コザ市

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旧・コザ市のデータ
廃止日 1974年4月1日廃止
廃止理由 新設合併
 コザ市・美里村→沖縄市
現在の自治体 沖縄市
廃止時点のデータ
日章旗 日本
地方 九州地方沖縄地方
都道府県 沖縄県 
団体コード 47204 
面積 km²
総人口 '
(1974年3月31日)
隣接自治体 石川市美里村恩納村読谷村
嘉手納村北谷村
市の木  
市の花  
他のシンボル  
コザ市役所
所在地 〒904  沖縄県
 コザ市胡屋
電話番号  
外部リンク  
位置
特記事項 :
1956年6月13日に越来村からコザ村に改称後、7月1日に市制施行。
テンプレート (ノート 解説) 日本の市町村PJ

コザ市はかつて沖縄県沖縄本島中部にあったで、2003年山梨県南アルプス市が誕生するまで日本で唯一のカタカナの市名だった(厳密に言えば、長野県にあった「篠ノ井市」(現・長野市)もカタカナが付く市である)。また沖縄県内の市、沖縄本島中部では唯一海に面していない自治体だった。

目次

[編集] 概要

もともとは「越来(ごえく)」という地名であったが、第二次世界大戦後、駐留軍“Koza(コザ)”と呼び始めたのがきっかけで、1956年6月に越来村をコザ村と改名した。コザという名は戦後に米軍が一時的に設置した胡差(こざ・Koza)市が元となっており、隣接する美里村の古謝(こじゃ・Koja)と、越来村の胡屋(ごや・Goya)が混同されたのではないかと言われている(占領時にスペルの入力ミスがそのまま利用されてとの説もある)。翌7月に市に昇格し、以後、沖縄本島中部の中心都市として発展。1974年4月1日に美里村と合併し沖縄市となり、コザ市は消滅した。市役所は胡屋に置かれ、合併後はそのまま沖縄市役所となり、のちに行われた住居表示で仲宗根町となった。

[編集] 沿革

戦前の越来村は畑の多い農村だった。

その後、畑だったところに嘉手納基地などの米軍基地が次々と建設され大きく一変する。

[編集] 隣接していた自治体

[編集] 現在の“コザ”

合併後、沖縄市となってから「コザ」の名が消え(字名や町名に「コザ」の文字は使われていない)、市役所だけでなく警察署郵便局裁判所支部などの公共機関や道路案内標識の表示が次々と「コザ」から「沖縄」と変更した(道路標識は最初「沖縄市」と表示したが、1980年代以降「沖縄」に変更した)。しかし、混乱を防ぐため現在でも県税事務所はコザの名称が使用されているほか、銀行商店などの民間企業の支店などはコザの名称が使われている。高等学校名にも残っている。こうして市の中心部は今でも「コザ」の名称で親しまれており、その地へ行く場合「沖縄市へ行く」というよりも「コザへ行く」という人が多く、「沖縄市コザ」と使う人はまずいない。また「コザ」は「胡屋」あるいは「古謝」の転訛であると言われるが、交差点(十字路)は「胡屋(ごやじゅうじろ)」と「コザ(こざじゅうじろ)」が別々に存在し、古謝という地名も健在である。

合併後、沖縄市だけでなく沖縄本島中部の中核都市と発展し人口が県都那覇市に次いで2番目に多く、1980年代半ばには10万人を突破した。また嘉手納基地嘉手納弾薬庫など多くの米軍基地を抱え、現在でも市の北西部の多くが基地となっている。しかし旧美里村を中心に返還されているところもあり、跡地に住宅が建てられ、市の人口も旧コザ市よりも旧美里村が上回るようになった。かつて市の中心部にあった裁判所や保健所が旧美里村域へ移転していった。

[編集] 教育

大学

かつて国際大学が南桃原付近にあったが、1972年沖縄大学の一部と統合し宜野湾市沖縄国際大学を設置したため廃止された。

高等学校
中学校
小学校

[編集] 交通

道路
路線バス

[編集] 主要施設

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク