑色は日本全国 |
■青色は男性
■赤色は女性 |
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| 総務省統計局 / 国勢調査(2005年) | |||||||||||||||||||
[編集] 歴史
西海岸の砂丘上には貝塚時代の遺跡が多くあり、渡具知木綿原遺跡からは九州の影響を受けたとされる箱式石棺墓がみつかっている。また比謝川の河口付近にある渡具知東原遺跡からは爪形文土器がみつかり、沖縄の先史時代文化が約7000年前まで遡ることが分かった。
戦前まで読谷山村だったが、戦後になり現在の村名となった。
[編集] 行政
- 安田慶造村長
[編集] 教育
[編集] 小学校
- 読谷村立渡慶次小学校
- 読谷村立喜名小学校
- 読谷村立読谷小学校
- 読谷村立古堅小学校
- 読谷村立古堅南小学校
- 沖縄クリスチャンスクール
[編集] 中学校
[編集] 高等学校
[編集] 交通
[編集] バス
- 20番・名護西線(琉球バス交通・沖縄バスの共同運行)
- 28番・読谷(楚辺)線(琉球バス交通・沖縄バスの共同運行)
- 那覇バスターミナル~国道58号(一部コンベンションセンター経由あり)~伊良皆~県道6号(楚辺)~読谷バスターミナル
- 29番・読谷(喜名)線(琉球バス交通・沖縄バスの共同運行)
- 那覇バスターミナル~国道58号~喜名~県道12号(座喜味)~読谷バスターミナル
- 48番・石川~読谷線(沖縄バス)
- 読谷バスターミナル~真栄田~仲泊~東恩納~石川東山入口
- 62番・中部線(琉球バス交通)
- 120番・名護西空港線(琉球バス交通・沖縄バスの共同運行)
- 那覇空港~那覇バスターミナル~国際通り~国道58号~名護バスターミナル
- 228番・読谷おもろまち線(琉球バス交通・沖縄バスの共同運行)
28番はかつて残波岬まで延長されたが今は廃止されている。路線バスのほかに空港リムジンバスが那覇空港から村内の日航アリビラと残波岬ロイヤルホテルとを結んでいる(普段は1日3~4便だが、観光シーズンには10便運行されている)。なおリムジンバスは琉球バス交通・沖縄バスのほかに那覇バス・東陽バスの4社共同で運行されている。
[編集] 道路
[編集] 名所・旧跡・観光
[編集] 読谷村出身の有名人
- kiroro (ミュージシャン)
- 糸数慶子 (参議院議員、元県議会議員)
- 知花昌一 (読谷村議会議員、平和運動家)
- 佐久本昌広(プロ野球選手)
- 山内徳信(参議院議員、元沖縄県出納長、元読谷村長、平和運動家)
- 屋良朝苗(初代沖縄県知事)
- 新垣勉 (歌手)(テノール歌手・牧師)
[編集] 米軍施設
村内には2施設が所在。合計1,261 haの軍用地が存在し、村面積の36%を占めている。[1]
※読谷補助飛行場(海兵隊)と楚辺通信所(海軍)は、2006年に全面返還された。瀬名波通信施設(空軍)はマイクロウェーブ塔部分(約0.1 ha)を除くほぼ全部が2006年に返還された。
[編集] 郵便
- 郵便局
- 伊良皆郵便局
- 喜名郵便局
- 読谷郵便局
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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