集団自決
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集団自決(しゅうだんじけつ)とは人が集団で自決を行う事。日本では沖縄戦における集団自決が議論の対象となる事が多い。
集団自殺とはニュアンスが異なる[1]が、過去の出来事・事件の中にも、「集団自決」「集団自殺」の両方の語彙が使われるものもある。
『鉄の暴風』を書いた太田良博が、沖縄戦史執筆の際に初めて用いた造語で、太田以前には存在しない[2]。
「集団自殺」も参照
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[編集] 歴史上の事件の諸例
- 紀元前 - 墨家の集団が守備の不成功の責任をとり集団自決。呂氏春秋に記載されている。墨家を参照。
- 73年 - マサダ要塞でローマ帝国軍に敗北したユダヤ人が集団自決。マサダ要塞を参照。
- 17世紀~18世紀 - 古儀式派に対するピョートル1世の弾圧に対し、集団自決が行われた。古儀式派・ロシア正教会・ソロヴェツキー修道院を参照。
- 1866年 - アルカディ修道院における集団自決。オスマン帝国からの独立闘争においてクレタ島のアルカディ修道院で起きたもの。アルカディ修道院を参照。
- 1868年 - 白虎隊のうち白虎士中二番隊による集団自決。戊辰戦争中に20名が自刃したもの(うち飯沼貞吉は生き残る)。白虎隊を参照。
[編集] 第二次世界大戦における諸例(戦後すぐを含む)
第二次世界大戦における諸例。
- サイパンの戦い - 日本人による集団自決が以下の各所を中心に起こった。
- 沖縄戦における集団自決 - 第二次世界大戦中の沖縄戦において起こったもの。
- 満州国#満蒙開拓団 - 終戦時、各地で満蒙開拓団の自決が相次いだ。
- 真岡郵便電信局事件 - 樺太における女性電話交換手の集団自決。
- 皇居前での集団自決 - 皇居外苑における集団自決。明朗会関係者12名の割腹ほか。
[編集] 史実を元にしたフィクション
- ホヴァーンシチナ - 古儀式派による集団自決が題材の一つとなっているモデスト・ムソルグスキーによるオペラ。
- 樺太1945年夏 氷雪の門 - 真岡郵便電信局事件を題材にした映画。